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飛鳥時代の人物

天皇家

武烈、継体、欽明、崇峻、推古

聖徳太子(しょうとくたいし)574-622

推古天皇の摂政。父は用明天皇。厩戸皇子。上宮王。すごい人。有名な絵は本人ではないらしい。

豪族


吉備氏
吉備田狭(たさ)
吉備氏の乱をおこした。

大友金村(おおとものかなむら)

任那四県を百済に割譲したため物部尾興の弾劾で540年に失脚

物部麁鹿火(もののべのあらかび)

磐井の乱を鎮圧する。

物部尾興(もののべのおこし)

大友金村を失脚させる。仏教排斥を主張し蘇我氏と対立。

物部守屋(もののべのもりや)?~587

中臣氏とともに仏教受容に反対。蘇我馬子と対立し敗死。

蘇我稲目(そがのいなめ)

欽明天皇の大臣。崇仏派の中心となって排仏派の物部尾興と対立。朝廷の財政に関係。

蘇我馬子(そがのうまこ)?~626

稲目の子。物部守屋を倒す。法興寺を建立。592崇峻天皇を暗殺して推古天皇を擁立。
聖徳太子と天皇記、国記を編集。

人物

筑紫国造磐井(つくしのくにのみやつこいわい)

527年に反乱をおこす。福岡県八女市の岩戸山古墳は磐井の墓と考えられる。

近江毛野(おうみのけぬ)

磐井によって阻止された任那救援・新羅征討軍6万の将。

小野妹子(おののいもこ)

遣隋使。2回行った。煬帝からの返書を百済人に略奪されたとして奉らず、流刑されかかった。

裴世清(はいせいせい)

608煬帝の答礼使として来日

高向玄理(たかむこのくろまろ・たかむこのげんり)

渡来人の子孫。654遣唐使として入唐。長安で死去。

旻(みん)

渡来人の子孫。隋に留学。八省百官の立案。

南淵商安(みなぶちのしょうあん)

渡来人の子孫。

恵慈(えじ)

高句麗の僧。聖徳太子の師。法興寺に住む。聖徳太子の死の翌年同日に入寂。

鞍作鳥(くらつくりのとり)・止利仏師(とりぶっし)

仏師。司馬達等(しばたつと)の孫。
飛鳥大仏、法隆寺の釈迦三尊像がある。

曇徴(どんちょう)

高句麗の僧。610来日。五経に通じ、絵の具、紙墨、をつくった。



  • その他の人
観勒(かんろく)、境部臣(さかいべのおみ)、来目皇子(くめおうじ)、司馬達等(しばたつと)
  • 外国
文帝(ぶんてい)、煬帝(ようだい)