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 時は12月24日、クリスマス・イブ。月の昇る前の夜の道を歩く一人の女。
 …って自分で言うのもどうかと思うわ。
 あたし、百手矢射子は住宅街の中を、ぼやきつつ歩いていた。
 向かう先は一風変わったアパートの一室。
 ケンカ後特有のちょっとだけ後ろめたい思いと、期待なんて持ちながら。

 最初は何て言おう。やっぱり、ごめん、かな。
 せっかく誘ってくれたのに、怒ってごめんなさい。
 伊舞ちゃんの誕生日なのに、祝ってあげなくてごめんなさい。
 そして、チャンスをどこか(この曖昧さが行き当たりばったり感アリアリだけど)で作ったら。
 ――こっそり二人で抜け出そう。
 イルミネーション輝く街を、二人で歩いたりなんかして。

 そしたら、そしたら。

『――やっと、二人きりになれたな。ずっと、矢射子の事、待ってたんだぜ』
『あたしも、ずっと、宏海と二人きりになりたかった…くしゅんっ』
 寒波の影響で、冷え込む街並みも、恋人同士――あたしと宏海には、何の障害にもならない。
 きっと、温かな掌は、あたしの手をやんわりと包み込んでくれるだろう。
 更に言えば、他のところも。

『…もっと温かくしてやろうか?』
    

「やーん宏海ったら街中でダ・イ・タ・ン!」
 チリリン。「お姉さま!どうしたんですかこんな所で!?」
「ひゃうっ!?」
 止まる事を知らないあたしの甘い妄想は、自転車のベルの音と、耳慣れた声によって幕を下ろす事
となった。

  振り返った先には、自転車に乗ったままの高校時代の後輩、一口がいた。
「いっ、一口?どうしたの」
「いえ…お姉さまこそ、クリスマスパーティー来てなかったですし」
 一口の言葉に、あたしは口をつぐんだ。脳裏についこの間の事が浮かぶ。

      
 ――悪い、やっぱり伊舞の誕生日は祝ってやんねえと、アイツには借りもあるし。

 数日前、両手を合わせながら恋人、阿久津宏海はそう言って、クリスマスの予定を尋ねるあたしに
謝った。
『太臓ん家で今年もパーティーやるって言ってたし…あ、何なら矢射子も一緒に行くか?』
 宏海に、何の他意もないのはわかっていたけれど、あたしはその誘いを速攻で断った。
『なんでクリスマスまであんな変態の所なんて行かなきゃなんないのよ!…あたしは』

 宏海と一緒にいたいのに。
 宏海と、二人っきりでイブを過ごしたいのに。

『もういい。あたし受験勉強してるから、宏海はどうぞご自由に家族サービスでも男同士王様ゲーム
でもしてなさいよ!』
 胸の内を吐き出す代わりに啖呵を切り、振り返ることなく宏海の元を去った。

 ええ、ええ、我ながら酷いセリフだと思うわよ。
 でも、二人が付き合って初めて迎えるクリスマスが、宏海にしてみれば、その程度の価値なのかと
思ったら悔しくて、悲しくて。
 あたしは帰って早々、部屋に閉じこもって大泣きに泣いた。

 この冬初めて降りだした雪も、ロマンティックどころか悲しみを生み出す元にしかならなかった。

     
「…あ、でも来てなくて正解だったかもしれませんね。もう散々で」
「散々?」
 オウム返しに尋ねる。
 暗がりで分かり難かったが、一口の後ろには、首から上を真っ赤にした乾がぐにゃり、と今にも落
ちそうな格好で、荷台に腰を掛けていた。

「バカな事に、どこかの成年高校生がお酒なんて持ってきちゃってて。佐渡さんが気付いて女子は難
を逃れたんですけど、何人か男子は飲んじゃったんですよ」
「ええっ!お酒?」
「太臓は変なコスプレしだすわ、このバカは泣き出すわ、阿久津くんも…」

 ――宏海も?詳細を聞こうとしたあたしの言葉は、乾のバカって言うヤツがバカなんらぞおっ!と
いう涙声にかき消された。

「夕利らって人のこと言えねえらろうが。あん時オレがどれらけ酷い目にあっぶべっ!?」
「うるさい三倍バカ!あとその呼び名は…ちょっと?どこ触ってんの!?」
 えーと、セクハラはいいから。宏海がどうなっちゃたのかだけ聞きたいんだけど。
「あっ…とにかく、迎えに行ったほうがいいですよ?あたしたちは勝手に抜け出したけど、まだ猫耳
アパートにいるはずですから…ってもう!いい加減にしないとまた蹴りとばすよっ!?」

 そう言う一口の表情は、あまり怒ってないように見えたけど――…まあ、いいか。
「わかった。今から行ってくるわ。一口、ありがとね」
「はい。お姉さまっ、良いお年を!」
 言葉を交わし、二人と別れる。
 背後で乾がぐにゃぐにゃと何か言っていたような気がするが、聞こえなかったので、あたしはその
ままパーティー会場である猫耳アパートに向け、走る事にした。

 …あの二人、いっそ付き合ったほうがいいんじゃないかしら。
 そんな事を考えながら。

*    
 で。

「うー…気持ち悪ぃ」
 と呟きながら差し出された水を飲む宏海は、今、あたしの家のリビングにいる訳で。
 いや、この展開はしょり過ぎじゃない?

 実際には、アパートの入口でぐてんぐでんになってた宏海をあたしに押し付けた伊舞ちゃんのイタ
ズラっ子のような笑みとか、肩をかして歩くあいだ聞こえた宏海の、悪いな、というお酒の匂いのす
る呟きとか、猫耳アパートのベランダで、氷のオブジェと化した馬鹿二人とか、間に色々あったはず
なんだけど。

 ドキドキしっぱなしで、明確に憶えている事柄がロクにないのだ。

「そんなに飲んじゃったの?」
「ん?あー…真白木のヤツがやたら女子に薦めやがるから、逆に怪しんだあいすが、男子が代わりに
飲みなさいって言ってな。そしたらこのザマだよ。…未成年のクリスマスって言ったらシャン○リー
じゃねえのかよ…」

 ――元不良とも思えない発言だわ。いやそれは偏見なのかもしれないけど。

 乾ほどではなさそうだけど、宏海もそんなお酒強くないのかしら。ちょっと意外。
 呟くと、半目の宏海にオマエは酒、結構強そうだな、と返された。
 …一応、伏見の出ですから。否定はしないわよ。
「まあいいか。…それよりさ、今日矢射子一人だけだったのか?家」

 どきん。

 周りを見回す宏海の質問に、あたしの胸が音を立てた。
「…そうよ。両親はその…デートに、行っちゃってて、明日の朝まで帰らないから」
「随分気が若い親御さんだな」
 確かに、昼過ぎに家を出た二人は、やけにウキウキしていて、年甲斐もない、と玄関先で見送りつ
つ思ったのだけれど、そそのかした手前、黙っていた。
「…まあ、羨ましいよ」
 ――そういえば、宏海のところは…。
 自分の鈍感さに気付き、あたしはとっさにゴメン、と謝った。
「ん?いや気にする事じゃねえよ。まあ、子離れしない親には参るがな。…って、オレも人の事言え
ねえか」

「矢射子の気持ちよりも、妹優先させちまったんだもんな。…ごめん」

「ちょっ!…ちょっと、宏海が謝ることじゃないわよ!…あたしの方こそ我侭言って、伊舞ちゃんの
誕生日素直に祝ってあげられなくて、本当にごめんなさい」
 二人揃って、頭を下げる。…クリスマスイブに、何やってんだろあたしたち。
 伊舞ちゃんの名前に、宏海が反応する。
「…それは…まあ、いいんだよ。オレもちょっと矢射子の前だと言い辛い事、あったし…っつーか、
その…」
  耳が赤く染まっているような気がするのは、はたしてお酒のせいだけだったのだろうか。
 小さく咳払いをした後、宏海はあたしの耳元に、そっと唇を寄せた。

「伊舞にアリバイ作り協力してもらう事にしたし。…って事でオレ、今日ここ泊まっていいか?」

 宏海…それ女の子の外泊パターンじゃない?ていうか、実の妹にアリバイ協力って。
 というツッコミは、お酒の匂いの残る唇によって、封じられる事になるのだけど。

*     
 宏海と体を重ねるのは、初めてじゃない。
 けれど、いつも初めて抱かれた時みたいに、胸が壊れそうなくらいドキドキする。

「あ…シャワー浴びてな…」
「構わねえよ。浴びなくても、オマエの体、凄くきれいだし」
 そう言って、頬や耳元や、胸元にキスをする宏海の唇は、温かくて、心地いい。
 普段人前だと、絶対言わない恥ずかしいセリフも、裸になるとすんなり出してくるのだから、ずる
いと思う。
「矢射子のベッド、矢射子の匂いすんのな。…染み込みそう」
「やだ、な、なに急に。あれ?…宏海、眠いの?」

 ちょっと眠そうな目をしている体の上の相手に、あたしは声を掛けた。
 宏海はちょっと顔をしかめ――そう見えるか?と逆に尋ね返してきた。

「うん…やっぱりお酒、飲んじゃったから、からなのかな。…無理しなくていいよ?」
「してねえって。オレだって我慢してたんだぞ」
 と言いつつも、ちょっと辛そうなんだけど。

 …宏海があたしのこと大事にしてくれるのは凄く嬉しいけど、負担に感じるのは、嫌かも。

 ふとあたしの中で、前々からずっとしたいと思ってたことが頭に浮かぶ。
「…ね、その…あたし、が、しても…いい?」
「するって…ええっ?」
 ぎしっ。
 ベッドが軋む音と同時に、あたしと宏海の位置が変わる。――あたしが、宏海の上に乗る形になる。
「や、矢射子…?いいのか?」
「いつも気持ちよくしてもらってるから…えーと、お礼と言うか何というか」
 さすがにクリスマスプレゼントです、とはあんまり過ぎて言えなかった。

 こう、かな?いつも宏海がするように、頬に、肩口に、唇を滑らせてみる。
 …あ、宏海の頬、ちょっとヒゲが生えかかっててチクチクする。
「……っ」

 ぴくんっ。

 吐息とともに微かに跳ねる、あたしの体をすっぽり包むくらい大きな体が、何だかかわいい。
「気持ちいい?」
「…ん」
 とくん。とくん。
 胸板に口をつけると、唇に心音が伝わる。…なんか、こういうのいいなあ。

 宏海、いつもこんな感じであたしの事、抱いてたのかしら。
 こんな感じで、あたしの事、気持ちよくしてくれてたのかしら。

 そっと右手を宏海の下半身へと忍ばせると、既に固くなっていたモノが手に触れた。
「ちょっ…そっちは」
「こっちも、キス…するね?」
 返事を待たずに体を股の間に潜り込ませて、軽く、脈動する赤黒い塊の先にキスをした。
 うわ。――近くで見ると、すごい、大きいんだ。
 コレ、あたしの中、入っちゃうんだよね。…あたしの中でも、とくとく脈打つんだよね。

 ちゅっ。ちゅ、くちゅっ。

「や…矢射子、無理すんなって」
 ――無理なんて、してないよ。だって、かなり嬉しくなってるもの。
 言葉で返す代わりに、右手で血管が浮いてる茎の部分を擦りながら、ぬるぬるが溢れだした先を口
に含む。
「ふむぅ、んっ、んんんっ」
「あ…っ、はっ、くぅっ…」
 押さえ気味の、宏海の悶える声が耳に入る度、胸がきゅうんってなっていく。
 お腹の奥が切なくなって、あたしの中のエッチなあたしが一つになりたがろうと疼いてくのがはっ
きりわかる。

 でも、まだこうしてたい。

「あはっ…宏海、顔…真っ赤」
「…オマエが…やらしいコトすっからだろ」
 じゃあ、こうしたら、どうなるかな。
 あたしの唾液と、宏海自身のでぬるぬるになったモノを胸の間に挟み、むにゅっと胸越しに揉んで
みた。
 普段は邪魔にしか思ってない大きな胸も、宏海を気持ちよくさせてんだって思うと、ちょっとだけ
誇らしく感じる。
「も…う、ダメだって…や、い…」
 ――いいよ。
 声にする代わりに、口いっぱい宏海のを含んだのと同時に、びくんと一際強い脈動が伝わる。
「――…っ!!」
「んむっ!?」

 どくん。どくん。どくん。

 口の中に、どろりと熱いものが満ちていく。
 少しだけこぼれたのが顎を伝って、胸の谷間にまで滴る。

 初めて口にした、好きな人のは、苦くて生臭くて飲み込みにくかったけど、あたしは心の底から満
たされていた。

*     
 部屋の空気が、少しずつ重くなっていくような感じがした。
 二人分の吐息と、かいた汗が蒸発していく熱気が、壁ひとつ、扉一枚越しに、違う世界を作り出し
ている。

「…無理して、飲むなよ。つか飲みモンじゃねえし」
「けほっ、いいの。…宏海の、だからいいの」
 枕元のティッシュを数枚引き抜いた宏海の手が、あたしの肌を白く染めた液体を優しく拭う。
 何となく、ばつの悪そうな表情で。
「…気持ちよく、なかった?」
「いや、そういう訳じゃねえよ…正直、気持ちよかったし。…でもな、いつも気持ち良くして貰って
んのはオマエだけじゃねえぞ。――オレだって、オマエとしてて、スゲー気持ちいい訳だし。だから
…その、なんだ」

 一瞬、体がふわっと浮いたような感覚。
 頭の後ろで、軋むベッドのスプリングの音。
 次いで、見慣れた天井と、宏海の見下ろす顔が目に入り、あたしは自分が押し倒されたことに気が
ついた。

「――今度は、一緒に気持ちよくなりたいって事で」
 色々考えた末のセリフなんだろうか。
 少しだけ変な言葉だけど、その不器用さが宏海らしくも思えて、あたしは小さく首を動かし応えた。

 ウォレットケースからゴム製品を出し、袋から出したそれを丁寧に着ける、無骨な手。
 宏海からは、あまりまじまじ見るなと以前言われた事があるけれど、あたしは嫌いじゃなくて。
 むしろ、こういう細かい仕草にときめいてしまうのだけど、それって変なのかな。
「んじゃ、行くぞ」
「…うん」
 ――ぐっ、と押し付けられる塊。少しずつ、あたしの中を押し広げて、入ってくる。
「あああっ…」
「…痛い、か?」
 圧迫感に思わず漏れた声に、心配そうな声が返ってきた。
「う、ううんっ、大丈、夫」

 本当の事だ。
 最初の時は痛くて苦しくて、感じるどころじゃなかったあたしのカラダは、今は割と受け入れられ
るようになっていた。

「気ぃ遣うなよ。まだ…中、キツキツなんだから」
 言いながら、宏海はゆっくりと腰を前後させ、入口を広げるかのような、短いストロークを始めた。
 厳つい外見に似合わない優しい行為は、宏海の性格そのものを表してるようで。

 ああ、あたし、宏海のそんなところが好きになったんだ。
 改めて、思い出して、涙が一粒こぼれた。

 そっと、背中に手を回す。広い背中には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「矢射子…?」
 涙の跡に気がついたか、宏海の指が心配そうにあたしの頬をなぞった。
「…宏海」
 好き、好きなの。苦しくなるくらい。切なくなるくらい。
 言いたいのに、あたしの口は相変わらず上手く言葉が紡げなくて、嫌になる位もどかしい。

 両脚を腰に絡め、更に奥へと誘う。
「……っ」
 お腹の一番奥に衝撃が伝わると同時に、吐息が頬にかかる。
「は…あっ!」
 いやらしい水音が響くと同時に、あたしの中が、かき回され始める。 
「やべ…止まんね、っ」
 腰の動きに勢いが付き、あたしの背は、衝撃を受け止めるたび快楽に震える。
「うん、いい、よ、っ…!もっ…と」

 もっと、して欲しい。
 あたしの中が、宏海のカタチに穿たれる姿を想像し、あたしはそうなればいいと、本気で願った。
 その願いは、他の誰にも叶えることが出来ない。

 今、抱きしめている、一番好きな人以外。
 今、唇を重ねる、宏海にしか。

 
「んっ…ふうっ――あっ?ああっ!!」
 ごつっ、と一際強く奥を突かれた刹那、頭の中で何かがチカチカした。
「はうんっ!な、にっ!?…ふあっ、なんか、ヘンっ」
 こんなの、今まで無かったハズなのに。考えようとしても、きもちよすぎてわかんないよ。

 でも、もういいや。

 かんがえるのは、もうやめ。

 いまは、ただ、この、まっしろ、な。
 
 …。
 ……。
      

 ――次に意識がはっきりした時に最初にあたしの視界に入ったのは、激しく上下する汗まみれの背
中だった。
 胸には、あたしのものとは明らかに違う鼓動が伝わってくる。
「はっ…はぁっ…はあ、はっ…」
 しんとした部屋に、二人分の息遣いだけが満ちていく。
 脱力し、支えきれなくなったのか、あたしに遠慮なく預けてくる宏海の体の重みが、心地いい。

「…すき、よ。宏海」

 吐息混じりに囁くと、お腹の中で、ひくんっ、と入ったままの存在が脈打った。
 それは、不器用な彼なりの返事のようで――あたしは、少し、笑った。

******
 盆の上にはカップが二つ、湯気の昇るコーヒーに、あたしの顔も自然とにやけてしまう。
 …うふふ、これって、夜明けのコーヒーとかいうやつよね。まだ時間は日をまたいだばかりだけど。
「お待たせ、宏海はブラックだっ…?」
「――だからって、こんな真夜中に電話かけてくることねえだろ!もう二人共寝ちまってるよ!」
 扉を開け、尋ねようとしたあたしの言葉は、携帯電話片手に大声を上げる宏海に遮られた。

 相手は…例のお父さんかしら。
 がりがりと頭を掻き、渋面を作りつつも、それでも律儀に電話に出る辺りがなんとも。

 …あ。宏海のケータイに付いてるストラップ…さっきあたしがあげたヤツだ。
 クリスマスプレゼントの、手作りの――おそろい、の。

「ああ?…そっちが一人きりでイブを過ごそうが、オレは別に構わねえよ。ていうかクリスマスの本
番って基本的に25日だろが」
 何かと勘のいいお父さんに気付かれないように、極力音を立てないよう、そっとテーブルにお盆を
置く。

 …コーヒー、冷めないうちに飲んだほうがいいんじゃないの?

 あたしの心配は的中し、宏海が電池切れそうだから切るぞ!と怒鳴りながら携帯電話の電源を切った
のは、カップから湯気がまったく昇らなくなった頃だった。

「淹れなおした方がいい?」
「いや…怒鳴りすぎて喉疲れたから、このままでいい」
 言うなりすっかり冷めてしまったコーヒーをぐっと飲み干し、大きく息を吐いた宏海はあたしに向
け、すまない、と小さく呟いた。
「…あー…早く家出てえよ本当。希望大学も市内だから、しばらくは家から通う事になりそうだし」
「あたしは…そんな、気にしてないよ。向こうだって、宏海一人しか…その…」
 ちょっと踏み込んでいい話なのか迷いつつ、言葉を選ぼうとしていたあたしの頭に、宏海の大きな
手がそっと触れた。
「なんつうか、アレだな。オレの周りは…まあ、いいか。…ありがと」
「…何?」
 髪を撫でられるくすぐったさをごまかすように尋ねると、なんでもない、という言葉と同時に体が
宏海の胸元へと引き寄せられた。

 とくん。とくん。

 宏海の心音のする、宏海の匂いの、体。
 がっしりした、肉付き。あたしより高い、体温。
 あたし、さっきまでこの体に抱かれて――…あ、いけない。また鼻血出そう。

「こ、宏海、その…お酒、抜けたの?」
 なに聞いてんだろあたし。
「ん、ああ。おかげ様でな」
 ナニのおかげよ宏海。
 どくん。どくん。どくん。
 うわああ。心臓おさまってよ!き、聞こえちゃうじゃない!
「…やっと、二人きりになれたな」
 あれ?その言葉どこかで聞いたような――。

「あ…あたしも、ずっと宏海と二人っきりになりたかった…」
 あ、このセリフ、ちょっと前にあたしが妄想してたヤツだ。
 でも今あたしを取り巻く状況は、決して夢なんかじゃなくて。

 今重ねられた唇も、決して幻なんかじゃなくて。

       
 メリークリスマス。囁きあう二人の姿は、窓の外で皓々と輝く満月だけが、知っている。