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翌日。朝のHR中に携帯が揺れた。
周囲の目を忍んで携帯を覗くと、あのアドレスからだった。
件名は、無かった。添付画像も無い。
恐る恐る開いてみると、機械的な短文の指示があった。
――次の休み時間で本館2F東トイレで下着を脱いでおいてくる事。yes or no?
言われた事が一瞬理解出来なかった。何の為にこんな事を。
しかしこれは逆にチャンスだ。相手は場所を指定している。
つまりそこに張り込めば姿を見る事が出来るはずだ。

休み時間になり、僕は返信を保留のままにトイレに向かう。
勿論教室から出る時にこちらを見ている者が居ないかの確認をして。
クラスメイトを疑うようであまり良い気持ちでは無いが、そんな事を言っている場合でも無い。
指定されたトイレは比較的混む方だった。これでは特定出来ないかも知れない。
いや、これが顔見知りの犯行なら。
しかしずっとトイレで見張る訳にも行かない。
個室へ入ろうかとも思ったが、そうすると人の認識が出来ない。

結局、僕は出来るだけ時間をかけて用を足し、ゆっくりと手を洗ってトイレを後にした。
次の授業は自習だった。
メールは来ない。僕の返信を待っているのか。それとも。

静かに時間が過ぎ、終わりが近付いた頃にそれは起きた。
女子の一人が高い声で悲鳴を上げる。
ざわめく教室。何事かと近寄る女生徒の友達。
彼女は携帯を手にしていて。覗き込んだ女子からも声が上がった。
時に嫌悪感に、時に好奇心に塗れた声。
やがてその携帯は人の手を渡り、僕も見る事になる。
それは制服姿で男性器を握っている写真だった。
局部を中心に腹部迄で切り取られている為、勿論個人は特定出来ない。
だけど、これが誰なのかが僕には解る。昨日見た写真の一部なのだから。
絶句する僕をクラスメイトが冷やかす。性に疎いキャラクターと思われたのだろうか。
それならその方が良い。今どう答えるべきなのか解らないから。

その後の教室で、そのメールは誰かの悪質な悪戯として密かに話題になっていた。
教師に言う者は居なかったが、きっと今日一日、いや数日は後を引くかも知れない。
万が一あれが僕と皆に知られたら。
正直気が気で無かった。
そしてメールが届く。
警告は一度まで。そういう件名だった。

再び届いたメールは、件名だけでは無く指示が追加されていた。
その内容に怒りを覚えたが、既に一度メールを無視して
局所のみの写真を不特定多数に晒されている。
送信者は思いの外気が短いのかも知れず
この脅しが本気なのか冗談なのかどうかも定かでは無い。
いや、きっと次の休み時間にやらなければ
次はあれが僕だと知られる写真が誰かに送られるのだろう。
それは確実に恐怖だった。

チャイムと共に未だざわめく教室を後にして、僕は先程とは違うトイレへと向かった。
ここは人が少ない。だから多少通常でない行動を取っても不審には思われないだろう。
個室に入り、見知らぬ誰かに追い立てられるように下着を脱ぐ。
最初のメールでは脱ぐだけだった。しかし今は更に指示が増えていて。
もしかしたら言い逃れる方法はあったのかも知れない。
でも今の僕は切迫感から冷静になれなかった。
震える手で、自分の下着を和式便器の中へ落とした。
溜まり水を吸い、下着が色濃く染まっていく。
その様子を携帯のカメラで撮り、相手に送信した。
きちんと送信されたのを確認してから、僕は急いで下着を拾い上げ
まだ誰も来ぬうちにと洗面台で必死に濯いだ。
濡れた下着はもう穿けない。だからこその指示だったのかも知れない。
怒りと屈辱に視界が僅かに滲んだ。

下着を穿かずに過ごすというのは、予想以上に落ち着かないものだった。
動くたび、歩くたびにズボンに皮膚が擦られる。
出来るだけ意識を逸らそうとしても、なかなか上手く行かない。
傍から見て僕の挙動に不審な点は無いだろうか。そればかりが気になった。
見たくも無い濡れた下着は、ビニール袋に入れて鞄の奥深くに閉まっておいた。

「次は体育かー面倒だよな」
そんな中、クラスメイトの声で我に返った。
今日、体育の授業がある事をすっかり忘れていたのだ。
水泳ならまだしも、普通の体育は男女に分かれて教室で着替える。
いつもなら気にも留めない行為だが、今日ばかりは違うのだ。
今僕は下着を穿いていない。それでも教室で着替えるしかない。
幾ら上着で隠そうとしても、この着丈では限界があるだろう。
緊張に顔が強張ったのが解った。
「どうした古泉、大丈夫か?」
なかなか着替えようとしない僕にクラスメイトが声を掛けてきた。
先日保健室へ連れて行ってくれた彼だった。
「お前、今日少し変だぞ?」
どういう意味で変なのか。まさかとは思うが
もしや感付かれたのかと顔が熱を持ち始めている。
「ああ……もしかして」
クラスメイトはそこで一度言葉を切った。体を強張らせる僕に顔を近づけて囁く。
鼓動が早まる。

「あの写真気にしてんの?意外と初心だよなー古泉も」
一瞬何の話なのかすら解らなかった。
いや写真と言われれば、あの最悪の物しか浮かばないけれども。
「あんなん誰かの悪戯だし、お前にだって付いてんだから気にするなよ」
「……ええ、それはそうなんですが……」
何とか答えた僕の声は掠れていたかも知れない。
「また体調でも悪いのか?」
これは契機だった。彼の言葉を肯定し
授業には間に合わせるからと僕は理由をつけて教室を出る。
そうして無事着替えを終えた。

解ってはいたが、学校の体操着はとても短い。
それでも授業をさぼる訳には行かなかった。
あのメールの送り主が誰だか解らないが、これでまた何か言われても困るから。
今日は日差しが強く、ジャージを穿く者も居なかった。
ただ立っている時ならまだしも、しゃがんだり座る時などは
どうしても細心の注意を払い、意識せざるを得なかった。
万が一見えてしまったらどうしよう。それが終始不安で堪らなく
何処か熱っぽい体はいつもより遥かに動きが緩慢だったように思える。
やがてチャイムを聞いた時、心底ほっとしたものだった。
「ああっ!」
そう、自分の事に気を取られ過ぎて周りに気付かない程に。
水道付近でふざけていた生徒の叫びに驚いてそちらを向けば
ほぼ同時に僕の体に水が掛かった。

「ごめん古泉!」
彼らが謝るが、そんな事にかまけていられない。
肌が透けていたら。その恐怖に一刻も早くこの場から逃げる事を考えていた。
上半身はまだ良い。問題は下だ。
下着のラインが浮くことも無く、体操着は僕の体に張り付いている。
彼らがそれに気付かない事を必死に祈り
濡れた事を気にするクラスメイトたちの視線を受けながら
僕は適当に笑って流し、急いで教室へと戻った。

人目を忍んで何とか制服に着替え終えた頃には
僕は極度の緊張に疲労しきっていた。
今日は下着も体操着も水浸しだった。
でもこれなら、もし鞄の中の濡れた服を見られても言い訳は出来るだろう。
溜息と共に席に着く僕に、携帯が震えた。
また来たのかと嫌悪感と恐怖心を抱えながらそれを見やる。
それは、濡れた体操着に勃起していた性器が透けていたという指摘だった。
それだけで僕の返信を求める物では無い。
強い羞恥心に思わず言葉を失う。
それが本当がどうかなんて解らない。
あの時の僕は皆に気付かれないかと不安で仕方が無かったのだ。
決してあの状態に興奮なんてしていないはずだった。
ただ、これだけは言える。
やはりこの送り主はクラスメイトの誰かという事だ。
僕は静かに教室内へと目をやった。
各自がそれぞれに前を向いたり友人と会話をしていた。
そうだ。一方的にやられてばかりなんて情けなさ過ぎる。
この様子なら、相手もいずれボロを出してくるに違いない。
初日と違い、相手のこちらへの害意は既に明らかだ。
誰なのかを絶対に特定してやる。
そう僕は思った。