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 1年前の卒業式は、あのひとの気持ちをハッキリと知った日だった。
 ずっと、ずっと追いかけ続けてきた大好きな、大好きだった人の、本当の気持ちを知った日。
 でも悔しくて、諦め切れなくて、こっそりデートの後を付け回したりなんかして。
 …後から思えば酷いことしてたなあ。
 
 その時傍に居たのは、今あたしが想う相手。
 そして、1年経った同じ卒業式の日。
 あたしの前には、かつて想っていたあのひと――お姉さまがいる。

「ひっく、あ…うあっ、ああああっ!わあああああんっ!」
 言葉にもならないあたしの感情の暴走を、困惑顔で受け止めている。
 何故卒業生が学校に、それも人影もない屋上に居たかなんて、あたしにはどうでもいいことだった。
 ただ、黙って泣かせてくれれば、それでよかった。

 ごめんなさいごめんなさい。こんなことさせても、お姉さまには迷惑でしょう。
 だけど、止まらないんです。
 ずっと張り詰めさせていた物が壊れてしまって、どうしようもない位、気持ちがぐちゃぐちゃになっ
てしまったんです。

「…夕利、落ち着いた?」
 しばらく経ち、静かに尋ねる声に、小さくうなづく。
 しゃっくりは止まってないけれど、涙はようやく収まって来た。
「ひっく、ごめんなさい。…いきなりこんなことされても、っく、困りますよね」
 かつての自分だったら、考えられない行動だ。恥ずかしさのあまり舌でも噛みかねない。
「正直驚いたけどね」
「……」
「責めてるわけじゃないわよ。…夕利に泣くだけの理由があって泣いてるなら、あたしに止める権利は
無いでしょ?」

 言葉はそっけなくて、突き放したようにも見えるけれど、そうじゃないのはあたし自身が一番分かっ
ていた。
 無理に理由を聞き出そうとせず、そっと見守るように傍に居る存在が、今の自分には心の底からあり
がたかった。
         
 屋上の床に三角座りになり、膝に顔をうずめながらあたしはゆっくり言葉を紡いだ。
「…お姉さま」
「ん?」
「お姉さまは、阿久津くんと付き合ってるんですよね」
「…うん」
 答えはすぐに、照れ臭そうに返ってきた。
 胸の奥が少し痛んだけれど、あたしは言葉を続ける。
「時々、怖くなることって、無かったですか?…ふとした瞬間に、相手が自分と違う存在だって、自分
より遠くに居るって気が付いて、足元が冷え込むような感じになって」

 あたしとはこんなにも違うのに、どうして傍に居てくれるんだろう。
 あたしよりもお似合いの相手が居るかもしれないのに、どうしてあたしを見てくれるんだろう。
 あたしよりも強く想う人が居るのに、どうしてあたしを好きでいてくれるんだろう。
 わからなくて、怖くなる。

 どんなに近くに居ても、どんなに触れ合っても。
 ――いつだって二人の間には無限の距離が横たわっている。

「自分が、相手のことを好きでいていいのか、迷うような」
「あるわよ」
 顔を上げ、横を見る。
 隣で同じように座るひとは、真っすぐあたしの目を見ながらもう一度、あるわよ、と言った。
「でも、好きになっちゃったらどうにもなんないでしょ。相手がどうとかじゃなくて、自分が」

 当たり前の話だけど、距離なんて相手が他人である限り、どんなに近くに居てもゼロになんてならな
いわよ。
 でも、あたしはあたしじゃない、違う人だから好きになったの。
 あたしが持ってないものに少しでも近付きたくて、触れたくて、傍に居るの。
 傷付くことや腹が立つ事だってあるけど、それ以上に――。

「…それ以上に?」
 尋ねると、お姉さまの顔が急に真っ赤になった。
 ああ、いいところで話の腰を折ってしまったみたいだ。ごめんなさい。
「や、やだ夕利!ゴメン今の忘れて!…うわーなんかすごい偉そうな事言っちゃったよねさっき」
「えー、そんなこと無いです!さっきのお姉さま、格好よかったですから!」
「もう、茶化すの禁止!あんまり突っ込んだ事聞いてると、こっちも夕利の好きな人が誰か聞くわよ?
…あたしじゃ、無いんでしょ?」

 ずきん。

 単刀直入に問われ、心臓が音を立てた。
 でも。
「…はい」
 誤魔化したり、嘘を吐く気にはならなくて。あたしは素直に答えた。
 それは、あたしが好きだった人に対する、精一杯の敬意だ。

 ――よかったね。
 あたしの好きだった人は微笑みながら、そう言って軽く頭を撫でてくれた。
 その掌の温かさに、掛けた声の優しさに、あたしの中でずっと凝り固まっていたものが、ゆっくりと
溶けていき――。
 あたしはもう一度、甘い匂いのする胸元で涙をこぼした。

 …思い返せば、何故かあの柔らかい谷間が固い胸板になってたのだけど、その時のあたしはそれどこ
ろではなかったのだ。
       

*      
「いててて、まだ鼻が痛いな…あとは、3階と4階の教室と、屋上だけか」
 マスクの上から鼻を押さえ愚痴をこぼしつつ、オレはひとり階段を昇っていた。
 多少は予想していたが、C組の教室に夕利の姿は無かった。
 だが代わりに、オレの知る限りでは立って居なかった筈の窓際に、ほんの少しだけ残っていた夕利の
残り香が、オレの心もとない推論に力を与えてくれた。
 間違いなく、アイツはここに居る。
 校舎内のどこかに。

「――…下の階の方がまだ可能性あるんですけど」
「また探してみるんですけど」
 階段の上から降ってくる声に視線を上げると、丁度、上の階から女子生徒が下りて来る所だった。
 確か同じ学年の、ちょっと騒がし気な女子二人組だ。
 すれ違いざまに「変態がいるんですけど!」とか「キモいんですけど!」とか酷いセリフを言われた
ような気がするが、気のせいにしておく。
 似たような事を下の階でも言われたような気がするが……いや、いや気のせいだ!

 そういう事にしとかないと辛すぎる。オレが。

「ん?」
 すん、と鼻を鳴らし踊り場で立ち止まる。
 いろいろな匂いに紛れ、ここにも夕利の匂いが強く残っている。
 ということは、夕利はこの階段を使って上に行ったのか。
 歩を進め、更に上の階へと昇りはじめる。
 不思議なことに、上へと進むほど、他の人間の匂いは薄れていくようだった。

 そして、居場所を特定させたのは、犬型サイボーグと化したオレの耳でさえやっと届くほどの、小さ
な――本当に小さな声だった。

 ――…はい。…ま放って…のも…し。
 ――でも…かなって。

「屋上!!」

 言葉の内容まではわからなかったが、声のする先さえわかれば充分だ。
 ふんっ、と一息気合を入れ、オレは一段抜きで階段を駆け上った。
 アイツに会って何を喋ったらいいか、実のところ何も考えていない。けれど、それでいい。
 オレは馬鹿だけど、馬鹿なりにアイツのことを考えているつもりだ。
 だから、きっと何とかなる。

 きゅっ、とリノリウムの床が足音を立て、屋上へ続く階段を昇り始めた時。
 ――重い音をあげて鉄製の扉が開いた。
 逆光で出来た小さな影は、オレが捜していた人物だ。
 マスクを被っててよかった。今のオレの顔、自覚できる程度に緩んでるよなきっと。
「……ゆ」
 夕利、と名を呼ぼうとした声は喉の途中で引っかかった。
 ずぐん、とみぞおちを突かれたような痛みがオレの中を走った。

 ――後ろにいるヤツは誰だ?
 
「な、あんたまた…その格好」
 絶句する一口。その目は、泣きはらしたのか真っ赤になっている。
 ぞわぞわと、足先からいろんな感情が頭のてっぺんに昇っていく。――アイツの後ろに居る、男。
 あの男が、アイツを泣かしたのか。

「いぬ…「阿久津!!オマエが夕利を泣かしたのか!!」
「「「えええっ!!?」」」

 オレの目の前には二人しか居ない筈なのに三人分の声が返ってきたとか、
 顔を撫で回しながらうろたえる阿久津の姿とか、
 振り返った状態で固まる夕利とか、
 あとから考えたらいろいろ妙な部分はあったのだが、

 その時すっかり頭に血が昇りきってしまったオレは何も考えず、
「矢射子先輩だけじゃなくて夕利まで…今度という今度は許さねえ!」
 拳を握り締めると、激情にまかせるまま叫んだのだった。

*        
「いつだってクライマックスな『ラブ・デスティニー』も終盤にさしかかって参りました!今年は成立
するカップルも見受けられますが四天王の乾君のボタンと、笛路さんのリボンはまだ見つかっておりま
せん!まだまだチャンスは文字通り転がってます!」
      
「…だとよ乾。良かったなお前のボタン、まだ見つかってねえとさ」
 1階廊下に立つオレは、アナウンスの声が響き渡る窓の向こうのグラウンドを見ながら、隣で膝を抱
えて座り込む男に向け言った。
「……」
 返事はない。さっきの今で会話がしづらいと思っているのか。
 それとも、背後の扉の向こう――保健室の中が気になっているのか。
         

「ちょ、ちょっと待て乾、お前勘違いしてるだろ!」
「言い訳は男らしくないぞ!!黙って殴られろ!」
 一気に階段を駆け上った乾の放つ一発目の拳は、紙一重で空を切った。
「避けるな!変な格好して馬鹿にしてんのかオマエ!」
「お前に言われたかねえよ!つかこんな狭いトコで殴りかかるんじゃねえっ!」
「黙れ!」
 二発目――これも何とか避けきる。地響きに似た音がさっきまでオレが居たところで鳴った。
 おいおい…素手でコンクリの壁に穴あけてるよコイツ。
 黙って殴られたら顔面骨折どころの話じゃねえな。
 いつもの身体ならそりゃ応戦のひとつふたつはするが、今の身体はオレだけの物じゃない。
 元に戻った時、矢射子に取り返しのつかない怪我を負わせちまったらどうすんだ。
 というか、乾のヤツ何でこんなにムキになってんだ?

「乾!いいかげんにしなさい!」
 これは矢射子の言葉だ。
 だがオレの口で喋っているので、傍から聞けばただの女言葉で怒鳴っているようにしか聞こえない。
 畜生、なんて間の悪い時に融合率が変化したんだ。
「どこまで馬鹿にする気だ阿久津!…いい加減に」
「このっ、バカ犬ーーーーーーーッ!!!!」

 ぱぁん。

 屋上階段の昇降口に、平手打ちの音が響いた。
 オレも矢射子も、そして、叩かれた乾本人も、ビンタの主を見た。
 顔を真っ赤にさせ、唇をわななかせる一口は、涙目で乾を睨みつけていた。

「…どうして周りを見ないのよ、バカ」

 ぽつり、呟く声。だが一口、周りが見えてないのはお前も同じだぞ。
「おい!そっちは階段――!!」
「え?」
 オレの叫び声に一口が横を見る。…さっきのビンタの反動で、体が階段方向へと傾いていたのだ。
「あっ、あっわっ――きゃあっ!」
 抵抗むなしくガクン、と一口の体が沈む。
「一口!」「「夕利!!」」
 足が床を離れ、オレたちの頭の中に、受験生の禁句オンパレードが浮かび上がった――瞬間。
「どけ阿久津っ!」
 オレの体を押しのけて、乾は惑うことなく階段をダイブした。
 そして、空中で一口の小さな体を抱きかかえると、そのまま蒲田行進曲モードへと突入した(※受験
生向け表現)のだった。


 …つまり、この経緯からくれば、実際には一口より、乾の方が保健室の世話になるべき筈なのだが、
そんな気配は伺えない。
 例によって無駄に頑丈な乾の身体故か、それとも男色趣味の保険医に拒否反応を起こしたか。
 両方か。

「…あー…一口の相手って、お前だったんだな」
 前を向いたままのオレの言葉に、乾の肩が反応する。…正解だな。
 いくら鈍いと周りから言われ続けているオレでも、流石にわかったぞアレは。
「…だったらどうだって言うんだよ。どうせあぶれ者同士くっついてせいせいしたとか思ってんだろ」
 おそらく本音交じりであろう悪態に、オレは拳骨を一発、乾の頭に叩き込んだ。
「痛えな!」
「馬鹿野郎。お前はそんな引け目感じながらあいつと付き合ってんのか。…一口のヤツ、矢射子に教え
た時、スゲー嬉しそうな顔してたんだぞ」
 屋上で静かに答えた彼女の表情には、確かな自信と誇りを感じさせた。
 その時は相手を知らなかったオレは、矢射子と同じ視界を共有しながら、そんな表情をさせる相手が
羨ましいとさえ思ったのだ。

「……!!」

 声も無く乾の目が大きく見開かれたのを一瞥すると、拳をしまいオレは背を向けた。
「オレはまた屋上に戻る。…外で明石がお前の名前呼んでるが、どうするかは自分で決めろ」
 制限時間がどうとかというアナウンスだ。オレ自身には全く関係のない話である。
「それと――いいかげん着替えとけ。マスク外してパンツ一丁はどう見ても危険だ」
 言い捨て、昇降口に向かう。
 男物と女物の重ね着姿のオレに言われたかないだろうが、とりあえずの忠告だ。

「い、いいの宏海?」
「オレたちが口出すトコじゃねえだろ。…なあ矢射子」
 名前を呼び、なにか言葉にしようとして…オレは口をつぐんだ。
 もし今身体が融合してなければ、オレはただ黙ってコイツの体を抱きしめていただろう。
 ああ、もどかしい。
「…なに?」
「いや…何でもねえ」
 やっぱり明日元に戻った時に聞くことにしよう。

 ――さっきの、屋上での言葉の続きを聞いていいか。
 言いかけたセリフを喉の奥に押し込み、オレは階段を昇った。

******
 ――バッテリーの残量も残り少なくなってきたな。
 ここらでまとめてやらかして貰えば有難いのだが。

 ビデオカメラのディスプレイを眺め、グラウンドで俺は一人思案する。
 一たちの方は大体撮れたので、残るは王子か。ふむ。
「ま、王子に関しては理屈もクソもないか」
 校舎の方から悲鳴と絶叫と怒声が響く。――そろそろ、来るな。
 俺は録画ボタンを押し、カメラを構えた。

「いつだってクライマックスな『ラブ・デスティニー』も終盤にさしかかって参りました!今年は成立
するカップルも見受けられますが四天王の乾君のボタンと、笛路さんのリボンはまだ見つかっておりま
せん!まだまだチャンスは文字通り転がってます!」

「ちょーっと待ったぁ!」
「おおっと!!『ちょっと待ったコール』だ!」「古っ!」
「紋のリボンはオレがいただいたぜええぇぇええーーっ!!!!」

 ――雄叫びと共に校舎から抜け出した特徴的な二頭身。紛う事なき我らが王子の姿だ。
「このリボンから染み出すフェロモンは、間違いなく紋のだ!待ってろよ!」
 ――そして後を追うのは、笛路親衛隊の三人組だ。
「ふざけんなおにぎり頭!紋さまのリボンはあたしたちが手に入れるのよ!」
「リボンが汚れるからさっさとあたしたちに渡しなさい!」
「紋さまは男からのリボンなんて受け取んないんだよ!」
「えっ、それ誤解よ加瀬さん!?」
 紋が慌てて弁明するが誰も耳を貸すわけが無い。

「大・混・戦!リボンはこのまま百手太臓の手に落ちてしまうのか!それとも白百合乙女が奪い返すの
かーっ!?」

 体一つ分王子が抜き出ているが、いかんせん足の長さに差がある。更に相手は三人だ。
「葉和!そっち回りこんで前から止めて!」
「わかった!」
 目の前を塞がれ、後から追われる。連携プレイでの挟み撃ちが成立すると誰もが思ったその時。

「見てろよ 紋…! ブースカブースター進化型 究極の 屁テクニックを…!!」
 どこかで聞いたことのある文句と共に、辺りが爆音と異臭に包まれた。

「なげァああああ!!?」
「この臭い、は…!!?」
「げほっ!…おえっ!!」
「非道なり百手太臓!女子相手にもこの仕打ち!これじゃもてる訳ありません!しかし…しかし!」
 そう、微妙に屁の発射を加減する事によって弧を描くように軌道を変え、回り込んでいた相手を更に
回りこむ形で追い抜く――まさに進化型の名にふさわしい技で、王子は混戦を抜け出したのだ。
 更に加えれば、相手は屁の臭さにすっかり戦意を失いかけている。

 どうでも良くないが、この書き手はここが18禁サイトだと銘打っている事を忘れては無いだろうか。

「太臓くん…!」
「紋、今なら言える。これはオレの夢だ。やっと言える――」
 一緒に行こう 『間界』に…!!
 手を取り合い、王子の高校生活総決算とも呼べる告白が行われる――しかし。

 バキィイイイッ!!!!
「触んじゃねえよオラァっ!!」
「わずれでだっ!!」
 一閃。手を触れた瞬間放たれたキレのいい回し蹴りにより、王子は真昼に輝く星となった。
「…あ。た、太臓くーーん!」
「百手太臓、退場!!『やはり人間夢見るとロクなことがない』ということでしょうかーーーっ!?」
 サマンサまでつられているな。まあいいか。
「太臓もて王サーガのオチはこうでなくっちゃね」

 いや、まだ話は終わってはいないのだが。
 もうちょっとだけ続くんじゃぞ。