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薄暗い店の中でも、ママの造形の美しさは際立って見えた。
今日も綺麗だね。と、俺がそう言うと、
ママは常に湛えている笑顔を更に柔らかな物に変えて
目を伏せつつも微笑んでくれるのだ。

「お時間は大丈夫ですか?」
共に過ごせる時間が楽しくて、長居し続けた俺にママが問い掛ける。
いつしか俺は最後の客になっていた。
このまま一緒に店を出られたら、どんなに幸せだろうかと思う。
誘ってみた事は過去何度も有った。だが、それも毎回丁重に断られるのだ。
ママの事だ、俺以外の男からも言い寄られている事だろう。
それでも誰の誘いにも乗らないと、密かな噂になっていた。
「ねぇママ。この後の予定は?」
ダメ元で聞いてみる。情けない男だと自分で思う。
「そうですね。お店を閉じて家に帰ります」
ママは淡く微笑んで小首を傾げて言う。
年不相応に渋めな着物の襟元から覗く首筋が綺麗だった。
「家で待ってる人とかいるの?」
この時俺は、何故かママのプライベートを聞いてみたいと思ったのだ。
「いえ……居ませんよ」
そう笑う儚げな顔は何処か寂しそうに思えた。
「ママなら望めば幾らでも男なんて……」
「そんな事有りませんよ」
俺を諭すように静かにママが言った。
「これでも昔は好きになった人も居たんですけどね。まぁもう過ぎた事です」
ママの言い方に、片思いだったんだろうなと察せられた。
「どんな人だったの?」
ママのような人に好かれるなんて、どんな奴なんだろうかと興味を覚えた。
「そうですねぇ……。比較的平凡な……でも懐の大きな人でしたね」
平凡で懐が大きいとは、一体どういう意味なのだろう。
疑問が顔に出ていたのだろう、俺を見てママは小さく笑っていた。
そんなママを見て、昔の事と言いながらも
きっとまだ好きなんだろうなと、何となく解った。

お勘定をして、ママに見送られ俺は戸を開ける。
一人残されたママは店を片付けてから帰るのだろう。
最初は、男がママをしている店と聞いて単なる物珍しさに来ただけだったのが
知らぬ間にママの人柄に惚れ込んでしまっていた。
こんな商売をやっているのが似合わない人だと思った。
何か理由でもあるのだろうか。だが其処までは客である俺が聞く事じゃない。
いつかママがもっと自分の事を話してくれたら良いなと思いながら
うっすらと明るくなってきた空の下、俺は帰路についた。
その店の名は、紅の射月と言う。