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返信は――
D.僕の送信内容には触れる事も無く、いつもと変わらぬメールが届いた。



僕は迷った末に会いたいというメールを送信した。
それまでのお互いの境界線を踏み越える事はとても怖かった。
だけど、僕の気持ちは止められないから。
しかしその晩結局返信が来る事は無かったのだ。

翌日相手の反応の無さに不安に駆られながらも登校する。
欠席者は居ない。だからこの中に相手は居るはずで。
やがて携帯が震える。
緊張に顔が強張るのを感じながら僕はそれを見た。
返信の遅さに見限られたのかと思っていた僕は、相手からメールが来た事が純粋に嬉しくて。
そして、そこにあった内容に安堵と共に落胆を覚えた。

昼休み。
僕は昇降口に寄り、下駄箱に入っていたそれを見つける。
小さな350ccの空のペットボトルだった。それを手にトイレへと向かう。指示に従う為に。
僕はもう相手に背く気はあまり無い。自分で会いたいと思う程なのだからそれも当然だろう。
きっと相手は僕の性癖を良く理解した上で、これらの事を要求しているのだ。
またこれまでの相手の行動からしても、事を公にする気も無さそうだった。
そう思えば、どんな事だって僕は出来る。

個室に入った僕は、ペットボトルの蓋を開けて性器の先端を触れさせた。
ゆっくりと体から力を抜いて、溜めていた物を中に注いだ。
容器越しに排出した液体の生暖かさを感じて奇妙な気持ちにはなるが
蓋さえ閉めてしまえば、外観から逸脱する事も無いのだろう。
これを持って教室に戻れと。そういう指示だった。流石に抵抗感はある。
だけど相手がそれを望むなら。
そして僕自身、常識から外れた行為をする程に興奮を覚えるのだから。

出来るだけ平静を装い、生温いペットボトルを手に教室へ戻った。
教室が近付く程に僕の鼓動は早まっていく。
今は昼休みだ。教室で食事をしている生徒も当然いる。
そんな中にこんな物を持ち込む事が知られたら。
冷静に考えれば、引き返して捨ててきた方が良いのだとは解っている。
躊躇いながらも教室に足を踏み入れた所で、声を掛けられた。
慌てて振り向けば、クラスメイトの彼だった。
「古泉。ちょっと用事があるんだけどさ。今良い?」
そう言いながら彼は僕の手に持ったペットボトルをちらりを見やる。鼓動が早まった。
「あ、はい。良いですよ」
本当はこのペットボトルを捨ててからにしたい。
でも僕は彼の誘いを断れなかった。

彼の後を僕は付いて行った。
昼休みに賑わう廊下を通り、階段を上って行く。
いつもなら気さくなクラスメイトは、考え事でもしているのか口数が少ない。
やがて屋上へ着いた。当然人気の無い場所だ。一体何の用事なのかと緊張が走る。
「一体どうしたんですか? 何か込み入ったお話でしょうか」
沈黙に耐え切れなくて、僕の方から口を開いた。
彼が振り向く。その目は何処か暗くて。静かに彼の手が挙がった。
「それさ」
彼の手が指した先は、僕の持つペットボトルだ。
「今買ってきたのか?」
確かに僕は教室から出る際には何も持っていなかった。
買って帰ってきたと思うのが普通だろう。
だけど、抑えた彼の声にどうしても違和感が拭えない。

「……ええ」
「そうか。そんな時に呼び出して悪かったな。それなら今飲みながら話そうか」
僕は言葉を失った。
これをこの場で飲まないといけないのだろうか。彼はこの中身を知っているのか。
いや、もしかしたらメールの相手は。
必死に僕はこれまでの彼の行動を思い返す。
そうだ。あの時保健室に連れて行ってくれたのも。
あの日教室で着替えなければならない時に声を掛けてくれたのも。
机に生理用品が入っていた時に、後ろにいたのも。
「……いえ、話が終わってからで良いですよ」
答える僕の声は掠れていた。
「飲む為に買ってきたんだろ? 良いだろ。飲めよ」
「先にお話を……」
「飲みたくないのか?」
僕の中の疑惑は確信に変わる。
これに口を付けなければ、きっと彼は自分がメールの送信者である事を言い出さない。
彼の目はじっと僕を見ている。まるで僕を試しているかのようだった。
極度の緊張に蓋にかけた指先が震える。どくどくと脈打つ鼓動が煩いと思った。
彼の視線に晒されながら、僕は口元にペットボトルを近づけていく。
中の液体はジュースなどでは無い。僅かな刺激臭に動揺が抑えきれない。

唇まであと数センチという所で、僕の手は止まってしまった。
顔は紅潮しているだろう。手だって震えが止まらない。
縋る気持ちで彼を見やれば、その双眸はとても冷たい色をしていた。
「飲めよ」
冷めた声に促されて、僕はきつく目を閉じてそれを口に含んだ。

どうせ僕から出た体液の一種だ。無理やり喉を通らせればきっと何とかなる。
しかし。咥内に広がるそれを飲み込まなければいけないのに、体がそれを拒否している。
いけない。
そう思った次の瞬間、僕はそれを吐き出していた。
口元を押さえて咳き込み、床に蹲る。
唾液と吐き出したそれが掌を汚した。
取り落としたペットボトルは僕の傍らに転がり、薄黄色い中身を零していた。
屋上のコンクリートの床が色濃く染まっていく。
「本当に口にするんだな……吐いたけど」
彼の声が頭上から聞こえる。その声はとても冷たく硬質だった。
未だ咳き込み続ける僕には返事が出来ない。

彼の手が僕の髪を掴んで顔を引き上げた。
「お前は変態だ」
髪を引かれる痛みよりも、彼の言い放つ侮蔑の言葉と、露骨に軽蔑した眼差しが痛かった。
「……俺だって後悔してるんだ。最初は軽い気持ちだったんだ。
優等生を少し困らせてみようかと。それなのに」
彼の目には様々な感情が入り乱れて見えた。
そこにあるのは落胆なのか、軽蔑なのか。それとも失意か。
「どんな事を命令しても応じてくる。冗談だろうと思いながらも俺だって止められない。
段々俺の方が怖くなった。もう後に引けないんじゃないかって。一体何なんだお前は。
それでもまだ直接会おうなんて言い出して来なければ良かったのに。
……お前は俺にどうして欲しいんだよ」
僕がずっと一人で悩んでいたのと同じように、彼もそうだったのだろう。
寧ろ僕が倒錯していく程に、彼の方が躊躇いを覚えていったのかも知れない。
「お前の事だ。今も詰られてどうせ興奮してるんだろ?」
ああ、やはり彼は僕の性癖をとても良く理解している。
体が引き起こされ、彼の足が僕の股間に押し当てられた。
踏み躙られて痛いと思う。
それなのにやっと会えたという気持ちと、直接嬲られる悦びに僕の体は反応してしまう。
耐え切れず喘ぎ声を漏らす僕の耳に、彼の舌打ちが聞こえた。

「……本当どうかしてるよ」
気持ち悪そうに彼は言い捨てて、足を離し僕から距離を置こうとする。
それが僕には彼に見捨てられたように思えて。その足に追い縋った。
僕の頭がおかしいのは重々承知している。
だけど、僕はもう彼が居ない日常が考えられなくて。
「いい加減にしてくれ古泉……これ以上俺を失望させないでくれ」
震える声に顔を上げれば、彼は今にも泣きそうな顔で僕を見ていた。
「お前が執着しているのは俺にじゃない。お前は自分しか見ていない。
お前は誰でも良いんだ。危ない事をする自分が誰よりも一番好きなんだろ?」
これ以上付き合いきれないと彼は言う。
何故。全て彼が仕向けていた事では無かったのか。
彼がこんな事をしなければ、僕だって自分の本性に気付く事も無かったはずなのに。
僕をこんなにしておきながら、彼は。

言い募る僕を見つめる彼の顔が、次第に歪んだ笑みへと変わる。
「もう嫌なんだよ、俺。だからさ……お前が今以上の事をして欲しいなら
それこそもっと多くの、いっそ全校生徒を相手にでもすれば良い」
そう言って彼は制服から数枚の紙片を取り出し、僕へ見せた。
「ほら、全部お前が嬉々として送ってきた奴だ。
これを見せれば、誰だってお前の本性が解るだろ」
僕のためにわざわざ印刷してやったんだと彼は言いながら、屋上の際へと歩いていく。
奇妙な笑いを浮かべる彼は今にも風に攫われそうで。
僕はこんなにも彼を追い詰めていたのかと、今になって気が付いた。
彼が手にする写真で僕の顔まで含まれている物のは、一番最初の一枚しかない。
だけど、この状況でもし誰かに見られたら僕は破滅だ。

引きとめようと近付く僕に彼は言う。
「古泉。お前さ……気持ち悪いんだよ」
不安定な彼を止めたくて、僕は手を伸ばす。
しかし、それは逆効果だった。
「触るな! 消えろよ…! 消えてくれっ!」
その顔にあったのはただ拒絶ばかりで。
バランスを崩しながら癇癪を起こしたように叫んだ彼の手が
僕の手を振り切り空を切る。
勢い良く伸ばされた手に掴まれていた紙片は風に晒されて指先を離れ
フェンスの向う側へと舞い上がり広がっていく。
全てがスローモーションのように。
僕は思わず足を踏み出して。目の前で危なげに崩れる彼を突き飛ばし
空へ舞い上がった写真へと腕を伸ばす。
勢いづいた体は簡単にフェンスをも乗り越える。
視線だけで後ろを向けば、そこにはあの写真だけは手放さなかった彼の手と
泣きながら驚愕に目を見開いた彼の顔があって。
次いで一瞬の浮遊感。
それが最後だった。



D.対面END「募る思いは天高く宙に舞う」