帰りの電車はいつものように混みあっている。クラブでくたくたになった体を吊り革にぶら下げながら、俺はこの混雑に耐えていた。夏の満員電車というのはまったく苦痛だ。冷房がついているとはいえ、見も知らぬ他人と、汗でベタつく体で押しあいへしあいしているので、快適とは程遠い。だがまあ、これも家に着くまでの辛抱である。帰ったら真っ先にシャワーを浴びて、さっさと寝よう。宿題は明日学校で誰かに見せてもらえばいいや。俺はそんなことをぼんやり考えながら、疲れた顔した会社員やその他の学生の中に混じって大人しく立っていた。ふいに、電車が強く揺れて、隣に立っていた背の高い学生がバランスを崩し、俺の方に倒れかかってきた。同時に足を踏まれたので、俺は小さく苦痛の声をあげた。「すみません」と、学生が振り返った。その顔を見て俺は少し驚いた。そこには、モデルみたいに整った華やかな顔があった。光の透った茶色い目をしてこちらを覗きこんでいる。「大丈夫ですか」と言うその唇は薄く色づいて――って、ちょっと待て、なんでこんなに顔を近づけてくるんだこの人は。なんだかいい匂いまでしてくるような気がして、不覚にもドギマギしてしまう。俺は慌てて、心を落ち着かせるのに十分な距離を取ってから、大丈夫だと返事した。それを聞いたその人は、にっこり笑って、静かに俺から視線を外した。絵に描いたようなキレイな男っているんだなあ、と俺は物珍しがって、しばらくその横顔を見ていた。電車が振動する度、その人の制服の袖が右腕に当たるのを意識した。
異変に気づいたのはS駅を過ぎてしばらく経った頃だった。それまで隣でずっと静かに立っていたその人の体が、ふと、不自然に震えたのを感じた。ちらっと横目でうかがうと、頬がなにやら赤くなっている。せわしなく瞬きをしたかと思うと、ぎゅっと目をつむり、そして、またわずかに肩を震わせた。どうしたんだろう、と訝しく思ったその時、再び電車が軋んだ音をたてて横に揺れた。人に押されて、今度は俺がその人の方に倒れこんだ。腰に、妙な感触のものが、当たった。俺はハッと息をのんだ。おそるおそる下に視線を向けると、その人のズボンの膨らんだ部分が目に入った。あ、という声がして、すぐにカバンで隠されたが、もう遅かった。信じられない気持ちで、俺は目の前の赤くなった顔を見た。それからその時はじめて、その人の背後にぴったりくっついている男がいるのに気づいた。帽子を深くかぶって俯いているために容貌は知れなかったが、そいつが腕を下にのばして動かす度に、その人が唇を噛んで、身じろぎするのが分かった。一瞬だが、制服の裾を割る手も見えたのに至って、ようやく状況が理解できた。間違いない。痴漢だ。頭にカッと血が上る。俺はとっさに口を開いた。
だが、声をあげる前に、その人が俺の腕を掴んだ。耳元に顔を寄せられたかと思うと、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で「どうか、何も、言わないでください」と言われた。騒ぎを、起こしたくないんです。うわずった声でそう囁かれる。男にケツをまさぐられておいて、何をのんきなこと言ってんだこの人は。眉を下げて、今にも泣き出しそうなくせに。俺は呆れてその顔を見返した。潤んだ目と視線が合って、ふいに、押しつけられた身体の熱さが今更ながら気になった。まだ俺の腕を掴んだままの手は湿っており、そこからじりじりと緊張が伝わる。後ろの男の腕はしつこく動きを繰り返し、そのうちに、その人の身体を断続的に揺さぶってくるようになった。俺に密着している胸がそれに合わせてせわしなく動く。白くなるほど噛みしめられている唇が、時折開いては熱い息を漏らし、俺の頬を熱くした。調子に乗るんじゃねーぞ、と腹が立った俺は再び抗議しようとしたが、またもその人に腕を引かれて止められた。なんなんだ、もう。始終ひっつかれている俺の身にもなってほしい。こっちまで妙な気分になりはじめているから困ってるんだ。 今やその人の顔は真っ赤になっていた。鼻筋にうっすらと汗が浮かんでいるのが近くで見える。舐めてみたい、というよこしまな考えが頭をよぎった途端、自分の下半身まで不穏な動きをしそうになって俺は大いに焦った。くそ、なんで俺までこんな目に。忌々しく男の方を睨むと、そいつの腕が動きを早めたのが見えた。と思うやいなや、俺の足下にどさっと何かが落ちた。それはあの人のカバンだった。もう持っている余裕もなくなったのだろう。そしてそれが落ちたことによって、今まで隠されていたズボン部分が再び露見した。そこは気のせいか、さっき見たときよりも膨らみを増し、さらには濡れたようなシミまでついていた。痴漢に触られてその人が興奮したのかと思うと、もう、たまらなかった。俺は衝動のまま、手を伸ばし、そこに触れてぐっと力を込めた。呼吸が乱れる音がした。腰が小刻みに震える。しばらくしないうちに自分の掌がじっとりと濡れるのを感じた。 すでに限界が迫っていたところに、俺が触ったのがとどめとなったらしかった。顔を上げると、その人は口で荒い息をつきながら俺をじっと見ていた。怒るでもなく、泣くでもなく、ただぼんやりした感情のない顔で黙って俺を見ていた。熱に捕らわれた俺は、まだしばらくその人から手が離せないでいた。
誰も居ないトイレの奥の個室に彼を引きずり居れる。途端ずるずると薄汚い床に座り込んだ彼は、ゆっくりと薄茶の瞳で俺を見上げた。まだ潤んで少し赤い目尻。噛み締めたせいでぷっくらとした唇。じわりと濡れている股間に、添えられた両手が酷く卑猥な感じで。頭の中でがらがらと何かが崩れる音がした。理性とか、常識とか。そういうのが崩れ墜ちたんだろう。「あっ…やぁ……んぐぅっ」「奥まで、咥えろよ」「ん、んぐ…んぅ…っ」「はっ…」喉の奥まで押し込めると、ヌルリと暖かくて気持ちが良い。初めはゆっくりと、次第に動きを早くして、夢中になって中を蹂躙した。彼の目尻に溜まった涙が頬を滑り落ちた。それが綺麗で、もっと流して欲しくていっそう腰を動かした。と、彼が震える指を伸ばして俺の制服の裾を掴んだ。頭を掴んでいたが、どうもぐらぐらと揺れて安定しないらしい。そのどこか拙い動作に煽られてしまい、ぐ、と奥まで押し込んで俺は果てた。「っ…はぁ…」萎えた自身をずるり、と口から半分まで出してはたと気付いた。このまま全部抜き出すと、彼の制服にかかってしまう。ここまでしておいて何だが、それはさすがに…と迷っていると、こくこくと彼の喉が鳴った。「ええっ…!」まさか、飲んだのか。驚いてずるりと抜き出すと、途端勢いよく咳込み始めた。つう、と首へと伝う白いものは、全部は飲み切れなかった俺のもののようで…「けほっ…っはぁ…っく…ううっ…」肩で息をしながら、ポロポロと涙を零し始めた彼に、俺はもう何もいえなかった。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。