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ありふれた、と言えば制作に携わっているスタッフ全員から怒られてしまいそうだが、現在僕は湯気が立ち込めるバスルームの中、世間に沢山出回っている恋愛映画の新作の撮影に挑んでいる。
「一樹君、もう少し水量を増やそうか」
「わかりました」
温かな湯に濡れた手でコックを捻り、水量を調節する。これくらいでしょうかと問えば監督は頷いた。
今回のシナリオは、どちらかと言うと地味な少女が僕扮する年上の男に恋をするという実にありきたりなものだ。
しかし業界内外で著名な監督が久々にメガホンをとったということで、公開は当分先にも関わらず注目度は高く、主演男優を勤める僕の肩にも相当な重圧がかかった。
はっきり言って僕のこの配役はまぐれだと思っている。いくら高校時代に本当の自分を隠し通せたからと言っても、涼宮さんが監督を務めたあの映画での僕の演技は、演技と呼ぶにはあまりに未熟だった。
あれから数年か経った今、様々な稽古を積みそれなりの演技ができるようになった。
が、やはり未熟であることには変わりなく、映画に主演すると決まった日から今日までこれは夢では無いかと疑うくらいだ。
「カット、一回休憩しよう」
先程よりも幾らか柔らかな飛沫を体で受け止めながら、自分なりに魅力的な男性のシャワーシーンとはこんなだろうかと行動していたところ、またも監督からストップがかけられた。
実を言うと、このシーンの撮影中にカットがかかったのはこれで10をゆうに越えている。
今まで無難にテイク5までで押さえていたにも関わらず、台本の中盤に位置するこのシャワーシーンに差し掛かった途端にこれだ。
初めは僕が悪いのかと演技について監督に尋ねてみたが、そのままでいいとの返答があり、では何が悪いのかという疑問が浮かんだが、長年映画監督に就いている彼のことだ。
到底僕には計り知れない細部の演出までこだわりたいのだろうと思い至り、僕は従順に湯を浴び続けていた。
「タオル替えましょうか」
カメラが止まるとADの男性が大きなタオルを手渡してくれた。ふわふわのそれを受け取り、代わりに腰に巻いていたしとどに濡れたタオルを手渡した。
万一の為に水着は身に付けているため新しいタオルを肩から羽織り、差し出されたお茶に口をつけた。

体に変な違和感を感じたのは休憩が終わり撮影が再開してすぐのことだった。
相も変わらずシャワーを脳天から浴び、肌の上に手を滑らせていると、唐突に腰にズクンと快楽に似通った刺激が走ったのだ。
たまらず、ふぁ、と鼻にかかった声が出て、腰まで砕け床に座り込む。
どうしたのだろう、体の中からメラメラと燃えるように熱い。
もしかしてのぼせてしまったのだろうか。
「カットカット!」
本番中にも関わらず演技を中断してしまった僕に、大きな声がかかり、数人のスタッフ達が心配そうに僕に近寄ろうとした。が、それは監督によって止められた。
「一樹くん、休憩中に何かあったのかい?」
「いえ、すみませ…」
「その顔素晴らしいよ、私はそういう顔を求めていたんだ」
監督は目を輝かせながら言った。
てっきり怒られはせずとも厳しいことを言われると身構えていた僕は拍子抜けだ。
しかし、とりあえずこのまま行けばこのシーンのオーケーが出そうだということは霞がかかり始めた頭でもわかる。
ペッタリと浴室の床にへたり込んでいた足に力を入れ立ち上がり、もう一回お願いします、と頼んだ。
何度目かわからないくらい聞きなれてしまったカチンコの音が響き、僕はまた手で肌をなぞる。
その度に背筋をピリピリとした何かが駆け抜け、甘い声が漏れそうになる。
そんな僕を監督やスタッフ達は物音ひとつたてずに凝視していて、これじゃあまるで、まるで……。
今の僕の状況を端的にあらわす言葉が頭に浮かべば、もう駄目だった。
僕に向けられている視線全てが快楽へと変換されていく。
気づけば今まで腕や胸板を撫でるように動かしていた手が、知らず知らずのうちに体を下り、自分自身へと伸びていた。
まだカメラは回っているし、この現場には女性だっているのにそんなことをしてはダメだ、と擦りきれそうな理性が警告を発する。
けれど既に分厚い雲に覆われてしまった頭では理解なんて出来なくて、僕は腰に巻きつけてあったタオルに手をかけた。
直後、誰かが喉を鳴らす音がえらく大きく耳にひびいた。