第百十六話 それでもなんとかしなくちゃいけない 投稿者:兄貴 投稿日:10/07/07-21:26 No.4372
「ウガアアアア!! 監獄の中ぐらいどいつもこいつも静かにしやがれェーーーッ!! この俺様の傷に響くだろうがァーーーッ!!」
地獄の底に響く魔人の咆哮。
それだけで吹き飛ばされそうなほどの巨大な叫びに、思わず皆が耳を塞いだ。
「さ、最悪の展開だ・・・・」
シモンですら顔が引きつった。
しかし、中には無反応な連中が居る。
それこそが、デュナミスの召喚した傀儡たちだ。
そして傀儡たちは逃げ惑う囚人たちではなく、雄叫びを上げたチコ☆タンを取り囲んだ。
しかし・・・
「アア~? 何だテメエら・・・ウヨウヨしやがって。挨拶ぐらいしたらどうなんだグラァーーーーーッ!!!!」
無言でチコ☆タンを取り囲む傀儡たちに、チコ☆タンは更に不快になった。
「ばっ、待て! こんな建物が崩れている中でお前が暴れたら!?」
チコ☆タンの体を包み込む力強い光が破裂し、無数の魔力の塊の球体が周囲に拡散した。
「や、やばいぞシモン君!?」
「み、みんなふせろォォ!!」
敵味方なんてない。
「爆・撃・乱・舞!!」
とにかくチコ☆タンは目に見える範囲にいる黒い魔素を纏った物体目掛けて爆裂球を手当たり次第に放出した。
「ちょっ、・・・・ぎゃあああああ!?」
「な、なんなんだよォ!? テロリストかァ!?」
「もう悪いことしないから許してくれーーーー!!」
あまりに傍迷惑な爆発は傀儡たちのみではなく、爆発の余波で囚人たちもぶっ飛ばされていく。
ただでさえパニック状態の監獄の中がさらに混沌としてしまった。
「な、なんだあの化物はア!?」
「この傀儡たちの親玉かア!?」
「ぎゃアーーー、ちゃんと改心するから助けてええええ!」
先ほどまで勇ましく戦っていた囚人、看守、兵士たちだったのだが、突如出現した桁違いの怪物の爆撃にみっともなく逃げ回った。
「ぶちのめしてやらア!! ウラアアアアアアアア!!」
「だから待てってええええ!!」
「グラアアアアアア!!」
手当たり次第に傀儡たちを、そして巨大な召喚魔すらも粉々に吹き飛ばす魔人の破壊力は健在だった。
「い~く~ぜ~、憤怒のうねりよ、爆ぜやがれぇ!! このクソみてえな地下世界ごと消し飛ばしてやらァ!! ウルアアアアアアアアアアアアアアア!!」
もはや言葉も思いつかなかった・・・・
「なっ・・・・」
「なん・・・・」
「「「「「「「「「「なんだそりゃああああああ!!??」」」」」」」」」」
先ほどまで攻撃が当たらないとか、色々と手こずりながらも戦っていた自分たちがバカらしくなるほど、馬鹿げた力だった。
手当たり次第に触れる傀儡たちを紙くずのように引きちぎっては、砕いて、破裂させ、もはやこの爆乱の渦に誰も近づけなかった。
「なんだあの化物はァ!? 化物が化物どもを蹂躙してやがるッ!?」
「おい、なんとかせんと、この大監獄が完全崩壊するぞい!!」
「誰かァ!! 強力な魔大砲を持ってこーーーーーい!!」
「鬼神兵だ! 鬼神兵を出撃させろォ!!」
「弩級艦隊で止めろオオオオ!!」
「「「「「「「「「「あの化物を止めろおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」
いい加減に誰かが止めなければ・・・・
しかし・・・・誰が?
「な、なあ、シモン。お前・・・・一回あいつを倒したんだろ? もう一回倒してくれね?」
「む、無茶言うなよサラ・・・・いくらなんでも、グレンラガンじゃないと止められる気がしない」
「ぼ、僕でもいくらなんでもあれは・・・・・」
「ま、魔法世界には麻酔銃ぐらい無いのかい?」
気持ちよさそうに次々と敵を蹴散らしていくチコ☆タンは、理性がない分ラカンよりもタチが悪い。
自分たちの危機だというのに、誰もが呆気に取られてしまい、もうチコ☆タンはやりたい放題だった。
だからこそ・・・
「アムグ署長!!」
「やれやれじゃな・・・仕方ない、敵もぶっとんだことじゃし・・・」
敵にも味方にも大迷惑な怪物は、溜まった鬱憤を全て吐き出すかのごとく暴れまわった。
「グワハハハハハハハハハ!! どうだ! なんか言ったらどうなんだカス共ォ!!」
「ふう・・・・・・では・・・」
「ウルアアアアアアア!! 全員死にやがれええええええええ!!」
だからこそ、この大監獄の責任者のアムグがここにいたことは、不幸中の幸いだった。
囚人の首輪は奴隷がつけているものと同じように出来ているために、アムグの意思でチコ☆タンを無力化することも可能である。
「拘束・チコ☆タン」
「ア゛・・・ぐおおおおおな、なんだ!?」
アムグが短く呟いた瞬間、チコ☆タンの首輪が光、チコ☆タンは急に全身の力が抜けて地面に倒れてしまった。
「やれやれ・・・この首輪を作った奴は天才じゃな。お陰で助かったわい」
「ふう・・・・なんともまあ、・・・」
「ちっ、・・・ザイツェフの奴は何者なんだい?」
「ディーネ、そもそもその認識が間違っている。あの化物の本当の名は・・・・」
魔法世界にその名を広く轟かせる獣人四天王たちですら、魔人の暴れっぷりには手を焼かされた。
すると、首輪により全身に力が入らぬチコ☆タンは、自分を拘束した者に、怒りの形相を浮かべて振り向いた。
「テ、テメエはアムグゥ!? この野郎! 力が入らねえ、今すぐ首輪を外しやがれェ!!」
「外すわけないじゃろう、この・・バ・・・カなどと言ったらまた暴れるのう。まあ、とにかく大人しくせよ。ワシにはいつでも貴様を処刑できる権限があるのじゃからな」
「ア゛ア゛ッ!?」
「隊長~~! 無事だったネ!」
「もう、ビックリして目玉が飛び出しそうだったよ~! 目玉・・・ないんだけどねー、骨だから!」
「まあ、無事で良かったぜ」
「おう、テメエら! ところでこれはどうなってやがるッ! つうか、今すぐこいつら皆殺しにして俺を解放しろォ!」
それにしても捕まって拘束されているはずのものが、何とも元気に暴れたものだった。
チコ☆タンが首輪の力で大人しくなり、さらに召喚された傀儡たちも全滅したおかげで、何とか囚人たちも納まってきたようだ。チコ☆タンの部下であるパイオツゥたちも集まって、にぎやかになったものだ。
そんな中、ようやくぶっ飛ばされた二人の敵が殴られた頬を少し押さえながら、ため息をついて現われた。
「やれやれ。迷惑だね。さすがに僕も普通に驚いてしまったよ」
「ぬ、ぬう・・・よもや爆乱のチコ☆タンとは・・・噂通りの騒がしさだ」
激しく吹っ飛ばされたが、目に見えるほどのダメージは二人には無い。
だがそれでもチコ☆タンの出現には、流石のフェイトもデュナミスも予定外だったようだ。
そんな二人に対して拘束されながらもチコ☆タンは叫ぶ。
「アア? クソがァ! テメエらこの俺様によくも生意気言いやがったなア!! 爆殺してやらア!」
「もう・・・・・大人しくしておれ。ただでさえ話が混乱してしまったのじゃからのう」
「でも、助かったよ」
「ン? テメエはドリル野郎! なんでテメエまでここにいるんだゴラァ!!」
「いや~・・・シモン君もよくこんな怪物を倒せたね~」
「なんか・・・私たちの活躍全部持ってかれた気がする・・・」
「ぶ、ぶ~みゅ」
「諦めろサラ、相手が悪い」
話が一向に進まない。
「ゴラアアアア、ドーリールー野郎がァァァ!! 今すぐミンチにしてやらアアアアアア!! ウガアアアアアアアアアアアア!!」
「たのむ・・・・傷に響くから大人しく・・・・」
「だ~れ~に、命令してんだゴルアアアア!!」
本来まったく話に関係の無いはずの怪物が出現してしまった所為で、話がこんがらがってしまった。
「「「「「「「「「「もう・・・・・勝手にやっていればいい・・・・」」」」」」」」」」
頭が痛くなるこの感覚は、フェイトたちもシモンたちも同じだった。
やがてフェイトはもう一度ため息をついて、話を再開させる。
「やれやれ、収容されている者達に関しては軽く下調べしてきたつもりだけど、まさかこんなことになるとはね」
「ふん、こやつが収容されたのは昨日なのでな。流石のオヌシも調べ切れていなかったようじゃな」
「そうだね。それにしても爆乱のチコ☆タン自体、サウザンドマスターに敗れて、その後20年前のオスティア崩壊の時に死んだと思っていたんだけど、どうしてここに居るんだい?」
そう、チコ☆タンは公式では既に死んだことになっている。
「「「「「「「「「「・・・・・・・・・はっ?」」」」」」」」」」
サウザンドマスターに敗れ、オスティアの監獄に収容されていた彼だが、オスティアの崩壊時に逃げられずに死んだというのが、チコ☆タンの伝説の終わりであった。
しかし今、目の前に間違うこと無き本物のチコ☆タンが居る。
「「「「ええええええええええええ!?」」」」
「「「「ぬあんだってええええ!?」」」」
「ザイツェフ、テメエがあの爆乱のチコ☆タンだったのか!?」
「あの祭りの首謀者だから只者じゃねえとは思ってたけど、お前はあの伝説の怪物だったのかッ!?」
「ぎゃああああああ、殺されるウウウ!!」
ザイツェフを知らなかった連中も、どうやらチコ☆タンの名前は知っていたようだ。
どよめき出したもの、恐れを抱いて壊れた監獄の中に慌てて逃げ込むものなど、さらに騒がしくなった。
すると、そのざわめきの中でチコ☆タンは苦虫をつぶしたような顔で、フェイトを見上げた。
「けっ、・・・甘ったれた、オスティアのクソ姫が余計なことしやがったんだよ」
「ほう・・・・そうか・・・世間では災厄の女王と呼ばれたアリカ姫だが、実際は身を扮してオスティアの民を救っていたとは聞いていたが・・・まさか囚人まで助けるとはね」
「つうか、テメエはさっきからスカした態度で誰を見下してんだゴルァ!!」
「君が首輪の力に負けて這い蹲っているだけだろ?」
「・・・テメエ・・・・爆死刑だアアアアアアアアアアア!!!!」
涼しい顔で頷くフェイトに対して、ブチブチと何度も音を立てながら怒号を上げるチコ☆タン。
「た、頼むから・・・フェイトも挑発しないでくれよ・・・・」
胃が痛くなるシモンだった。
するとそんなシモンの傍らで、少しザワザワと皆が話し始めた。
「おい、ミルフ・・・ザイツェフの正体が、あのチコ☆タン? さらにあの日・・・私と同じように姫様に救われたってのかい?」
「ディーネ・・・そのことは墓の中まで持っていけ。犯罪者も解放したなど、これ以上アリカ姫の名誉に傷をつけたくなければのう」
耳打ちで話すディーネとミルフ。ディーネも少し複雑な顔をしだした。
しかし、この世界でもトップシークレットのこの事実。
これに対して、シモンが余計なことを付けたしてしまった。
「アリカ姫? それって確かネギのお母さんのことか? ってことは、チコ☆タンはネギのお父さんに負けた後に、ネギのお母さんに助けられたってことか?」
そしてそれがまずかった。
「あっ・・・・」
「・・・・・・へっ・・・・」
「・・・・なっ・・・・・・」
全員がポカンと口を開けて固まり、そして数秒後に・・・
「「「「「「「「「「えええええええええええええええええええええええッ!!??」」」」」」」」」」
この場に居た全ての者たちが飛び上がったり、腰を抜かしたりして、度肝を抜かれていた。
「ササ・・・サウザンドマスターと・・・アリカ姫の子ッ!?」
「ア、アリカ姫って・・・バカな!? オスティア崩壊直後に首都に2年間拘束されて処刑されたじゃねえかよ、何で子供が生まれるんだよッ!?」
「あの災厄の女王の血を引く子供がいたのか!? しかも父親はサウザンドマスターだとッ!? どうなってんだよッ!?」
「ド、ドウカツ隊長!?」
「し、知らんぞ・・・どういうことだ!?」
「あのバカ・・・言うてもうたな・・・・」
「うむ・・・」
「どういうことだい、アムグ、ミルフッ!? 確かサウザンドマスターの息子のネギ・スプリングフィールドは確か10歳! 姫様が処刑されたのはもっと前・・・18年も前の話だよ!?」
「くけええええ、どういうことだこれはッ!?」
「・・・アリカ姫がネギ君のお母さん? 僕も流石に驚いたな・・・では、ネギ君は正当な王家の人間かい?」
「つうか、こいつらさっきから、何を当たり前のような顔をして、こんなとんでもねえ会話してるんだァ!?」
そう、アリカ姫はこの世界で何年も前に処刑されている。
オスティア大崩壊の後、戦争責任を取らされ刑死した。それがこの世界の歴史上に語られる話だ。
だが、もし今のシモンの言葉が本当なのだとしたら辻褄が合わない。
ネギの年齢とアリカ姫が処刑された時期がまったく重ならないのである。
シモンの発言に、一部を除いて皆が、嘘だろう・・・冗談だろう・・・と信じられないような目でシモンに注目した。
しかし・・・
「あっ・・・・これってひょっとして・・・・言ったらまずかったのか?」
あまりの周りの反応に、シモンはやってしまったか? と自分の失言に気づいてしまった。
「「「「「「「「「「ぬあにいいいいいいいいいいいいいいい!!??」」」」」」」」」」
しかしそのシモンの反応こそ、このことが事実だと表してしまったのだった。
この中で真実を知っていると思われる首都の幹部のアムグとミルフは頭を抱えてため息をついた。
その二人の様子を見て、ディーネはミルフとアムグの胸倉を掴んだ。
表情は笑顔なのだが、ワナワナと震えながら、額に青筋が入っていた。
「テメエら・・・・・・でっちあげやがったな!!」
「ディーネ・・・・」
「あの姫が処刑されたってのは、テメエら首都が作り上げた真っ赤な嘘だったんだな!?」
「いや・・・嘘というかじゃな・・・・」
「このクソ野郎がア!! ふざけた嘘作りやがってエーーーーッ!!」
ディーネはかつて、口先だけの政治家を殴って頭を冷やすためにオスティアの監獄に反省の意味も込めて叩き込まれた。
しかし時期が悪かった。
ディーネが収容された直後に、オスティアは強力な魔力消失現象に襲われ、崩落した。
我先にと逃げ出す国民たちの中で、監獄に収容されている犯罪者を命懸けで助けに来る馬鹿はいないだろう。
だからディーネは死を覚悟した。
しかし、彼女は助かった。
助けてくれた人がいたからだ。命の危険を顧みずに、全ての命を救おうと駆け回った人がいたからだ。
―――逃げよ! オスティアは間もなく崩壊する! たとえ何者であろうと、この国にある命を散らすことなど妾がさせぬ!
救う命を選別することなく、オスティアにある全ての命を救うために、自ら動いた王国の姫君。
ディーネの命を救った者が、昔居た。
「へっ・・・へへ・・・ふざけんじゃねえってんだよ・・・・クソッタレめが・・・・」
真実を知ったディーネの表情はどこか穏やかになった。
「まあ、もう隠すのは無理じゃから言うが・・・本当に処刑は執行された・・・しかし処刑場に颯爽と現われ、姫を救った奴らがいた」
「奴らはワシやミルフが指揮する軍団や、首都の戦力をことごとく蹴散らしてその場を後にした・・・・そのお陰でワシは将軍をクビになり、ここに左遷された」
かつて処刑場に現われてアリカ姫を救った者たちが居た。
誰だ?
決まっている。
「ゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「チコ☆タン?」
「おい、アムグのジジイ! それにドリル野郎! その話は本当かア!? あのクソ姫は処刑されずに救われ、そして今この世界に居るサウザンドマスターの息子の母親は、あのクソ姫なのかア!?」
「・・・あ・・・ああ・・・俺はそう聞いている」
「ッ!?」
床に這っていたチコ☆タンは絶句してしまった。
この衝撃の事実にチコ☆タンですら言葉を失ったのだ。
「あのクソ姫は処刑されたわけじゃなかったのか・・・・・」
チコ☆タンもディーネと同じだ。
サウザンドマスターに討伐され、オスティアの監獄に閉じ込められていた彼もまた、ディーネと同じ人物にオスティア大崩壊の際に命を救ってもらった。
――何故助けた!?
魔人の自分を助けたそのものに向かってチコ☆タンが叫ぶと、女は大きな声で「バカ者!」と叫び、悲しそうな表情でチコ☆タンに語りかけたのだ。
――捨ててよい命なぞ何も無い! 市民も! 貧民も! 犯罪者も! 魔人も同じじゃ! この国に居る以上、捨てよい命なぞ・・・・選ぶ命なぞ無い!! 全てを救って見せる!
誇り高く、威厳に満ちて、近寄りがたい空気を醸し出す王家の血筋。
その冷たい表情と、人を見下したような目が気に食わないと思ったことがあった。
しかし彼女は高価なドレスを汚し、その美しい指先はあかぎれだらけで汚れ、一人でも多くの命を救おうと必死に駆け回り、魔人の自分に「生きろ」と懇願した。
――さらばじゃ、勇猛なる魔人よ!
あれが彼女を最後に見た姿だった。
彼女が処刑されたとき、彼女の騎士は現われなかったのだと、チコ☆タンは全てに絶望した。
だが、真実は違う。
「あいつらか・・・・あのクソ野郎どもは、あのクソ女を救っていやがったのか!! くっくっくっ・・・・ギハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
チコ☆タンは笑っている。
心からうれしそうに豪快に笑った。
自分を討伐した男は、惚れた女の一人も救えないクズだと思っていたが、真実はどうだ?
騎士は見事に捕らわれた姫を救い出し、その愛の証が今この世界に居る。奴らの息子がこの世界にいる。
これが笑わずにはいられるかと、チコ☆タンは笑った。
監獄内はもはやこの衝撃の事実の前に大混乱。
「はあ・・・・やれやれ・・・」
「ふう・・・そういうことだったか」
そんな中で、フェイトとデュナミスは溜息をつき、そしてフェイトはシモンに向き合い、口を開く。
あまりにもうるさくて誰ももはや二人の会話を気にしてはいないが、フェイトはシモンと話しさえできれば構わなかった。
「主の野望を邪魔したサウザンドマスターの息子が立ちはだかったと思ったら、彼とは関係ない場所で、今度は母親が関わったものが、今僕を邪魔した・・・・思い通りにいかないものだね」
「何でも自分の思い通りになるなら誰も苦労はしないさ、フェイト」
「そうだね。本当に思い通りにいかない。世界は僕たち『完全なる世界』をどこまで邪魔をするのだろうね。ネギ君といい・・・シモン・・・君といいね」
フェイトは天井を見上げて呟いた。
そういえば、こうやってシモンと直接話すのは久しぶりだ。
以前もグラニクスで会ったが、あのときのシモンは記憶を失っていた。
そうだ、こうやって自分の知るシモンと話すのは、京都以来だった。
「シモン・・・・・」
「・・・フェイト・・・」
そう考えると懐かしい。
消滅させるために大監獄に赴いたというのに、その仕事がいつの間にか頭から消えていた。
「シモン・・・グラニクスで君は言ったね。記憶が無かったとはいえ、君はこう言った。僕と君はそんな大義がどうとかで戦うわけじゃない。戦う理由はただの喧嘩だってね」
「ああ」
「そう・・・でも・・・君は知ってしまった。全てをね。だから・・・・全てを思い出した君だからこそ、そして大グレン団としての君に聞きたいことがある」
フェイトも見ていたのだ。
全世界に流されたシモンと大グレン団の物語を。
シモンという男の生き様を知ることが出来た。
そしてシモンも世界の謎を知った。
何年も前から続く解決不可能な問題と無慈悲な真実。
フェイトいう男の意味を知ることが出来た。
お互いを知ったからこそ、もっと知りたいと思うようになったのだろう。
フェイトはシモンへ問いかけた。
「シモン・・・君はどうしてこの世界のために命を賭ける?」
「何?」
「関係ないはずだ。ネギ君と違って、本当に君には関係の無い世界・・・幻想・・・そんなもののために何故命を賭ける?」
フェイトが見上げた天井は、亀裂が走って所々が破壊されている歪な天井だ。
まるで今の自分の胸の内を表しているようだ。
すると喧騒の中に居た囚人たちも、更にザワつき出した。
チコ☆タン、アリカ姫、ネギ・スプリングフィールドなどの次に、フェイトが自らを完全なる世界と口にしたからだ。
二人の会話が分からなくとも、フェイトが口にしたその単語ぐらいは分かる。
当然囚人たちも兵士たちも知らないはずが無い。
「それにシモン・・・アムグや僕が言わなくても君なら分かるはずだ。全てを救えるほど世界が簡単ではないことを」
「ああ・・・・そうだな。その通りだよ。全てを救うと言いながら・・・俺は大切な人たちを何人も失ってきたからな・・・・」
「ならば何故?」
シモン一人だけに向けられた言葉。
しかし周りのものたちも、今度は一体何事なのかと、次は騒ぎの中心に居るシモンに注目した。
「何故か・・・色々とあるさ。エミリィやトサカたちを見捨てたくない、ネギたちのため、ラカンのダチとして・・・・そして、アスナのため、・・・・上げればキリが無い・・・でも、一番の理由は、やっぱり俺がグレン団だからかな」
「・・・・清々しい顔をしてるけど、理由になってないよ?」
「お前にはなってなくても、それだけで俺には理由になるんだよ・・・・それに・・・約束したんだよ」
「約束?」
「ああ・・・アンチスパイラルという奴らとな」
「アンチ・・・・スパイラル?」
二人の会話についていけない周りの者たち。
この場に居る者たちの共通する思い、それは要するにシモンが良く分からないということだ。
するとシモンは、ゆっくりと目を閉じて、胸元に輝くコアドリルを握り締め、フェイトに語りかける。
「フェイト・・・俺の居た世界も・・・宇宙も・・・いずれ滅びの危機を迎えると教えられた」
「何?」
それは、シモンがこの宇宙で始めて自らの口で語る、シモンの世界の真実だ。
「進化と螺旋の力が銀河を生み出し、過剰に増える銀河が互いに食いつぶしあい、やがて宇宙全てを飲み込む現象。スパイラルネメシス。それを阻止するために俺たちを滅ぼそうとした種族が居た。そいつらをアンチスパイラルと呼ぶ」
「スパイラル・・・ネメシス? アンチスパイラル?」
聴いたことの無い単語だ。
「奴らは俺たち地上の人類の数が一定の人数を超えると、その世界を危険とみなし、人類を殲滅するようにプログラムしていた。そう、地上の人数が100万人を超えた時だ」
「ッ!?・・・そうか・・・100万匹の猿とはそういうことか・・・」
100万匹の猿が地上に満ちたとき、月が地獄の使者となりて螺旋の星を滅ぼす。
ロージェノムの遺言だ。
「なるほど。そういうことか。やはりロージェノムはただの独裁者ではなく、彼なりに世界を守っていたんだね。しかし・・・そのロージェノムすら大人しく従うような・・・アンチスパイラルとは何者だい?」
「アンチスパイラルは・・・」
理由や背景は違えど、今と同じような世界滅亡の危機に、敵に道理を突き付けられた時のシモンがかつて居た。
奴らは強かった。
圧倒的な強さと、覚悟と道理をもって、シモンたち大グレン団の前に立ちはだかった。
「アンチスパイラルは元々俺と同じ螺旋を使う種族だった。でも、その力の進化の果てが世界の崩壊に繋がると知ったあいつらは、螺旋の力を持つものたちを滅ぼし、残った僅かな生命も世界の片隅に押し込めて、自身の身も封じ込めた。自分たちの世界に肉体と進化の可能性を封印し、醜い姿に身を変えながらも、奴らは戦った。元々の同族を倒し、自身を封じ込め、世界を守ろうとする覚悟を持っていた」
――決意も無く、覚悟も無く、道理も無く、己の欲望のままに螺旋の力を使い、その力におぼれる。それが螺旋族の限界だ!
その道理の前に屈しかけた時もあった。
――螺旋の力におぼれる愚か者たちよ。貴様らにそれだけの覚悟はあるか! この宇宙を守ろうとする我々の覚悟にかなう道理があるか!
しかし自分は、そして自分たちは屈せずに相手を打ち倒した。
だからこそ・・・
「それでも俺たちは抗った。ロージェノムにもアンチスパイラルにもだ。俺たちが、俺たち自身が無限の宇宙から選び出した、俺たちの明日を手にするためにな。ならば、言うまでもないだろ? みんなや・・・・ニア・・・・たち・・・の想いと引き換えに・・・あいつらを倒し、明日を手にし、未来を約束した俺が、成すべきことを成した俺が、・・・」
言えるはずが無いのだ。
「仕方ないなんて言って、諦めたらいけないんだよ。」
失った友のため、愛した女の想いのため、そして倒した敵のため。
「そう・・・紅き翼はまるでかつての俺たちだ。滅びの運命に抗った。明日世界が滅ぼうと今日を抗った。だから、そうやって掴んだ世界を救うのに、結局世界を滅ぼすしか答えがないなんて・・・そんな答えに納得できない・・・。ネギのお父さんには会ったこと無いけど、もし彼がここに居たらきっと言うはずだ。俺たちが命がけで掴んだ明日は、こんな明日じゃないってな」
この世界は、かつての自分たちと同じように、滅びの運命に抗った者たちが守った世界だからこそ。
「だから・・・だから! 倒れていたった者たちが後から続く者たちに託した道が、こんな風に途絶えるのは我慢できない」
それがシモンの思いだ。
「なるほど・・・・そうか・・・君は・・・こことは異なる宇宙の英雄・・・・考えがたいけど、君ならね・・・なるほど・・・そういうことか」
本当は非常に考えにくい話だが、シモンなら、そしてそれなら話の辻褄が合う。
ロージェノムやガンメン、獣人、地下に押し込められた人間たちの話。
しかしその全てが、現実世界ではなく、今フェイトたちが居る宇宙とは違う宇宙での物語だとしたら、納得できた。
だが・・・
シモンの気持ちは納得できたものの・・・
「でも、僕を倒しても何も変わらないよ」
「なに?」
フェイトはその行動自体に賛同はしなかった。
「アンチスパイラルとやらがどう思って君たちに道を託したかは知らないが、それでも僕は僕たち完全なる世界のやり方に疑念はない。この世界だって、スパイラルネメシスとやらとは違うかもしれないけど、間違いなく滅びの道を辿っている」
自分にこそ理があるとフェイトは告げる。
無表情で人形のような瞳をしている男の言葉から滲み出る言葉の重みは、事情を知らない全ての者たちをも圧迫した。
「ちょっ、どういうことだ!? あいつらさっきから何の話をしてんだよ!?」
「わけがわからねえ・・・・」
「つうか、このガキ・・・完全なる世界って・・・・・まさか・・・」
「・・・ミルフ・・・分かるか?」
「わしにも・・・アムグよ・・・」
「ふん、まあ簡単に言えば・・・あの小僧は完全なる世界の残党で、あの小僧がやろうとしているのは20年前の再現じゃ」
「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」
「世界を滅ぼすことじゃな」
この場に居るものはほとんどがアムグの言葉を理解した。
「「「「「「「「「「じょ、・・・・冗談じゃねえぞおーーーッ!!??」」」」」」」」」」
この世界に住むものならば、子供でも20年前に何があったのかを知っている。
「せ、世界を滅ぼすってこのガキ正気か!?」
「20年前のあれって・・・・バ、バカ言ってんじゃねえよーーッ!?」
世界の崩壊。
かつて紅き翼の英雄と、この世界のものたちが一つになって防いだものを、もう一度再現しようというのだ。
流石に囚人も軍人も関係なく、このことには皆が取り乱した。
しかし・・・
「そう、僕は黄昏の姫巫女の力を使い、この世界を書き換える。そしてこの世界のものたちには、書き換えられた世界、完全なる世界へ移り住んでもらう。あらゆる理不尽やアンフェアな不幸の無い永遠の園へね」
「「「「「「「「「「は・・・はああ~~~~?????」」」」」」」」」」
「争いもわだかまりも無い永遠の園。それが完全なる世界だ」
最終更新:2011年05月13日 21:14