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 晴れ時々曇り、所により一時雨――今日の天気予報だ。

 ふざけた内容だと思う。
 立ち食いソバ屋でいきなり『トッピング全部のせ』が出されるようなもんだ。冗談じゃない。
 下手な鉄砲の例えでも狙ったつもりか。
 しかもこっちはソバじゃない。人の運命さえ左右させかねない、天候という重要な問題なんだよ。
 その辺分かってんのかそこの太眉ちり毛。
 何テンパってんだって?そりゃテンパりもするだろうよ。
 オレは今、その全部のせな天気予報のおかげで人生の岐路ってヤツに立たされてるんだからよ。

 濡れた髪が頬に、水滴とも脂汗ともつかない雫を滴らせ続けている。
 けれどオレはそれを拭う事すら出来ず、ただ馬鹿でかいベッドの片隅で、誰に言うでもない状況説明
を始めていた。
 説明といってもオレはテリーマンやらヤムチャやら、ましてや虎丸のような解説役ではない。
 れっきとした当事者だ。
 あと例えが古い言うな。

 ――本当、何言ってるんだろな。
 奥のシャワールームから響く水音をBGMに、オレ、阿久津宏海は自分のやっている事の間抜けさに、
大きく溜息を吐いた。

*        
 身にふりかかる火の粉を払うように、喧嘩に明け暮れる日々――いや、ここ数年は災難に振り回され
る日々の方が多かったが――の中、オレに彼女と呼べる存在が出来たのは、つい数ヶ月前の事だった。

 とは言え、オレは自慢じゃないが、POPEYEやらメンズノンノやら、ましてやデートぴあなど無縁の…
この言い回しはさっきも使ったな…端的に言えば、女との付き合い方など全然わからない状態のまま、
5度目のデートへとおもむいたのだった。

 5度目にもなってとか言うな。わかんねえモンはわかんねえ。

「悪い、待ったか?」
「ううん、今来たトコ」
 …には見えねえよなあ…。
 オレは駅の柱の陰に不自然な感じで倒れ込んでいる数人の男の姿を、チラリと横目で見た。
 これは、付き合いだしてから知った事だったが、コイツ――百手矢射子、オレの彼女だ――は街を歩
けばそれなりに、男から気安く声を掛けられるらしい。
 ついでにその度に一刀両断にしてきたらしいが。

 ――…別にオレだって、そういう目で矢射子を見た事が無い訳じゃない。
 今だって、隣を歩く矢射子のさらりとなびくポニーテールの髪や、おくれ毛が色気をかもす白いうな
じ、ぱっちりしたタレ目をふちどる意外と長いまつげ、薄いカーディガンの下で存在を主張しているボ
リュームのある胸に、ガラにもなく胸を高鳴らせているのは事実だ。

 …だがなあ。

「ど、どうしたの宏海?」
「え?」
「さっきから髪見てるから…あっ、ひょっとして行きがけに太臓を武装セイバーでぶっ飛ばして来た時、
近くの鳩を身につけてたから…ヤダッ!!あたし、何かヘンな落し物されてる!?」
「――…いや、されてねえよ…」
 朝から武装セイバーって。
 しかもデートの日に。
 キャストオフ時に盛大に鳩を飛ばす矢射子の姿を想像し、オレは軽い眩暈を覚えた。

「あ、太臓ならとりあえず持ってたポップコーンと一緒に鳩のエサにしといたから!」
「鳩無残!!」

 最初のデートは花見だった。次は動物園。
 その後ボウリングやら水族館やら行き、今日のデート先は、市街地にある小さな映画館だ。
 『鼻をなくしたゾウさん』とかいう、どこかで聞いたことがあるタイトルの映画の前売券は、一ヶ月
前に矢射子から手渡されたものである。

 ずいぶん楽しみにしてたんだな。…しかしコイツ予備校とか大丈夫なんだろうか?

 上映が開始された館内で、映像に集中する矢射子を、オレはそっと盗み見る。
 青白い光に照らされた、横顔。強い意志の光が宿る瞳。
 ――どきん。
 いつも妙な行動や発言をやらかす印象が強いだけに、黙っていると強烈なギャップを感じてしまう。
 ――ずきん。
 そして同時に、オレの胸は小さなトゲが刺さるような痛みを感じるのだ。

「よ、良かったねあの映画」
「ん…ああ」
 正直オレは内容を覚えていない。
 矢射子を見ていたのも理由の一つだが、それより矢射子の向こう隣の座席から、妙な気配を感じたか
らだった。その席には誰も居ないようだったのだが…。
 …やめとこう。下手にツッコむと、口に靴を突っ込まれかねない。
 ――気配といえば。オレはもう一つ感じたものに関して、矢射子に尋ねてみる。

「なあ、矢射子お前…映画見てる時、何か頭の辺りチリチリしなかったか?」
「?」
 オレの問いに矢射子は首を傾げた。…気のせいか。
「や、オレの気のせいだ。多分」
「そう…」

 小さな、沈黙。オレたちのデートには時折こういった気まずい空気が流れる。
 それは、5度目ともなった今回も変わらなかった。
 オレも矢射子も、沈黙を壊そうとそれなりに考えてはいるのだが、上手く言葉が続かない。
 …オレはともかく、矢射子はいいんだろうか。疑問に思う。

 ――ぽつん。

 大粒の水滴がアスファルトを叩き、予期せぬ形で沈黙を破ったのは、そんな時だった。

*     
「これ被っとけ。少しはマシだろ」
「で、でも宏海…」
「いいから!!」
 喋る間にも雨粒は、オレたちの頭やら体やらを容赦なく水びたしにしていく。
 オレはジャケットを被った矢射子の手を引き、雨宿りできる場所を探した。
「くそっ、確かこの辺にゲーセンがあった筈なんだが…」
 うろ覚えを頼りに、オレたちはどしゃ降りの雨の中を走った。
 ああもう、どうしてこういう時に限って、目的の場所ってのは見つかんねえんだろう。
「…っ、こっちか?」
 雨でにじむ視界の中、オレは矢射子を連れたまま小道に入り込む…が。

 ――しまった!!

 入り込んだ後で気が付いてももう遅い。
 あちこちに見える『ご休憩****円・ご宿泊****円』の文字。
 どう見てもラブホ街じゃねえか。
「や、矢射子…その…」
 引き返せ。頭の中で警鐘が鳴り響く。
 今ならまだ間に合う。『これなんてエロゲ』を地で行くなんてシャレにならない。
 いや、全然したくねえって訳じゃないんだけどな。
「戻――」
 ぐっ。オレの言葉を遮ったのは、繋いだ手を強く握る、細い指だった。
 どくん。どくん。どくん。――…これは、まさか。
「宏海」
 振り返るな。振り返ったら、戻れない。
 ああ、それなのに。
「…行くわよ」
 オレは、振り返ってしまった。コイツの、力強い瞳を見てしまった。

 だから、もう戻れない。

 ――ぽたん。顎を伝う雫が太ももに落ち、そして時間は動き出す。
「…って、何ワールドだよ」
 くしゃりと髪を掻き、オレは再び溜息を吐いた。

 嫌なのか?――嫌じゃない。
 望んでないのか?――いや、いつかはあると思っていた。
 だが、こんな形は。
 ――じゃあ、どんな形を望んでたんだよ。

「…知るかよ。くそっ」
 …ひでぇ結論だ。自分でもそう思う。
 苛立ち紛れにベッドのマットレスに拳を打ちつけても、空しいだけだった。
 ざあああああっ。
 さあああああっ…。
 部屋――ホテル『アクエリオン』、『八千年を超えたころから以下略』号室(ふざけた名前だ。名付
け親の顔が見てみたい)――には、二つの水音が響き渡っている。
 一つは、さっきよりも激しさを増した雨が、窓ガラスを叩く音。
 そしてもう一つは、シャワールームから響く、矢射子が浴びるシャワーの音。

 どちらも、確実に自分を追い詰める音だった。

*       
 まずは――今の自分に出来ることをしよう。
 オレは止まらぬ思考にピリオドを打つため、ようやく重い腰を上げた。
 ベッドの腰掛けていた部分が、じっとりと濡れている。

「…服、干すか」
 呟き、Tシャツとカーゴパンツを脱ぐ。
 トランクスまで雨で濡れていたのだが、さすがに良心というヤツが咎めた。

 靴下も脱いだ足の裏でやたらとゴワゴワする絨毯の質を感じつつ、オレはクロゼットの前に立った。
「ハンガーの2、3本はあるかな」
 あえて口に出し、観音開きなクロゼットの右側の扉を開ける。
 と、そこにはおそらくオプションであろう黒革のボンテージスーツと、数種類のムチがあった。
「どこのSMコースだよ…」
 脱力気味に呟きつつ、ついオレは想像してしまった。

 黒革に拘束された、矢射子の白い肌。
 しかしボンテージと呼ばれる服は決して彼女の魅力を損なうものではない。
 むしろ、彼女のともすれば爆発しそうな魅力をギリギリの一線で拘束し抑圧する、綱渡りのような危
ういエロティズムを表すに欠かせない衣装だ。
 足元を見下ろすその表情には、慈愛に満ちた母の顔と威厳のある父の顔が、絶妙に混ざり合っている。
 手には、使い込まれたであろう、良くしなる漆黒の一本鞭。
 ぱぁんっ、と空気を裂く音と共に、彼女は高らかにこう叫ぶのだ。
『――さあ、ドッグ・ショウの始まりよ!乾!!』

「――って違う!」
 何で乾の野郎が出てくるんだ。
 いや、多分イメージの問題だな。アイツなら喜んで尻尾まで着けそうだし。
 オレは虚空に手を払う仕草で、恍惚の乾を頭の中から追い出した。
 そして、ボンテージスーツを掛けていたハンガーを引き抜いて、ベッドに放り投げた。
「もう一つの方は…」
 イヤな予感はしたが、ハンガーは一つじゃ足りないので左側の扉を開ける。
「…予感的中かよコンチクショウ」
 セーラー襟の制服。色はセピア。プリーツスカートはマニアのツボを抑えた膝下丈。
 お約束のようにロザリオまであるという凝り様だ。
「つか、何すんだよこの格好で…」
 といいつつ以下同文。

 甘い甘い匂い。
 薔薇の花の数だけ、乙女の祈りで満たされた、純粋培養のChamps de fleurs.(花園)
 ――純潔の証たるマリア像の前で、矢射子は己が身に着けていたロザリオをゆっくり外し、そっと輪
を作る。
 その輪を小さな頭がくぐり、しめやかにSoeur(姉妹)の契りが交わされていく。
『――薔薇のつぼみの名に恥じぬよう、精一杯尽くします。お姉さま』
『夕利…』

 だん。
 もはや言葉でツッコむのも疲れる。
 オレはクロゼットの扉を拳で叩くと、無言でハンガーを引き抜き、乱暴に扉を閉めた。
 そして、シャワールームに足を向ける。ガラス戸に背を向け、オレは小さく咳払いをした。
「矢射子」
 しばらくして、ななな何!?と物凄く動揺した声が返ってきた。
「服、乾かすから持ってくぞ」
「ふっ、服!?服ってふくって…」
「…やっぱ自分で干した方がいいか?」
 曲がりなりにも女子だ。男に勝手に服を弄くられて喜びはしないだろう。
 …返事が来ない。
「…矢射子?」
「…いい、けど…下着はダメだからね?」
 ようやくの返事に、オレは少しホッとした。
「わかった。じゃ、干しとくぞ」
 極力下着を見ないよう、目を逸らしつつオレは、脱衣所から矢射子の服を手にした。

 雨でじっとりと重くなった、カーディガンとワンピース。
 …オレだって別に、木の股から生まれたわけじゃない。
 ほのかに香る甘い匂いを鼻腔の奥で感じつつ、同時に、ドス黒いマグマのような情欲が腹の底で沸き
立とうとしているのを、オレは理性をすり減らしつつどうにか押さえ込もうとしていた。

 ――…でも、カノジョの服、なんだよな。しかも、さっきまで着ていた。

 どくん。頭の中で響いた悪魔の囁きに、オレの心臓が音を立てる。
 途端に、手の中の服に対し、情欲を持って当然のような気持ちになってしまった。…理性弱っ!
 どうする?撫でるか?嗅ぐか?いやそれ以上――。
 どくん。どくん。どくん。
 オレの手が震えつつ、矢射子のワンピースの胸の辺りを触ろうとしたその時。

 …たん。

「!!!!」
 ――物音?
 跳ねる心臓を押さえつつ、オレは慌てて周囲を見回した。が、周りには誰も居ない。
 音の正体が隣の部屋のドアの音だと気付いたのは、たっぷり1分経った後で、オレはその場にへたり
込みつつ、酷い罪悪感に苛まれた。

 悪い。本当悪かった、矢射子。

*       
「――これでいいか」
 窓のカーテンレールにハンガーを掛け、服を吊るす。
 被害が一番ひどかったオレのジャケットは、まだ水滴をしたたらせていたが、帰るころには何とかな
るだろう。
 …まあ、問題はその『帰るまでの間』なんだが。
 雨は、まだ止まない。それどころか更に激しさを増している。
 心なしか突風まで吹き出したような気もする。

「…」

 時々、考える。――矢射子はオレのどこを好きになったんだろう。
 文武両道には程遠い。正義感に溢れている訳でもない。
 顔やスタイルだって、いかついだの怖いだの言われるのは日常だが、好感を持たれた記憶はない。
 そして何より――オレは、アイツみたいに強くない。
 腕っ節の話ではない。あんなに強い意志の光を放つ眼を持って行動できない、という意味でだ。

 ――ずきん。

 ああ、まただ。
 再び感じた胸を刺す痛み。
 吐き出すように大きく息を吐いても、窓ガラスに映る自分が曇るばかりで、スッキリしない。

 なあ矢射子、なんでオレの事好きになったんだ?

 キィ…バタン。
「宏海」
 呼ぶ声に、オレの思考が止まる。
いつの間にシャワーを終わらせたのか、ガラス戸の前には薄紅色の肌をした矢射子が、バスタオル一枚
(実際はブラジャーの肩紐も見えたので、バスタオルの下にも着ているのだが)で立っていた。
「おう、体あったまったか。こっちも服干しといたか…ぶえっくしゅんっ!!」

 うわ。そういやオレ雨に濡れたのにずっとパンツ一丁だったんだよな。
 途端に背筋にぞくぞくと寒気が走る。

「あ…ご、ごめんっ、宏海の方が体冷えてたのに」
「構わねえよ。風邪引きゃテキトーにサボれる口実が出来るからな。アイツらのお守りより、そっちの
方が楽だ」
 ベッドボードのティッシュを手に取り、鼻をかむ。
 脳裏に、思い出すだけで腹立たしい二人組の姿が浮かび、つい眉間に皺が寄ってしまう。
「それより、服乾くまでシーツ被っててくんねえか?――その、目のやり場に困る」
「えっ…っ!!」

 言葉に矢射子は自分の姿を見、ぼんっ、と音立てて顔を赤くさせた。
 丈が少し足りなさそうなバスタオルに身を包んだはちきれんばかりの肢体なんて、悩殺どころじゃねー
だろ。
 パンツ一丁でそんなのまじまじと見られるほど、オレは枯れてはいないのだ。
 矢射子が赤い顔のままベッドに上がり、ごそごそとシーツを身に纏い始めたのを確認して、オレはシャ
ワーを浴びる為、ようやく窓辺を離れようとした。
 その時、雨音に混じって小さな声が聞こえた。

「ごめんね、宏海…迷惑だったでしょ?」

「あ?」
 よく聞こえなかったので、オレはティッシュの箱をベッドボードに置いて、シーツを纏うというより
は、シーツに潜り込んでしまった矢射子の前に立つ。
「雨だからって、急にこんなところ連れ込んで…軽蔑したよね。女の子なのに」
「…また反省してたのか。やけにシャワー長いと思ってたが」
 シーツの山が微かに震えている。…オレはそっと、顔すらも隠しているシーツを捲った。
 熟れたトマトよりも赤い、矢射子の顔。その目には、大粒の涙。
「だって…」

 オレが、泣かしちまってんだよな。
 こんなにいい女なのに、困らせたり、恥かかせたり、泣かせたりばかりして――まるで鼻タレ小僧
じゃねえか。

 オレはベッドの端に手を掛け中腰になると、うつむいたままの矢射子の顎を片手で包んだ。
 そして、涙に濡れた顔を上げさせると――そのまま、ゆっくりと唇を重ねた。

 矢射子の唇は、柔らかくて、熱くて、涙の味がした。

*       
 外の雨は未だ降り止まず、相変わらず窓ガラスに雨粒が打ち付けられる音が部屋に響いている。
 だが、信じてくれなくてもいいが、オレはその時、確かにまばたきの音を聞いたのだ。
 ぱち、ぱちとまるで炭酸飲料の気泡がはじけるような小さな音。
 重ね始めた時と同じようにゆっくり唇を離すと、矢射子は大きな目を何度も何度もまばたきさせて
いた。

「…!!」
 信じられない、と言わんばかりの表情。だが、ふるふると唇が開いても、言葉が出ないようだった。
「泣き止んだか」
 中腰だった姿勢を止め、オレは絨毯に腰を下ろすと、絶句したままの矢射子に尋ねてみる。
「こ、ここ宏海、今のって…」
「…好きな女にじゃなきゃ、しねえよ」
 ――…っく、何つー恥ずかしいセリフだ。
 あまりの恥ずかしさに、マトモに矢射子の顔も見られねえ。
 照れ隠しにがりがりと頭を掻きつつ、オレは次の言葉の為に大きく息を吸った。
「こっちこそ、ごめんな。アンタには告白の時からリード取られっぱなしでさ。
そういうの気にする方だってのも知ってるのに…本当、情けねえ」

 ずきん。

 胸が、また痛んだ。そういやこの痛みは、オレと矢射子を比べてしまう時にいつも痛むのだ。
 ――オレは今更そんな事に気付いた。

 そうだ。心の奥でずっと引っかかっていた。
 オレは矢射子に見合うだけの相手なのか?
 オレは矢射子の事をどれだけ想ってるのか?
 ――オレは。

 矢射子がオレを見る時くらいの真っすぐさで、オレは矢射子を見ていられるか?

「そんなの」
 ぽつり、と矢射子が呟く。
 ベッドの端に手を掛け、前のめり――互いの位置的に、これで顔が向き合う体勢なのだが――になり
ながらも矢射子は、少しずつ、だがしっかりとした言葉を紡ぎ始めた。
「情けなくなんか、ないよ。だってあたしはそう言って人の事を思ってくれる宏海を見てたから…大事
にしてくれる宏海がっ、すっすすすす…」
 目を閉じ、力みつつ頑張ってるみたいだが…それはどもり過ぎだ。
「すっ「――危ねえっ!!」
 ぐらり。バランスを崩したか、矢射子の体が大きく揺れる。
 ベッドから落ち、体を床に打ち付けそうになるのを、オレはすんでの所で抱きかかえた。

「…大丈夫か」
「――…手」
 て?
 真っ赤な矢射子の言葉に、オレは自分の手を見る。
 ――と、そこにはどこぞのエロコメ主人公の如く、矢射子の胸を鷲掴みにしているオレの手があった
のだった。
「っ!!ちっ違うぞこれはっ!そのっ、不可抗力っつーかだなっ…」
 言い訳までエロコメ染みているのが何ともお約束だが、事実だ。

 ああもう、さっきのセリフとは別の意味で情けねーっ!!

 矢射子は、オレの体の上にのしかかった体勢のまま、そんなヘタレた言い訳を聞いた後、くすっ、と
困ったような顔で笑った。
「…宏海、体まだ冷たいね」
「あ、ああ…」
 だから早くシャワー浴びて、体あっためたいんだよコッチは。
 というか、今の状態はヤバ過ぎる。
 オレの腹の上に矢射子の太股が当たっ…あ…ダメだ!考えるだけで勃っちまう!
 男の子だモン!!(だモンじゃねえっ!!)
 セルフ突っ込みも空回りしたオレをそのままに、矢射子の白い手がオレの頬を撫でる。
 その手はやがて、首筋から肩口、そして胸板へと降りていった。

 ばっくん。ばっくん。ばっくん。

 心臓が、これ以上無理っつー位跳ね上がってる。これはもう、覚悟を決めるべきか!?
 オレは、床に着けたままだった自分の手を、そろそろと矢射子の柔らかそうな体へと近付けようとし
ていた――その時。

 ドゴンッ!「「!!」」

 壁に何かぶつかるような音で、二人の体がびくっと止まった。
「な、何だ!?」
「え、あ…隣の部屋…みたい」
 ベッドの向こうの壁を見つつ、矢射子がオレの疑問に答える。
 そういやさっき誰か入って来たみたいだったが…。
 何もこんなところでケンカなどしなくて良いと思う。

 ――まあ、おかげでオレは少し落ち着けたのだが。

「えーと…シャワー浴びてくるわ」
「へ?あ、あ…うん。わかった」
 オレの言葉に矢射子はそそくさとベッドに上がった。
 さっきの余裕の笑みはどこへやら、またも顔を赤くさせつつ、縮こまっている。
 …そりゃオレだって恥ずかしいんだが。
 テントを張ってしまったトランクスを、相手に出来るだけ見せないよう前屈みになりつつも、オレは
そっと矢射子の耳に唇を寄せ、
「――戻ったら、続きな」
 と囁いた。