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「え、えーと、番号覚えてるか?アレって受験票の番号が書いてんだっけ?あ、け、ケータイは?」
「もう一、うろたえ過ぎ。ちゃんと持ってるってば。それじゃ、行ってきまーす」
 靴を履き、タイルを爪先で叩くたび、ポケットの中のお守りに付けた鈴が、ちりちりと澄んだ音を
鳴らす。

 ――春の匂いも立ちこめだした、でもまだちょっとだけ肌寒い3月下旬。

 アパートの部屋の前で待っていた一と共に、あたしは合格発表の会場へと足を向けた。
「ケータイ、ちゃんと充電してんだろうな。昨日長電話し過ぎてたから心配してんだぞ」
「してるよー。ね、ところでこの前スポーツ学科の説明行ってきたんだって?どんな事するの?一も
何かスポーツ始めるの?」

 ムダな緊張がうつりそうになったので、話を切り替えることにする。
 木蓮の花咲く香りが漂う住宅街で、話を振られた相手はちょっと考えるように、ひとり腕を組んだ。

「ん?んー…それなんだけど、いや、説明されたのはいいけど、なんつーか小難しくって半分位聞き
流したっつーか」
「難しい?ってコトは心理学とか生理学とか?」
 一瞬、白衣姿の一が脳裏に浮かび、あまりの似合わなさに慌てて打ち消した。
「違う違う。…あーでも場所は近いかな。運動能力や体質などの記録を取るとか言ってたから…なん
かオレの体が丁度いいらしいって、ルリーダ先生からの推薦なら文句なしだって」
「それって…」
 思い浮かんだのは、回し車に乗って走り続けるモルモ…一の姿。
 うわ。似合いすぎるのが怖いくらい似合うけど、学生扱いじゃないんじゃない?
「…大丈夫なの?それ」
「わかんね。でもさ、おかげで筆記試験とか免除になったから結果オーライだよな」
 だよな、じゃないよ。体のいい実験体じゃん。呆れてしばらく言葉が出なくなった。

「……夕利?」
 沈黙に耐えかねたか、一があたしの名前を呼ぶ。
 それを契機にあたしは長い溜息を吐くと、鈍く痛み出したこめかみを、親指でぎゅっと押さえた。

「アンタ…アンタねえ…もう少し考えて行動しなさいよ」
 疑うことを知らない訳でもないでしょうに。
 どうしてコイツは変なモノにばっかり引っかかってしまうのだろう。
「太臓に指南を請けようとしたり、サイボーグになろうとしたり…そういうの常識で考えたら、おか
しいって事気付かなきゃ」
 特に前半の人選ミスの酷さは、初めて聞いた時に思わず頭をはたいてしまったほどだ。
 思い出し、眉間に皺が寄る。一も思い出してしまったか、ばつの悪い表情で、前を向いていた。
「…でもさ」
 ぽつり、呟く声にあたしは横目で一の顔を見た。

「でも、オレだっていつも変なモンばかり選んでる訳じゃないぞ。…現に今、お前を選んで後悔して
ないんだから」

 頬と鼻先を赤くさせて紡ぐ言葉。前を向いたままなのは、照れているからだろうか。
 ――夕利だって、そうだろ?
 手を握りながら尋ねる言葉に、あたしは小さくうなづいた。
 多分、あたしの顔も一に負けず劣らず赤くなってるに違いない。
 ああもう、さらりと言いにくいコト言ってくれちゃってもう。
「…ばか」

 この声が、照れ隠しだと気付いてくれるだろうか。本当の答えは、握り返した手にある事に。


 このまま重なりあって、行き着く先には何があるのだろう――時々、思う。
 他人同士だったあたしたちが、近付いて、触れ合って、でも溶け合うことはなくて。

「もうすぐ会場だな。夕利、ちゃんと受験票持ってるか?」
「持ってるってば。ほら」
 何度も尋ねる一に、証明のつもりでポケットから受験票を出す。
 と、一緒に出てきた物に付けていた、澄んだ鈴の音が辺りに響いた。
「お守りも、持ってきたんだよ」
 受験票と一緒に見せた、手作りのお守り袋に一はちょっと驚いた表情をした後、静かに微笑んだ。
「…効いたか?オレのボタン」
「番号通り、一番は狙えそうになかったけどね」

 卒業式の日に偶然手に入った一の第二ボタンは、あたしの小さなお守りとして、傍に居てくれた。
 試験のお守りには縁起悪くねーか?という一の自虐込みのつっこみもあったのだけど。

「でも…うん、出来ることは出来たと思う。ありがとね一」
 あたしの言葉に一は苦笑しながら、オレは何もしてねーよ、と返したが、そんなことはない。
 ――何気ない日常を、変わらないようで変わり続ける毎日を、一緒に過ごしてくれる。
 言葉にすると壊れてしまいそうな、ささやかな理由だから口にはしないけど、とても大事なことだ。

 あたしはそんな一を好きになった。
 傍に居たいと、触れ合いたいと、重なり合いたいと願った。それは揺るぎようのない事実だ。
 そして――…。
              
 ――そして、更に願うなら、もっともっと先へ。全ての行き着く先を、彼と見たい。
 どの位先にそれがあるのかわからない、手探りの道だけど、きっと二人なら何とかなる。

「春になっても、一緒にいような。…先に待ってるから」
「…うん」
 言葉を交わし、二人揃って発表会場に入ると、3月の風が、あたしの髪留めを外して久しい前髪を
撫でた。
 少しだけ強い春風に乗って――どこかで一足早く咲く桜の匂いがしたような気がした。