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「消失古泉×古泉」(2008/01/31 (木) 16:45:50) の最新版変更点
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<p>彼から聞いた異世界の僕は、黒い詰襟の学生服に身を包み<br>
涼宮さんに付き従っていたらしい。<br>
最初その話を聞いた時は、怪しげな洋館から出る事を<br>
最優先に考えていた為、正直な所深く考える余裕は無かった。<br>
無事脱出し、予定通りのミステリーを演じ<br>
自宅に辿り着いて久しぶりのオフに、僕は気が緩んでいたのかも知れない。</p>
<p>持ち込んだ覚えの無い黒い学生服を、自室のクローゼットの中に見つけた時<br>
それを訝しがる気持ちと共に、何故か身に付けてみたい衝動に駆られた。<br>
単に魔が差したとも言えるだろう。<br>
その学生服は、まるであつらえたかのように、僕の体にぴったりと合っていた。<br>
詰襟を首元まできちんと閉めて、僕は部屋に置いてある大きな鏡の前に立った。<br>
そこに映ったのは、当たり前だけど、いつものブレザー姿とは違う僕の姿。<br>
見慣れた自分の顔なのに、衣服が違うだけで受ける印象が違っていた。<br>
彼から聞いていた、別の自分の話を思い出す。<br>
この姿の僕は、涼宮さんを好いていたと。<br>
彼はそう言った。</p>
<p>「超能力と言う属性を失った僕は、涼宮さんに惹かれるんでしょうか」<br>
無意識の呟きが僕の口から零れる。<br>
涼宮さんの事は嫌いでは無い。寧ろ人として好んでいる方だとも言える。<br>
だけど、僕は彼女をそういう目で見た事は無かった。<br>
考えてみた事も当然無い。<br>
立場が違い過ぎるのだ。<br>
では仮に、僕が普通の一高校生だとしたらどうなったのだろうか。<br>
仮定として考えてみようとしたけれど<br>
転校生と言う以外の肩書きを持たない自分が想像出来なかった。</p>
<p>鏡に映る考え事に耽ろうとする僕の顔は無表情で<br>
衣服のせいで別人のようだ。<br>
こんな顔は僕らしくない。<br>
そう思い、笑みを浮かべてみようとしたけれど<br>
そこに映ったのは、明らかに何かが違う僕の笑顔だった。<br>
異世界の僕はこんな顔だったのだろうか。<br>
「顔は同じはずなのに不思議なものですね」<br>
誰に言うでも無い独白に、鏡の中の僕が笑みを深めたように見えた。</p>
<p>──惹かれるはずですよ。<br>
何処からか声が聞こえた気がして、僕は驚いて辺りを見回した。<br>
僕は一人暮らしだ。今はTVも付けていない。携帯も静かなままだ。<br>
気のせいだと思い直し、そろそろこの制服を脱ごうと鏡に目をやった時だった。<br>
鏡の中の僕が笑っていたのだ。<br>
笑顔は、確かに癖になっていると言っても過言では無い。<br>
だが、今の僕は笑っているつもりは無かった。<br>
思わず自分の顔に手を添えた。鏡の中の僕も同様に手を添える。<br>
そう、同じ動きをする。だけど。<br>
何かが違う。<br>
鼓動が早まっていくのを感じる。<br>
──そんなに驚かなくても良いでしょう?<br>
また声がした。何処から響くのかすら解らない。<br>
言い様の無い悪寒を感じて、僕は鏡から目を逸らし背を向けた。<br>
見渡した室内は、いつもと同じだ。<br>
それでも視線を感じる。何処だ。一体何処から。<br>
──そんなに怖がらなくても良いじゃないですか。こちらですよ。<br>
苦笑しつつ宥めるような声。<br>
それが何処からなんて、考えなくたって。<br>
──おや、寒いんですか?震えていますよ。<br>
そう、声は真後ろからだ。<br>
真後ろの……鏡から。<br>
──大丈夫ですか?<br>
くすくすと笑い声が聞こえてくる。<br>
意を決して僕は振り向いた。</p>
<p>そこには、当然鏡に映った僕が居る。<br>
小さく笑いながら、僕を見ている僕が居る。<br>
思わず僕の口から小さく声が漏れた。<br>
非日常的な事柄には慣れていると思っていた。<br>
だが、予想だにしない出来事を目の当たりにしてしまうと<br>
驚きに身動きが取れない。<br>
この時の僕は恐怖を感じていたと言っても良いだろう。</p>
<p>──そこまで怯えられると少々傷つきますね。<br>
鏡の中で苦笑を浮かべる僕は、明らかに僕とは違う。別人だった。<br>
──僕は自分自身に危害を加えるつもりはありませんよ。安心して下さい。<br>
自分自身。鏡の中の僕はそう言った。<br>
表情だけは違うが、それは確かだろうと思った。<br>
「……あなたは何なんですか」<br>
そうだ、僕は驚いてばかりは居られない。<br>
何故こんな事になっているのか、せめて事態を把握しなければ。<br>
──何、と言われても。僕は一介の高校生なので何とも言い様がありませんね。<br>
肩を竦める僕。それに見入っている僕はそんな動作はしていない。<br>
鏡の中の僕は、いつの間にか表情だけでなく、自由にその体を動かしていた。<br>
──あなたの方が、こういう事には詳しいんじゃないんですか?<br>
僕が詳しいのは閉鎖空間に関してだけだ。<br>
それにこんな事は異常事態も甚だしい。<br>
ベッドサイドに置いてある携帯に目を走らせる。<br>
機関に連絡するべきだろうか。<br>
──そうですか。それは残念。<br>
その声は本当に残念そうだった。</p>
<p>──ところでここは何処なんでしょうね。何だか狭いのでそちらに行きたいのですが。<br>
こちらに来たいと言う僕。<br>
それは鏡から出たいと言う事なのだろうか。どうすれば出られると言うのだろう。<br>
──自分からは行けそうに無いので……そうですね。引っ張ってくれませんか?<br>
鏡を軽く叩く動作をする僕。ぺたりと手が添えられた。<br>
鏡の中の僕の、いや、彼の言う通りにして良い物なのだろうか。<br>
現状の異常性は理解している。<br>
敵対組織の犯行かとも考えたけれど、普通の人間にこんな事が出来る訳が無い。<br>
この鏡は昨日まではただの鏡だったはずだからだ。</p>
<p>迷っているのを察したのだろう。彼が口を開いた。<br>
──勿論、ただでなんて言いませんよ。<br>
自分をここから出してくれるのならば……と言う物だ。<br>
そこまで考えてふと気付く。<br>
これでは、まるで何かの童話みたいでは無いか。<br>
鏡の僕を主人公を誑かそうとする悪魔の誘いとすれば、<br>
唆された主人公は痛い目に遭うのだ。<br>
現実と童話を混ぜるつもりは無いけれど<br>
これまでの僕の人生は、どう見ても事実は小説より奇なり、だった。<br>
──とは言え、僕には救出の代償として差し出せる物があまりにも少ない。<br>
彼の言葉は続く。<br>
──僕の知っている情報。そうだな……涼宮さんの話なんて如何です?<br>
涼宮さんに関してならば、機関がそれこそ総出で調べ上げている。<br>
彼女について知らない事は無いと言える程だった。<br>
だけども。<br>
──でもこちらの涼宮さんはご存知無いですよね?<br>
会話を続けるうちに、彼が何なのか、朧げに察しが付いてきた。<br>
先日彼の言っていた異世界の僕なのだろう。<br>
何故その僕が、今僕の目の前に現れるのかは解らないけれども。<br>
「あなたがこちらに来たらバランスが崩れるのでは無いでしょうか」<br>
僕の問いかけに彼は目を瞬かせた。<br>
──それは大丈夫ですよ。<br>
その根拠は何だろうか。<br>
──そちらの涼宮さんは神様なんでしょう?<br>
──なら神様が居る限り、そちらの世界は安泰なんじゃないんですか?<br>
何処か皮肉げに、彼はそう言った。</p>
<p>「……いえ、そうでもありません」<br>
鏡の中の僕は知らないのだろうか。<br>
機関に属する僕らが日々何の為に東奔西走しているのかを。<br>
「神は無自覚ですから。何が起こるとも解りません。我々はそんな世界を守る為に──」<br>
──守ろうと思えて守る事が出来るのなら、遥かにマシですよね。<br>
説明しようとした僕の言葉を遮って、鏡の中の彼が呟いた。<br>
──世界が不可抗力のままに当然終わったとしたら、どう思います?<br>
僕は言葉を失った。<br>
それは、ある意味三年前に僕が経験した事だ。<br>
ただ、僕の場合は何も無い平凡な日常の世界が突如無くなり<br>
非日常の世界に足を踏み入れただけだが。<br>
「あなたの世界は……今どうなっているんですか?」<br>
洋館で説明してくれた際、彼は異世界についてどう言っていただろうか。<br>
肝心な所が思い出せない。<br>
彼も自分が居なくなった後、その世界がどうなるのか<br>
解っていなかったのでは無いかとも思える。</p>
<p>僕の問いに、鏡の中の僕は口を笑みの形に歪めただけだった。<br>
──ここは狭くて寒いんですよ。出られるのなら出たいものです。<br>
その言葉には切実な響きがあった。<br>
──あなたなら解りますよね?突如日常を奪われるこの理不尽さが。<br>
解らなくは無い。<br>
だけど、今の僕は現状に不満は持っていないのだ。</p>
<p>──それは本当ですか?何も不満が無いと?<br>
声に出したつもりは無いのに、彼がさらに問う。<br>
僕は今の自分に不満は無い、はずだ。<br>
機関も、SOS団も、既に僕の中では欠かせない物になっている。<br>
──好きな人が居る事を自覚すら出来ないのに、ですか?<br>
急に話が飛んだ。そう思った。<br>
「僕に意中の相手は居ませんよ」<br>
それだけは確かなはずだ。<br>
僕に好きな人は、居ない。<br>
それなのに、鏡の僕は僕を見て笑う。<br>
──可哀相に。自分を騙し続けているんですね。<br>
そんなつもりは無い。そう思う。<br>
──では、僕をここから出してくれたら、本当のあなたを教えて差し上げますよ。<br>
それでどうですか?と鏡の中で手を差し伸べる。<br>
──僕はここから出られる。あなたは自分自身をもっと理解出来る。悪くないと思いませんか?<br>
本気にしてはいけないと、頭では理解していたはずなのに。</p>
<p>──僕をここから助けてくれませんか。<br>
素直に助けを求める僕が、何故か気になって。<br>
この時、僕は異世界の自分を哀れんだのだろうか。<br>
助けてやりたいと、思ったのだろうか。<br>
僕は躊躇いながらも鏡に向けて手を伸ばし。<br>
本当に鏡に映したように左右間逆の手と手が触れ合う。<br>
その瞬間、鏡の中の僕が目と口を三日月のように歪めたのが見えた。</p>
<p>直後視界が暗転した。</p>