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「ああっ!?」
 べたん、と窓に顔を押し付け、素っ頓狂な声を上げる伊舞につられ、宏海も同じように額を窓に付け
た。
 眼下の矢射子は、相変わらず携帯電話を手にふらふらしている。
 だがそんな矢射子の近くを4、5人の男たちがうろつき出したのだ。
「矢射子!?」
「どどど、どうしようお兄ちゃん!?」
 いつもなら寄り付く男など一刀両断にしてきた矢射子だが、今回は勝手が違う。
 下手をすれば傷心に付け込まれて、そのまま18禁的展開へと進む可能性だって、ゼロではないだろう。
…サイトの性質上、そちらの方が有難いのかもしれないが。

「良いわけねえだろっ!!!!」
「お兄ちゃん誰と喋ってんの!?」

 錯乱し、あさっての方向に怒鳴る宏海に伊舞がつっこむ。
 つっこみに気を取り戻したか、宏海は、はっと息をのむとポケットを探り、携帯電話を取り出した。
「……」
 今まで気のきいた会話をする自信に欠けていた宏海は、ずっと自分から連絡を取ろうとしなかった。
 ――きっと、それも仲がこじれた原因のひとつなのだろう。
 けれど、今はそんな事を言っている場合ではない。せめて、周りに気付かせるためにも。
「……っ!」
 ぐっ、と力強く宏海は発信ボタンを押した。…だが、向こうは気付くようでもない。

 プツッ。『…お掛けになった電話は、現在電波の届かない所に居るか、電源が入っておりません…』

 OH! GOD!

「電源切ったケータイ持ってんなよ!意味ねえじゃねえかっ!!」
「えええーーーーーーっ!!?」


「くそっ、やっぱり開かねえかっ!」
 力任せにゴンドラのドアをガンガンと押しても、開くはずが無い。
 冷静に考えれば当たり前なのだが、切羽詰った宏海には、判別すらついてなかった。
 ――あと少し。あと少しで、外に出られる。
 ゆったりとした観覧車の動きが、この上なく苛立たしい。
 宏海も、そして伊舞も歯を食いしばりながら、祈るような気持ちで扉が開く瞬間を待った。

 それは、遠く展望台で双眼鏡を握り締める一口も同じだった。
「乾…お願いっ!」
 今、自由に動けて、矢射子を守ることが出来るのは、乾だけだった。

「ちょっ…すみません、通し…っ!!」
 その乾は、展望台を出たとたんに目の前に広がっていた、大きなお友達の集団に巻き込まれていた。
 運悪く(本来は)女児向けバトルアクションアニメ・ショーの開演時間とかち合ってしまったのだ。

 無論、乾は矢射子の危機を知らない。そして一口も、乾の状況を知らない。


 ガチャガチャ。
 扉のカギを外し、到着したゴンドラの客を、係員がいつも通りの業務用の笑顔で迎える。

「はい、ありがとうございますー。足も…」バゴンッ!!「キャーッ!?」

 扉を蹴り破らんばかりの勢いで、内側から扉が開くと同時に凶相の男が飛び出す様は、幼児が見れば
トラウマ確定の代物だっただろう。
 だが、男――宏海には係員の絶叫すら耳に入っていなかった。
 タラップを降りる足の動きがもどかしく感じる。
「クソっ…アレ、使うしかないのか…?」

 やっと地上へと降り立ち、宏海はシャツのボタンに手を掛けながら走った。
 やや遅れ、伊舞もまた、兄の背中を追った。
 同時刻、なんとか大きなお友達の中を抜け出した乾も、矢射子の元へと走り出した。

「矢射子――」
「お兄ちゃ――」
「先ぱ――」


 ――…。

 どんっ。

「きゃっ!?」「痛っ!」
 いきなり物凄い勢いでぶつかった衝撃で、矢射子の体が大きくよろめいた。
「あいたた、スミマセ…あ、あれ?」
 尻餅をついた相手――伊舞は、相手の顔を見て、目をぱちくりさせた。
「あれ…矢射子さん、何で、ここに…」

 確か兄の背中を追って走っていたはずなのに。何でいきなり矢射子の前に居るのだろう。
 これが前に翠が部活で習ったとか言ってた『ザ・ワールド』ってヤツ?

「大丈夫?立てるかし…っ!!」
 腰を下ろしたままだった伊舞に手を差し伸べる、矢射子の表情も固まった。
 ――この娘、宏海の…。
 伊舞はそっと矢射子の手を取り、立ち上がるとありがとうございます、と声を掛けた。
「あ、あの…矢射子さん」
「なっ、何?」

 どきん。

 名を呼ばれ、矢射子は動揺した。
 ――というか、何を話せばいいかわからない。
 戸惑いを隠せない矢射子の前でしばらく逡巡した後、伊舞はぐっと握り拳に力を込めると、

「ごめんなさいっ!」

 と大きな声を上げ、矢射子に向け、頭を下げた。
「…え?」
「あ、あたしが、お父さんにヘンな事言っちゃったから、矢射子さんに誤解させちゃったの!!お兄ちゃ
んは全然悪くないの!」
 ぶるぶると膝を震わせながらも、伊舞は大声で矢射子に精一杯の弁明をした。
「お兄ちゃんの好きな人は、ずっとずっと矢射子さんなのっ!だから、だからっ…」

「その位にしてくれ、伊舞」

「――…!!」
 すぐ隣から聞こえる声に、矢射子の呼吸が止まる。
 ――聞き違うはずも無い、愛しい声。
 …けれど、首が動かない。向き合いたいのに、指一本動かせない。
「お兄ちゃん…」
「あのなー…。オレはそこまで手の掛かるガキじゃねえんだぞ。何が悲しくて妹に告白の代理させにゃ
なんねえんだよ」
 呆れ顔の宏海のセリフはしかし、全く説得力の無いものだった。
 少なくともこの一週間、廃人になっていた男の言葉とも思えない。
 それはさておき、宏海は大きく息を吐くと、隣で微動だにしない女の名を呼んだ。
「矢射子」
 名を呼ばれ、矢射子の肩がびくっとこわばる。

 ――返事しなきゃ。
 でもその前に息を吸って、首動かして、宏海の顔見て、宏海の…あれ?視界が暗くなっていく。

 がくん。
「おわっ!?矢射子?…ちょっ、息くらいしろ!!」
 糸が切れた操り人形の如く、その場に崩れ落ちる矢射子を、宏海は慌てて抱きかかえた。
 かすれゆく意識の中、矢射子は宏海の体から微かに漂う匂いを、鼻腔の奥で感じた。

 宏海の体からは、なぜかたんぱく質の焦げた匂いがした。

「――これで、いいんだよな」
 足元から伸びる影を見つめ歩きながら、乾は一人呟いた。

 人ごみを抜け、矢射子の危機を知った乾は、更に駆ける脚に力を込めた。
 あと少しで矢射子に辿り着く――。
 そう確信した瞬間、矢射子は忽然と、男にまとわり着かれている状況から姿を消したのだ。

 常人ならば、何が起こったかすら分からなかっただろう。
 だが動体視力も並外れていた乾の眼は、その正体を捉えることが出来た。
 音速の壁すら打ち砕く肌色の軌跡は、矢射子を抱き上げた一瞬だけ、姿を露にした。
「…阿久津の野郎、一度ならず二度までも全裸露出プレイなんかしやがって」
 あんなのを見せ付けられて、どう足掻けというのか。文句なしの完敗だった。

 オレの出る幕はない。認めるのは辛いけれど。

 影はがっくりと肩を落としている。今の自分と同じように。
 ――と、その先に、見覚えのある靴が目に入り、乾は顔を上げた。
「一口…」
 一口は展望台の外で、乾が戻るのを待っていた。その頬や、耳は寒さからか、紅く染まっていた。
「…見てた、か?」
「うん。乾の情けないトコ、ばーっちり」
 困ったように、笑う一口。けれど今の乾には、笑顔は作れない。
 つられるように笑ったと見せようと、無理に引きつった表情は、悲しいほどに無様だった。
「ははっ、欲出しちまったよな。…せめて最後くらいカッコ、つけようと思った…ん、どな。無…」

 ――無理だった。

 言葉は最後まで声にならず、灼けるくらい熱い涙が、喉を潰していく。
「――…っ…」
 いつか、この身もちぎれそうな痛みが、消える日が来るのだろうか。
 あの人の表情も、声も、与えられた快楽も、新しい記憶に塗りつぶされる日が。

 ぴたり。
 頬を触れられる感触に、乾は閉じていた目を開けた。
 涙でぼやけた一口が、乾の頬を、両手で包んでいたのだ。
「?何…――っ!?」
 尋ねようとした言葉は、衝撃によって塞がれた。
 ふにゃりとした柔らかさと、がちん、という硬質の音が同時に乾の口に伝わる。

 それは、まばたきほどの間の事だった。
 ジャンプした一口の足が地面に着いて、両手が離れ、ダッフルコートのポケットへと滑り込んでいく
までの一連の動作が、まるでどこかの映画の演出のように、スローモーションで流れていく様を、乾は
ただ、呆然と眺めていた。

 …え?今のって…。
「…お…お、オマエ今…「今日のっ!!」
 びくんっ。いきなり大声を出した一口に、乾の体が硬直した。
「――乾、情けなかったけど、格好よかったよ」
 一口はそれだけ言い切ると、唇を閉ざし、黙り込んだ。
 双方、顔どころか首まで赤くなっている。乾の涙は、とっくに止まっていた。

 ――…ああ、どうしようもないなあ。
 唇どころか歯までぶつかってしまい、じんじんと痛む口を一文字に閉ざしながら、一口は一人思う。
 あたしは、いつの間にか、目の前のどうしようもない男が、好きになっていたんだ。
 ライバルでも、同士でもない、一人の男として。

 雨の中で、小さな種がひっそりと芽吹くように。
 けれど弱々しい恋心の芽は、雨をその身にしみこませ、少しずつ、確実に大きく育っていた。

「…何だよオマエ…それ反則じゃねーか色々…」
 乾は力なく呟くと、へなへなと膝を崩し、その場にうずくまった。
 ――オレがどれだけ悩んで、迷って、押し込めようとしてたと思ってんだよ。
 それなのに、こんなあっさりと。しかもこんな所でキスまでするなんて。

 ああもう――オレ絶対、コイツに頭上がんねえ。

「…帰ろっか」
 一口は、膝を抱いてしゃがみ込むと、未だ衝撃から抜け出せずにいる乾に向けて言った。
 どちらも、はっきり口に出して告白したわけではない。
 けれど、二人の表情や仕草は、どんな言葉よりも明瞭に、雄弁に、互いの心情を伝え合っていた。
「…ん」

 そんな二人の姿を、突き抜けるほどの青空が、大きく包み込んでいた。


「あちちっ」
 両手に受け取った紙コップのコーヒーが、掌に熱を伝えていく。
 伊舞は、コーヒーをこぼさないように気をつけながら、宏海と矢射子の待つベンチへと、小走りに駆
けて行った。
「お兄――…」
 呼びかけて、伊舞は言葉を止めた。小走りだった足も、そろそろと慎重になっていく。

 ベンチに座る二人。
 矢射子は相変わらず気を失っていて、目を閉じたまま静かに、宏海の肩にもたれ掛かっている。
 そんな矢射子の重みをしっかり受け止めた宏海は、矢射子の伏せたまつ毛を優しい目で見つめながら、
手をそっと握っていた。

「……」
 それは、自分の知っている兄とは異なる、一人の男の姿だった。
 小さい頃繋いだ、あたたかくて大きな手は、今は矢射子の手を掴んでいる。

 ――妬けちゃうなあ、もう。

 大きな手は、もう伊舞だけのものではない。けれど、それは悲しむ事ではない。
 むしろ、胸を張って誇るべき事だった。
 伊舞は紙コップのコーヒーを一口啜ると、くるりと踵を返した。
 兄には、後でメールを入れておこう。
 先に帰ると。お父さんにも伝えておくと。――あたしは、一人でも大丈夫と。

 だってあたしは、お兄ちゃんの妹なんだから。


「――む。魔力切れか。…フィナーレは飾れなかったが、まずまずの出来だな」

 デスティニーランド内レストラン、窓際の席に陣取った悠――いや、『俺』は記録を焼いたDVDを取
り出すと、ノートパソコンの電源を落とした。
「間界製のカメラは、魔法をかけないと使えないのが難点だが、面白いものが撮れたな。翠、感謝する
ぞ」
 俺はすっかりぬるくなったコーヒーを飲み干すと、目の前でぐったりする翠に声を掛けた。
 視点をザッピングする度に魔法を行使するのだから、随分難儀はしただろう。
「れ…ぜえぜえ…礼なら、体で支払ってくだされば結構ですわ…悠様」
『翠たま、その発言はオッサンというよりVシネマタマ』
 使い魔の精子が呆れ顔でつっこむ。だが、翠の言葉も一理ある。

「ふむ、10時間耐久レースの方も、まだ時間に余裕があるしな。――俺は構わんぞ。その体で支払う礼、
今からでも一括で払おうか」
「悠様!!?」『悠たま!?』

「間界製カメラのレンタル料もお前に立て替えて貰っているままだったし、大体、ここは18禁サイトだ。
――ここまで何の濡れ場も無いというのは、この寒い中待つ者に申し訳ないだろう。全裸で」
「ぜっ、ぜぜ全裸ァァ!?」
『翠たま、セリフの妙な違和感はどうでもいいタマか?』
 精子のつっこみも、ハイテンションMAXの翠には届いていないらしい。
 さっきまでの疲れはどこへやら、鼻息荒く立ち上がると、さあイきましょう!ホテルでもトイレでも、
何なら青空の下でもと、場所に全くそぐわない単語を並べ立てた。

 大声と、ハデに倒した椅子の音に、店内の客が振り返るが、すぐに視線を戻す。
 魔法や能力を使っているわけではない。
 ただ、『見てはならないもの』と判断されたのみである。
 賢明だな、と俺は思った。

「いきり立つのはいいが、店の備品は壊すなよ。椅子も戻しておけ」
 ディパックのジッパーを閉めつつ、俺は翠をたしなめた。
「んもう、悠様ったら落ち着いちゃって…悠様がいきり立たせるのはアソコだけなんですね。素敵」
『ハートマークがPCからお見せできないのが残念タマ』
 言いながら、倒れた椅子を戻そうとしたその時――翠の手が、ぴたり、と止まった。

「どうした?」
 翠は、手早く椅子を戻すと、いっけなーいと頭を軽く叩いた。
「悠様、お気持ちは嬉しいのですが…その、丁度始まっちゃいまして…また、今度にしていただけます
か?」
 もじもじと頬を染めつつ、翠は後ずさる。
 よく分かっていない精子は疑問符を掲げているが、俺も説明する気は無い。
「あっ、あの、今日は楽しかったです!それじゃ、股!!」
『翠たま!?何があったタマか?あと一文字おかしいタマよーっ!!?』

 こんな時にもつっこみを忘れないというのは、流石だな。
 俺はダッシュで遠ざかる翠と精子の姿に目を遣り、次いで窓の外を見た。

 人ごみの中でも目立つ赤い髪の少女が、出口に向かって走っている。
 ――きっと、少しだけ目を潤ませながら。
 翠はその背中を追い掛けるだろう。呼び止めて、唯一の女友達の涙を、そっと受け止めるだろう。

 ――無論、それは俺の勝手な想像に過ぎない。ただ、そうあればいいと思っただけのこと。

 頬杖をつき、景色を眺める。
 ガラス窓一枚を隔てた空はまだ青く、その中を小さな風船が、ぷかりと暢気に浮かんでいた。

******

 音の無い暗闇であたしは、一人だった。家族も、友人も、愛しい人も、居ない世界。
 怖くて、悲しいはずなのに、何故かあたしは平気だった。
 温かな熱に包まれている、片方の手さえあれば、大丈夫だと思っていた。

 ――ぼうっと、目の前に、見覚えのある赤色が浮かび、遠ざかる。
 待って、あたしはまだ。
 行かないで。
 宏――

「――海」

 自分の声で目が覚めた。
 初冬の遊園地であたしは、さっき脈絡の無い夢に見た、遠ざかる赤色の正体が、空に浮かぶ風船だと
気付いた。
 そして、片手を包む、熱の正体も。
「――起きたか」
 声に、だんだん意識がはっきりしていく。…そうか、あたし、宏海の前で、気を失っちゃったんだ。
「…またやっちゃったね」
 自然な姿で宏海に接したいのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。頭を起こし、小さくぼやく。
 いつもそうだ。ここぞという時に鼻血を噴いたり、気を失ったり…女の子らしくない。
「気にすんな。それもまた、アンタだろ。…オレだって、結構ひでえコトやらかしてる」
 きゅ、と手を握る力が、強くなる。
 ――宏海はいつも、優しい。あたしがどんなに酷い事をしていても、こうして、包み込んでくれる。

 優しくて、温かくて…涙が出る。

「――…っ」
「…ごめんな、矢射子。オレがもっとちゃんとしていれば、アンタを泣かせずに済んだのに」
 謝る宏海に、首を振る。…違う、違う。あたしが――言いたいのに、言葉が声にならない。

 あたしが、もっと宏海の事をちゃんと分かっていれば、こんなに好きな人を困らせずに済んだのに。

「こんな、情けないヤツが恋人で、いいのか?」
「…いい、に決まってるじゃないっ。宏海、こ、そ…あたしで、いいの?」
 涙声で、分かりづらい言葉だったと思う。
 けれど、宏海はちゃんとあたしの目を見て、大きく頷いてくれた。
 繋いだ手を引き寄せ、ベンチの上で抱き合う形になる。
 …どきん。
 も、もしかしてこれって――この流れだと…。
 顎に、宏海の手が添えられる。…やっぱりキス、だ。予測し、あたしは目を閉じた。
 頬に軽く息がかかり、あと少しで唇が重なろうとした時――。

 ム゛ーーッ、ム゛ーーッ。

 携帯電話のバイブ音という予期せぬ闖入者に、甘いムードはぶち壊された。
 …イヤ何かしら邪魔がくると思ってたわよォォォーーーッ!
 あたしたちそんなの慣れっこですものオホホホ!!
 体を離し、お互い背を向きながら、あたしはこっそり血の涙を流した。

「そ、そういや、矢射子オマエ、誰と来たんだ?」
 ぱこん、とディスプレイを閉じながら、宏海が尋ねる言葉に、はっとなる。
「あ…一口と乾、結局どうしたんだろ…」
 よく考えたら、はぐれてそのままだった。
 自分の携帯電話を出し電源を入れると、公衆電話からの留守番メッセージが1件入っていた。

 ピー…。
『お姉さま、ケータイ繋がらなくてすみません。お先に失礼します。阿久津くんと仲良く…先輩!もし
また泣かされたら、オレがぶん殴っておきmばっ!?…乾ウルサイってば!!それじゃお幸せに!』
 …プツッ。

「……」
 ちょっと、お幸せにって何よ一口。ヘンな想像しちゃうじゃない。
「どうした、矢射子。なんか顔赤くなってるけど」
「べ、別に…先帰ったってメッセージが入ってて…宏海のほうは?」
「ああ、伊舞からメールが来て…こっちも先帰るってさ」
「……」
「……」
 どうにもぎこちない。さっきまでの雰囲気が嘘みたいだ。
 留守電のメッセージで、余計に意識しちゃってるからかしら。
「えーと…矢射子、まだ時間あるか?」
「え。…うん」
 あたしの返事に、宏海はそっか、と一人呟くとベンチから立ち上がり、じゃあ何か乗りに行くか、と
手を差し伸べながら言った。
「立てるか?」
「あ、ありがと…」
 あたしはそっと、宏海の手を掴む。
 瞬間、強い力で引っ張られ、あたしの頭は、宏海の胸元へと寄せられた。

 ――…好きだ、矢射子。

 宏海の鼓動と共に聞こえた言葉は、きっと、空耳なんかじゃない。
 赤くなった顔を、振り向こうとさえしないあたしの恋人は、手を繋いだまま、日の傾いた遊園地へと
足を向けた。