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198 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:46:10 ID:AwYqh7vc  貴様の兄上からの書状だといって菊之助のいる座敷牢、重四郎が文箱を持ってきた。あの淫 猥な返り討ちがあってから十日ほど経っていた。    重四郎はあれ以来菊之助の日常、身の回りにうるさく口を出すようになった。 「出されたものは全部食べよ」とか、 「お小姓髷はもうなしで、髪はとりあえず洗い髪のままにせよとか、」  菊之助は、腹の内で、「そういったことに他人の指図は受けぬ、」との憤懣を押し殺して 「…はい、はい」とうなずくしかなかった。 「そうだ、貴様が椀の中にたっぷり出した白い汁のことだがな。あの晩の内に早かご立てて、峠 下って紅くも屋に届けたぜ。中坪の親分ご自身で検分さ。親分、『こりゃいい香りだし、とろみ も申し分ねえ』と大喜びだったらしい。酒に割って取り巻き連中にも大判振る舞いしたってよ。 酔狂にもほどがあらあ。さすがど変態の紅くも屋の衆だ、舌なめずりして味わったらしい。そ れで菊殿もそっちへ連れてこさせて、自分たちの手で汁でも何でも絞り出そうって魂胆になっ たようだぜ。  そのぷりぷりしたちんたまから味のいい汁出して、あの外道どもを喜ばしてやりな。それで もうちっとは貴様の首もつながってるってわけだ、なあ」  菊之助には、自分の射出した恥ずかしい白い液を口にして喜んでいる男たちというものの気 味悪さに身震いし、いいようのない恐怖を覚えた。それで、反射的に強い言葉を吐いてしまった。 「け、汚らわしい!兄上のことさえなければ私は命など惜しくはないっ」  重四郎は片膝立てたまま、即座に菊之助の顎を殴りつけ、菊之助は床に叩きつけられた。 「俺にそう言う口をきくんじゃねえと、何度言ったらわかるんだ。尻を掘られて女みてえにく ねくねして泣いた野郎が一人前のつらするな。  ほらよ、貴様の気にしている兄上からの書状だ、おなつかしゅうございますって拝見して、め そめそ泣きでもしてるんだなぼっちゃん」 199 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:46:43 ID:AwYqh7vc  重四郎が座敷廊からでていくと、菊之助は顔をしかめ、またひとしずく出てしまった涙をぬ ぐって起きあがった。何度、もう一粒も涙を流すまいと誓ったことか、その度に涙は菊之助を裏 切った。自分はこれほどに弱い人間なのであろうかと、菊之助は思った。  文箱は漆の立派な造りだが、見慣れぬ定紋が打ってあった。むしろ破れ紙に走り書きの書状 でも渡されるほうが、当たり前の状況だがと、思いつつも、心が急いていた。兄恋しさに急いで 文箱を開いた。  書状を取り上げて、菊之助ははっとした。ふっと、不思議な、かすかに甘い香がたったのだ。そ れに、この紙は、薄く梳いて浅黄の流水紋が地に入っている。  そのただごとでないことに気づいた。兄の浪乃進は一片の書簡といえ個性のある美しい書を したためる人だったが、その書に妙な香などを焚きしめる等という趣味は持たな かった。ましてや、花魁でもあるまいに、流水紋の畳紙を使うなど。  菊之助が最初に思ったのは、「これは偽の書状ではないか、」ということだった。 「もしや、兄はもうあの者どもに殺められ、この世の人ではないのか?!」  しかし、そこに書かれた文字は、疑いようのない兄浪乃進の書であった。 200 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:47:14 ID:AwYqh7vc 浪乃進の手紙  菊之助へ、ようやくに連絡をとることを、承知してもらったので、こちらの事情を書く。何も 隠さず、ありのままをお前に伝えようと思う。  私のいるところはずいぶんとこの家屋敷の奥まった座敷のようだ。  牢ではない。座敷牢でもない。しかし、ほんの十日前なら、たとえ素手でも血路を切り開いて 脱出を企てたろうが、今は不思議なほどにその気力が失せている。  なかなかに、夜は眠れもせぬ。あの日以来受けた仕置きが、頭のなかをぐるぐる巡っている。 ようやく寝付いたかと思うと、不可解な夢を見る。向こうを向いた女が泣いている長い細い声 で泣いている。それが振り向いてみると自分なのだ。気味の悪いことにその女の自分がひどく美 しいのだ。 いきなりつまらぬことを書いてしまった、お互い話すことはたくさんあったはずだが、こうなっ てみると何を書いたらよいのか。  すまぬ、菊之助、兄はあきらめたわけではないのだ。父を殺めた熊造、俺たちを裏切ってやく ざどもに売り渡した重四郎。あの者たちに対する憎しみは今もこの胸の中にある、以前より 強いといってもよい。しかし、…、わからぬ。      なにゆえに、この紅くも屋の男どもは、一人前の武士である私に、女に対するようなけしか らぬ行為をしかけてくるのか。私には得心がいかぬ。尋常な勝負ならずとも、剣と腕で来るな ら、総がかりこられようとも、私はよろこんで受ける、なますに斬られるのも覚悟の上だ。卑 怯な連中のことだ、こちらは動けぬまま殺されてもそれはそれ、死ぬまでのことだ。  しかるに、私には勝負も死もない。見られ、いじられ、自分の恥ずかしさに、心が焼き尽くさ れるようになり、無反応を貫くことに意地となっても、我知らず腰が震えている、そうだ正直 に言う、こらえきれぬほどの快感で震える。  まるで、ゆがんだ鏡に映る自分の恥辱を、それだけを毎日見ているような…、そして奴等は 私の「弱々しさ、女々しさ」だけを見ている。私の「弱々しさ、女々しさ」を探り出し、引きずり 出して舐めしゃぶって、薄汚い男根を膨らませている。  手紙を読む菊之助の心は沈んだ。この甘い香の焚き染められた手紙は、恐ろしい真実を語っ ていた。 201 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:47:58 ID:AwYqh7vc   浪乃進の手紙続き  ここでの脅しは最初から、「菊之助がどうなってもいいのか」ということだった。お家のことを 考えればお前だけは生かしたいと思った。この脅しが私に効くと分かってからは、奴等は縄や 牢による拘束を解き、私は座敷に移された。  私もとりあえず奴等の訳のわからぬ要求を受け入れたのは、お前を生かしておく方便と思 ったからだ。    親分のお使いと称する連中が頻々と現れては、  侍の髷を崩せと言われ、妙な女物の着物を着よと言われ、入浴してぬか袋で肌を磨けと言わ れ、上がったら芸者が来てお化粧のお手伝いをいたします、と言う。 香を焚けと言われ、踊りを習えと言われ、髪に香油を使えと言われた。  訳がわからなかった、一つ一つのくだらない要求と菊之助の命とどちらが大事かと言われれ ば選択はあきらかだ。その時はそう思った。だが、私はじわじわと見えない網に絡まれ始めて いたらしい。奴等が上手だったのか。    そうして、私が奴等の蜘蛛の巣に巻かれ始めた頃。  親分と称する中坪という男が、私の奥座敷に入ってきた。  菊之助はなんとかする、重四郎が殺せといきり立っているが俺が何とかすると、その事を繰 り返し言った。そう言って、そわそわと私に近づき、ガマのような顔を近づけてきた。この男の 顔は、肉がだぶつきしわになって盛り上がっているうえに、点々と不潔なシミを浮かせていた。 中坪は息がかかるところまで顔を近づけてきて、 「つくづくお綺麗だ、浪乃進殿、いや、ここじゃあ粋に波殿と呼ばせてもらうぜ」  と妙なことを言い、くりかえし菊之助は今危ない状態だと言った。  私は当惑していたし、このガマのような顔と息から遠ざかりたいと思ったが、こいつが連中の 頭目かと思ったので我慢して 「なにぶんにも菊之助のことはお頼み申す。菊之助の無事な姿をこの目で確かめるわけにはい きませぬか」  と頼んでみた。ガマの口がねとねとと笑ったように見えた。 「うむ、そこが肝心のところだ、それも波殿のお振る舞い次第ということを、とっくりとわかっ てもらおうと思ってな」   202 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:48:30 ID:AwYqh7vc 浪乃進の手紙続き 中坪はそう言って、私の襟元に手を伸ばしてきて、御召の内側の半襟をなぞるように私の胸を そろそろと探ってきた。私は動けなかった。襦袢越しに私の平坦な胸を撫でさすり、そして乳 首を探り当ててきた。 「もっと、もっと、綺麗になれるぜおめえ。あんたみてえに姿のいい鼻の形を見たことねえな俺 は。男の癖になんてえ肌してやがる。なあ、俺のいうとおりを大人しくすりゃ。そうさ、菊之助 もこっちへ連れてこようじゃねえか、なあ波殿。俺の言うようにすりゃ菊之助を殺させやしねえ って、」  私は、悪寒を感じたが腰が抜けたようになり、こっくりとただ頷いた。気味悪さに吐き気を 覚えながら、首だけをかろうじてねじってガマの息を避けようとしていた。 浪乃進の手紙つづき   いつの間にか、私の着物の八つ口から、わきの下へ差し込まれた中坪のもう一方の手が身体の わきを回って腰のほうへ深くへじわりと探り入ってきた。  腰紐の結び目あたりをその手は忙しく這い回り、器用に結び目が解かれていく。ねとりとし たその手がとうとう腰の辺りの肌に直接に触れてきた。思わずびくりと腰が後ずさった。 「浪殿、こわがらんでいい、な、菊之助が心配なんだろう、」  不快に堪えきれず私は思い切り身体をねじって反転しようとした。しかし、中坪はその動き を読んでいたのか、不意に息も詰まるほどに私を強く抱いた。驚きのために私は、身じろぎも できず、中坪の締め付ける腕の中で硬直した。ガマのような中坪の唇が、私の鼻孔の下に吸い 付いてくるのを感じたが、避けることはできなかった。  それは接吻というようなものではない、鼻孔から唇からあごあたりまで分厚く広いガマの唇 でそっくりと覆われ、ぬちゃりぬちゃりと舐めしゃぶられる。さらに、このガマの口の中で生き たコンニャクのような舌がチロチロと動き回っている。鼻孔の中へまでこそこそと舌の先端が差し 込まれ、むずむず、むずむず、と入ってくる。 「いい味だぜ浪殿」  ガマがようやくわずかに口を離してそう言った時、私は窒息寸前だった。私の鼻孔から、ガマ の唇に、唾液なのか私の鼻汁なのか、とろりとした液が橋を架けていた。  なんという恥ずかしい姿だったか、そう、ガマに恥などというものはない、恥ずかしいのはこの 私だ。ガマに舐められ、鼻汁をたらし、涙をこらえ切れなかった。 203 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:49:03 ID:AwYqh7vc 浪乃進の手紙続き  それ以来の事は、あまり…、もう、書いても仕方あるまい。  今は何も分からぬ。私も菊之助も十日前に共に死んで御家も終わるのがよかったのかも知れ ぬ、一時はそう覚悟もした。だがお前は生きているというし、私もこんな状態で生きている。と もかくは、お前にもう一度会いたい。死ぬなら、会ってその時に死のう、今は御身お大切に、心 強くして忍べ。熊造や重四郎に逆らってはならぬ。  春深い頃、菊之助と二人で、母上の手文庫から、朗詠集の手写本を拝借して、吟じたことが あった。書院の縁に出ると、庭先の草上には、頻々と椿が落ちて、お前は嬉しがって、素足で庭 に降りた。詩句の中の世界に踏み入ったような気がした、そんなことを脈絡もなく思い出して いる。  ともしびを背けては共に憐れむ深夜の月   花を踏んでは同じく惜しむ、少年の春                                     浪  菊之助には、「浪」の一文字の送りは力のこもらないたよりなさに思えた。   手紙を読み終えた菊之助は、かつての日、学問所に向かう兄の姿を思った。兄は剣術も強かっ たし、明晰な頭脳と強い意志を持っていた。だが、思い出の中の兄の横顔の美しさが今は菊之 助の心を占めていた。  生前父上が「浪乃進の武士の心は疑わぬが、お前の姿形はどんな不幸を招くやもしれぬ」と 言ったことがある。そうなのかもしれない、が、兄にどんな罪があるというのか。  そして、ふと春の日の記憶を辿り、あの日庭に降りていったのは、自分ではなく兄だったはず だ。浪乃進らしくもない記憶違いだと思った。   204 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:49:36 ID:AwYqh7vc  浪乃進の入浴には多くの取り決められた手順があった。  脱衣して湯屋に入ると、足湯、本浴、そのあと入念に体毛を取り除く。ただ、中坪の指示で局 部の陰毛は残しておく。「あそこはな根本にふっさり繁っている風景が俺は好みでな」と言った ガマの顔つきを覚えている、おぞましい奴だ。  薬湯をうすめた通称くすり浴。それが終わって、特製のぬか袋で全身を摩擦し、一度ぬるい 湯に漬かって、しかるのち、わき、首筋、膝裏、尻の間、陰部の裏側には香油をうすく塗りこむ、 それから…云々、ときりがない。  座敷に戻ると、鏡の前に座り薄く化粧をする。  この時代、男であっても化粧をする機会はあった。節句に登城して舞う若衆行事のお役は一 等の名誉であった。浪乃介は必ず選ばれたものだ。少年の浪乃進は、母と千津に化粧を施され、 唇に紅をさした。  誇らしい気持ちで、殿の御書院のお庭に出たものだ。  が、介添えにたった叔父があっけに取られたように自分を見る視線を感じたとき、何か恥ず かしく思って目を伏せたことを浪乃進は思い出した。  あの出来事は、小さな予兆だったのかもしれない。    今は強制されている。よからぬ欲望を持った男の命令で紅をさす。その欲望の対象になるた めに化粧し紅をさすのだとわかっていた。  鏡を覗き込んで唇にさした紅を見る、うすく繊細な線で紅が入ったろうか、そう思って、そ う思った浪乃進は自分を蔑んだ。腹立たしかった。ここで舌噛み切って死ぬのが武士と言うも のではないか。  いや、それは際限なくもう考えたではないか、続けたところで益はあるまい。菊之助に会うま でこの問いは棚上げにすると、決めたばかりだ。思いを振り払うように浪乃進は立ち上がり、 肌着から着けていく。腰巻は透きもみじ、襦袢は溶けそうに柔らかな絹の一重をまとう。これ は中坪ご指定の下着だった。    使いの小者が来て、廊下から親分がお待ちしております、と告げる。  箪笥ごと持ち込まれた衣装から、まだ許せる柄の御召をうち掛けて着る。それに元禄風の 細めの帯を、腹ではなく腰にゆるく締めて斜め横でゆるやかに垂らす。こういうところに、浪 乃進の趣味が残っている。髪はまだ軽くまとめた切り髪だからやや不思議な遊びなれた御大 尽、女の着物を遊びで着流した傾き者風、くらいにも見える。  廊下に出ると、護送がつく。囚人であることに変わりはない。この紅くも屋の域内は思いのほ か広大である。渡り廊下でつながり各所に小庭がある。今のところどちらに行くのが脱出経路 なのか、浪乃進には見当がつかない。 205 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:50:05 ID:AwYqh7vc  中坪の居る座敷に入ると、上座に二人座っている。中坪と対照的に筋張った骸骨のような、竹 内の貸元と呼ばれる人物だ。また、下座に手下連中、その足元には、縄、青竹、小桶など不審 な物が転がっている。外道の道具、と浪乃進は眉をひそめた。  浪乃進の額に続く線は、深く陰になった眼窩と際立った鼻筋の対照が絶妙で、中坪に言わせ れば「こう美しけりゃ、男だ女だと、何の関係がある」ということになる。ただ救われないのは、 中坪にとっては美はいつも欲望、性欲とだけ結びついている。ことさらにゆがんだ性欲と結びつ いている。    中坪はもうぷんぷんと酒臭い息を振りまいている。 「浪殿、待ちかねたぜ、今日は竹内の貸元もご同席だ、こっちだこっち、こっちきて座れ」  中坪は浪乃進を引きずるように竹内と自分との間に座らせた。 「どうだい、よく見てくれ竹内の、これが俺の浪殿だ、さあさあ、どうだいこの肌は」  この押し付けがましさ、やることなすことの暑くるしさは、中坪の特徴で誰に対しても変わ らない。  竹内は一種の冷たい笑いで応じる。 「おう、これがおめえの自慢の浪殿か、さすが田舎じゃあ見ねえ美人だな。どれ、おい手えだし な、剣のほうは使い手だと聞いたが、堅くねえな、ちょおっと痩せてるがな」  浪乃進は、ひじの辺りまで、ああだこうだと竹内に撫で回される。その手は、かさかさの骸骨 の様だった。 「ほれ、竹内の貸元。この首筋なんかいいだろう、惚れるだろうがよ」  竹内は手を伸ばして、浪乃介の髪をつかむ。 「どれ、おう、みみの後ろの肌の青白くて、こりゃちょっと高級品だなあ。ここへ小さな黒子があ るぜ」  髪を掴まれて、そこらじゅうの肌を品評されるなど、慮外な扱いに、浪乃進の眉間には筋が 立ったが、「石になる」つもりで、目を伏せて耐えた。 「あっはっはっ、おめえもさんざん馬鹿してきたんだ田舎女郎つつきまわすのに飽きても不思議 じゃあるめえが、…こんだぁお武家の若衆とっつかまえたと聞いて、あきれて来てみたら。これ ぁ、おめえにはもったいねえ。美形じゃねえか。」 206 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:50:36 ID:AwYqh7vc 「どうだいちったあ俺の趣味を見直したかい、おまえさんの、わる~い趣味にもつき合わせるか らよ、今夜は楽しもうじゃねえか」 「そうかい、そうかい、こう美しい御仁と遊ぶのは俺も嫌いじゃねえけどよ、すこ~し、お澄まし 過ぎなんじゃねえか」  竹内は浪乃進を上から下へ眺め回し、目をずるく細めて、中坪に何事かささやいた。  中坪は、 「さっそく来なすったかいへへ、おい、浪殿、貸元はいまさっき駕籠で着いたばっかりでよ、のどが 渇くってんだ。番茶でもたっぷり呑みてえとよ。おめえの股んところから出るやつさ。どうだい ここは気持ちよくしゃーっとふるまっちゃあくれねえか。立派な物のご披露にもなるしよ。綺 麗なだけじゃなくて男らしいところもあるってことでよ、」  浪乃進はひるんだ、思わず着物の裾前を押さえ、中腰に立ち上がった。身体に怒りがこもっ た。その気配だけで子分どもは浪乃進の左右から立って囲む動作をとっている。一人はもう、 広い口のギヤマンの鉢を持ち出して浪乃介の前に回ってくる。 「なんのことだか、わかりませぬ」 「ええい、小便だよ小便、小便出して見せてくれろってんだよ」 「そ、そのようなもの、出ませぬ、こんな、座敷の人前で、出ませぬ」  そう口に出すだけで、浪乃進の青白かった頬に赤みが射す。 「厠で出るものが、座敷で出ない道理はなかろう、不思議なことを聞くもんだ。なあ」  子分の一人が囃す。 「おうよ、貸元がお待ちかねだ、浪殿、ぐずぐず言わずにこのギヤマンの鉢に、すんなり流して くんな、手間かけさせるもんじゃねえぜ」    左右に二人ずつ、子分が浪乃介の腕、脚を押さえに来た。もみ合った勢いで、浪乃進の着物の 前がわれ、奥に腿がちらちらと光る。「石になる」はずが、浪乃進は心は早くも波立っている。 竹内はおそらく一目で浪乃進の心の策を見抜いたのだろう。そしていきなり外道な要求に出 た。  子分どもはむしろはやり立っている。この下っ端連中は揉め事がなければやがて部屋の外に 追い払われてしまいあの雌じかのような若衆の肌を見る機会さえ与えられないかもしれない。 ことがこじれるほうが嬉しいのだ。 207 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:51:10 ID:AwYqh7vc  「抑えろ、抑えろ」  浪乃進は片腕に二人ずつで、両側から挟み込まれた。さらに前に回って、脚を押さえに来る 下郎に、とっさ浪乃進はすばやい蹴りを見舞った。下郎はみぞおちあたりを押さえてうずくま ったが、同時にそのあたりの銚子が飛び、馬鹿面の中坪の鼻の頭にゴンと音をたててあたった。 中坪はそのまま後ろにすっころんで、銚子が並んでいる盆をひっくり返し頭から燗酒をかぶっ たざまは傑作だった。  ガマの顔が、青くなって赤くなって、ぶりぶり震えた。 「青竹かませろぉ、あしに青竹かましちまえっ」  子分どもも必死で、寄ってたかって浪乃進の脚を開かせると、足首辺りに青竹を横ざまに渡 し、がっと開いた姿のまま、縄で縛り付けてしまった。 ここでようやく言葉が出た中坪は、燗酒をかぶったガマの顔をぶるぶるさせて怒鳴った。 「下手にでりゃあつけあがりやがって、この野郎、生き恥かかせてやるぜ、おい三次っ、浪の腰ま で剥き上げろっ」 「へっ」  三次は青竹で脚を三角形に固定されてしまっている浪乃進の着物の前を掴むと、それとばか り腰まで捲くり上げた。  この瞬間、浪乃進の喉の奥から、キュウというような音声が出たが言葉にはならなかった。さ らけ出された白い腿は明らかに極度の緊張が走っている。無駄な肉のない引き締まった輝くよ うな腿だ。  その腿の間に、白鞘の短刀のような浪乃進の陰茎が下がってゆれていた。取り囲んだ子分共 は、沸き立っていた。 「おっ、ぶらんと」 「ゆれてるぜ、いち物が」 「やっぱ白いな、結構長いぜ」 「旬のさよりってところか」 「もっと太えよ、ボラくらいあるぜ」 「吸い付きてえっ」 「こんなとこも上品ないい形だぜ、お血筋だな」 「ちんたまに上品と下品があるかい、何の血筋だよ」 「てめえの、くされ茸とは違うってんだよ」 「玉の下がり具合だって上品じゃねえか、御新造さんの白ちりめんの小物入れみてえで」  中腰で立って両脇を押さえられ、脚を開いた姿勢で、下品な男たちに恥部を晒す。浪乃進の 内心は「石になる」どころか、火の様な羞恥に焼かれ始めていた。 208 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:51:46 ID:AwYqh7vc 中坪はいらだっている。 「三次っ、鉢どこいった、鉢、」 「へっ?、ハチですかい…」 「間抜けが!、浪殿に小便させる鉢だよ、ギヤマンの」 「ああ、あれですかい。ええと、さっきの騒ぎで…、あ、あ、あった、お時姐さんが尻に敷いてやが る…、へえ、姐さんだめじゃねえか、」 「あったあったじゃねえ、こっちいよこしな、さあ、浪殿よ、世話かけんじゃねえよ、この鉢にたっ ぷり出すんだよ、ほれ」  浪乃進は、ここ数日の従順ぶりは影を潜めて、はっきりと憎悪を込めて中坪をにらみ返した。 「お前ら蛆虫が、街道の女郎にどういう汚いあそびを仕掛けているか知らんが、私はそういう者 ではない、私は武士だ、そんなことは、」  中坪は、浪乃進にみなまで言わせなかった。 「うるせいっ、おまえさんは、この紅くも屋の売り物ってことに決まったんだ、女郎じゃねえか。 ちんちん付の女郎なんだよ。これからぁ尻の穴売って暮らすんだ。それだけじゃねえ、この世界 にはとんでもねえ好き者がわんさと居るんだ。小便だろうがへそのゴマだろうが、オス汁だろ うが、しまいにゃ糞だって買ってもらって生きていくんだよてめえは。  客に玉と棒と握られて腰振るようになるんだよ、すぐに。小便程度のことでおたおたするん じゃねえよ」  あまりの暴言と、屈辱に浪乃進は言葉に詰まったまま、中坪をにらみ続けた。今口を開けば 追いつめられた雌犬の悲鳴のように声が震えてしまうのではないかと思うと、それが怖かった。 「三次っ!、水だっ、浪殿が出すまで水呑ませて、腹をカエルみてえにしてやる、そうすりゃ嫌も おうもねえ、じゃーじゃー出しくさる、水責めだっ」 「まあ、待ちなね、中坪の、」  妙に静かな声がかかる。  しばらく黙っていた竹内が、すこしびっこを引きながら、浪乃進の前まで歩いてきた。 「お前さんがたは、水攻めは女郎相手に得意だろうが、この座敷でおっ始めるというのも穏やか じゃねえな、まあ待ちねえ、」 209 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:52:25 ID:AwYqh7vc 「俺らぁとっくに穏やかじゃねえんだよ、貸元」  中坪は、沸騰寸前だった。 「落ち着けって、この若衆の番茶を所望したのは俺だ、水で薄めねえのが呑みてえんだよ。せっ かくの美人の香りを薄めちまっちゃ芸がねえ。香りのたった濃いやつを賞味しようじゃねえか。 いいだしっぺは俺なんだ、俺が知恵を出すからよ」 「ったく、通ぶりやがって。ど変態が…」  中坪はくさしたが、しぶしぶ竹内に場所をゆずった。    竹内は、浪乃進の前の畳に腰を下ろすと、 「どれ」  と、無造作に浪乃進の陰茎を手にとった。びくりと、浪乃介の腿に力が入った。   竹内は握るでもなく、こするでもなく、茎から袋へと指を走らせる。 「溜まってはいるようだな」 と竹内。 「そんなことがどうして分かる」  と中坪がつっかかる。 「まあ、待ちな、どら、」  竹内は、こういうと慣れた手つきで、浪乃介の包皮を全部めくり返した。磨きたてた桜桃の ような亀頭が現れ、見物の一同からはため息が漏れる。そして、竹内は、指で陰茎を水平に持 ち上げながら、二本の親指の腹を裏筋にあてて、くいっと尿道の口のほうへこすり上げ、小さ な口の寸前で左右に割るように撫で上げた。  水平状態からちょっと上向きにされた亀頭は、その微妙な親指の力加減により、裏側から押 し開かれ、小さな合わせ目だった尿道口はぽかっと丸く開いた。その瞬間、ちょろっと尿が漏れ たが、一瞬滴っただけで、それ以上に続けては出なかった。   「はうっ」  と、いう声が浪乃進の喉から出掛かり、「ぐっ」と押し殺された。浪乃進は、歯軋りして体中を 緊張させ、内からの噴出を抑えようとしていた。  一同「ほおーっ」と、言ったまま、期待の沈黙が部屋を支配した。  手の平にわずかに滴った浪乃進の尿を、竹内は大事そうに舌で舐めとる。 「うん、いい味だ。なるほどな。浪殿の自制の力は相当なもんだな。ちっと、甘く見たぜ」  中坪は、無言でごくりと喉を鳴らした。 210 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:52:59 ID:AwYqh7vc 「三次、こより持って来な」  竹内は、指を軽く睾丸の袋から会陰のほうへと這わせながら、細かく震わせるような動きを 加えながら、三次に命じた。  とりあえず突発的な最初の噴射をこらえきったといえ、浪乃進は徐々に、じんじん、じんじん と下腹部に膨れ上がる気配を感じていた。  中腰開脚の不自然な姿勢から逃れられぬまま、浪乃進は、腰から腿にふるえが走り出すの を止めようがなかった。首をがくっと垂れ、しかしじっとしていられず、眉をきりきりとしかめ 目をぎゅっとつぶって仰向きに顔を振り上げたり、浪乃進の苦悶は明らかだった。 「おいおい、浪殿のあの顔」 「おお、ぎゅうっと目をつぶったとこが、絵みてえに綺麗だ」 「みろよ、真っ白なおでこに、青筋立ててきたぞ」 「ああ、おお、くっ、ごご」  浪乃進が口ごもるように声を発した。 「どうしたい、浪殿、なんか頼みでもあるのか」  中坪が言った。 「あうっ、ご、ご不浄に、ご不浄に、お連れくださいっ」 「ふん、ご不浄にいって、せっかくの番茶を出されちまったら、俺ぁ、竹内の貸し元に顔が立たね えんだよ」 「いえ、ご不浄にお連れくだされば、私の、私のお小水は、鉢に出して、お持ちいたす、頼む。こ こでは、ここではさせないでくれっ」  浪乃進は血を吐くように言った。 「ほほう、これは殊勝なことを言うじゃねえか。よほどお困りとみえるな」  中坪は、浪乃進が折れて出てきたことでようやく落ち着いて、浪乃進を嬲り回す余裕を持っ たらしい。子分たちは、このやりとりに手を打って笑いころげた。 「なんか、浪殿、声が裏返ってきてねえか」 「おしっこ、させないでぇっ、てか」 「あの、身を揉むような腰つきがたまらんななあ」 211 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:53:40 ID:AwYqh7vc  「いずれにしろ、けりをつけようぜ」  と、静かに竹内が言った。三次が、手には和紙を細くひねったこよりを持ってそばに控えた。  「さあ、浪殿、こんなに震えなさってお可愛そうに、力ぬきな。な」  竹内はそう言って、今度は浪乃進の陰茎を根本からしごくようにもち、棹全体を起こしなが ら、、じりじりとこすり上げていった。つやつやした亀頭は首をもたげた姿勢からさらに、首を そりかえした姿勢にされ、先ほどのように裏から親指を二本あてがわれる。 「ああ、ああ、い、いや、」  浪乃進はやはり「石になる」ことはできなかった。 「もう、もうっ、いやぁぁ!」  「三次よ、俺がよし、と言ったら、そのこよりを、浪殿の小便の穴にぐっと差し込むんだ。いい か」 竹内の声にも、異様な力がこもってきた。 「すぐだよ、浪殿、楽にしてやる。思いっきり泣きな。さあ、開くぞ」  竹内の指にぐっと力がこもった。尿道口が、驚いた子供の口のように丸く開くのが、誰の目に も見えた。 「あっ、あっ、そんなっ、ならぬ、ならぬっ、ああ、いやぁぁ!」  浪乃進は、激しく首を振り、むなしく腰をよじった。そしてかっと目を見開いた。 「よしっ、三次今だ」 「へいっ」  白いこよりは、浪乃進の尿道口に、するすると差し込まれた。浪乃進の全身が痛みで貫かれ、 腰は、がくがくがくと震えた。 「くぁっ、あああぁぁっ、いたぁぁぁうっ」  この瞬間浪乃進の膀胱の堰が決壊し、奔流がまたたくまに陰茎の内部を駆け上がってきた。 「おい、鉢だっ」  こよりがはじけ飛んだと同時に尿が噴き出した。  ぶしゅーーーーーっ、ぶしゅーーーーっ、じゃあぁぁぁぁ、と浪乃進の尿は、ギヤマンの鉢に渦 巻いて流れた。こればかりは誤算であった。激しい放尿の噴射で、あまり深い形でない鉢で受け 止めきれず、尿は最初、盛大に跳ね返り、噴水のように部屋中に飛び散ってしまった。 「わおぁぁぁ、いやぁぁ、と、とめてぇぇ」  浪乃進の心は崩壊した。心は石などではなかった。大粒の涙があふれ、耐え難い悲しみに自分 の嗚咽自体で息が詰まり、絶息しかけては、あらたな嗚咽と涙が襲ってくる、また衆目に晒さ れた陰茎からは長い長い放尿が留めようもなく吹き出していた。 212 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:54:19 ID:AwYqh7vc  このときの座敷の大騒ぎは、ひととおりのものではなかった。  同席していた田舎芸者どもは、悲鳴をあげて逃げ回る。  逆に、その手の趣味のやくざ共は、天女のように美しい若衆の崩壊、放尿、慟哭の様を見逃し てなるものかと噴水の方向へ集まった。つまり、浪乃進を取り囲んだ。  三次はといえば、吹き飛ばされた白いこよりがぺったり額に尿で貼りつた姿で懸命にギヤマン の鉢の角度を修正して、浪乃進を尿を納めようとしている。  その変態たちの輪の中心で、浪乃進はまだ体を震わせて間欠的な放尿を披露していた。尿の 勢いが衰えてきても、じょじょっ、じょじょっー、たらららー、とギヤマンの鉢に垂れていく、その 音がいかにも惨めだった。    やや、面目をつぶした形になったのはガマの中坪で、彼は浪乃進の放尿と慟哭を目の当たりに した瞬間、下帯をはじき飛ばすように勃起していた醜い男根から、思わず黄色がかった粘液を 吹き出してしまった。まあ、変態共の中で一等賞の早撃ちを披露してしまった訳だ。    大騒ぎも一段落がついた。  浪乃進は、青竹から足を解かれた。哀れな天女は、よろよろと膝から崩れた。浪乃進は、身 をねじって畳に顔を伏せて横たわり、嗚咽をこらえることしかできなかった。腿を伝った自分 自身の尿がじょじょに冷えていく。腿の合わせ目からは、まだしずくを先端に留めた陰茎が、 ちょろんと首を出していたが、はだけた裾前を合わせる気力さえ残っていなかった。    やはり落ち着き払っていたのは竹内の貸し元で、袖を浪乃進の尿でずいぶん濡らしながらも、 端然と座っている。そして、三次が後生大事と捧げ持っていらギヤマンの鉢に鼻を近づけて香り を嗅ぎ。 「うん、いい茶ができてる。香りも絶品だぜ。ほれ、若衆好きの外道ども、味見してえ奴は茶碗 でも杯でも持ってきな、三次、注いでやれ」  貸し元は、そう言って少し笑った。 213 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:55:02 ID:AwYqh7vc  恥知らずな男たちは、手に手に茶碗や杯をもって、三次のところに集まった。 「おっとう、ありがとよ」 「たっぷりとついでくれぇ、おお、すまねえ」 「こっちも頼むぜ、おお、これだこれだ良い色だ」 「まだ湯気がたって、おうおうこぼれる」 「こらぁ、三次、中坪の親分さんの分はどうした」 「あっ、こら、とんだ失礼を」 「親分、どうそ、この大杯にお注ぎしましょう」    満たした杯が回ると、あっちでもこっちでも、ぴちゃぴちゃ、ぐびりぐびりと音がたち始める。 芸者たちから見れば、胸の悪くなるような酒宴(茶会か?)が始まった。車座になって呑む外 道共の真ん中に、堕とされて羽衣を引き破られた天女のような浪乃進が、自らの腿を尿で濡 らしたまま横たわっていた。  ようやくに嗚咽の発作が引いたところに、 「浪殿よ、よくがんばったな。な、顔見せてくれんか、このじじいに」  と竹内の声がかかった。  意固地になることにもはや何の意味もなかったが、顔をあげるだけでも恥ずかしさにうち勝 たねばならなかった。畳に伏せた姿勢から、手をついて上半身を起こし、浪乃進はようやく涙 まみれの顔を起こした。顔は涙と、いくぶんかは自分の尿でも濡れていた。紅が乱れて頬に流 れ、乱れた髪が張りついている。  そうして、座敷をぐるりと見渡した浪乃進の眼は、まだ涙の海の中に泳いでいるのか、意味 のある映像を映していないように見えた。黒目がちの美しい瞳は、ぼーっと焦点を結ばぬまま にしばらく男たちを向けられていた。  「えっ!」  浪乃進が、ようやくにその座敷で行われている光景に焦点が合った時、心臓が凍るかと思っ た。 「なんという、世界に私は堕ちたのか、この恥ずべき情景の中心に私がいるのか!」  一人にあてがわれた分の波乃介の尿はいくらでもない、それを呑みほしてしまうのが惜しく てたまらぬように、いじましくぴちゃぴちゃと舐め味わっているやくざたち。一時の座興と、振 る舞いつつも、この外道共の眼は笑っていない。言葉も発せず、ぴちゃぴちゃと、浪乃進の尿を 味わい、浪乃進のやつれた姿を欲望に血走った眼で見つめながら、あぐらをかいた男たちの股 間には大きく男根が膨れ上がっているのだった。  浪乃進は震える手で、尿の跳ね返りで濡れてしまった裾前を合わせた。   214 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:55:36 ID:AwYqh7vc  その夜、中坪が、「今夜は、貸し元に愉しんでもらいてえ」と言って、浪乃進を竹内に譲ったの には、一同少し驚いた。外道のやくざにも、それなりの男気というか、見栄のようなものがある。 その晩、中坪は、子分共の前でやや重みに欠ける言動に走ってしまった。中坪のような男でもそ れで、少しふさいでいたのかもしれない。少し鷹揚なところを見せておくつもりだったのかもし れない。    浪乃進は、宴会座敷から、自室に下がる猶予を与えられなかった。 「三次が、貸し元との床入りの世話はやいてくれるからな、浪殿、もう我が儘はいわねえで貸し 元のじいさんに一晩可愛がってもらうんだぞ」 「…、ただ、わたくしこのままでは…、体を清めませんと、」 「ああ、それは貸し元のお好みだ。その体のまま行くんだ。三次が案内するからな」  そういう中坪は、あれからだいぶ痛飲している。  渡り廊下をいくつか通り、流水を向こうにわたって古い大きな建物にあがると、そこで三次は 広い縁にうずくまって障子に手をかけ、 「三次です、浪殿をお連れしました」  と告げた。 「入んな」  としわがれた声が答えた。 215 名無しさん@ピンキー 2009/08/27(木) 15:56:55 ID:AwYqh7vc  座敷には、骸骨のような竹内の貸し元がぽつんと座っていた。 「三次、すこし暑いんでな、こう風を通してくれろ」 「へいっ」  そういって、三次が先に障子を開けて入り、奥まで行き、奥の部屋の唐紙を開けた。  そこには、広い床がとってあり、枕元には、懐紙、塗りの角盥、何かの薬びん、などが並べられ ていた。  当然、その成り行きはわかっていたようなものだが、自分が身を沈めるべき褥(しとね)を、眼 にした瞬間、浪乃進は、突如足に重い石を結んだかのようにすすむことができなくなった。 「この敷居をまたげば、   私は、…、ここで、この骸骨のような老人と私は床に入るのだ。そこで一晩、慰みものになる のか、」  そう思ったが「石になる」誓いをすでに踏み壊されてしまった浪乃進の心はくじけていた。 敷居際で、立ちすくんでいたが、  「浪殿来たか、まあ入んなって」  と、声がかかると、まるで自動人形のように、こっくりとうなずき、座敷に入った。  奥の部屋は、薄暗かったが、手前の座敷は明るかった。老人が、酒の気もなく、ぽつねんと座っ て煙管を銜えていた。ただ、浪乃進は老人の膝元に置かれているものを見て、どきりとした。 それは、先ほど浪乃進の尿を溜めるために使われたギヤマンの鉢だったのである。一度、水洗 いしてあるらしかったが、それをわざわざこの部屋に持ってきてあることに、浪乃進は薄気味 悪さを感じた。 -:中編

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