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「おかえりなさい」
一人暮しの薄汚れたアパートに嬉しそうな声が響く。
「あぁ。ただいま、いい子にしてたか?」
俺は鞄をベッドに放るとそこに腰掛けて、
枕の上から見上げてくる小さな頭をちょん、と突いた。
「…っはいっ!」
そのまま指の腹で撫でるようにすれば、
かくりと首を傾げてはにかむ表情がこの上なく可愛い。
華奢で折れてしまいそうな程細い体をそっと手の平に乗せて、
俺はその顔がもっと良く見えるように自分の頭の高さまで落ち上げた。
「明日は休みだから、どこかへ行くか?」
ん?と促すように手の平に問えば、
滑り落ちないようにだろうか、俺の親指を抱え込んでいたその顔に
ふっと陰りが差した気がした。
「外に…ですか?」

俺がこいつ…古泉一樹のフィグマとやらを買ったのは本当に偶然だった。
いつもより早く上がったバイトの帰り道、
ふと立ち寄った某大形玩具専門店、
ぬいぐるみからゲームソフトまで様々な遊具がひしめく空間を
だらだらと物見遊山に歩いては、物珍しさから幾つか手に取ったり、
店内をはしゃぎ回る子供を横目で眺めていた。

しかしやがて店内の喧噪に辟易し始めた俺は、
静けさを求めるように店の奥へ、奥へと足を進め、
いつしか辿り着いたのはフィギュアが整然と立ち並ぶコーナーだった。
その一角は音や動といったものから切り離されたように、
シンと静まり返り、店の中でも一種異様な静寂を保っていたように思う。
しかし、ふわふわと手触りのいいぬいぐるみや
おままごとを目的とした某着せ替え人形ならまだしも、
観賞して楽しむ事をその最大の目的とするフィギュアに
子供達が群がるというのも想像はできないのだが。
それにしてもよく出来ている。
ガラスケースの中で各々思い思いの形を取った人形達を
俺はゆっくりと歩きながら順々に眺めていった。
中には俺が知っているようなキャラクターもいくつか存在していて、
あの平面の絵を立体として見事に再現するその技巧に
思わず感嘆の溜息が漏れる。
俺はフィギュアだの人形だのといったものに殊更造詣がある訳でもなく、
そういった物を好んで収集する趣味の人間のことは実は良く分からない。
この時も、決して冷やかし以上の興味などなかった訳で、
何かのアニメのキャラクターと思しき少女達の可憐な微笑にも
特に食指が動くといったこともなかった。
しかしフィギュアなどそうそうお目にかかる機会もない俺にとっては、
眺めているだけでも充分に楽しめるものだった、のだが。
ショウケースの一番奥に行き着いた俺は、
そこに見つけた一体のフィギュアに、何故か酷く惹き付けられた。
きらびやかな美少女フィギュアの片隅に追いやられるように、
そこにひっそりと飾られていた古泉。
その瞳は、寂しそうに揺れて、俺を見上げていた。

指にしがみついていた古泉は、恐る恐るそこから手を離すと、
目の前の俺の頬に向かって小さな手を精一杯伸ばして擦り寄って来た。
「どうした?古泉。出かけるの、嫌か?」
頬を撫でる古泉の手がこそばゆい。
「僕は、あの玩具店のケースの中しか、外を知りません…」
頬の上できゅっと握られた手が小さく震えている。

「あなたは、いつも、学校の事とか、バイト先の事を
沢山沢山教えて下さいます。でも…」
俺は古泉をうっかりはねとばしてしまわないように、
慎重に顔を傾けて、小さく呟く古泉を伺った。
「ちょっとだけ…怖いです」
不安に揺れる大きな瞳(奴の体とのバランス的な当社比である)が、
上目遣いにうるうると俺を見上げている。
「そうか…なら…」
「っでもっ…」
俺が打ち消しの言葉を与える前にそれを遮り、
古泉は今度こそ俺の顔に体当たりするように体を預けてきた。
「僕も、あなたと出掛けてみたい」
あなたと同じものを、同じ時に、見たいです。
小さく震える体が愛おしくて、
繊細な体を傷つけないように俺は指でそっと古泉を頬から引き剥がした。
そして両手で体全体を包み込めば、
その中で小さなおとがいをきゅっと引いて、
古泉は俺を見上げてくる。
「だから…連れてって下さい…」

可愛い、可愛い俺の古泉。
俺もお前にもっと沢山の事を教えてやりたい。
色んなものを見せてやりたいんだ。
「お前は、何処に行きたい?」
何処へだって連れていってやるよ。
いつもお前にとっては広すぎるこの部屋に、
ひとりぼっちで置き去りにしてごめんな。
これからもできるだけ早く帰って来る、
休みの日はずっと一緒にいてやりたい。

「僕は…」
古泉は俺の手の中からまた伸びをして、
腕を一生懸命俺に向かって伸ばして来る。
それに顔を寄せてやると嬉しそうに微笑んで、
相変わらず手は震えていたけれど、
俺の唇に顔を寄せて、そっと小さくキスをした。

「あなたといられるなら、どこでもいいです」

おもちゃ屋のケースの中にいたお前は、寂しそうで儚くて、
それでも笑っていた。諦めたような、切ない笑顔で。
俺はそんなお前を一目見た瞬間から、
きっと、恋に堕ちたんだろう。
お前を買う為に、俺はあの日あの時あの店で、
お前と出逢ったんだと信じてる。
お前が例え大量生産された『古泉一樹』の中の一つだったとしても、
ここにいるお前は、俺だけの古泉なんだから。
迎えにいってやるのが遅くてごめんな。
寂しい思いをさせてごめん。

これからは、俺が毎日一緒にいてやる。
だから、可愛い笑顔で俺にだけ笑ってくれ。
な、古泉。