春のうららかな風と海から吹き寄せるひんやりとした風のどちらをも肌で感じながら、一路はフォボハム平原を進んでいる。
彼等はこの平原を超えた先にある、ある台地を目指していた。
何故、その地へ向かっているのか。
その理由に答えるには、まずラムザの過去を語らねばならない。

 おおよそ一年前、骸旅団と呼ばれる義勇団がラムザ、ディリータを中心とする士官候補生の前に立ちふさがった。
貴族に対して要人誘拐や暗殺などのテロ活動を各地で行っていた骸旅団の行いは、もはや北天騎士団には看過しえぬ状況になっていた。

 そして、士官候補生とミルウーダ率いる骸旅団の残党は盗賊の砦で初めて相まみえた。

貴族などの支配者階級の圧政に苦しむ民を解放する。

そのような桃源郷とも言える世界の理想を掲げる頭目ウィ―グラフの実妹、ミルウーダからすれば禍根である畏国軍の、
それも貴族ばかりが集められた分隊に対して必要以上の牙を向く事は当然の事だった。
だが、飢えと貧窮から既に盗賊の集まりと化していた骸旅団の結束力は著しいほどに乏しく、
戦略、戦術ともに骸旅団はラムザたちの前に辛酸を舐めることとなった。
農民あがりの彼等には戦術、戦略という言葉は円程遠いものであったことは想像に難くない。
彼女は最期までラムザの助けを断りつづけた。そして騎士時代から募る貴族への深い憎悪を抱えながら、
坂道を駆け上がるように進んでいた革命の志半ばで、ミルウーダはレナリアの地で生涯を閉じた。

ラムザはそのレナリア台地に向かっているのだ。
彼はかの女剣士と改めて対峙しようとしている。剣を置いた言葉なき会話を。

彼はただ悔しかった。助けたかった。彼女の人生はまさに発展途中だった田畑を焼き払われたようなものだ。
まだ生き続けることができた人間を、砂が無残にも自分の手からこぼれおちるように、自分の手で彼女の命を無残にも落としてしまった。
ラムザは後悔の念からか、手に携える手綱を強く握った。
だから彼は走る。ティータも感じているだろう無念さ、悔しさそして恨み、それらを全て受け止めるのだ。自らの代償を示す行為のあらわれだ。

彼は異端者の刻印を押されていた事もあってか、教会が布教活動の一環として行う、神聖なる存在の“神”など毛根の先端まで信じてなどいなかった。
ラムザは今一度手綱を強く握った。
しかし、彼女たちが無事安らかな地へ旅立つ事を、ラムザはどこにいるのかもわからない“神”に祈った。

話がうますぎるか。
ラムザは傲慢ともいえる自らの考えに苦笑した。代償からか、ラムザの両手には暫く綱の跡がくっきりと残った。


隊の一行は突き詰めてラムザにとくに目的を問うたりはせず、外で先導する数人の見張りを除き、
残りの隊員を乗せた馬車は実の無い話と共にゆらゆらと進んでいく。

隊の数人が馬車の中で四方山話に明け暮れていた。
話を聞くにどうやら最近の流行はラム酒に油虫を入れることだそうで、飲むと身体が芯から温まるという旨を一人が一生懸命語っている。
その端で一人、副隊長の、騎士アグリアスは板に付いたような気難しい顔で武器の手入れを丹念に行っていた。
彼女が馬車で移動する光景は極めて珍しい。

というのも、先日彼女が程なく愛でていたチョコボが夜のうちに何処へとぞ走りに行ったきり姿を見せなくなってしまったのだ。
時間に暇があればチョコボの食事や毛繕いを率先して、夜にはチョコボの羽毛を借りて星空の元で安らかな眠りにつくこともあった。
それだけにアグリアスには衝撃が強く、尚気丈に振る舞おうとする彼女は、しかし何人も寄せ付けない言い難い悲壮感を暫くの間纏っていた。
心底心配したラムザが無断で軍資金の一部を使いチョコボを新たに見つくろうとしたものの、
財布の紐を握るアグリアス自身にその事実が知られることとなり話は難解を極めることとなる。

結局、彼女は新たなチョコボを望まずに他の隊員と同様に馬車での移動を希望し今に至るのである。

程なくして武器を磨き終えたアグリアスは目の前に愛剣をかざした。
失踪事件からいくらか立ち直ったのか、剣の光沢によって映し出された彼女の顔はいつもと同じ気難しいものだ。
ただ、普段は自らの武器の煌びやかさに一人満足げな表情をする彼女だけに、今日はその変化の片鱗を見せているのもまた事実だった。
そんな微細の変化を感じ取ったラヴィアンは、数人の中での話を適当に切り上げアグリアスの元へ近づいて行った。

「どうかいたしたのですか、アグリアス様」
ラヴィアンが近づいてきたことに気づいていなかったのかじっと剣を見つめていた彼女は、横から飛んできた言葉に驚いたように顔を上に向けた。
一言断り、ラヴィアンがアグリアスの隣に腰掛ける。

「いつものご調子ではないようなので。まだ、チョコボのことを…」
アグリアスは静かに首をふった。
「違うんだラヴィアン。あれはもう過ぎた事だ。それに奴は今頃違う地で自由に楽しんでいるに違いない。うん、そうに決まっている…」
自分の言葉に反し、未練を隠しきれない表情でアグリアスは語った。
チョコボ失踪時、捜索隊は今まさにアグリアスたちが行軍を進めるこの地帯まで探索網を広げたのだが見つけるには至らなかった。
「違うんだ…」
アグリアスは、捻り出すように言葉を紡いだ。そんな様子を見せる彼女に、ラヴィアンは思い当たる節があった。
「ラムザ隊長のことですね?」
う、と声を上げてアグリアスは気難しそうな顔を解き、隣に座っているラヴィアンの顔を見た。罰の悪そうな顔で。
ラヴィアンは言葉を続ける。
「隊長の過去は前に私やアリシアもラッドから聞きました」

かの事件はアグリアス達が加入する前に起こった事件である。


彼の傭兵時代の身の上話は詳しく語られる前に、ラヴィアンたちを含む一行は欲望と狂気の渦巻く一連の事件に片足を入れてしまった。
そのため、一連の事件後暫くして隊の古株からその話を聞いた時、ラヴィアンは肌に粟を生じたものだ。

王女オヴェリアの護衛として当時護衛隊長を任されたアグリアスの下、上司と等しく騎士としての誇りを鎧として彼女は常に身にまとっていた。
騎士として本懐である本戦に参加する機会が全くといっていいほど巡ってこなくても、その観念は変わる事が無かった。
彼女はおおよそ人の死とはかけ離れた位置にいた。

ラヴィアンはただただ恐ろしかった。人の命とはこんなにも儚く、人の死というものはこんなにも悲愴であるのか。
ラムザが獅子戦争の裏で活路を開きそれに同行するようになって以来、彼女は人の死と精通するようになった。
初めて人を殺害した時は、まさしく風の音にでも怯えてしまう風声鶴唳の心持だった。すぐにでも忘れてしまいたい。彼女はそう願った。

しかし時間は経てど、そのような感情を一瞬忘れることはできても、その後に頭の中には得も知れぬ罪悪感がとぐろを巻いて押し寄せてくる。
人の命を軽々しく扱っているようで、そして自分が死とは無縁であると発している。
自責にさいなまれた彼女の悲痛な叫びは未だ彼女の身体のどこかに留まりつづけている。

アグリアス様とて同じはず。
ラヴィアンは一度床に伏せていた視線を今一度アグリアスの方へ向け、言葉を仰いだ。
「…この件に関して、私がとやかく言う資格はないが。…本当にこのまま行っていいのだろうか?」
アグリアスは自らの心中から言葉を抜き出すように語った。
「どういうことでしょうか?」
首を傾げて、ラヴィアンが訊く。
「…怨念とは死んでも尚、禍根を残すと聞く。ツィゴリス湿原がいい例だ。
話を聞く限り、そのミルウーダという女性は最期までラムザたち貴族を憎んでいた。嫌な予感が…」


馬が吠えた。
アグリアスが最後の句点をつける前に、それまで程良く隊員を揺らしていた安楽の馬車は突然、その動きを停止した。
アグリアスを始めとする馬車内にいた兵士たちは物理学上における慣性を、身をもって体験することとなってしまった。
アグリアスはその手に持っていた愛剣を咄嗟に障害物の代わりとし、態勢を持ちこたえた。ラヴィアンは、殆どの戦士は額と地面を対面させた。

二頭の馬の荒い鼻息によって、それまで時が静止していた小宇宙たる馬車内から緊張感がとめどなく解き放たれた。
起き上ったラヴィアンは鋭い眼を保ったまま、少し赤くなった額をさする。

ったく、アリシアったら、昨日の飲みすぎで気でも失ったか。 
彼女を泥酔させた超本人であるラヴィアンは心の中で同僚アリシアを友人範内で毒づいた。
気持ちを高め、すぐに左の懐にささっている鞘に手を伸ばす。
外で何か起こったのか。敵の来襲か。
一同は皆一様に身構えた。アグリアスとラヴィアンとて例外ではない。

「どうした!」
膠着状態の中アグリアスが、外で馬車を引いているアリシアに叫ぶ。すぐに返答がきた。
「た、大変です!それが…それが」
どうやら命に別条はないようだ。
アグリアスは部下の無事に一旦は心の中で安堵したが、すぐに要領を得ないアリシアの返答に、上司としての気質ゆえか怒鳴り返した。
「どうしたと聞いているんだ!!物事を明確に述べんか!!」
馬車の外にいるアリシアがアグリアスの言葉に体を震わせたのが馬車内から見て取れた。
アグリアスの横で身構えているラヴィアンも、すぐ上から降ってきた怒号に一瞬体を震えあげる。
戦士たちは緊張感を解かないまでも、厳格な上司を持ったアリシアとラヴィアンに、心の隅で僅かな憐憫の情を抱いた。

「はい!た、竜巻が!前方に巨大な竜巻が発生しています!!」
アグリアスはその言葉を聞くとすぐに後方の天幕から外に舞い降りた。ラヴィアンも続く。

アグリアスの視線の先には、アリシアの言うとおり巨大な竜巻が発生していた。
その大きさはまるで天に届きそうな程である。細長く不格好ではあるが勢力は強大なようで、
竜巻の近くでは根元で半分に折れてしまった木々が砂埃とともに辿り着くはずもない天までの遍路を始めていた。
竜巻はまるで表現しようの無い自らの怒りをぶつけるかのように、左右に頭を振りながら、
見えない手でむんずと木を掴んでは自らの腹の中に放り込んでいる。

「皆さん危険です!すぐにこの場を離れましょう!」
殿としてボコの鞍上にいたラムザは手綱を引きすぐに馬車の前に走り出ると、隊の皆にそう激励した。
前方の巨大な竜巻に対して明確な対処案を見いだせないでいたアリシアは、横から飛んでくるラムザの指令に驚きながらもしっかりと頷き、
馬車を反転させるべく鞭を手に取った。
馬車から見て先程は後方に位置する、今は前方へと位置している剣聖オルランドゥが騎乗するチョコボに引かれながら、
鞭で刺激された馬は今来た道を蹄で噛みしめるように戻っていく。ラムザはその間、ただひたすら竜巻の流れを見ていた。

瞬間、竜巻がこちらを見た、
そのようにラムザは感じた。
何故そう感じたのかはわからない。しかしラムザは、竜巻から目を離すことができなかった。
離せば自らの信条を破る、そのような感覚にさいなまれたからだ。

「ラムザ!何をやっている!貴公もすぐに来い、巻き込まれるぞ!!」
ラムザの異常にいち早く気付いたアグリアスが皆の制止を踏み切り、再び馬車から下りた。
そして硬直しているラムザの元へ走っていく。

「隊長!!危険です!!」
天幕からのラヴィアンの悲鳴がラムザの意識を引きもどさせた。
顔を上げる。
先程まで指の関節で全長を表現できた竜巻が、今は首を上にもたげてもその終わりは確認できない。
もしかしたら本当に天まで続いているのかもしれない。

「ラムザ!!死にたいのか!!」
轟音ともとれる風音の中で、本気で怒号を飛ばしているアグリアスのよく澄んだ声がラムザの右耳の鼓膜を突き破った。
ラムザは一瞬苦笑いを浮かべた後、すぐに彼女の怒りに触れないよう、驚きよりもむしろだらしなくたるんでいた顔を程良く引き締め、反転した。
手綱を手に取り手前に引く。
うずうずしていたボコが、待ってましたといわんばかりに呼吸も忘れる程に来た道を全速力で引き返し始めた。
猪突猛進するボコが、ラムザへ向かって走っていたアグリアスにどんどんと近付いていく。

「アグリアスさん!しっかりと掴まってください!」
アグリアスの返答が聞こえる前に、ラムザは右手に手綱をしっかり握りしめながら半身を左斜め地面すれすれに傾け、
向かってくるアグリアスに向かって腕を突き出す。
加速度十分、刹那、アグリアスはすっぽりとラムザの腕に抱きかかえられるような格好でボコに騎乗した。
そのままアグリアスを自らの前に乗せ、ラムザは彼女に手綱を握らせた。

「すまない!!」
アグリアスの通った声が迫りくる爆音にも似た風音にも負けず辺りに響く。ラムザは一度頷くと、すぐに前方を確認した。
もう馬車が目と鼻の先の距離だ。
やはり馬は遅い。次に用意する時は馬じゃなくてチョコボにしよう。ああ、アグリアスさんの髪はいいにおいだ。
危機の真っただ中でラムザは大よそ浮足立っていた。

次に後ろを振り返った。
風音からある程度の予想はついていたが、こちらももはや目と鼻の先だ。
凄い、まるで自ら意志を持っているかのように行動している…

「ラムザ!!来るぞ!!」
同じく後ろを振り返ったアグリアスが、今や襲いかからんとばかりの竜巻を目のあたりにし、悲鳴めいた声をあげた。
アグリアスさんらしくないな、とラムザは至極冷静に思った。
人間、死の淵に近づくと冷静になるって言うけど本当だったんだ。
まだ死にたくないけれど、こればっかりはしょうがない。一か罰かで…

―――――    逃…さない。 … 族… の …  ―――――

ラムザは驚きのあまり、あれ程きつく握っていた手綱をこぼしそうになった。
仲間が発した声ではない。もう後ろから雪崩のようにせまる怪物によって仲間の声など遮られるに違いないのだ。
頭の中で声が響いた。
誰だ?しかし聞き覚えのある声だ。

まさか…――――

ラムザが、先程までの冷静で穏やかな顔とはうってかわった、後悔、焦燥感にまみれた表情で後ろを振り返ろうとした。
その時にはまさに、眼前に大きな口を開けた巨大な怪物がラムザに最後の一瞥した視線を投げかけていた。

瞬時、世界が灰色となる。



― …ムザ … ラムザ!! ――

ラムザの耳に届いてきたのは朗らかな笑顔の天使が鳴らすラッパ音でも天衣を纏った可憐な女神によるハープの演奏音でもなく、
よく聞きなれた、耳がこそばゆくなるフルートのような声色だった。
ああ、もう少しこのままでいようか。

「ラムザ、起きてくれ!!」
極地の揺れがラムザを襲った。たちまちのうちにラムザは意識を戻し、目を覚ました。
視界一杯にはアグリアスの心配そうな顔が広がっている。
ああ、冥土明利につきるなあ。
ラムザはまたも浮足立っていた。

「目が覚めたか、よかった」
安心したのか、珍しくアグリアスはその顔にほほ笑みを浮かべるとラムザの眼前からその姿を消した。
ラムザはアグリアスを追うかのように、その半身を起した。そして周りが新緑で覆われる限りない平原であることに、ラムザは初めて気付いた。
どこまでも一面に続く緑、雲ひとつない快晴の空、
聞こえてくるは時折その目的を思い出したかのように花や草を揺らす、轟音とは程遠い風の草笛だけである。
ラムザは周りの穏やかな風景に戸惑いを覚えると同時に、ここが天界ではないのかと半ば本気で考えた。

「ここはどこなんでしょう?」
「私にもわからない。目が覚めたら隣にお前しかいなかったんだ」

ラムザは起き上った。周りを再度見渡す。
ここが、かのレナリア台地ではない事は明白だった。竜巻が近くを通り過ぎた形跡はどこにも見当たらない。
そもそも、台地という点でラムザ達が今いる地とレナリアは相似していたが、
高地から先を見れば遠く遥かにイグーロス城が小指程の大きさながらも確認できたレナリアと違い、
この地は見渡せど見渡せど、地平線が続くばかり。

小さいながらも辺りは見渡せば見渡すほどのどかで広大で、しかしどこか閉鎖的なのだ。まるで世俗から離れているように。

「竜巻に飛ばされてこのような所に?」
「そうかもしれない。だとすると随分と遠くまで飛ばされてしまったのかもしれない。
しかし貴公も私も怪我ひとつないのが幸いだな」

アグリアスはその髪を払いながらラムザに振り向くと本当に不思議そうな表情でそう告げた。
ラムザが彼女の旨に同意する物言いをした。
「とりあえず辺りを散策してみましょう。仲間がどこかにいるかもしれません」
ボコもいるといいんだけど、と心の中で望みながらラムザとアグリアスは緑の草原を歩きだした。


歩けど歩けど、緑が続く。鳥一羽鳴かず、虫一匹飛び跳ねない。
辺りに響くは二人が草を噛みしめる音、そよ風が陽気に吹く口笛音だけである。

そんな非現実な周りに、しかし二人は不思議と溶け込んでいた。
ゾディアックストーン、ルカヴィ、そして人間の醜い憎悪と果てなき欲求。
旅の途中で再三接触したこれらの存在は、ラムザ一行を非現実的な世界へと引きいれるには十分な要素だった。
彼等は近づきすぎたのかもしれない。
現に発狂者が出てもおかしくないこの状況下で、この二人はただ仲間の安否を気遣っている。
周りで起きている不可思議な現状の事など、ムスタディオが隠れて飼っているポーキーの晩飯ほどにどうでもいいことなのだ。

どれくらい歩いたのだろうか。
一向に陽が沈む気配を見せない草原の先に、今までは見えなかった黒い点のような物が二人の眼前に飛び込んできた。

「あれは…町でしょうか」
「ここからだとよく見えないが、何かあることだけは確かだ。先を急ごう」

二人は大急ぎで高地から降り、その黒い点がある方向へと歩みを進めた。

果たしてそこには村があった。
ただ、どうやら村の周りは城壁のようなもので囲まれているらしく二人が村の中を遠目から直接確認する事はできなかった。
ただ、囲っている城壁からちょこんと、村の中心部に位置するのだろうか、教会と思われる屋根の先端がラムザとアグリアスを窮屈そうに見つめている。

その村は異様な存在感を放っていた。
円村というものは元来、村の周囲に耕地を耕し発展、繁栄を続けるものだが、
二人の辺りは土地を掘り返した形跡ばかりか踏み荒らされた痕跡すら無い。この場から村だけを取り除いても、誰も不思議に思わないに違いない。
それほどまでに、優雅でぼんやりとした周りの光景と、無機質で禍々しいくっきりとした印象を与える城壁との違和感は酷く鮮明であった。

アグリアスたちの前に開いている門はまるで大きな口を開けた化け物のようで、
ラムザたちが門をくぐるのを今か今かと待ちわびているようだった。
その口たる、門の中に広がる町の風景をまたもラムザ達は垣間見ることができなかった。門の辺りに不自然な靄がかかっているのだ。

「行ってみましょうか、アグリアスさん?」
「何を今更。行くしかないだろうに」

二人はお互いの顔を見やり神妙に頷いた。
不思議な草原、不自然な町、不可思議な靄、二人の周りには怪奇が多すぎた。
これ程の条件が揃っても、彼等は臆することなく怪奇の一端へと向かっていく。
一片の怖ろしさ、それにも勝る仲間の安否を心の中で気遣いながら。

二人は門をくぐる。木でできた門の橋がキイキイと悲鳴をあげるがすぐにその音は止んだ。
待ちわびたかのように靄は急いで二人を包み込む。村の中に入ったのだ。二人は一層緊張感を強くした。

その時、後方に位置する門があるはずのない顔が、ぐにゃりと狂喜のために歪んだ。
まるで、これから起こる展開に喜びを隠せないかのように。
ラムザはすぐに振り返る。
当然、靄で門の存在はおろか隣のアグリアスの姿も見えない。
ラムザはこれ幸いにと、隣にいるアグリアスに悟られないよう、静かに一人、震えた。

最終更新:2010年07月23日 01:02