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 4月。
 ――季節は巡り、風に舞う白い欠片は、薄紅の桜の花びらへと姿を変えた。
 オレは、慣れぬスーツと、長い入学の式典ですっかりこわばってしまった体で伸びをし、大きく息を
吐いた。
「…はあっ。随分長い入学式だったなあ…大学の式ってのはこんなに長いもんかね」
 まあ、式で一番長かったのは、学校創立の発案者兼初代総代の、大木玲夜の私情交じりの挨拶だった
のだが。
 本当、生徒会選挙の時の公約が果たされるなんて思わなかったぞ。

 私立ドキドキ学園大学。
 日本有数の大企業、大木グループが、学業支援――…という名の息子のワガママによって創設した、
出来立てホヤホヤの学校である。

 ワガママで創設されたとは言え、その教育及び研究内容はかなり充実されており、学部·学科も政経
や教育、商業といった、基本を押さえたものは勿論、芸術やスポーツ科学など、多岐に渡っている。
(後半はパンフレットの受け売りだ)
 近隣大学との交流も進められているが、おそらくそれは大木個人の私情が入ってるからだろう。

 それはさて置き、オレはその中でも、スポーツ科学部に籍を置く事になった。
 詳しい事はよく分からない(長々と小難しい言葉での説明は受けたが、半分以上忘れた)が、運動能
力や体質などのデータを取るのにオレの体は丁度いいらしい。
 …それは、学生、というより試験体と呼ぶ扱いなんじゃなかろうか、という疑問も浮かんだが、他の
同じ学科の生徒が受けたらしい、難しい筆記試験などがほぼ免除されていた(後で聞いたが、特例らし
い)ので、結果オーライである。

 …と、この間夕利に言ったら、アンタはもう少し考えて行動しなさい、と叱られた。
『太臓に指南を請けようとしたり、サイボーグになろうとしたり…そういうの常識で考えたら、おかし
いって事気付かなきゃ』
 けどその後、オレが返した言葉には、真っ赤になってうなずいたのだが。
 その様子を思い出し、つい顔がにやついてしまう。――ああチクショウ、可愛すぎるだろ全く。
 後の乱れっぷりも…っと、ダメだ、これ以上思い出してたらさすがにヤバイ。
 大学構内という、衆人環視の中であることを思い出したオレは頭を振ると、待ち合わせに指定してい
た場所へと足を向けた。
 散り際の桜の花びらが、ふわりふわりと風を纏わせる中、オレは足のペースを、早足から小走りに変
える。

 もうすぐ、会える。そう思ったら、ゆっくりなんてしていられない。
 同じような格好の、新入生の人波を抜け、目指す所には見覚えのある人影があった。

「む。噂をすれば――『スポーツ学科のモルモット』が来たようだぞ」
 最初に気付いたのは、喪服のような黒いスーツに身を包んだ、安骸寺だった。
 何の噂をしていたんだか。

「まあ、一箇所でも特化した能力があるなら特に文句は無いけれど、問題はアンタ達ね。この学校、倍
率そんなに低かったのかしら」
 言葉を受け、辛辣な言葉で嘆くのは、高校時代は良い成績をおさめていた佐渡だ。
 そういや、家庭の事情で家から近い大学を選んだって噂は聞いてたな。

「アンタ達って…まさかオレまで勘定に入れてねえだろうな?冗談じゃねえぞ」
 佐渡の言葉に不快気な表情を見せるのは、阿久津。
「少なくとも、コイツらと一緒にされちゃ迷惑だ」
 足元を見、苦々しげに言葉を吐く。そこには季節にそぐわない氷の塊が二つ、転がっていた。
 なんか人が凍ってるみたいにでかい氷だけど――あまり考えるのはやめとこう。

 そんな阿久津をまあまあ、となだめるのは、隣に立つ矢射子先輩。
 同学年になっても先輩、と呼ぶのも何だか妙だが、オレにはこの呼び名が一番しっくりくるのだ。
「入学早々、あまり苛立たないほうがいいわよ。それに、宏海がちゃんと勉強してたのは、わかってる
から」
「意味深だな」
「白昼堂々熱いわね。ごちそうさま」
 平然と茶化す言葉に、揃って顔を赤らめる二人は、付き合って一年近く経とうとしているが相変わら
ずどこか初々しい。
 ――オレは、そんな二人を見ても、以前ほど胸を痛ませる事はなかった。

 そして。
「遅かったじゃない。結構キャンパス内広かったから、迷ったの?」
 と、オレに向け言葉を掛けるのは、特徴的だった前髪のワンポイントを外した、夕利。
「スポーツ学科の建物は、随分離れてるらしいな。残念だったな」
 安骸寺のからかいに頬を染めつつも、矢射子先輩の影からぴょこんっと現れたスーツ姿の夕利は、
まだ子どもっぽさが抜けてないが、それでも、どことなく成長したようで。
 微かに感じる――オレだけが感じていると思っていればいいと、こっそり願っているのだが――色気
に、胸が高鳴った。


 先のことなんて、まだよくわからない。
 何も変わってないようで変わり続けるのが、日常だというのなら尚更に。
 だけど、この新しい生活の中でも、変わらないオレたちで居られたら。
 もっと先も。変わり続ける周りの中で、変わらない二人で居られたら。
 オレは心の中で願い、甘酸っぱい香りが漂う4月の風を吸い込むと、待っていてくれた面々に向け、
声を掛けた。