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「おおーっと!?今2階の辺りでなにか光ったようですが何でしょう!?爆発とかじゃないようですね」

 外で聞き覚えのある声がする。明石の声かな?…って、ここ学校じゃない!?
 何で?あたしさっきまで宏海の家に居て、宏海にあーんってあー…。
「よし来たか!って何でまた融合してんの!?まさかやっぱり最後のセーラー…「ナーーーーーウ!!!!」

 バキッ。

 聞き覚えのあるド変態の声は最後まで言葉にならず、右拳に走った衝撃とともに、三角頭が廊下の端
まで飛ばされていくのが見えた。
 あれ?ちょっと。
「ちょっ、な、何コレ一体?」
 いや、このシチュエーション思いきり身に覚えがあるんだけど。
 そういやさっき融合がどうとか…。
 ――まさか。
「矢射子、パニックになる気持ちはわかる。だが落ち着いて横を見ろ」
 宏海の声。けれど紡ぎだしているのはあたしの口。まさか。
 どくん。どくん。どくん。
 ゆっくり横を向き、教室のガラス窓に映った自分の姿を見る――が。

 ポニーテールに結われた、赤色の髪。
 ぱっちりしたタレ目に、太い眉。
 さっきまで着てたカットソー&キャミワンピと男物のトレーナーとジーンズの重ね着の下で、やたら
存在を主張する胸とごつい体躯と…下半身の異物感。

 その姿は、自分の姿とも宏海の姿とも似ているようで違う、二人が合体(ミックス的な意味で)した
姿だった。

「ナーーーーーーウ!!!!!!」
      
「…で、リボンを一人で集めるのに難航した結果宏海を呼び出す事にしたけど、実際はまた融合状態の
あたしたちを召喚しちゃったと」
 パニックから落ち着いた矢射子はそう言うと、足元の太臓に向け、経緯をまとめるように呟いた。
 やけに冷静だな。それになんか協力的な感じがしないでもないが…。
「ま、そういう訳だな。矢射子姉ちゃんも協力してくんない?」
 ズドォム!「掌底!?」
「あらいけない。…耳障りな虫の鳴き声が聞こえたからつい潰しちゃった」

 …前言撤回。でもまあ、コレは太臓の自業自得だな。
 ていうか矢射子お前、虫は手で潰す派なのか?

「冗談じゃないわ!何が悲しくて大事な日にアンタなんかの片棒担がなきゃなんないのよ!…帰るわよ
宏海」
「ああ。っつーか今は同じ体共有してんだけどな」
「帰ってもいいのか?」

 階段の昇降口からの声に振り返る。とそこにはビデオカメラを片手に持った悠が立っていた。
 ――カメラ片手って事は予測してたなコンチクショウ。

「…どういう意味?」
「どうもこうも、お前たち以前融合した時の事を忘れたのか?どちらの家にも帰るに帰れず、挙句宏海
の親父には変態扱いされてたじゃないか」
「そりゃお前が勝手にケータイで呼んだからだろうが!」
「ともかく、このまま帰ったところで不法侵入がオチだ。だったら時間稼ぎとでも思って付き合え。何
だったらまた泊まる場所位貸してやったっていいしな」
「……っ!」

 本当、痛いところを突く奴だな。
 しかし実際の話、融合は一晩寝ないと解けねえんだよな…。

「クソっ、分かったよ」
「宏海!?」
「けどオレの好きなように探させてもらうぞ。確か参加者以外とつるんでたらルール上まずいんじゃな
かったか?」
「ええっ?」
 ええっ?じゃねえよ馬鹿。誰のせいでこんな目に遭ったと思ってんだ。
「そうだな。今の宏海じゃここの学生にも見えんだろうし、仕様がなかろう」
「じゃ、じゃあ悠、おまえの能力でリボンの番号を――」
「ダメです王子。今年は自分の力でリボンを手に入れてください。相手だってその方がきっと心に残る
と思いますよ」
「そんなあー!」

 絶対そんな事思ってないだろアイツ。
 主従二人のやり取りを背に、オレは階段を昇る。
「どうするの宏海?まさか本当に太臓の手伝いなんて…」
「する訳ねえだろ。屋上で適当に時間潰すよ…矢射子、本当すまない。変な事に巻き込ませちまって」
 オレの声に、階段を昇る足がぴたり、と止まった。
「…矢射子?」
「…ううん、なんでもない。ただ」

 ――宏海の近くに居られて、嬉しいなって。不謹慎だけど、思っただけ。

 …その辺は、オレも同感だったりするんだが。しかし。
「…自分の口から聞かされるのは、どうも複雑だな」
「…そうね」

*      
 …だんだん周りが騒がしくなってきたなあ。そろそろ教室出ないと皆と鉢合わせしちゃうかも。
 心で呟くと、あたしはこっそりC組の教室を抜け出した。
「えーと…トイレでも行ってこようかな」
 それから図書室で受験勉強でもして。うん、そのほうがいいかも。受験生だし。
 やっぱりコソコソしてるのって性に合わないっていうかなんていうか。
 思い、トイレへと向きかけたあたしの足は、

「――ねえ、ここにボタン隠してると思う?」
「乾自身が隠したんじゃないとしても、何かしらヒントくらいあるでしょ」

 聞き覚えのある声によって逆方向にある階段の昇降口へと勝手に向いてしまった。
 ってあたしのバカーっ!
 声の主は、ついさっきまで同じクラスにいた――ついでに言えば、乾にいつも話しかけていた『女の
子友達(乾・談)』だった。
 ……あの人たちも『ラブ・デス』参加してたんだ。
 盗み聞きは趣味が悪いな、と思いつつ、つい教室の入口へと近付き耳をそばだててしまう。
 だって。
 だってやっぱりその、気になるんだもの。

 もし見つけちゃったらどうかとか、アイツがどんな反応するかとか。

「んー、やっぱ机とかの辺りにはないみたいだね」
「見つけたらどうする?…やっぱりまた告白する?」

 ――また?少しトーンの落ちた声に、あたしの胸がざわめいた。

「聞いた話だとさ、乾バレンタインの時、下のコにも同じこと言ったらしいよ?」
「え、あれ?『彼女ができたから気持ちまでは受け取れない』ってヤツ?…聞いてるほうが恥ずかしく
なりそうな」
「それそれ。馬鹿だよねー、もうすぐ学校卒業するんだから嘘くらい突き通せばいいのに」
 がたがたと机や椅子を動かしながらの声は、だんだん静かになっていく。
「…本当、少しくらい夢見させろって話だよね…最後になってさ…」

 がたん、と移動した机が音を立てた後、教室の中が静かになった。
 その後に続くのは――きっと、微かに咽ぶ声だ。
 いたたまれなくなり、あたしはその場を離れ、階段を一気に駆け上がった。
「…ばか…」

 そして、誰も居ない3階へ続く階段の踊り場で、あたしは届く相手のない言葉をこぼした。

 本当に、アイツは馬鹿なやつだ。
 鈍感で、直情的で、思い込んだら周りが見えなくなって。
 いろんな相手を泣かせてる酷いやつだ。

 唇をぎゅっと噛みしめ、階段を更に昇る。
 今の表情は誰にも見られたくないので、降りるに降りられない。

 …屋上だったら、一人で居られるかな。

 リノリウムの床に靴音がこだまする末に、屋上の重い鉄製のドアを開けると――。
 3月の風に乗って、桃に似た甘い匂いがしたような気がした。

「誰か居るの?」
 不意打ちのように聞こえた声に、身体がこわばる。
 ――…人の声?そんな、今の顔なんか見られたら。
 けれど、今更引き返すことなんか出来なくて。
 ああ、視界がだんだん熱くぼやけていく。
「……っく、うっ」
「夕利!?どうしたの?」
 この声を、あたしは知っている。かつて、ずっと追いかけ続けていたメゾ・ソプラノ。
 だから。

「お、お姉さまぁーーっ!」
 だから、あたしは堪えきることが出来ずに、声をあげて泣いた。

*     
「――…っ!?」
「さあどんどんリボンやボタンが集まってきてますねー皆さん特攻精神フル稼働です!カミカゼアタッ
クです!…乾君どうしましたか?」
 いきなりマイクを向けられたので何を言えばいいか困り、とりあえずオレは、何でもないです、と答
えた。
 けれど実際は違う。3月の風に流れた小さな声が、微かにオレの耳に届いたのだ。

 …誰かの、泣き声?

 幼子のそれに似た、胸を締め付ける声は、どこか聞き覚えがあるような――。
 …いや、まさかアイツが居るわけがないだろ。
 だってアイツは今学校に残る余裕なんか無い筈なのだから。

        
 ――おい夕…じゃない、一口!さっき職員室で先生が話してたの聞いたけど…おまえ、ドキ大一本に
絞ったって本当か?

 冬休み明けの校舎内で、振り返った彼女はオレの質問に小さくうなづいた。
「先生に驚かれちゃったけどね。滑り止めぐらい受けとけって」

 それは先生じゃなくても言うだろう。
 推薦入学を決めたオレが言うのもどうかと思うが、はっきりいって無謀だ。
「えーと、ひょっとして…」
「乾がアレコレ考えることじゃないよ。…あたしが、そうしたいって思ったから受けるだけ。それだけ
だから」
 前を向き歩きながら、自分に言い聞かせるように呟いた一口の横顔は、静かな覚悟を秘めていて。
 オレは――その表情に、不覚にも胸を高鳴らせてしまった。
 そして、それ以上何も言えなくなってしまったのだ。

 もしも本気でアイツのことを思うなら、無理にでも滑り止めを受けさせるべきだったのだろうか。
 もしももう一度あの時に戻ったら、オレはアイツの無謀を止めることが出来ただろうか。

 多分、無理だ。

 何度同じ場面に立ち会ったとしても、オレはアイツの意志を止めることは出来ない。
 あんなにも力強く前を向く瞳を遮る術なんて、オレは知らない。

 …ああチクショウ。どうしてオレが好きになる相手って、あんなにも強いんだろう。
 自分の卑屈さが浮き彫りになっちまって、時々自己嫌悪に陥ってしまう。――半月前の時のように。
 近付きたいのに、触れ合いたいのに、汚したくないなんて。どれだけオレは傲慢なんだよ。
       

「悪いけど…僕、心に決めた人がいるから…」
「そ、そんな!ずっと見てたのに!」
「っていうか君、男じゃないか。僕そんな趣味ないよ」
「大番狂わせ来たーッ!最初にもて四天王、大木君のボタンをゲットしたのは、同じ元生徒会の男子生
徒だぁーっ!?だが速攻で断られた!」
「恋に性別の垣根なんかいらないだろう大木!俺は、俺は…もうっ!!」
「ハイハイ数字展開は当サイトでは取り扱っておりません!該当サイトへ行ってください!」

 ……。
 なんか、まじめに考えてるのが馬鹿らしくなる状況だな。

「明石先輩スミマセン、オレちょっとトイレ行って来ていいっスか?」
 軽く片手を挙げ尋ねると、席の中座は1時間を超えると脱落扱いになりますよ?という念押し込みで
許可を貰うことができた。

 なんかオレこの書き手の話だとよくトイレ行くなあ。別に腹が弱いって訳じゃないんだが。
 …って書き手の話って何?オレ今スゲーどうでもいい事考えてないか?

 ――待つだけじゃ捕まえられん。

 校舎内のトイレに駆け込み、オレはさっきの安骸寺の言葉を心の中で反芻した。
 安骸寺はよくデタラメでいい加減な事を言うが、あのセリフもそれらと同じ扱いで括っていいのか、
判別しかねていたのだ。
 そういえば開始前、校舎の方見てたよな。
 あの時視線の先にあったのは――オレの居たクラスの辺りじゃなかったか?
 まさか…アイツまだ学校に残ってんのか?
 何のために?

「……」

 御都合主義で短絡的な結論と笑われても文句の言えない考えだろう。
 けれどオレは、心の奥で確信していた。

 アイツは、夕利はまだ学校のどこかに居る。
 どこかで――泣いている。

「……だったら」
 捜そう。オレがするべきことは、ボタンを手にした『誰か』を待つことじゃない。
 オレを待つたった一人の『彼女』を捕まえることだ。
 なんで泣いてるかは分からないけれど、涙を止めることはオレにだって出来るだろう。

 そうと決まれば話は早い。
 オレはズボンのポケットをまさぐって取り出した変身用の首輪を付け、バックルを回した。
「ヘンジン!」
 周りが光に包まれていく――変身すれば、素早さも五感の精度も段違いに上がる。
 今のオレの目的には、まさにおあつらえ向きというわけだ。

 だが。
「――!!?んがっ!?鼻!鼻痛えっ!トイレ臭がっ!!塩素が!サンポールがっ!!」

 サイボーグ乾の嗅覚は常人の100万倍。
 忘れてた。――今度から変身する場所はきちんと選ぼう。
 鼻にハンマーで殴られたような臭いの暴力を受けつつ、涙目のオレは心に誓ったのだった。

******
「ねえねえ、屋上ってまだ誰も探してない穴場だと思うんですけど!」
「そういえばこの辺、人の気配がしないんですけど」
 4階廊下で女子生徒二人組が、賑やかに喋る声がする。
「大木君のボタンは先越されちゃったんですけど」
「でも他にもいい感じの男子居るんですけど!」
「見境なさ過ぎなんですけど」
 最後のは、俺の言葉だ。

「「!!」」
 二人組が声に驚き、俺を見る。
 大きく見開かれた二人の双眸は、やがて微かな濁りを見せはじめ、俺のかけた術が効果を現しだした
事を示していた。

 しばらくした後、何もなかったかのように廊下に立つ二人は踵を返す。
「…屋上のボタンはとっくに取り尽くされたみたいなんですけど」
「…はあ、がっかりなんですけど」
「下の階の方がまだ可能性あるんですけど」
「また探してみるんですけど」
 両目を開けると、肩を落とし昇降口から階下へと行く二人の姿が見えた。

「――悪いが、邪魔に入られると面白くないもんでな」
 掌の眼をしまい、呟く。
 追い返すたびに能力を行使する訳だが、あまり多用するとさすがの俺も疲れる。
 だが、階下での動きから察するに、このつまらない役回りもそろそろ終わりか。

「この借りは、とびきりの好プレー珍プレーで返してもらうぞ」
 向こうは借りを作ったなどとは思ってないだろうが。