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「…ああ、ちょっと用があって太臓ん家に泊まる事になったから。オフクロにも宜しく伝えといてくれ
…言っとくけどこっちに逃げてくんなよ。心底迷惑だからな。じゃあ」
「残念だったね。せっかくお母さんに会える機会だったのに」
「しょうがねえだろ。ホイ太臓、ケータイ返すぞ。しっかし持ちづらいなソレ」
「慣れるとそうでもないぞ。じゃあ帰るか。矢射子姉ちゃん今度はお風呂で卒業ごっこしようぜー!」
「ちょっと遠回りして、交番行ってから帰るか太臓?オイ悠もなんか言ってやれ…あ、あれ?悠は?」
「悠なら、さっき撮ったビデオの編集でPC室使わしてもらってるらしいぞ?先帰れって」
「な…っ!何撮ったんだアイツ!?」「ちょっと!ヘンなもの撮ってないでしょうね!?」

 …賑やかだな。
 PC室の窓際の席に腰を下ろし、頬杖をつきながら俺は、窓の外の会話に耳を傾けていた。
 目の前のパソコンからは、編集した名珍場面のDVDを焼く音が微かにするのみである。

「…と思ったが、こっちも賑やかになりそうだな」

 ――…ぱたぱたぱたばたばたばたばた、ガララララッ。「悠様ーっ!!」
 騒音と共に戸を開けたのは、一学年下の魔法使い、翠だ。

「なんだ翠、まだ学校に居たのか」
 俺が早々にリタイアした時に帰ったと思ったのだが。
「悠様のロマン輝く突起物を手にせずには帰りませんよ!」
『だからボタンをそう呼ぶのは止めて欲しいタマ』

 鼻息荒く言い返す翠。随分自信満々だが、見つけ出したのだろうか。
「ふっふっふ、まさか排水溝に流れてるなんて、誰も思わないでしょう。もう、悠様ったら手の込んだ
ところに隠しちゃって…テクニシャンになるのは夜だけでいいんですよ?」
『捨てたんじゃないかと思うタマよ…』

 言葉と共に、掌を開くと、そこには泥に汚れたボタンがあった。
 番号は『8』――間違いなく俺のボタンだ。
 ついでに言えば、彼女の使い魔、精子(しょうこ)の推理は的中している。

「見つけた所で、もう『ラブ・デス』自体終了しているし、俺はリタイアした。そんなものに意味なん
ぞあるまい」
 言い放ち、再びPCの画面に向き直る。
 ディスプレイの中では、融合した二人と、自称犬型サイボーグの一戦が早送りで流れている。

「意味ならあります!…だってこのボタンは、悠様の学生生活を共に送ってきたんですから!――悠様
の大事な、生活の一部だったんですから」
 いいセリフだ。しかし。
「…背後に俺の着替え姿やトイレ内の姿を妄想させながら言うものじゃないな」
「アレーッ!?」『翠たま折角のセリフも台無しタマ』
「お遊びの時間は終わってるんだ。俺もそろそろ帰る」
 そして、もうこの学校に顔を出す事も、今ほど無くなるだろう。

 それが卒業だというならば。

「……」
「どうした。何か妙な事を言ったか?」
 返事は無い。翠はただ黙って首を横に振るばかりである。
 だが、彼女の黒目がちの瞳には、大粒の涙が今にもこぼれそうになっていた。
『翠たま…』
「ヘンじゃ、ない、です。ただ、悠様そんな悲しいこと言わないで下さい」
 ぽろぽろと、涙が落ちる。傾いた日の光にきらめくそれを、俺は心の片隅で――綺麗だと思った。
「何が悲しいんだ」
「…らない、わからない…ですけど、胸が苦しくなるんです。苦しくて、涙が止まらなくなるんです」

 俺たち間界人に、元々『時間』の概念は無い。
 知らず発生し、無限に等しい時間を生き、そして知らず消えていく。
 人間界で過ごす時間など、火花の瞬きに等しいものでしかなく、出会う者全て、光より速く己の上を
通り過ぎていく。
 目の前の女だって、そんな事知っているはずなのに。

「…いや、だからこそ、か」
 だからこそ、焼き付けたくなる。だからこそ遺したくなる。
 自分の為に、相手の為に、通り過ぎていった全ての瞬間の為に。

 ディスプレイの中の映像は、とっくに終わっていた。
 真っ暗になった液晶の画面、ぼんやりと景色が映るソレにほんの数秒間だけ、二つの人影が重なった
のを、俺は視界の端で確認した。
「…先に行ってるぞ」
 DVDを取り出し、電源を切ると俺は教室を出た。…全く、柄にもない事を。
 感傷的になるなど、俺らしくも無い。

 ――どうせ、すぐに追いつくさ。俺たちが、同じ時間の中を過ごしている限り。

 呟いた言葉は、誰もいない廊下の闇に溶けていく。
 そして、そのあまりに人間臭い考えに俺はひとり、苦笑いをこぼした。