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今日の目覚めは最悪だった。
事もあろうか、夢の中にフタナリ野郎が登場した挙げ句、夢とはいえそいつと
やってしまったからだ。
不幸中の幸いだったのは、朝起きた時点で夢精していなかったことだろう。
夢の中の出来事と夢精との因果関係がないことぐらい知っているが、それでも
このタイミングで夢精なんてしたら――普通に夢精するだけでも落ち込むという
のに、地獄のどん底まで落ち込みそうだからな。

「うーん」
俺が部室内で今日見た夢のことを考えている間、ハルヒは携帯電話を片手に
ぶつくさつぶやいている。
「おっかしいわねえ、電源切ってるみたいだわ」
「誰のだよ」
「古泉くんよ、古泉くん」
何だか噂をしたら影、みたいで不吉な予感を覚えるが、ハルヒはそんな俺の
心情に構わず言葉を続ける。
「お昼休みに食堂で見かけなかったから、九組の担任に聞いたところ、体調を
崩して休みだってのよ」
そりゃあ、一昨日フタナリになったんだし、体調の一つや二つぐらい悪くなる
だろうよ。だったら昨日――と思わなくもないが、一日遅れの筋肉痛だって
あることだから不思議じゃない。
「あのね、古泉くんはあんたなんかと違って、学校を休みときは如何なる理由
でもあたしに連絡をくれてたのよ。それが今日に限って連絡が来ないなんて
変だわ。絶対に何かあったのよ」
何か、って何かだよ。また不吉なことを言うんじゃないだろうな?
「……実は古泉くんがフタナリになった夢を見たのよね」
一昨日見た古泉くんの姿が強烈過ぎたのかしら、と言葉を続ける。
おいおい。お前まで見たってのかよ。
「あら、なに顔を赤くしているの? さてはあんたも見たわね」
どうやら顔に出ていたようだが、流石に夢の内容までは教えることは出来ない、
と考えていると、顔を赤くしてモジモジさせている朝比奈さんの姿が目に映った。
……まさか?
「あ、あの……あたしも、その、古泉くんの……その姿の夢を見たんです……」
「みくるちゃんも!?」
ハルヒは目を輝かせて長門へ向き直る。
「………」
長門は肯定するかのように、顔を縦に一振りする。
……なんてこった。俺たち四人全員が古泉のフタナリな夢を見たってのか?
「よーし、こうなったら直接古泉くんの部屋に押し入るしかないわね!」
「何でそういう結論になるんだよ」
「勿論、古泉くんがフタナリになっているかどうか確認するためじゃない。電話に
出てくれたらその必要はないんだけどね」
ハルヒは携帯を持ってニヤリと笑っている。
「副団長とはいえ、無断で休んだ理由を聞かなきゃ」
「明日でもいいだろ」
もし再びフタナリ野郎に遭遇したら、また前日のような出来事が起こることは
間違いない。正直、あんな奴を目の前に、自分自身を抑える自信はなかった。
「ばっかね、明日なんて悠長なこと言ってたら元に戻ってしまうでしょ」
「それを言うなら、既に夕方なんだし元に戻っているんじゃないのか?」
前日は放課後の部室でフタナリになったと聞いている。
それから数時間程で元に戻ったのだ。
学校を休んだとなれば、それは朝から変化が生じたと考えるのが普通だろう。
だとすれば、いい加減元に戻っていてもいい頃合いだ。
「……まあ、それでも明日聞くよりはいいわ」
ハルヒは少々ガッカリした様子だったが、それでも古泉から色々なことを聞き
だそうと考えているのだろう。先程より勢いは落ちたものの、行く気は満々だ。
俺にしても、戻った奴なら幾分マシ――いや、無駄に色気があるから全然マシ
ではないが、それでもフタナリよりはまだ何とかなる。
そう思っていたのだが――
「大丈夫、今回はあたしに任せて」
いつにない朝比奈さんの頼もしい言葉が、逆に俺の不安を煽った。


あれからどれだけの時間が経過しただろうか。
俺たちは今、古泉が住むアパート――と呼ぶには立派すぎる建物の前に居た。
「これを『アパート』と称するのは詐欺よねえ」
ハルヒは立派な建物を見上げてぼやく。
「てっきり四畳半アパートで表札見ればすぐ解ると踏んでたんだけど」
俺も前に行ったコンピ研部長クラスの佇まいと踏んでいたが、まさか長門の部屋
クラスとは思わなかった。まあ、『機関』なんて怪しい組織に所属しているんだし、
セキュリティ面において万全を期するに越したことはないんだろう。
「生憎と部屋番号までは知らないのよ。名簿作った時点ではまだ居なかったのか
九組のクラス名簿にも載っていないし、担任の先生までちゃんと覚えていないって
言うんだから職務怠慢よね」
この辺りは『機関』の圧力かもしれんな。
というか、お前は聞いていなかったのかよ。
「だっていつも電話かけると通じるから、住所まで知る必要はなかったのよ」
まあ、奴のことだから、極力ハルヒに知られないようにしていたんだろう。
「うーん、管理人さんとか居てセキュリティ高そうだし、中の人が通りすがるのを
見て一緒に入って行くしかないかしら」
俺もハルヒと共に立派過ぎる建物を見上げていると――
「ごめんね、キョンくん」
朝比奈さんの小さい声と共に、後頭部に大きな衝撃を感じる。
――これって、まさか!?
俺は考える暇もなく、意識が遠ざかっていった。

「キョン、何やってるのよ」
俺が目を覚ますと、何故か地面に横たわっていて、そんな俺をハルヒと朝比奈
さんと長門が見下ろしていた。
「気がついたみたいでよかったですぅ」
「………」
「なに気絶してるのよ」
俺はゆっくりと起き上がって辺りを見渡すが、
「あれ……?」
心なしか、辺りの風景に違和感を覚える。
一見すると、先程と変わり映えない様子だが――と思っていると、
「ま、あたしたちも気絶していたみたいなんだけどね」
ハルヒは機嫌よさそうに軽くウィンクをして一言。
「それよりも、聞いてよ、キョン。何とあたしたち、朝方にタイムスリップしたみたい
なのよ!!」
……違和感の正体はこれか。
確かに俺の時計を見ると、登校時間は過ぎているものの、朝方と言っていい
時間帯だった。
普通の時計の時間も自然と現在居る時間に戻るんだな――と割とどうでもいい
ことを思ったが、そんな場合ではない。
「どういうことですか? 朝比奈さん」
ハルヒが調子に乗って色々な妄想を並べ立てている間に、俺は朝比奈さんに
小声で問い掛ける。すると、彼女は両手に頬を当てて、顔を真っ赤にして一言。
「……ダメ元で時間遡行の申請をしたら通っちゃいましたぁ」
あっさりと言いのけた彼女の言葉に、俺は思わず目眩を覚える。
こんな簡単に許可出していいんですか? 朝比奈さん(大)!

まあ、若干過去に戻ったとしても、このセキュリティが高そうな建物の中へ入ること
は厳しそうだ。
長門の力があれば何なく入れるが、それではハルヒに不信感を与えてしまう。
……よくよく考えてみると、この時間帯だと奴がフタナリでいる可能性は高く、俺と
してはそんな奴と遭遇するのは避けたいから、今のうちに諦めさせるのが最善だ。
折角過去に戻ったことだし、朝比奈さん側の『既定事項』を変更させない程度に
ハルヒの探求心が満たされる出来事を探せばいい。
さてはて、何があるかな――なんて思っていると、建物の中から誰かが出てきた。
容貌は普通の青年だが、『何か』違和感を覚えていると、
「あの、そこの建物の住民の方ですか?」
ハルヒがずうずうしくもその青年に話しかける。
ああ、そういえばこいつはこんな奴だった。
何やらその青年と会話をしているようだが、相手は終始穏やかな様子だ。
やがて会話が終わったのか、ハルヒは俺たちを手招きする。
俺たち三人が歩み寄ると、
「古泉くんのお友達の方々ですね。彼からお話は聞いていますよ」
その青年は、寸分違わぬ微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「生憎と彼が体調を崩して休んでいることは存じませんでしたが、お見舞いに来ら
れたのであれば、僕と一緒に入るといいでしょう。もし彼が眠っているのだとしたら、
彼のほうから鍵を開けることも出来ないでしょうから、管理人さんへ話を付けて鍵を
開けさせますね。ああ、大丈夫です。管理人さんも彼のことは良く存じていますし、
あなた方のお話も伺っていますから、ご安心を」
喜び勇んでついていくハルヒと朝比奈さんを余所に、俺はこの青年の、凄く説明的
な長台詞をすらすらと淀みなく言い切る姿に違和感を覚えた。
そもそも、午前中だというのに制服姿の人間が友達の見舞いに来ること自体、
普通の大人なら怪しむところだ。
――ならば普通の人間ではない?
俺ははっとして長門のほうへ向き直る。
すると長門は淡々とした口調で一言。
「情報統合思念体の許可を得て、一時的に『青年』を操作している。……管理人は
『機関』側の人間だから大丈夫。心配はない」
俺が別の方面で心配になったのは言うまでもない。

あれから、胡散臭い青年に導かれるまま建物の中に入った俺たちは、管理人さんと
話をつけているらしい様子を見ていた。
小声なのと早口なのが相まってうまく聞き取れないでいたが、
「話は終わりました。彼の部屋の扉前には監視カメラが付いていますから、あなた方が
辿り着いた時点で、管理人権限で鍵を開けるそうです」
そういう組織だから仕方がないとはいえ、一般的な視点から見ると物々しいというか
大げさ過ぎる。ハルヒも同じことを思ったのか、
「全く大げさよねえ。……まさかとは思うけど、部屋の中にまで監視カメラがあるとか
言わないわよね?」
歩きながらぶつくさ言い始めた。
「心配ございません。部屋主のプライベートは守られていますから」
まるでここの管理人のような口ぶりで青年は言い放つ。
おいおい、お前さんの設定はここの住民じゃなかったのか?
「こちらです」
青年に導かれるまま、階層が全く表示されないエレベータに乗ると、数秒も経たない
内に再び扉が開き、俺たちはエレベータから出た。
そして、少し廊下を歩いた先で、その青年は立ち止まり、俺たちへと向き直る。
「ここが彼の部屋になります。恐らく鍵は開いているでしょう」
青年に案内された扉前は、殺風景で表札すらない場所だった。
「何だかえらく無機質な内装よね。古泉くんの部屋も表札すらないし。集金避けかしら」
「集金避けってこたぁないだろ」
「じゃあ、なんだってのよ」
「さあな」
そして、気がついたら、俺たちを案内してくれた青年の姿は綺麗サッパリ消え去っていた。
「あら、お礼を言おうと思っていたのにいなくなったわ」
ハルヒは辺りを見渡すが、人の影一つ無いのを確認すると、
「まあ、いっか。言わなくても解るでしょ」
あっさりと案内してくれた青年の存在を切り捨て、扉のノブに手を伸ばす。
「おいおい、ベルは鳴らさないのか?」
いくら管理人さんが鍵を開けたからといって、勝手に入っては不法侵入だと思うが。
「あのね、キョン。古泉くんは我がSOS団の団員で、しかも副団長なのよ。団長にとって
SOS団員は家族も同様、だから、その家族の部屋には勝手に入っていいのよ」
いや、家族だからって勝手に部屋に入っていいものではないだろう。
それに、誰にだってプライバシーというものはある。
「んもう、仕方ないわね。ベル鳴らすわよ」
ハルヒはインターホンを一回押すが、特に何の反応も返って来ない。
「あら、やっぱり寝ているのかしら。中に入ってみないと」
おいおい、一回押しただけで決めるのかよ。
「だって、普段の古泉くんなら、一回だけで反応ありそうじゃない?」
まあ、それはそうなんだが……
「ずる休みしてTV見ながらおやつ食べてるわけじゃなさそうだし、ちゃちゃっと入るわよ」
結局、俺たちはハルヒに押し切られる形で古泉の部屋へ入っていった。