早速だが、俺と古泉は数年前から同居している。理由なんて無い。愛だとかいう安っぽい定型句を言うつもりは鼻から無いが、ただ好き合っているという、それだけの理由で。
「おかえりなさい」玄関を開けると、男ものにしては少し飾り気のある、といった程度のエプロンをつけた古泉が出迎えにきてくれた。上辺なんかではない、優しい笑みを浮かべたその顔は、俺の疲れる社会人生活で一番の癒しの源であった。古泉はとある大学――数学の専攻がある大学――に通っており、その中でもトップクラスの成績を保っている。それなのに俺の分までもの味・栄養バランスともに満点な食事を作ってくれる―その他家事もろもろもやっておいてくれる―という、本当に頭の良い奴ってのはこういう奴のことを指すんだろう、と誰もが納得するような時間をとっている。おっと、解説が長くなった。「ただいま」俺も微笑みを返しながらそういうと、古泉はすっと顔を近づけて俺の唇に自らの唇を軽く重ねた。そして上目遣いでこちらを見ながら、惜しむように離れた。俺は思い切り抱きしめたくなるその衝動を、古泉のいかにも〝料理中〟という風体からなんとか堪えた。
月が高く上ってきた頃。「そろそろ、寝ましょうか」古泉が寝巻き姿で俺に話しかけた。「ああ、そうだな」古泉は俺を先導に寝室へ歩いた。するとふと、俺の肩に腕が回された。同時に至近距離になった古泉からの風呂上りからまだ時間がたっていないせいか、心地良く暖かい呼気を首の背で感じながら俺は立ち止まった。「古泉・・・」俺はその腕にそっと手をかける。「ええ、分かっています」そう言って古泉は腕の力を強めて、「だから、」俺の背中に肩口にぐっと顔を押し付けた。「もう少し、――・・・このままで」明日もまた平日であるという事実を受け入れている古泉は、その言葉とは裏腹になかなか俺から離れようとしない。「暖かいです・・・あなたは」このまま、抱いてしまいたい。俺は、そのさっきよりも遥かに強い衝動を、また静めなければならないことになった。
夜中。俺はわずかな重量を身体に感じて目がさめた。「ん・・・」目を覚ました俺の目の前にいたのは、間違いなく古泉だった。意識のある時にキスをする寸前のように、愛しそうに目を閉じて、俺の唇を貪っている。唇だけでなく、俺の体の様々なところに。何度も、何度も。そのついばみともつかぬ口付けを感じて、俺は目が覚めたようだ。古泉はまだ俺の目が開いたことに気付いていない。機械的にも感じるほど目を閉じたそのままの状態で俺にキスをしているからだ。俺は目が離せずに凝視というレベルにその古泉を観察していると、ついに古泉は目を開けた。俺が目を開けているということに気付くと顔中を暗闇でも分かるほど真っ赤にして、「え・・・っ!? お、起きてたんですか!? 言ってくださいよ!」と驚いて飛び起きた。相当混乱したらしく、いつもとは違って、敬語ながらもまとまりのない返事だ。「えっ、やっ・・・ほんとに・・・も・・・やだ・・・っ!」そう言って俯くと、本当に古泉か?と疑いたくなるような混乱ぶりで、またベッドの上にへたり込んだ。俺は下からその痴態と呼べなくもない様子を見上げていた。まだ完全には落ち着いてはいないように見える古泉の背中をぐっと抱き寄せると、俺はその唇に優しくキスを落とし、その身体をそっと押し倒した。
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