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「こらキサマ!!学校に何を持ってきてるんだ!」
 僕、野田慎右ェ門の耳に、遠くからでも届く濁声が響く。
 といっても注意されたのは、僕ではない。
 運悪く学校にチョコレートを持ってきていたのを発見された女子生徒である。

 2月14日。
 世間ではバレンタインデーと称され、菓子業者・小売店の謀略が渦巻き、恋する男女が浮き足立ち、
そうでない野郎は――。
「こ、これは調理実習で使うもので…」
「調理実習で使うのにリボン付きのラッピングなんぞ要らんだろうが!没収だ没収!」
 怒鳴る男の足元には、、同様の理由から没収されたチョコが紙袋に詰め込まれている。
 ――そうでない(勿論、一部のだが)野郎には、ねたみチョネみの炎を上げて浮き足立つ者を蹴落
とそうとする日な訳で、今校門の前に立ち、抜き打ちの持ち物検査(女子限定)をする教師もまた、
そういう一部の男であった。

 あーあ、かわいそうに。人前であんなにがなり立てなくてもいいのに。
 …と思いつつも、僕は何食わぬ顔で二人の前を通り過ぎ、門をくぐる。

 情けないと笑いたければ笑うがいい。

 大多数の生徒がそうであるように、僕だってこんな所で無駄な正義感を振りかざして、平穏な生活
を乱したくはないのだ。

 そう、どこかの誰かさんのように。

「大体だな、キサマらは学校をどういう場所だと…なぁーーっ!!?」
 ――噂をすれば何とやら。
 あの先生があんな間抜けな叫び声を上げる相手は、この学校内広しと言えど、一人しか居ない。
「おはようございます、先生」
 晴れやかな笑顔で挨拶する、一人の男子生徒。
 金メッシュの入った長い前髪、額には赤ハチマキ、両肩には(悪趣味な)頭蓋骨の肩当て。
 そして、今日は小脇に、大きさにしてA3変型版サイズの板チョコを抱えている。

 彼こそが『平穏』の二文字から最も遠いところに居る男。
 名前を、藤田一九という。

「き、き、キサマ、そりゃ一体どういうつもりだ!」
「何がだ?」
「とぼけるな!その脇に抱えてるシロモノだ!」
「ああ。今日の美術に使用するんだ。並みの大きさだと造りが細かすぎてな。今の季節は手頃な大き
さのものが手に入るので助かる」
「美術だと!?チョコだけに彫刻でもする気かキサマ!」
「……」
「何だその『がんばったね』とでも語り掛けるような目は!というかそういうリアクションの方が下
手な突っ込みより傷付くわ!」
「まあまあ、普段言い慣れてないギャグを言おうとした努力は認めてやろう。だが、赤面するのもそ
の位にしておかないと、てっぺんのもじゃもじゃハンバーグが蒸し焼きになるぞ?」
「やかましい!」

 …全く、先生相手によくやるよ。
『退かぬ!媚びぬ!省みぬ!!』を地で行く(いろいろな意味で)規格外な同級生のやり取りを、背中
で聞きつつ僕は――。
「えへへ、上手くいったね。藤田くんのとんちの勝利だねー」
「う、うん」
 僕は、胸に件の没収チョコ入り紙袋を抱え、校舎へと駆け込んで行ったのだ。

*          
『波風立てずに、平穏な日々を送る』
 ささやかな筈だった僕の人生の目標は、彼に出会った日から音を立てて崩れていった。
 気が付けば僕は、『とんち同好会(※人数不足のため、同好会扱い・非公認)』なんて妙ちきりん
な場所に籍を置き、日々振り回される羽目に遭っている。

「いやー、紙袋が無くなっている事に気付いた時のもじゃバーグ(仮名)の顔といったら。二人にも
見せてやりたかったぞ」

 こっちは、いつ見つかって呼び出されるかとヒヤヒヤしてたんだけどね。

 言いたいのをぐっと堪えて、代わりにパックのフルーツ牛乳を飲み込む。
 2月の屋上はまだ寒く、昼食向きでないのを改めて実感する。
「没収されてた女子からも感謝されてたよー。本当、良かったね藤田くん。野田くんも」
「うむ。これで皆がとんちに興味を持ってくれるといいがな」

 いや、それ絶対無いから。

「でもさ、どうして女子ってのは没収されそうなの分かってて、ワザワザ学校にチョコレート持って
くるのかな。学校の外で渡した方が効率も良さそうだと思うんだけどな」
 2個目のカレーパンを口に運びながら呟いた僕の素朴な疑問は、とんち同好会紅一点の、分かって
ないなあ、という言葉に切り返された。
「分かってないって…桂さん、何が?」
「だからそれは両想いだったり、あらかじめ『分かってる』相手だから出来る方法じゃない?でも学
校しか接点のない場合なら、女の子だって、危険を冒してでも相手に想いを伝えたくなるものなの。
バレンタインってそういう日なんだから」

 はあ、そういうモンですか。

「ははは、慎は女心が分かってないんだな」

 アンタに言われたくはないけどね。

 ――でも。
 僕は弁当の出汁巻卵を咀嚼する、桂さんの小さな口をちらりと見て、心で呟く。
 彼女には、『想いを伝える相手』は居ないのかな。

 それこそ、危険を冒してでも、心を伝えたい相手は。

 ずずーっ。一九くんが音立てて缶入り緑茶を啜る音に、僕は正気を取り戻す。
 と、同時に気恥ずかしさに背中に汗をかいた。――こらこら。何考えてんだ学校で。
「ぷはあ。さて、ウチのクラスは次は美術だから、そろそろ支度するか。慎、行くぞ」
「え、あ…うん」
 一九くんの言葉に促されるように、慌てて口にカレーパンを押し込み、僕は屋上を後にする事にし
た。…って、あのチョコ持ってくの?
「それと――放課後、『同好会』の活動があるから、道場に集合な」

 ドアノブに手を掛け、背を向けたまま放たれる言葉。
 少しだけトーンの低くなった彼の声に――何故か、僕の胸は少しだけざわめいたのだった。

*     
 学校から少し離れた住宅街の一角、とある寺の敷地内に、彼が主を務める道場がある。
 本来は、部活動の類は学校内で行うべきものなのだが、僕らの活動は人数もさることながら、活動
内容も、学校に認められるものでは無かった為、きちんとした部室を与えられる事無く――。
 結果、月に数度の部活動(非公認)は、この無駄に広い道場で行う事になっている。

「今来ましたー。遅れてゴメンね…って、あれ?藤田くんは?」
「一九くんなら、さっきお茶を持ってくるって出てったよ」
 板戸を開け、ひょっこりと現れた桂さんの問いに、僕はストーブで手を温めながら答える。
 僕もついさっきここに来たばかりだったのだ。
 2月の空気で冷えびえとしていた道場は、暖まるまでには、まだ時間がかかりそうだった。

 今日もここで、夕方近くまでぐだぐだと、とんちの名を借りた屁理屈の応酬をするのか。
 高校生の貴重な青春を費やす、なんとも無駄な時間を憂い、僕は軽く溜息を吐いた。

 ならば、そんな珍妙な活動などさっさと身を引けばいいという、至極もっともな意見もあるだろう。
 僕だって出来る事ならそうしてる。
 出来ないのは、あの男の不必要なほどの唯我独尊っぷりに押し切られているのと、もう一つ。
 隣で同じようにストーブにあたる彼女の存在にあった。

「ふーん…あ、ねえ野田くん。野田くんは今日、誰かからチョコ貰った?」
 ――どきん。
「い…いや、ボクはその、元々縁が無いから…」
 本当の事だ。
 自慢じゃないが、僕は生まれてこの方、家族以外からバレンタインチョコを貰った経験などない。
 しどろもどろな僕の返事に、桂さんはニコリと微笑むと、自分の鞄をごそごそと探り出した。
「じゃーん」
 しばらくしてから、彼女が効果音付きで取り出したのは、いわゆる板チョコというヤツである。
 朝、一九くんが持ち歩いていたように、無意味な程でかい訳でも、中にナッツやパフが入っている
訳でもない、一つ100円そこそこのどこにでも売っていそうな…。
 ていうか桂さん、コンビニのシール付けっぱなしだよ。
 って…アレ?

「え…ひょっとして、ボクに?」
 おそらくは間抜けな表情であろう、自分の顔を指差し尋ねると、彼女は少し頬を赤らめ、小さく頷
いた。

 うわあ。
 耳まで一瞬で熱くなってくのがわかった。
 たとえ義理だろうが、コンビニチョコだろうが、今日が特別な日で、そんな日にチョコを――元々
好意を寄せていた彼女から貰えた、という事実は、僕を容易に幸福の絶頂へと押しやった。
「あっ、ああ、ありがとう」
 赤面しつつ、チョコを受け取ろうとする――が、桂さんの手は、チョコから離れない。
「……?」
「手渡しじゃ、ひねりが足りないでしょ?」
 そう言うと外装の銀紙を剥がし、ぱきん、とチョコを小分けにし、そして彼女はそのまま自分の唇
へと、一片のチョコレートを忍ばせた。

「え…桂さ…ん?」
「ん」
 ちょっ――ちょっと、これは、まさか。
 ひょっとして、『口移し』で…僕に?
 そんなっ!心の準備も無しにっ!?
 第一、僕はまだキス自体、生まれてこの方した事ないのにっ!

 ばくばくと、派手に音立て始める胸を押さえる僕を知ってか知らずか、桂さんの大きな目はそっと
閉じられ、僕の首に細い両腕が巻きつかれていく。

 ふわり。
 おだんご付きセミロングの髪から漂う香りと、チョコの甘い匂いが僕の鼻先をくすぐり――僕も静
かに目を閉じた。

 口の中に、ミルクチョコレートの味が広がる。
 甘く、とろりとした舌触り。
 そして――僕の唇を塞ぐ、柔らかい、唇の感触。
「ん…んむっ、んくっ」
「ふ…ぅんっ」
 堪えきれずにこぼれる吐息が、互いの頬をくすぐる。
 舌と舌が絡み合い、口の中のチョコが、みるみるうちに溶けていく。
「ぷぁっ。…美味しい?野田くん」
 唇を離し、尋ねる彼女に、僕はぼーっとなった頭をタテに振った。
 口の中をとろとろにした、チョコレートと、桂さんの唾液。
 僕の喉仏がゆっくり上下し、飲み込んだのを確認すると、桂さんは再びチョコの欠片を自分の口に
含み、今度は僕の体の上へと、小さい体を覆い被せてきた。

 文字通りの、甘い誘惑に抗いきれず――いや、元々抗う必要なんて無いのだけど――僕の両手が、
彼女の細い腰に回されようとしたその時。

 がららららっ。
「遅くなってすまんな二人共。中々茶が沸かな……ん?」
「んんっ!!?」
 木戸を開ける音とともに投げかけられた、よく通る声に、僕と桂さんは入口を見た。
 僕と桂さん、そして一九くん。三人の視線がかち合う。

 同時に、口からチョコの欠片が床板にこぼれ落ち、ぽとん、と小さな音を立てた。
 ああ――すっかり忘れてた。

*     
 そもさん。せっぱ。
『男二人と女一人。今の、どう見ても気まずいこの状況を打開するには?』
 ポク・ポク・ポク……ごめんなさい僕には名とんちが浮かびません。
「あ…あの…」
 青ざめつつ、言い訳をしようと口をパクパクさせる僕に、一九くんはストーブの近くにお盆を置く
と、ポンと手を打ち、
「ああ、今日はバレンタインデーだからか」
 と一人納得したかのように呟いた。

 え?

 更に、言葉を受けた桂さんは照れたように、小さくえへへ、と笑うと、
「藤田くんも、食べる?」
 と尋ねていた。

 ええっ?

 ――どういうこと?
「いや、俺はもう少し茶を貰ってからにするよ」
 疑問符だらけの僕をそのままに、『一休流とんち術』三代目総帥は、平然と答えると、湯飲みに熱
い茶を注いでいた。
 そういや、今日は随分寒かったからなあ――って違う。
 いったいどういう事なんだ?
 何なんだこの二人の関係?
 っていうか桂さんは何考えてんだ?

 何が何だかわからない。
 言いたい事は山程あるのに、どれから口にするべきか惑う僕の首に、桂さんは再び腕を絡めてくる。

「あっ、あの…桂さ…」
「――大丈夫。私、同好会以外でこういう事したコトないから」
 え…そうなんだ。良かっ…って、ちょっと待て自分!
 耳元に囁かれた言葉に、僕は思わず納得しかけ、慌てて自分にツッコミをいれる。
 同好会――って、僕今までされた事ないんですけど?
 っていうか、ナニを?

 けれどそれらは声にならず、口腔に残った疑念の欠片は彼女の小さな舌がこそげ取り、僕の頭は再
び何も考えられない状態へと陥っていったのだった。

 …僕は一体、何をやっているのだろう。
 ついさっきまで、キスもした事が無かった口は、体の上にのしかかった少女の唇に塞がれて、隅々
まで蹂躙されていく。
 それも、第三者の視線を感じながら。

 変だ。普通じゃない。
 恥ずかしい。
 なのに――止められない。

「…はっ、あ」
「…ふふっ。野田くん顔真っ赤になってるよ」
 僕の口から離れた桂さんの唇は、言葉を紡ぐとそのまま頬にキスを落とした。
 当然のように跳ね上がる心臓と、ズキズキ痛む股間。
 きっと、全部彼女には伝わっているのだろう。
「かわいい」
 僕にしか聞こえない位の囁きと同時に、耳に流れ込む、甘い吐息。
 ああもう、そんな事言われても、どうしろって言うんだよ。

「――桂」
 低い、僕のものじゃない声に、体の上にのしかかられていた重みが軽くなる。
 えーと…誰の声だっけ?
「そろそろ、俺もチョコを貰おうか」
「うん。…いいよ」
 かすかに涙でぼやけた視界の中で、彼女は上体を起こし、手元に転がっていた板チョコを掴んだ。
「藤田くんも、口移しにする?」
「そうだな――」
 …ふじた…一九くんか。
 ああ…そっか、これは別に、桂さんが僕に好意を持ってしてくれてる訳じゃないんだよな…。
 頭の隅で、僕はぼんやりと理解する。

 けれど、やっぱり幻想は見ていたかった。
 偽りだと分かっていても、ついさっきまで僕にしたような事を、一九くんにもする桂さんの姿は見
たくなかった。
 僕は、顔を二人から逸らし、半べそをかいた情けない表情を見られまいとした。

 が、しばらくして返ってきた一九くんの答えは、僕の予想を裏切った。
「――俺もさすがに、男と間接キスっていうのは気分がいいものではない。そっちの口移しは遠慮さ
せてもらう」
 代わりに――という言葉と共に聞こえたのは、チョコを割る音と、小さな衣擦れ音。そして。
「あっ」
 という、桂さんの吐息混じりの声だった。

「え?」
 声につられ、体の上の少女を見る。
 彼女は、僕の胸元に顔をうずめ、両手を固く握り締めた状態で、小さくぷるぷると震えていた。
「桂さん?どうし…」
 上体をわずかに起こし、尋ねようとした僕のセリフは、途中から絶句に変わった。

 捲り上げられた制服のスカートと、高く上げられた小さなお尻。
 通常覆っているであろう、下着の姿はそこにはなく、右足首に丸まって引っかかっている。
 そして――無防備になった…女の子の、あの部分を。
 彼は、一心に舌で愛撫していたのだ。

*          
「いいっ、一九くんっ!?なななナニやってんの!」

 僕は今日、何度驚けばいいのだろう。
 けれど、察して欲しい。
 だって、今彼がやっている事は…アレだろ?その…く、クンn…。

「ふひぃふむふひぃは」
「ひゃんっ!」
「何言ってんのかわかんないよ!せめて口離せよ!!」
 真っ赤になって怒鳴る僕に、一九くんは唇を離すと、口移しだ。と答えた。
「上の口はお前で塞がってるのだから、やるなら下の口しか選択肢はあるまい?」

 いや、さも当然のように言われても。
 ていうかオッサン臭い表現だな。

「幾らなんでもその結論はないだろ!…桂さん、大丈夫?」
 人の事は言えないのは重々承知の上で、僕は胸元で荒い息をこぼし続ける彼女に問いかける。
「う…ん、だ、大丈夫、だよ。…ね、藤田くん…チョコ、美味しい?」
「ああ、桂の味が混じって、甘酸っぱくなってて、美味いよ」
 一九くんの言葉に、桂さんは軽く身を震わせると、よかった、と恍惚の表情で一人呟いていた。

 なにが。

 どうにも信じがたい事だが、この奇妙でふしだらで危うい状況は、二人にしてみれば『普通』の範
疇に入るらしい。
 いつからこんな関係になったのかとか、問い質したい気もあったのだが、今はそれよりも。
「おっと、喋ってる間に溶けたチョコが溢れそうになってるな。…んっ」
「ふあっ、あ、舌、入ってるよぉっ…」
「もう一欠け、入れるぞ」
「うん、うんっ…いっぱい味わって…ね」

 それよりも――なんだこの疎外感。
 …ひょっとして、僕がここに居るのはただの邪魔なんじゃないのか?

「それは違うぞ、慎」
「は?」

 ぎくり。

 顔に出てたのを読まれたか、いつの間にか桂さんのソコから顔を離していた一九くんが僕を見て、
静かに言葉を放った。
 口の周りをチョコでベタベタにしているせいか、いまいち凄みに欠けるが。
「…なにが」
「お前はまだ、とんちについて理解してないようだな。とんちとは、いかに無駄な諍いを避けるかを
己の頭を使って問う、言ってみれば処世術の一つであり、むしろお前のように波風立てず暮らしたい
と願う者こそ、進んでとんちを身に着けるべきなんだぞ?」
「…はあ」
 何度も聞いたセリフだ。やる気無さげに受け流す。
「自分が理解し難いシチュエーションに陥ってしまった時――お前にとっては今がそうだろうが――
どれだけ周りを、そして自分を傷つけずに丸く収めるか。とんちの腕の見せ所じゃないのか?」
「そんな…」

 無茶苦茶な。続けようとした言葉は、無茶なもんか、という一九くんの言葉に遮られた。
 エスパーかよ。

「例えば今、お前が引け腰になってこの場を去るとしよう。まあ、今の俺としては不都合はないが、
しかしお前はどうなる?その張り詰めた股間はどうなる?自分を誤魔化しながら、恨み言を吐きなが
ら自分を慰めて、ギクシャクした空気を同好会に持ち込むか?そんなのは俺は御免被る。――第一に、
桂はどうなる」
「…桂さん?」

 そうだ。桂さんは、どう思ってるんだ。

 僕は、胸元にしがみつく少女を見た。
 ――少女は、顔を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声で、行かないで、と僕に向け、囁いた。
「……」
「さて慎。…どうする?」
 チョコの付いた唇を舐める一九くんの問いに、僕は目を閉じた。
 頭の奥で木魚が音を奏でる。

 チーン。
 澄んだ鐘の音が頭の中で響き渡ると同時に僕は目を開け、静かに――自分でも驚くほど静かに、
「わかった」
 と答えたのだった。

「あ、さっきの俺のセリフは、長いから読み飛ばしてかまわんぞ」
「どこ向いて言ってんの?」