気がつくと僕は固い床ではなく、草むらの中に居た。青い葉の匂いの中に混じる自分の精とアンモニアの匂い、身体中にまとわりつく濡れた制服の感触がついさきまでの事が夢ではないと教えてくる。
どうして僕は突然こんな所に。それより、僕はどうすればいい。身体が重くて指一本すら動かない。
その時だった。複数の人の気配がした。そして僕を呼ぶ、声。
まさか、そんな。涼宮さんの声が僕の名を呼ぶ。どうしよう、こんな姿を見つかるわけにはいかない。けれど身体はまるで呪縛にかかったように僕の意思を受け付けない。視線を僅かに動かすのが精一杯だ。
僕の動揺などお構い無しに声がどんどん近くなる。まるで僕がここに居ると解っているかのように気配はあっと言う間に近くなり、涼宮さんの声に混じって朝比奈さんが泣きそうな声で僕を呼ぶ声が聞こえて、すぐ傍で草むらが鳴り。「古泉!」気がつくとキョン君が僕を抱き起こしていた。
駄目です、触らないで下さい。あなたが汚れる。上手く言葉に出来たのかは解らないが、彼に「うるさい!」と一喝された。心配そうに僕を覗き込む涼宮さん、に朝比奈さん、そしてその後ろに長門さん。どういう仕組みかは解らない。テレパシーのようなものなのかもしれない。長門有希が僕にだけ聞こえるように言った。「あなたの声が聞こえた。だから」僕はそのまま気を失った。
耳元でちゃぷん、と水が揺れる音がして目が醒めた。いい匂いがする。温かな湯に包まれる浮遊感。「気がついたか」彼が僕を見下ろしていた。「急に動くなよ。泡が目に入る」泡?僕と彼はバスタブの中に居た。彼が僕の髪を洗っている。そんな、まさか。「どうして!何を、あなたは…!」「どうしてって気絶してたからだろ。いいからそのままでいろ。後流すだけだ」やめてください!僕に触らないで下さい、僕は汚いんですから。「何言ってんだか。汚くなんかない。ちゃんと洗った」バスタブには湯面が見えないほど泡が浮かんでいて、花のいい香りがしている。「朝比奈さんがしてくれたんだよ。気絶してる奴の身体洗うのは大変だろうからってさ。俺もこんなん初めて入った。男2人で泡風呂ってのもちょっとアレだがまぁネタになって面白いだろう」彼が真顔で泡立てた僕の髪を梳してくれる。どうして、こんな。流すから下向け、と彼に言われて頭からシャワーをかけられた。やめてください。僕はそんな事をしてもらえるような存在じゃない。「うるさい。黙ってろ。何も言わなくていい」お前は何も悪くない。そう言われて僕はよく解らないけれど切なくて悲しくて、けれど嬉しくて。
彼はちゃんとリンスまでしてくれて、殆んど足腰の立たない僕の全身の泡を落とし、脱衣所で簡単に湯を拭き取って下着を着せてくれた。パジャマのズボンまでを穿かせてくれた辺りで外の涼宮さんが何度も声を掛けてくるから彼が許可すると涼宮さんと朝比奈さんが入ってくる。涼宮さんが髪を拭いてくれて、朝比奈さんが僕にパジャマの上を着せてくれる。ボタンを留める華奢な指先が震えていて、何だか申し訳なかった。そしてキョン君は僕を抱えるようにリビングへ運んで、涼宮さんに「後は頼む」と伝え、自分も服装を整えるためだろう、脱衣所に戻っていった。「もう『機関』なんぞ捨てちまえ」という囁きを残して。
涼宮さんが僕の髪をドライヤーで乾かしてくれる。「古泉君の髪ってば本当にきれい。さらっさらねぇ!何か悔しいわ!」多分僕の為に明るく振舞ってくれるのだろう。その優しさが心苦しくて、けれど嬉しい。朝比奈さんがスポーツドリンクを飲ませてくれて、僕の手をぎゅっと握っててくれる。長門さんが雑炊の盛られたお盆を僕に差し出して「食べて」と言ってくれる。僕は涙を堪えるのに必死でどうしていいのか解らない。僕が身体を硬くしたままそれを受け取ることが出来ずにいると、涼宮さんが明るい調子で「有希、たべさせてあげなさいよ」と言う。長門さんは小さく頷くと僕に雑炊を掬ったスプーンを差し出してくれるから、僕はそれを口にした。味なんて解らなくて胸が一杯で、目元を指が優しく掠めて、朝比奈さんが涙を拭ってくれたのだと解る。女性陣があれこれと僕の世話を焼いているのをキョン君がやれやれという表情で見てる。でもその表情はとても温かくて僕は涙を止める事が出来なかった。
「おい、そろそろ腹を決めろ、古泉」僕が食事を終えると彼が僕を見て言った。「お前がそんな目にあってまであんなクソ組織に付き合う必要なんざない」涼宮さんが不敵な表情で僕を見てる。その瞳は怒りに燃えてとてもきれいだ。朝比奈さんは決意をこめた表情で、長門さんはいつものように静かに僕を見てる。
「うちの大事な副団長をこんな目に合わせるなんて絶対に許さないから。めっためたに仕返しして生まれてきたことを後悔させてやるわ!」「そ、そうです!絶対に許しませんから!」「ターミネートモードの準備はできている」「お前はSOS団の団員だ。うちには無敵の団長様がいるんだぜ?」
だって、そんな事をしたら。
「知るか。お前を玩具にするような連中、どんな手を使ってでもぶっ潰してやる」
「有希も良いって言ってくれたし、今日はこのまま皆でここに泊まって行く事にしたから!」
「機関」へ殴り込みという物騒な相談もあらかた話が決まると既にパジャマに着替えた涼宮さんは高らかに宣言した。僕は泣いてしまって赤くなった目元が恥ずかしく、朝比奈さんが持って来てくれた濡れタオルで目元を冷やしている。長門さんとキョン君はリビングと隣の部屋に布団を敷いていた。何だか合宿みたいだ、と温かな気持になっていると涼宮さんが僕の顔を覗き込んでウインクして言った。「今日はいつも頑張ってくれてる副団長に特別大サービスよ。特別に誰と寝たいか選べる権利をあげるわ!さぁ、誰と寝たい?」…その、それは一体…!?「おい、ハルヒ!それは女子も選択肢に入るのか!?」彼が慌てた風に涼宮さんに指を指して問い詰めている。当たり前だ。「サービスだもの当然じゃない!古泉君はあんたと違って紳士だもの。変な事しなから大丈夫よ」「誤解を招くような事を言うな!俺だって変な事なんてしない!」「なぁによ!あんたどうせみくるちゃんと寝たいんでしょう?エッチね!」「だから誤解を招くような事を言うな!」
いつもの痴話喧嘩みたいな言い合いだ。けれど今の僕にはそれすら何だか嬉しくてホッとする。僕は間違いなく彼らの一員で、ここが僕の居場所なんだと実感できる。朝比奈さんは困ったような様子で笑いながら見ているし長門さんはいつもと同じでじっと2人のやり取りを見つめている。僕も一緒になってそれを見ていたのだがまた涼宮さんに答えを振られた。「ほら!古泉君!遠慮しないでいいのよ?誰にする?みくるちゃん?有希?それともあたし?今ならオプションで子守唄も付けとくわ!」「あー…ええと」…大変ありがたい申し出なのだがこれはちょっと…何と言うか…色々困ってしまう。「僕はキョン君と寝ますので」「なぁによ、遠慮しないでいいのよ?」いえ、遠慮している訳では無いですし気持はありがたいのですが…僕も色々不健全な目に合っていますが一応はノーマルな成人男子なので女性陣のどなたかと、というのは落ち着かないといいますか…。 折角の涼宮さんの好意を無下にしないようになんとか言葉を捜して辞退させてもらう。「もう、古泉君は謙虚ねぇ!キョンも少し見習いなさいよ」「だから何でそこで俺を引き合いに出すんだ!」「いえ、謙虚とかではなく、彼の傍は落ち着くので」嘘は言ってない。汚物に塗れた僕に躊躇せず触れ、お風呂で僕の体を全て見て僕がどんな目に合っていたのかを知ってしまっただろうに僕への態度をまるで変えない彼は何と偉大なのか。 それどころか僕の為に「機関」と真っ向から立ち向かうと言ってくれている。僕の答えにキョン君は「俺かよ、気持悪い」とでも言うかと思ったのだが「ま、妥当な線だろ」と頷いた。「そうねぇ、まぁそれが健全ね!キョン!古泉君いじめちゃ駄目よ!」「誰がいじめるかよ。お前俺を何だと思ってるんだ」彼は涼宮さんに食ってかかっているが、涼宮さんは知らんぷりで朝比奈さんと長門さんと「じゃ、私達は3人で寝ましょうね」なんて言ってわざと無視している。
結局女性陣は広いリビングで寝て、僕とキョン君は奥の部屋に寝る事になった。僕達が隣の部屋へ行こうとすると涼宮さんに呼び止められた。「ちょっと屈んで!」腕を軽く引かれて内緒話でもするのかと耳を寄せると、柔らかなものが頬に触れた。「…!?」…これ、今のは、もしかしてキス?驚いて涼宮さんを見ると、彼女は瞳を優しく輝かせ笑った。「いい夢が見られるように、おまじないよ!はい、みくるちゃんと有希もね!」そうして涼宮さんに背を押され、朝比奈さんははにかんで笑い「おやすみなさい」と囁いてキスをしてくれた。長門さんはいつもの無表情のまま僕の頬にキスをしてくれて「睡眠時の記憶を起床時に残さないよう操作は可能」と言った。僕は首を横に振った。きっとその必要は無いだろう。 隣でキョン君が涼宮さんに「おい、これは不公平じゃないか?」と抗議しているが「悔しかったらあんたも手柄を立てて昇進しなさい」とニヤニヤと笑っている。「…じゃ、僕からではどうでしょうか?」「いらん!」
僕と彼に与えられたのは1組の布団で(女子は2組で3人だ)彼はてっきり文句を言うと思ったのに、何も言わなかった。まだ体のあちこちが痛んだけれど、彼が変に体の事を気遣ったりしないのが逆にありがたい。「子守唄のオプションはつかないんですか?」と冗談めかして聞くと「俺には付いとらん」とぶっきらぼうな返事。隣の部屋からは小声が時々かすかに聞こえる。きっと女の子同士の内緒話でもしているのかもしれない。そのまま黙って目を閉じていると彼が暗闇の中、僕の方を向いた。「これはオプションだ。少々薄気味悪い事をするが、嫌なら嫌と言え」そう言うと彼は僕を引き寄せて抱きしめてくれたから驚いた。温かい。こんな風に誰かに抱きしめられる事などこの能力を得てからすっかり忘れていた。なんだかお父さんみたいだ。彼は同級生の筈なのに。「おまじないは無いんですか?」ふざけて言ってみる。きっと「ある訳無いだろうが」と言われるだろうと思ったのに彼は何も言わない。あれ、と思っていると前髪を手で上げられ、額に柔らかいものが触れた。「ハルヒ達には内緒だぞ」彼が照れくさそうに視線をそらしながら言った。
更にここからキョン×古泉ED
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