256 :名無しさん@ピンキー:2010/07/31(土) 00:46:25 ID:???
    色々予測しているところすいません。真宵凌辱もの、オチっぽい話が出来たので
    エロパロのエロくない作品スレに落としてきました。

    http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1199377879/423-430

    エロない、救いもない、なにより真宵が最初と最後しか出てこない。なので
    もう何処に落としたらいいか分からんくなったorz
    人死にと孕みネタとガチ鬱話が平気だったらどうぞー
    あとこうなったのは孕みネタ振った>>244と>>249が戦犯。異論は認める
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     見舞いの手土産に何を持っていこうか散々迷い、まずは白と黄色の可愛らしい花束を
    選んで、そこで色気より食い気の少女には食べられるものの方が喜ばれるだろうと思い
    至り、籠に各種フルーツが入ったセットを手にし、ふと冷蔵庫を見たらちんまりした
    チョコレートケーキがあってああそういえば二人とも甘いものが好きだったなと思い出し
    ゼリーとマジパンを載せたケーキをふたつ買い求め。
     病院の売店レジで会計を済ませる段になって、御剣怜侍は自分の手が二本しかないのに
    気がついた。
    「ム」
     眉間にヒビを入れる御剣に、店員が気を利かせて大きなレジ袋を用意してくれたから
    いいものの、そうでなければ御剣は大いに困ったことだろう。荷物持ちに便利な刑事は
    今日は同行していない。
     片手に花束を抱え、もう片方の手にはかさかさ鳴るレジ袋を提げ。御剣は病院の廊下を
    歩く。淡いクリーム色の壁へ、窓から差し込む陽光が模様を描く。何かに似ている、と
    考え、考え──(ああ。そうか)
     鯨幕だ。
     父親の葬儀で、十歳だった御剣は、こんな模様の前でずっと座っていた。
     午後の浅い陽光と。窓に規則正しく嵌められた鉄格子のつくる影のなか、御剣は表札の
    ない病室の前で足を止めその扉をノックした。
     中の話し声が潜まり、ドアがほんの僅か開いて。
    「あ! みつるぎ検事さん!」
     ドアの向こう側から見上げてくる春美へ、ぎこちなく笑いかける。
    「まあ、おみまいに来てくださったのですか?」
    「うム。もっと早くに顔を出せれば良かったのだが……すまない」
    「そんな! どうぞお入りになってください──真宵さま、みつるぎ検事が来てください
    ましたよ!」
    「ホント?!」
     おみやげもたくさん持って、とはしゃぐ春美に輪を掛け明るい声が響く。
    「うわあ、いらっしゃい、みつるぎさん!」
    「……ああ」
     ベッドに身を起こし屈託なく笑う真宵へと手土産を見せ、御剣は考える。
     自分は、今、この少女に“普段通り”接していられているだろうか。と。
     ケーキにはしゃぐ真宵、花束を受け取り手際良く花瓶に生ける春美。何も変わらない
    ように見える。真宵が髪を切り、ベッドに横になっている以外は。春美の笑顔に痛々しい
    明るさが混じる以外には。
     視線が。制御できない。「ケーキ、ふたつしかないですよ?」と首を傾げる真宵へそれ
    はキミたち二人への土産だから、と答えながら、御剣はついソコを見てしまう。毛布の
    下。にこにこ笑う真宵の、腹。“今のところ”なだらかな曲線しか見受けられない部位を
    見てしまう。
     不意に。ノックが響いた。
     春美がびくんと身を竦ませ、「綾里真宵さん。検温ですよ」きびきびした看護士の姿に
    ほうっと息を吐く。
    「では、わたくし、くだものを切ってまいりますね」
     よいしょと持ち上げる春美から、御剣が果物籠を取り上げる。目をぱちぱちさせる春美
    へ、「私も手伝おう」
    「まあ! お客さまに、そんなことはさせられません!」
    「いいから。それに、ここにいたら看護士さんの邪魔になる」
     御剣の言葉に、三十手前くらいの看護士は明るく相槌を打ち、「十分くらいで終わり
    ますよ」と声を掛けてくれた。
     やたらと恐縮する春美と共に、給湯室へ向かう。そこまで荷物を運んでしまうと、御剣
    にはやることが無い。何しろりんごの皮を剥けば残る実より皮の方が分厚くなる不器用
    ぶりだ。というわけで、御剣は春美が持参のぺティナイフでりんごの皮をくるくる剥く
    様を横で眺めていて、「みつるぎ検事さん」

     沈黙を破ったのは春美だった。
    「本日は、真宵さまのおみまいに来てくださって、ありがとうございます」
     いや、と、御剣は呟き。「キミもだ。春美くん」
     春美は答えない。ナイフを握る手が微かに震えている。
    「キミと、真宵くん。二人の、お見舞いだ」
     春美は無言のまま、りんごの皮剥きを続けている。ぷちんと、ひとつづきになっていた
    皮が切れて、流しに落ちる。春美はぱちぱち目を瞬かせ、「切れてしまいました」と、
    くしゃりと笑った。御剣はどう答えればいいのか分からなかったので、気にしなくても
    いい、とだけ言った。
     御剣は呼吸を整え、「春美くん。真宵くんは、」
     そこから先が出てこなくて絶句する。聞きたいことはたったひとつなのに、「四ヶ月
    です」
    「――」
    「もうすぐ四ヶ月です。真宵さまも、赤ちゃんも、お元気です」
     明るい声だった。
     痛ましいほどに、弾んだ声だった。
     御剣は、ゆっくりと、息を吐いて──この質問を小学生の春美に対して行ってもよい
    ものかどうかを判別できぬまま、問う。
    「真宵くんは、産むのか」
    「はい」
     迷いのない、即答。
     ──真宵と春美が被害者となった、監禁事件。そこで何があったのか、検事である御剣
    は知っていた。そこで 本 当 は な に が あ っ た の か 、綾里の事件に関わった経験
    のある御剣は、他のどの検事よりも理解していた。
     にこにこ笑う真宵。しあわせそうな真宵。――壊され、幸福を感じることしかできなく
    なった、綾里真宵の残骸。
     せめて想い人であった成歩堂龍一の子であれば良かったのだが──そんな風に考えて
    いる自分に気づいて、嫌になる。誰の子であっても真宵が犯され孕まされたことには違い
    ないのに──ああでも、成歩堂の子なら、真宵は喜ぶだろうか──ほんとうのほんとうに
    喜んだかもしれない──「男の子がいいです」
     え、と、聞き返す声は、我ながら間の抜けたものだった。
     春美は繰り返す。「男の子が、いいです」
    「そ、そうか。うム」
     何が“そうか”でなにが“うム”なのか自分でも分からぬまま相槌を打ち。「だって」
    春美の、暗く沈んだ瞳に言葉を失う。「女の子は、倉院の里にとられてしまいます」
    「な、に?」
     春美のちいさな身体がぐらぐら揺れる。声も虚ろにぐらぐら響く。
    「真宵さまは、もう、家元のおつとめが、できません」それはそうだ──あんな状態では
    ──「わたくしも、もう、里には戻れません」――そんなことはない、と言ってやりた
    かった。けれど言えない。彼女のせいではないと言うしか出来ない──「だから、」

    「綾里には、供子さまの血をひく、女の子が必要なのです」

     春美の目は。がらんどうで、乾いていた。
    「男の子だったらとられません。男の子だったら、綾里には男の子は必要ないから、綾里
    がほしいのは霊力のある女の子だから、男の子ならずっと真宵さまが育てていけます。
    わたくしも、いっしょうけんめいお手伝いします。だから──でないと──!」
    「春美くん!」
     咄嗟にぺティナイフを叩き落とす。春美の柔らかな肌ならあっさり傷つけてしまえる
    刃物が、流しに跳ねて。

    「あ」
     それで。春美が決壊する。
    「だって──真宵さまには、もうほかになにも、わたくしも、真宵さまのおそばにいては
    いけないのに、けど、真宵さま、真宵さまにはもう──ちっ、千尋さまも、舞子さまも、
    なるほど、くん、も、――わたくしたちさえいなければ──でも、わたくしがいなく
    なったら真宵さまはひとりに! わたくしは真宵さまを苦しめるだけなのに、だから、男
    の子、真宵さまの大事な──だいじな──!」
     ぼろり。と。一粒だけ、虚ろな瞳から涙が零れて。
    「真宵さまああッ! わたくしさえっ! わたくしたちさえいなければあっ! ごめん
    なさいごめんなさい──!」
     甲高く迸る謝罪に、鈍い音が混じる。それが何かを理解した瞬間、御剣の背筋が凍る。
    春美がその細い腕をステンレスの流し台に叩きつけた音だった。音は続く。声も続く。
    御剣が春美を羽交い締めにし自傷は止むが、金切り声はどんどん高くなる。春美の幼い
    行動に御剣は驚き──(違うだろう!)――違う。これが、春美本来の年齢なのだ。酷く
    傷ついた少女が陥って当然の狂乱なのだ。暴れる春美の拳が、御剣を打つ。けれどヒトの
    肉を殴っている方が流し台を殴るよりは痛みが少ないだろうと──少なくあって欲しいと
    願い、必死で抱きかかえる。
     ぱたぱたと足音が近づき、「どうしました!」厳しい顔つきの看護士が給湯室に入り、
    御剣と、泣き喚く春美を見て。
    「――先生を呼んできます。もう少し押さえていて下さい」
     御剣は、頷く。
     看護士は、医師を連れてすぐに戻ってきた。てきぱきと看護士が御剣から春美を奪い、
    医師が装束の左袖をまくりあげ。
     そこに。多数の、青紫の注射痕を見つけ。御剣は呻く。
     医師は微かに眉を動かしただけで何も言わず、反対側の袖をまくり、肘うらの注射痕が
    まだ少ないのを確認してから、注射を打つ。ひくん、と痛みからか春美が震え。静かに、
    しゃくりあげる。
    「さ、春美ちゃん、お部屋、戻ろうね?」
     抱きあげた看護士の言葉に、春美がかくんと頷く。単に鎮静剤が効力を発揮しただけ
    かもしれないが、とりあえずこれ以上自分で自分を傷つける心配はないだろう。
     御剣が足元に目を落とす。
     半ばまで剥かれたりんごが、床に転がっていた。


    『どうしてまだ巌徒海慈は捕まらないんだい?』
     御剣が友人と最後に交わしたのは、そんな会話だった。
     あれは病院のロビーだっただろうか。廊下、それとも病院以外の場所。あれは昼だった
    ろうか、夜だったろうか?
    『なあ、御剣』
     昏い目をした友人。成歩堂龍一と最後に会ったのは、何時、何処だっただろう?


    「どうしてまだ巌徒海慈は捕まらないんだい?」
     成歩堂の言葉に嘲りの色を嗅ぎ取り、御剣は不快げに眉をしかめた。怒鳴りつけない
    のは、彼が巌徒の犯罪の被害者だったからだ。被害者がいつまで経っても事件を解決でき
    ない司法に対し不満をぶつけるのは当然のことだったからだ。だが、二度目の、同じ問い
    のなかにはあからさまな嘲弄が含まれていて、元々丈夫ではない堪忍袋の緒が切れた。
    「バカにするな! キサマ、警察も検事局もナニもしていないとでも言うつもりか!」
    「へえ、違うの?」
    「な──!」

     そこで殴りつけなかったのは、御剣の自制心がかろうじて機能したのと、顔を背け
    「分かってるよ」と呟く成歩堂の姿に、怒りの行き先を見失わされたからだ。
    「ぼくも、ニュースくらいは見るよ。検事局、大変なんだろ」
     重苦しい沈黙が漂う。“大変”なのは、何も検事局に限った話ではなかった。かつて
    地方警察局長の地位にあった巌徒海慈が、法曹界各所にバラ撒いた告発文書──虚実と
    確かな証拠をとりまぜた、司法の不正を示唆する文書は、法曹界に混乱を起こしていた。
    汚職、不正捜査、事件自体のもみ消し。告発対象は警察局内に留まらず検事局、裁判所
    にも及んだ。
     四十年を捜査官として、警察官としての最後の二年を警察局長として生きてきて、
    しかも自身でも証拠の捏造や隠蔽といった不正捜査を行ってきた巌徒だ。他人の不正を
    知り得る機会も多かっただろう。それを、あらいざらいどころか脚色までつけてブチ
    撒けたのだ。
     どれが真実なのか。
     どれがウソなのか。
     法曹界は混乱の極みにあり、上の混乱は現場捜査にまで悪影響を及ぼしていた。

     そう。被害者を散々傷つけて解放した誘拐犯を野放しにするほどに。

     御剣自身も無傷ではいられなかった。むしろ、突き上げの酷い部類に入るだろう。二年
    前、師と仰いでいた検事が証拠の捏造と殺人罪で裁かれたあのとき、弟子であった御剣も
    厳しい査問にかけられた。二年前の御剣への追及は、中心人物であった巌徒海慈が殺人罪
    で逮捕されたこと、査問対象である御剣が失踪したことでウヤムヤになったが、今度は
    そうもいかないらしい。否、二年前に棚上げになった問題があるからこそ。批判しやすい
    部分があったからこそ、御剣が槍玉にあがるのだ。
     誰も泥なぞ被りたくない。
     ヒトリを叩いていれば、その間、自分は安全圏にいられる。
     スケープ・ゴート。
     ──そしてこの山羊はまっさらな白というわけでもなかったのだ。
    「御剣」
    「ム」
    「やせたな、オマエ」
    「……キサマに、言われたくはない」
     成歩堂が笑う。空疎な笑いだと思った。
    「――法で」
     ぽつりと。成歩堂が、呟く。
    「法が、アイツらを裁けないなら」
     ぐずりと。喉元にせり上がる、無形の吐き気。御剣は瞠目する。眼前のコレはダレかと
    目を凝らす。
    「法廷以外の場所で裁くしかないよな──?」
     暗い。淀む声。暗い場所を見つめる淀んだ眼差し。
    「成歩堂、キサマ、ナニを」
    「アイツはさ、」声は、暗く沈んで──沈み過ぎて、かえって晴れやかだった。「とっ
    捕まえて死刑にすればいいんだけど。ちなみの方はそうもいかないよな。何しろもう
    死んでるし」
    「成歩堂、ナニをする気だ!」
     沈黙。
    「決まってるだろ」静かな。それはそれは静かな。「裁き、だよ」
     ――待て。と。御剣は、止めたのだ。
     警察に、検事局に任せろと。法の裁きに任せろと。どちらでも成歩堂の翻意には至らぬ
    と知り。最後に、御剣は言った。

    「真宵くんを、置いていくつもりか」
     沈黙。沈黙。「アイツらは」――冷ややかな、憤怒。「アイツらが、真宵ちゃんを
    滅茶苦茶にした」
     赦せるわけがないだろう?
     激情。押さえに押さえて却って均された感情。
    「だからといって、真宵くんをヒトリにするつもりか?!」
    「はみちゃんがいるよ」
    「そうだが──いや、そうではない! 普通の状態ならまだしも、真宵くんは、」
     その先を言い損ね。御剣は眉間のヒビを深くする。
     成歩堂はそんな御剣をじっと見て。
    「ぼくの子どもじゃないから」
     信じられない台詞を、吐いた。
     御剣は唖然とし、「今、何を言った」「真宵ちゃんのおなかの子はぼくの子じゃ」
     今度は、自制が効かなかった。
    「そんなこと」
     痛む拳をかかえてぜいぜい息する御剣と、片頬を腫らし口内に指を突っ込んで欠けた歯
    を取り出す成歩堂。かたや怒りに震え、かたや感情の抜け落ちた様子で向かい合う。
    「そんなコト、誰に分かる!」
    「分かるさ」
    「DNA検査でもしたのか?! していないだろう! していたとしても、キサマ、それ
    でも」
    「寝てないから」
     奇妙な。有り得ない。あるはずがない、言い訳とすれば最悪の台詞が聞こえた。
    「ぼくは、真宵ちゃんと、セックスしていない」
     詰れなかったのは。こちらを見る成歩堂の、目が、表情が、乾いて、澱んで。
    「勃たなかったんだよ」
    「な、に」
    「勃たなかったんだよ──なあ分かるか御剣。好きな女の子がさ、すっぱだかで、キス
    して、もっとすごいコトもしてきて、大好きだって言ってくるんだぞ? なのにこっちは
    ──好きなのに、応えたいのに、──ああ分かってたよもう壊れてたって。それでも応え
    たくて、でも駄目で。そのうちその子が『ごめんね』って『あたしじゃダメでごめんね』
    って──!」
     声が、感情を帯びる。怒りと、自己嫌悪。
    「情けないよな? オトコとして、サイテーだよな?」
     仕方がないと思った。監禁、薬物投与、脅迫、強制された性行為──異常な状況下での
    勃起不全は、もう、どうしようもないことだと。
    「なのに」
     ――なのに。成歩堂の告白は、予測を上回り。
    「犯されるのを見て、興奮したよ」
     声は、もう、無感情とは程遠い。自分が受けた苦痛を屈辱を。真宵に与えられた苦痛を
    絶望を眼前に蘇らせて、わななく。
    「目の前で、アイツに、ちなみに、真宵ちゃんが、犯されて──喘いでいるのに! 信じ
    られるか?! 勃起したんだよ、ぼくは! 真宵ちゃんが犯されてるのに、口では止めろ
    って言いながら──そして、最後は、ゴドーさんだ! 真宵ちゃんはぐちゃぐちゃで
    疲れてふらふらで──嬉しそうに、それで、嬉しそうに、『なるほどくん』って──!」
     ぶつり。と。
     告解が。途切れる。
    「真宵ちゃんのおなかの子は、十中八九ゴドーさんの子だよ。アイツは年齢のコトがある
    し……まあ、絶対ない、とは、言いきれないけどね」
     元気な年寄りだよね、と笑う調子は。冷え冷えとした平坦さで満ちていた。

     御剣は、何と言えば良かったのだろう? 待て、と。警察を、検事局を。この国の司法
    を信じろと言えば良かったのだろうか。
    「ぼくは、ぼくなりのやり方でアイツらを裁くさ」
     その。痛みは、悔恨は。
     真宵を置いていく理由にはならないと、言えば良かったのだろうか?
    「じゃあな、御剣。――真宵ちゃんと、はみちゃんを、よろしくな」

     御剣怜侍は、成歩堂龍一を止められなかった。
     だから、御剣はまだ此処にいる。

     春美を彼女の病室まで見送ってのち。真宵に一人で会う気力が足りず、査問会の時間が
    迫ったのを言い訳に、御剣は病院の受付に剥きかけのフルーツと帰る旨の伝言を託し、
    病院を出る。日差しは傾き始めている。もうすぐ夕暮れだ。
     懐から携帯電話を取り出し電源を入れ、留守録を確認する。
     一件。
     かけてきたのは──心臓がごとごと言い出す。着信の名前は見慣れたもの。糸鋸圭介。
    携帯の履歴にうんざりするほど並ぶ、部下の名前。強張る指を叱咤しボタンを操作する。
    メッセージを再生。
    『御剣検事ッスか?! イトノコギリッス!』そんなこと見れば分かる、この電話の用件
    を、早く、早く、『――で見つかった遺体が、』早く。『ガント局ちょ──巌徒海慈の
    モノと、確認が取れたッス』
     携帯が、握力に耐えかね軋んだ。
     身元の確認に、日数を必要とした遺体。身元を示す所持品が、なかったからだ。
     身元の確認を困難にするほどに、徹底的に、けれど完全に隠すほどではない、そんな
    具合に“破壊”されていたからだ。
     今日は署に泊まるからいつでも来て欲しい。糸鋸のメッセージはそう伝えて終わる。
     御剣は、終了のボタンを押す。
    「バカが」呟く。
    「戻らない気か──真宵くんを、置いていく気か」
     ここにいない、踏み越えてしまった友人の名を、呟いた。


     この邂逅が何時のことだったのか。夜のことか、昼のことか。何処であったのか。誰が
    望んだものなのか。当事者以外には、誰も知らない。

     追い詰められたのは女。容貌だけなら愛らしく清純そのもの、汗と汚れがべったり貼り
    つく衣装は相応しくない。
     だが、女は笑っていた。恐怖が、眼前の“死”が怖ろしくて、却って笑いが止まらない
    という風だった。
     追い詰めたのは男。かつて胸元に誇らしげに輝いていたひまわりのバッジは、もう何処
    にもない。あるのは、この国では一般人の所持が禁じられている凶器。銃。ヒトを殺す
    道具だけ。
     男は薄く笑っていた。感情がぐるぐると渦巻いて、それ以上の表情を作ることが出来な
    かった。
    「終わりだよ」
     低く、男が囁く。「随分、長く追いかけたけど。もう、終わりだ」
    「ふ…ふふ、いいのかしら? このカラダは、綾里の、」「関係ないね」
     がちん、と、銃の安全装置が外される。
    「別に。そこまで驚くコトじゃないだろ? オマエだってアイツを見捨てて逃げた。目的
    のために他を犠牲にするのが、そんなに珍しいって?」

     女は顔色を失う。
     生前“美柳ちなみ”の名で呼ばれた彼女は、死者だった。他人の身体を乗っ取ることで
    かろうじて存在しているモノだった。今依り代としているのは、遠い親戚にあたる女だ。
    名前は、知らない。“綾里”の姓といくばくかの霊力を持つという以外には、ちなみは
    彼女のことを何も知らない。
     だが、男は違ったはずだ。
     死者であるちなみを追うため、霊媒を生業とする倉院の里へ協力を求めた彼は、依り代
    の女を知っていた。言葉を交わした、“家元様”を奪われ怒りに燃える彼女に、彼は自分
    も同じ気持ちだと頷いたことさえあった。
     それを。
    「成歩堂…龍一ィッ!」
     恐怖と怒りで天使のかんばせを引き攣らせるちなみに、成歩堂は表情ひとつ変えず銃口
    を向ける。
     もう、二度目だ。失敗はしない。余裕さえある。
     これでおしまい。
     終わり。そうしたら、これで、
    「これが、真宵ちゃんを傷つけたオマエたちへの罰だ」
     もう一度、やり直す。
    「――」
    「――?」
     命乞いが。罵声が。あるはずの声が、無い。
    「――な」
     ちなみは。哂っていた。
    「ふ、ふふ……っ、ははっ! “真宵を傷つけた罰”! つまり、アンタは真宵のために
    アタシを殺すってわけね!」
    「そうだよ」
     ひたり。笑声が止み。「ウソね」
     ちなみは。恐れる、というより。嘲る、というより。何か、ひとつ、腑に落ちたという
    顔をしていた。
     ああ、と、かたちよい唇が動く。
     そう。コレが“逃げる”ってコトだったわけ。
    「何を、」
    「アンタが殺すのは真宵のためじゃない。アンタの、ためでしょ?」
     に、と、朱い唇が弧を描く。「裁き? 罰? ハ、笑わせないでよ。アンタは、アンタ
    が“そう”したいから“そう”してるだけでしょ?」
     一拍。
    「アタシたちと、おんなじじゃない」
    「違う!」
     否定。哄笑。「ああそうね──アンタは、アタシたちより酷いわよね!」
    「何を──」
    「違うっていうなら、教えてよ。ねえ、成歩堂龍一」
     どうして、と、ちなみは問う。「これが“裁き”だ“罰”だって言うのなら──なんで
    アンタ、巌徒海慈を殺すのを、あんなに楽しんだの?」
     楽しんだ。呆然と成歩堂がオウム返しに呟き、「違う」
    「へえ、違うの?」
    「違う! ぼくは真宵ちゃんのために──!」
     狂笑が、弾ける。
    「ええ、ええ! 信じてあげてもよろしくてよ、“弁護士さま”?! さっきアタシに
    聞かせたこと、全部そっくりそのまま綾里真宵にも伝えられたらね!」
     成歩堂の顔色が変わる。

    「どうしたのよ“弁護士さま”! あんなにイキイキ語ってらっしゃったじゃないの! 
    巌徒海慈がどんな風に死んだか、どれだけ時間がかかったか──下手に鍛えてたから
    苦しいのが長引いた、とか、どれだけみじめな末路だったかとか! クソだの小便だの
    洩らしてクソみじめに死んでいったの、とか!」
    「止めろ」
    「アタシが、巌徒海慈と同じように、どれだけみじめに苦しんで死ぬか、」
    「やめろ」
    「アンタが殺すのをどれだけ楽しんだか、全部! アンタが“復讐”するために捨てた、
    綾里真宵に、全部!」
    「やめろおおおッ!」
     銃口が跳ねあがる。
     引き金に指がかかる。
     撃鉄が、起こされる。
     ちなみは、動けなかった。動かなかった。
     冷ややかに、嘲るように、──復讐の完遂を、祝うように。成歩堂を見て。
    「“ようこそ”」
     ――彼女にとっての何度目かの、今度こその、完全な“死”の瞬間。

    「“ようこそ、コッチ側へ──成歩堂龍一”」

     霊媒のチカラを持たぬが故に捨てられた女は、確かに死者の言葉を語った。


     そして、静寂。


     綾里真宵は歌を歌っていた。ヒーローものの長寿シリーズ・トノサマンの初代テーマ
    ソングだ。
    「へーいわーをーまもーるぞー、ぶーちーこーろーせー」
     情操教育には些か不適切な歌詞を口ずさみながら、胸に抱く赤子をあやす。その表情は
    穏やかで、幸福そのものだ。だって赤ちゃんも真宵も健康そのものだし、病院のお医者
    さんは右も左も分からない真宵に色々教えてくれるし、看護士さんはみんな親切だし、
    春美はなにくれとなく世話を焼いてくれるし──その春美がさきほど血相を変えて病室を
    飛び出したことを。真宵が赤子を抱く時は傍にいてくれる看護士が「なにも心配しなくて
    いいですからね」と言い残してやはり病室を出たことを。真宵はもう覚えていない。
    「あ」
     赤子がまばたきしたような気がして、真宵は目を凝らす。この子はなかなか目を開けて
    くれなくて、目玉が溶けてしまうんじゃないかと──お医者さんには笑われたが、真宵は
    気が気じゃなかったのだ。
     真宵は微笑む。
     幸せそうに。母性に満ちて。
    「だいじょうぶだよ」
     ――その言葉は、誰に対してか。胸に抱く吾子にか。病室のドアの向こうで半狂乱に
    なって叫ぶ春美にか──やめて。やめて。もう真宵さまからなにもとっていかないで──
    それとも。これから目にするモノを予見する、綾里真宵の、最後のカケラにか。
     ドアが開く。
     赤子の目が開く。
     真宵は微笑む。
    「大丈夫」

     ――“なるほどくん”は、最後にはいつだって助けに来てくれるんだから!
最終更新:2010年07月31日 02:56