• 真宵自体のエロはなし
  • 成歩堂がヘンタイ
  • バッドエンド
  • 非公式設定あり
  • 作者の頭に問題あり



 春の彼岸に入り陽気が列島をおおい始めたが、ここ、倉院の里は時折冷たい風が肌を叩く。桜の花もまだ
つぼみとして包まったまま外に出たがらない。しかし都会の人間にとってこの山の空気は清々しくて
気持ちが良かった。
 成歩堂龍一は久しぶりにこの里へやってきた。
 初めて訪れたのは二年前で、自身が経営する法律事務所の助手、綾里真宵の初仕事を見守るために
呼ばれたのである。
 今回も同じだった。真宵はこれから霊媒を行うわけだが前回とは事情が少し違う。
 彼女は先月の葉桜院の事件で母、舞子を亡くしていた。舞子は真宵の命を守るために死んだ。まだ物心も
つかないうちに失踪した母親だったが、これには真宵はショックだった。すでに父親と姉を亡くしている
彼女であったが、自分のために命を落としたと考えるとその傷心は重症で、なかなか治癒せず大きな瘢痕を
残すこととなった。
 しかし成歩堂は真宵という少女の強さを知っていた。
 思ったよりも早く彼女は立ち直り、こうして霊媒の仕事に復帰することとなった。
 ところで舞子は倉院流霊媒道の家元としてその名を馳せたわけだが、彼女が鬼籍に入ったことで紆余曲折が
あったものの、本家の直系である真宵が自動的に家元を継承することになった。
 すでに午前中に簡単な継承式を済ませ、午後から家元としての初仕事が待っていた。

 今は真宵の部屋。
 十畳ほどの畳敷きで、和風。昔の文豪が使ってたような無愛想な書き物机に小さなコタツ。タンスは
箪笥と表記したほうがいいと思える古式ゆかしいいわゆる和箪笥。障子は春の陽射しで輝いていた。
「どう? どう? あたしの部屋は」
「うん、いいんじゃないかな。ちょっと気になるトコロもあるけど」
「え、ナニナニ?」
 ご先祖様が見たら泣いて喜びそうなこの部屋を台無しにしているものが二つあった。
 時代劇のポスターはまだいいとしても、トノサマンという特撮ヒーローのポスターはいかがなものか。
中途半端に殿様面したキャラクターはふざけてるとしか思えない。それから、なんだ、あのハンモックは。
まさかあんなモノで寝起きしてるんじゃないだろうな。
「いや、なんでもないよ」突っ込むのもバカらしくなる。
「それにしてもなるほどくんの歓迎ぶりはすごかったねえ。ひよっこのくせに」
「真宵ちゃんに言われたくないな」
 実際そうだった。成歩堂は単に姉を介した縁だけで呼ばれたわけではない。
 彼は真宵の命の恩人として知られている。誘拐や冤罪などの危機を何度も救ったのである。
 だから綾里家からしたら重要な客人として仰々しい接し方をされる。こうして個人的に真宵の部屋で
お話もできる。
 だがそれは偽りだった。
 法廷で検事や証人たちと対峙して積んだ経験で培ったセンサーが綾里家の人々の敵意のような視線を
敏感に感じ取っていた。建前と本音の世界。
 理由はわかっていた。綾里真宵は家元として倉院流の頂点に君臨する人物だ。それが何を意味するかと
いうことだ。

この一族はかつて財界や政界、おそらく法曹界もそうだろう、各界の重鎮や幹部と結びつくことによって
繁栄を極めていた。それが失墜したのは先の家元、つまり真宵の母親が重要な霊媒で失敗し、インチキの
レッテルを貼られたためである。詳しい経緯は割愛するが失踪の原因もそれである。
 その綾里家が新しい家元を迎えて再出発をしようという時なのだ。
 当然、真宵の“お相手”が問題になってくる。それは法曹界の下っ端、いや、はっきり言って家賃を
払うので精一杯の弁護士など論外なのである。おそらく真宵は普段から成歩堂の人となりについて綾里家の
人々に語っているはずだ。真宵はそんなつもりはなかったのだろうが、彼女の普段の饒舌ぶりからして通常の
好意以上のものであると判断されてしまっている可能性はある。現に彼女の従妹の春美などはすっかり二人が
結ばれるものだと信じて疑わない。春美の大はしゃぎについては成歩堂も真宵も最初は辟易していた。
 でもまんざらでもないな……、そう思い始めたのは洋食店での殺人事件を調べているときだった。
 確信に変わったのは葉桜院の事件の後、真宵が家元になる決意を固めたときだ。
 彼女はいつか自分の元を離れていく。
 それは嫌だ。
 ああ、真宵のことが好きなのだ。
 だが今までの関係上、なかなか口にできることはではない。
 そして自分はしがない弁護士だ。
 おそらくこれからも。
 憂鬱。

「くん……なるほどくん?」
「え? ああ、で、なんだっけ?」
 少しの間ぼうっとしていた。つい考え込んでしまう。
「あたしの新しい装束だよ。なんてったって“いえもと”だからね」
 真宵がいつの間にか大きな箱を持ってきていた。小柄な大人なら入れそうな大きな箱。前に見たことが
ある。霊媒師の装束をしまっておくための衣装箱だ。
 その蓋が開けられ、中には立派な装束が畳んで収められていた。普段真宵が着ているものより色合いが薄く
新調されたもので綺麗な光沢を放っている。継承式は親族だけで行われたので初めて見ることになる。
「へえ。キレイだな。これを着て、これから霊媒するんだね」
「うん、すごいでしょ! 着替えたらなるほどくんに見せてあげるからね」
「楽しみにしてるよ」そして少し気になることがあった。
「ところで、今回の依頼人ってどんなヒト?」
「一度会っただけだけど、どこかエライ人の“おんぞうし”ってヤツ? なるほどくんより若いんだよ。
しかもお土産がすごいんだよこれが。あんな美味しいケーキは初めてだね」
 ああ、やはりそうきたか。予想はしていた。
 その時部屋の扉がノックされた。真宵が返事をすると扉が少し開いて女中――綾里家の者だろうか――が
顔をのぞかせた。
「真宵様、もう少ししたら着付けをいたしますのでそろそろ準備をなさいまし」
 何か物を含むような言い方だった。
「わかりました! 体を清めてきます」真宵が両手を合わせてニッコリとした笑顔で言った。続けて、
「なるほどくん、お風呂に入ってくるから控えの間で待っててね」と言った。
 女中は満足げに頷いて扉を閉めようとした。

 ……その女中が去るときにボクにくれた冷たい一瞥ときたら!
 憂鬱が絶望に変わった。綾里家にはまだあんな女が控えているのか。二年前と先月、つまり二度にわたって
真宵を陥れようとした女そっくりだった。顔は違うが雰囲気だ。執念や怨念の塊のような女。本家と分家の
醜い争いはあったが、今度は形を変えて綾里家の繁栄そのものに固執するのだろう。明らかにボクを異教徒でも
見るような目で睨んだ。それ以上にわからないのは真宵があの女に従順であることだった。
 真宵は部屋を去った。霊媒をする前にお風呂に入って体を綺麗にするのが人に体を貸す職業人としての
心構えなのだろう。

 今の一連の流れは成歩堂を虚脱させた。抜け殻のような気分。
 思い起こされるのは三年前、ある友人の無罪を勝ち取った翌朝のこと。真宵は突然手紙を残して事務所を
去った。なんとか電車に間に合ってお別れの言葉は言えたがあの後しばらく何もできなかった。
 そういえば最近の真宵は家元の準備やら修行だので事務所に顔を出す回数が減っていた。このまますべてが
終わってしまうのか。
 そんなイメージが頭の中で山びこのようにこだまし、部屋を見回した途端、成歩堂はヤケを起こした。
 後から思えば、真宵の気持ちを確かめてからでも遅くはなかったはずだ。だがこのときの彼はせめて
最後に真宵の何かを知りたい、いや、はっきり言えば真宵をネタにオナニーでもしてやろうと考えた。

 成歩堂が目につけたのは古臭い箪笥だった。一番下を引き出すとブラやらショーツやらの下着類が
見つかった。ブラの数は少なく全部白色だった。あまり使わないのだろう。ショーツは色々あった。
よく好んで穿いていると思われるトノサマンのバックプリントの白パンが一番上に置いてあった。この
ショーツは使い古された跡が顕著で洗濯済みのはずにも関わらず黄ばんでいる。トノサマンといえば
三年前に放送されていたのを思い出した。あの頃の真宵はまだ子どもだった。
 いろんなことがありすぎた三年間だ。
 彼女と苦楽をともにした三年間。
 もうここでストップなのか。
 臭いも温もりもない下着だが三年という年月の重みにより染み込んだ真宵のイメージ、そして、今湯船に
浸かっている彼女の裸身をイメージを重ねて、成歩堂は血液で膨張した男根をしごき始めた。
 一心不乱の成歩堂だったが、絶頂に達するとき、目についたのはあの装束だった。
 今や真宵が自分から離れていくという“被害妄想”の象徴だった。

 あいつが真宵ちゃんを奪っていくんだ。
 どうせダメならオマエごと……

 荒い呼吸を繰り返す成歩堂が見たものは、白い液体によって汚されている装束だった。
 やってしまったな、と思ったのと同時に物足りなさを感じている自分に驚いた。
 装束を箱から取り出し乱暴に広げてみる。着物というものは予想以上に重かった。
 なんとも哀れな姿だ。
 ボクの手に入らないならこうやってしまえばいいんだ。
 いいんだ。

 それは最早、異常者による短絡的な破壊願望だった。屈折しているといってもいい。
 成歩堂はもっと真宵を知れるものはないかと思案した。
 彼は部屋をあとにし、真宵が今入浴中の浴室の脱衣所へ向かった。真宵の部屋を出て右手に進み
さらに左に曲がった奥にそれはある。だから人目につかなかった。
 脱衣所へ抜き足差し足でこっそり入ると、奥の浴室からシャワーの音とかすかに鼻歌が聞こえた。
それは紛れもなくあの愛しい真宵の声だった。視床下部が全身の細胞を興奮させる。
 本当はもっと大胆な行動に出たかったが、さすがにここでそれは大問題になる。成歩堂は性的衝動によって
理性が粉々になった状態だが、どの程度なら真宵は成歩堂をおおごとにしないかという計算は働いていた。
 衣類の入った籠を探し中を探った。脱ぎたてのショーツを見つけた。白の無地だがこれも使い古した感じ。
人がいないのを確認してから廊下に出て真宵の部屋に戻った。
 第二ラウンドはさっきよりも満足できた。真宵の本物の臭いと温かみが直に感じられたからだ。まだ寒さが
残る時期だけあってきつくない、ほのかな香りがいつまでも楽しめた。クロッチ部分の汚れは彼女の生の証だ。
 さて、次はあそこに発射しよう。
 そこは、着ればちょうど彼女の陰部にあたる部分。
 少しでも近づきたい。
 やってやる。

 綾里真宵が異変に気づいたのは、脱いだ服を入れておいた籠が少し乱れていたからだ。
 パンツが……、ない?
 周囲を探してみたが見つからない。不思議に思いつつ何度も探し見たがヤッパリない。
 もうすぐ着付けの時間だった。本来霊媒師の装束は一人で着られるものだが新調した家元の装束は
まだ不慣れで下手をすると傷めてしまう。
 仕方なしにノーパンで戻ることにした。もともと和服はそれが基本だし、自分より体格が大きい人を
霊媒するときは下着などつけなかった。
 部屋の扉を開いた。
 異様な光景だった。

「ああ……」真宵は呻いた。
 なるほどくんが白いものを頭にかぶって座り込んでいる……、いや、あれはあたしのパンツだ!
 なんで? なんでなるほどくんが……。
 こちらを緩慢に振り向いた。この世の終わりを覚悟しているかのような冷め切った、未練のない表情。
 畳の上にはあたしのパンツが何枚か散乱して、奥に見えるものは……、あたしの大事な装束が……。

「な、ナニやってるの!? なるほどくん! どういうコト!?」
 真宵は駆け出して装束を手に取った。乱れていて無残にもよれよれになっている。
 さらに信じられない物体が付着していた。白い粘々する液体だ。水っぽい重苦しい臭さが鼻をつく。
 それは左肩の部分と背中、そして股間の部分に付着していた。しかもそこから流れ出して広がっている。
 あまりの異常自体にしゃがみながら呆然としていると、後ろからハァハァという声と何かをこするような音がした。
 振り向いた瞬間。
 初めは、天井の雨漏りが顔に落ちてきたのかと思った。
 だが違う。
 水なんかじゃない。
 これはもっといやらしいモノ。
 鼻翼から上唇に垂れてきて口の中も少し入った。
 臭さと苦味がしてすぐに吐き出した。
 視線を前に戻した先には、今まで信じていた人がこちらに大きな男性の象徴を向けて立っていた。
 何が起きたのか、世間知らずの真宵でも何となく理解できた。
 パンツが盗まれたことはある。小学生の頃、クラスの悪戯好きの男子によって。
 そういうレベルの助平心を彼が自分に対して向けたのである。
 白い液体の正体も中学の保健の授業でおぼろげながら習っていた。
 理解と同時に別の液体が顔にこぼれた。
 自身の涙だった。
 一言で言えば“裏切られた”という絶望感。
 次第に嗚咽が大きくなる。
 どれだけ時間がたっただろうか、わずか数分が気まずい空間では何年にもなる。
 ようやく少し落ち着いて真宵は大事なことを思い出した。あの装束のことだ。よく知らないが
放っておいたら染みになってしまうのではないか。
 自分の顔の液体は腕でぬぐってすぐに装束を手近にあったティッシュでふき始めた。ダメだ。すっかり
染み込んでいる。洗えば落ちるのか。染み抜きは必要なのか。いろいろ考えが浮かんだ。
 なにしろこの装束は母親が自分のために用意してくれたものだ。霊媒によって一時的に生の世界へ
戻ってきた彼女が、だ。いろんな言葉を交わした。母はしきりに謝っていた。真宵も嬉しかった。
 なぜ彼がこのような仕打ちに出たのか理解できなかった。真宵が家元としての自立のために努力して
いることは知っているはずだ。あまりに酷すぎる。
 「せっかくお母さんがあたしのためにくれたモノなのに……」
 「ひどいよ……」
 涙は止まらない。

 泣き叫ぶ真宵を見てようやく成歩堂は良心の咎めが理性を修復し、冷静になってきた。
 魔が差したとしか言いようがなかった。しかしそれは言い訳にはならない。回数が多すぎる。
 成歩堂は一言、「ごめん」とだけ言った。
 もう時間がなかった。今から何をしても遅いわけだから真宵はこの汚れた装束を着るしかなかった。
 真宵はなぜ成歩堂がこんな狼藉に及んだのか理解できていないようだった。それが彼女の魅力でもあり
短所でもある。そもそも自室に男一人を招くということがどういうことかも知らないのだ。綾里家の
事情を抜きにしたって彼らが訝しく思うのは当然であった。
 成歩堂は次の言葉を探した挙句に思いついたのがこんな台詞だった。
「精液といってもほとんどが水分だからね。乾かせば目立たなくなるよ。たぶん」
「なるほどくん、もういいよ。もう帰ってよ……」
「本当にごめん」
「帰ってよ!」
 そう叫んだきり、真宵は再び嗚咽を漏らして、こちらに背を向けぺたんとあひる座りをした。
手は装束の襟を握って、いとおしそうに抱えている。
 成歩堂は被っていた下着をどうしようかと考えた末、ポケットにしまって部屋を去った。まるで
反省してないふうだったが、もう会えないだろうと思うと手放せなかった。

 陽が照ってきて幾分か温かくなっていた。
 倉院の里の入り口にはバス停があったが本数は少なく、歩いて地元の駅まで行くしかなかった。
 先ほどの女中が見送りにきた。何もかも知っているような視線を投げかけてから笑顔を見せた。
 内心ではこちらを嘲笑っているんじゃないかと思えたが、成歩堂はもう、どうでもよかった。
 ぼんやりとこれまでのことを思い返しながら山道を降りた。
 今頃真宵は自分の精液の染み付いた装束で霊媒をしているのだろうか。
 己の愚行を笑うしかなかった。
 これまでに彼を何度も悩ませてきた犯罪者たちの気持ちが少しはわかった。
 彼らは本当の意味で孤独だ。自分も同じだ。
 ポケットに無造作に手を突っ込んだ。
 白いショーツにはすでに真宵の温もりはなく、ただの布だった。
 彼女の笑顔と信頼は、三年間の美しい思い出とともに山奥の大自然に消え去った。

最終更新:2010年10月18日 00:17