俺と古泉は海の家に居た。無論、海で泳ぐためだが、古泉は着替え終えた後――と言っても、お互い事前に海パンを着て来たから服を脱いだ後、と言ったほうが正しいのかもしれないが――日焼け止めクリームを塗っている。 「……女じゃねーんだから、少しぐらい日焼けしていいんじゃねーの?」「日焼けは皮膚ガンの元なのですよ。健康第一ですからね」言うことは最もかもしれないが、若い身空でガン予防とか爺臭く感じてしまうし、何より俺はこの土方焼けを消すほうが先決だった。「手が空いているのなら、背中を塗って頂けませんか?」「ったく、しゃーねーな」断ったところでこの部屋を出るのが遅くなるだけだと判断し、奴から日焼け止めクリームを受け取る。「あーあ、何で野郎の背中を塗ってるんだか」俺はこれ見よがしに文句を言いながら日焼け止めクリームを塗りたくるが、「どうせなら朝比奈さんの背中に塗りたかったぜ」古泉は俺のそんな戯れ言も意に介さないようで、「それは奇遇ですね。僕も出来たら朝比奈さんに塗ってもらいたかったですよ」口元を手で押さえながら笑っている。本当にああ言えばこう言う奴だ。「塗り終えたぞ」塗り終えた俺は、古泉に日焼け止めクリームを返す。「ああ、すみませんでした」古泉はそれを受け取るが、その際にふと奴の手首にある腕時計に目が移る。奴は俺の視線の行く先を察したのか、「メンテナンスから戻って来たのですよ。防水仕様ですから、海でも大丈夫です」片手を挙げて腕時計を見せた。毎度ながら厳つい時計だな――ふと思い立って腕時計に手を掛け、奴が驚いている隙に素早く腕時計を外し取る。「えっと……その腕時計はめてみます?」古泉は俺の意図が掴めないようでキョトンとした表情でいるが、「いや……」俺は奴の腕を取ると、腕時計焼けを舐め始めた。「何で腕時計焼けなんて舐めているんです?」「ここだけ日焼け止めクリーム塗ってないから」古泉の怪訝そうな問い掛けに、答えになっているようでなっていない返事をする。「そう…ですか」奴は声のトーンを落としてつぶやくと、そのまま黙りこくっていた。
それから少し時が経過しただろうか。「……いつまで舐めているんですか?」古泉は少し緊張した声で尋ねるが、俺はその声を無視して舐め続ける。「あの……ですね」奴の腕が徐々に熱を帯び、かすかに震えている。「……日焼け止めクリームを塗っていない場所は…他にもあると思うのですが」俺は腕時計焼けから顔を離すと、そっと見上げて奴の表情を伺う。「例えば?」「ええと……その……」古泉は頬染めながら言い淀む。「どこだ? 言ってみろ」「うっ……」そんなに口で言うのが恥ずかしいのだろうか。奴は尚も頬を染めた状態で、潤んだ目を泳がせている。「………」折角だから直接言ってほしかったが、この調子だと奇をてらって足の裏とか言いかねない。「ここか?」業を煮やした俺は、古泉の顔を引き寄せてそっと唇を重ねる。そして、ゆっくりと重ねていた唇を離すと、奴は恥ずかしそうに更に頬を染め、今にも消え入りそうな声でつぶやく。「……はい」
本当に、ただ唇を重ねただけのキスだけど、今の俺たちにはこれで十分だった。
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