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先日滞在した村では、やたらと狭い部屋に押し込まれたが、
それも丁度時期が時期だったのだ。
収穫祭に因んで、近辺の祠まで足を伸ばす事になったりもした。
道中盗賊のお姉様と共闘もしたが、結局俺は未だ古泉とペアで組んでいる。

しかし戦闘を重ねるにつれ、パーティーの欠点も浮き彫りになるものだ。
俺は前衛職である。接近戦なら俺がやるのが一番だ。
だが、いわば俺はパーティーの壁に過ぎない。
そして後衛職である吟遊詩人の古泉。
その特性上、戦いの場をコントロールする全体的なサポートに向いている。
若干の回復役もこなせるのは悪くない。支援職の一種だ。
そう考えると俺達に足りないのは何か。敵を倒す火力である。
「お疲れ様です」
時間を掛けて戦闘を終えた俺に、古泉が甲斐甲斐しく世話をしてくれる事が増えてきた。
物腰静かなその態度に変わりは無いが、何処かに遠慮を感じてしまうのは
俺が卑屈な方向に穿ち過ぎだろうか。
「おう。お前もな」
柔らかな髪を軽く撫でてやる。安心したように古泉は目を細め笑顔を浮かべた。

他にも考えている事がある。二人という小規模パーティーには
古泉の能力は勿体無いのではないかと言う事だ。
戦場の隅々まで届くその歌は、味方や敵が多ければ多い程効果が増す。
逆に考えれば人数の多いパーティー程、古泉を欲しがるものだ。
詰まる所、剣士と吟遊詩人のペアは少々物珍しかった。
だが、俺は別段最強のパーティーを目指している訳でもない。
そりゃバランスが良いに越した事は無いが
組んでいて精神的に負担にならない奴との方が、長続き出来るような気がする。
その点、まさに三歩下がって後を付いて来るような気質の古泉は申し分が無いのだ。
古泉が女だったら良い嫁さんになれただろう。俺とと言う意味ではなく一般論でな。
まぁ俺が勝手に居心地の良さを感じているだけで、古泉は色々と我慢しているのかも知れないが。

そうして旅を続け、俺達は人の行き交う大きな街に着いた。
まだ日も高く人通りも多い為、俺達ははぐれぬよう一緒に行動していた。
すると。
「あれ、もしかして古泉?」
ふいに古泉に声が掛けられた。
振り向けば、そこには随分と装備の整った剣士らしき長身の男が居た。
「あ」
男を見とめた古泉が僅かに呆けたような顔で足を止める。
「古泉!久しぶりだな!」
剣士はそのまま近寄ってきて、親しげに古泉の肩を抱いた。
「元気だったか!あれからどうしてたんだ。今は一人で旅を続けているのか?」
再会を喜ぶのは良いが、隣にいる俺を無視しないでくれないか。
「いえ、今はこちらの方と」
古泉に紹介されて、やっと男が俺を見る。男の顔は笑っていたが
細められた目に値踏みされている気がするのは俺の僻み根性だろうか。
「同じ剣士みたいだね。宜しく。俺の名前は――」
男はそこでやっと古泉から手を離し、俺の方へと掌を差し伸べた。
とりあえず俺も名乗りその手を握り返しておく。
「他に連れは居るのかい?」
「二人パーティーですよ」
「へぇ、それは大変だろう」
さらっと俺が気にしていた事を指摘しながら、男は古泉と会話を続けた。
手は再び古泉の方へ戻っている。悪気は無いのかも知れないが、少し嫌な奴だ。
「もう今日の宿は決めてあるのか?お前が居ると知ればあいつらも喜ぶしさ。
もし良かったら……」
「ああ、いえ。まだではあるんですが、この後少し寄る所がありますので」
「そうか、じゃあ俺達はそこの角の宿に部屋をとっているから」
指された方角を見る俺と古泉。一目瞭然のでかい宿屋だった。
宿泊費も高そうで俺にはあまり泊まりたいとは思えんな。
「宿もまだって事は着いたばかりだよな。暫くはこの街に居るんだろ?気が向いたら遊びに来いよ」
「そう……ですね。どれ位滞在するかは彼と相談してからになりますが」
古泉の声に男がちらりと俺を見る。
「相変わらずだな古泉。しかし元気そうで何よりだ。俺もまたお前の歌が聞きたいよ」
マイペースに捲し立て、その男は去っていった。
今のやり取りだけを見れば旧友との再会と受け取れる。いや元パーティーメンバーだろうか。
だが、ただでさえ古泉にべたべたしていたあの男は、最後に古泉の耳元で何かを囁いていった。
俺には聞き取れないように、だ。大した事では無いのかも知れないが、少々腹立たしい。
ついでに言えば、古泉も囁かれた耳に指で触れながら男の向かった方角を呆然と見ている訳だ。

そういえばお互いの軽い経歴は知っているが、これまでについては話し合った事が無かった。
しかし根掘り葉掘り聞く物でも無いと俺は思っている。
今思えば、穏やかながらに必要以上の事を言おうとしない古泉の態度に
踏み込んではいけない何かを感じていたのかも知れない。

「で。もう良いか古泉」
未だ立ち尽くす古泉に声を掛けてやると、びくりと肩を震わせてからこちらを向いた。
「あ、ああ、すみません。懐かしい方だったもので、つい」
取り繕うように浮かべた古泉の笑顔は何処かぎこちない。
違和感を覚えながらも俺は疑問を口にした。
「以前組んでた相手か?」
「はい。そうですね。大分昔ですがお世話になった方です」
「それなら挨拶とか行かなくて良いのか?他にも知り合いが居るんだろ?」
「それは……大丈夫です。彼がきっと上手く伝えてくれるでしょうし。
それよりもまずは街を散策しませんか」
そう言って古泉は俺の返事を待つ事も無く歩き始める。
その後姿は、まるでここから一刻も早く逃げようとしているかのようだった。
古泉にとっては苦手な人種だったのかも知れん。

俺の考えは当たっていたようだ。
ある程度街を巡り、今夜の宿を決めようとする際に
俺はそれとなくあの剣士が言っていた宿屋を提案してみた。
すると古泉はあれこれと理由を付けて、別の宿を希望してきたのだ。
俺としても古泉が嫌なら、勿論わざわざあそこに行く気もしないが。
金銭的な理由を第一に、俺達は街の片隅の小さな宿屋へと泊まる事にした。

夕食を摂り風呂を済ませ、俺と古泉は特にやる事も無く室内にいた。
本当は大きな酒場にでも顔を出せば、これ程の街だ、何かしら得る物が
ありそうな気はしている。だが古泉の様子が少しおかしい。
人目を避けるように、この部屋から出ようとしないのだ。
ベッドに腰掛け、ハープの調律をしているように見せながら
その手は止まりがちだった。

俺はベッドに寝転びながら、古泉を横目に問い掛ける。
「なぁ、そんなに合わないパーティーだったのか?」
古泉が塞ぎ込んでいるのは、どうしても日中のあいつに会ったからだとしか思えない。
レベルも高そうだったし、それの仲間だとすればきっと全員旅慣れたもんだろう。
何人パーティーだったのかは解らんが。
「……いえ、そういう訳では」
じゃあ一体何なんだ。レベルも高そうだし、人も多そうだったじゃないか。
「そう……ですね。今はどうなっているのか解りませんが。
当時から他の方のレベルはそれなりにあったように思います。
人数は僕を含めて6人でした。剣士が二人、それから僧侶、魔法使い、盗賊です」
それはまた随分とバランスの取れたパーティーだな。戦闘も安定してそうだ。
「ええ。確かに戦闘面での苦労は少なかったかも知れません」
淡々と俺の言葉を肯定していく古泉に、若干の失望を覚えた。
「やっぱ吟遊詩人は、そういう大人数パーティー向けなんだろうな」
古泉が俺を見る。取り繕った変わらぬ笑顔。
「……向き不向きで言えば。否定は出来ませんね」
四六時中行動を共にしているのだ。お互いの得手不得手など、もう解り切っている。

「お前さ。何時までも俺と組んでいても良いのか?」
逡巡の後、俺は口を開いた。これはずっと聞きたかった事だ。
このタイミングで言い出すのもどうかとは思うが、この機を逃したら言えない気がした。
古泉は俺から視線を逸らす事も無く、その笑みを深め静かに答え。
「……二人とはいえ、このパーティーのリーダーであるあなたが解散したいと言うのであれば。
僕はそれに従うまでです。この街には人も多い。
気の会う相手を探し、再結成するのにそこまでの労力は掛からないでしょう」
何故そうも簡単に諦観出来るのか。
俺は古泉の意思を聞いているだけであり、解散したいなんて言ったつもりは無い。
「お前と組みたがる奴は他にも居るだろうと思ってな」
先程の剣士の姿が脳裏に浮かぶ。あいつの目は明らかに古泉を欲していた。
俺の問いは言外に伝わったのだろう。古泉の顔から温かみが消えていく。
「……あなたは、僕に飽きました?」
そういう意味で聞いている訳が無いのに、古泉との話は平行線だった。
何故もっと単純に考えられないのだろう。いや、それは俺もなのか。
これはきっと俺の劣等感から来るものだ。
そんな自分が情けなくて。
「飽きるとか飽きてないとか、そんなんじゃねぇよ。馬鹿馬鹿しくなってきた。俺は寝るぞ」
古泉の顔を見てられなくて、俺はシーツを被り横になった。
「すみません」と、古泉が小さく呟く。
暫くしてベッドサイドの灯りを古泉が消したのだろう、部屋は暗くなった。

疲れているはずなのに、神経が高ぶってなかなか寝付けない。
古泉だってまだ起きているのが解る。深い寝息が聞こえてこないからだ。
居心地が良かったはずの古泉の隣に居るのが、妙に落ち着かない。
馬鹿な事を言い出したのを後悔もしている。
何度目になるかも解らぬ溜息をつくと、衣擦れの音が聞こえた。
「起きていますか」
「……ああ」
古泉が身を起こし、床を踏みしめる音がした。
反対側を向いている俺の背後に、古泉が立っているのが気配で解る。
「なんだ?」
そちらを向かずに問う。
「……床を共にしても良いですか?」
返ってきたのは予想外の言葉だった。

「は?お前何言って……」
思わず振り向いた俺の目前に、古泉の姿があった。
窓から差し込む月明かりが、その輪郭だけをぼんやりと浮かび上がらせ
影になっている為に表情が見えない。
俺の顔の横についた古泉の手が枕に沈み込む。
ゆっくりと、だけど迷う事も無くその顔が近づいてきて。
更に疑問を口にすべく開きかけていた唇に何かが触れ、言葉が遮られた。
暖かく柔らかかった。
驚きに硬直する俺の唇に、濡れて蠢く何かが当たる。
それはそっと、しかし怯む事も無く俺の歯をなぞり、中へと忍び込んでくる。
そうして舌を絡め取られた。
擽る様に舌を嬲られ、優しく吸われ、何かを呼び覚ます感覚が背筋を這い上がる。
抑えた息遣いと唇を貪る僅かな水音だけがやたらと卑猥に聞こえた。

暫くして、唇が離れる。
至近距離で感じる吐息が嫌味な程の色気を感じさせ、俺を誘っている気がした。
「……何考えてんだ」
湧き上がる情欲を必死に押さえ込む。手慣れた口付けに今にも流されそうだった。
「あなたが僕に飽きそうならば、こちらでお相手でも……と」
耳元で囁く声に翻弄されそうだ。
だが、淫靡に誘うその声には、躊躇や緊張も明らかに含まれているのが感じられる。

「……俺は男に興味は無いぞ」
「解っています。ですが、悪いようにはしません」
その言葉は本当なのだろう。古泉が時折垣間見せる色気を思い出す。
だけど、いつぞや盗賊の女性に絡まれた時の初心な反応は何だったのか。
「お前は男が好きなのか」
「……それは違います」
躊躇った後の小さく掠れた声。俺は手を伸ばし、顔の横にある腕を掴む。
触れた唇だけでは解らなかったが、その腕は緊張に僅かに震えていた。
「なら何故こんな事をする」
俺の問いに古泉は口を噤む。だが、きつく睨め付けながら更に詰問すれば。
「…………あなたに見捨てられたくないんです」
長らく躊躇った後の返答。だから体で繋ぎ止めようとでも言うのか。

「ふざけんな」
随分と安く見られた物だ。古泉に対して憤りを感じる程だった。
「パーティーを解散するのは嫌だと。何でその一言が言えないんだよ」
「僕に出来る事は少ないですから……」
確かに古泉は演奏と僅かな自衛が主な職業だ。
だからと言って、望まぬ夜伽まで請け負って良い訳が無い。
俺と会うまでの古泉は、一体どのように過ごして来たのだろう。
それを問う事は出来ないが、代わりに腕を引き寄せて落ちてきた痩躯を抱き締めた。
「あのな。もう一度言うが俺はノーマルだ」
「……それはこれまでのあなたの行動からも充分理解しています」
「そしてお前もお姉さんに絡まれてドギマギしてたんだから、ちゃんと女性が好きなはずだ」
耳元で言い聞かせる。俺の腕の中で古泉の体が強張っている。
「……それは……」
まさかここで否定すんなよ。ガチなのかもしかして。
「いえ、そういう訳でも無くて……ただ、これまでの経験上どちらかと言えば……」
ああ、言わなくて良い。あまり良い事になりそうにない。
「それはお前が好き好んでしてたのか」
問題はそこだ。古泉が同性を恋愛感情もしくは欲望の対象として見て
その上での行為だったのならば、俺にはそこまで付き合える気は……。
いや、正直古泉相手なら一線を踏み越えるのも、意外と出来てしまうのかも知れないが。
でもそれは今この場で言うべき事じゃない。
「……解りません」
自信の無さそうな小さく震える声。いつもの飄々としたあの態度を
何処に忘れてきたんだと問いたくなる。
「だって……心と体は、別物じゃないですか……」
続く言葉に、これまでの古泉の扱いを朧げに察してしまい、俺は暗澹とした気持ちになった。

子供に言い聞かせるように俺は言葉を選びながら囁く。
「あのな。今更かも知れないが、そういうのは本来心から好きな相手とするもんだ」
「……そんなの言われなくても」
少し不満げな口調。そこで拗ねるなよ。
「これまでがどうだったのかはもう聞かない。だがな。お前は今俺と居る。
お前をそういう目で見て、女の代わりをさせるつもりは無い」
「…………はい」
「大体お前ももっと普通に言えば良いんだ。飽きられるとか役に立たないとか
そんな事ばかり考えてたら疲れるだけだろうが」
もっと悠長に構えたいつものお前は何処にやったんだ。
俺は自分自身をレベルの敵わぬ相手と比較し
自分を卑下していた事を棚に置いて古泉に言う。
俺の言動も悪かったのだ。それはちゃんと謝るべきなんだろう。
「……悪かったな。俺も自分に自信が無くてさ」
間近にある古泉の頭を撫でる。
「いえ……」
「パーティーバランスは大事だとも思う。だけど焦ってもどうしようも無い。
二人で無理せず旅を続けて、道中気の合う奴が居たら、そこで組んでいけば良い。そうだろ?」
「……はい」
「俺はお前と一緒に旅をしていたい。付いてきてくれるか?」
旅に関しての細々した事なら、悠長に意見を述べるが
こういう大事な事にはなかなか言い出せそうに無いのが古泉だと俺は思った。
だから、多分こう言った方が良いのだろう。
俺の問いに、古泉は小さく息を詰めて。
「はい」
暫くしてそう頷いた。

その後、古泉は安心したように俺の傍で眠った。腕の中の体は予想よりも細かった。
寝入る直前に古泉が突然呟いた台詞がある。聞き取りづらい不明瞭な声ではあったが
「でも、僕は……あなたを好きになりそうです」と。俺の耳にはそう聞こえた。
やがて聞こえ始めた寝息を聞きながら、俺は一人嘆息する。
こいつの過去を問うつもりは本当に無い。
ただ俺と居る間は、こいつが心から安心して笑っていられれば良いと漠然と考える。
そしてもしいつか、古泉が自分の事を話すとしたら
その時はちゃんと全部聞いて、受け止めてやろうと。そう思いながら俺は目を閉じた。