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「科学ではない」という理由だけで批判する事は無い

「ニセ科学の定義」のところを見てもらえれば解ると思うが「科学ではない」という理由だけではニセ科学とは呼べないので「ニセ科学批判」の対象にはならない。勿論、科学ではないものに対して「それは科学ではない」と言う事はある。しかしそれは単なる「事実の指摘」であって、必ずしも「批判」ではない。
一方で、当たり前だが「ニセ科学の批判」とは「批判する行為」である。現在ニセ科学として批判されているものは、いずれも科学であると「誤認させる要素」を含んでいる。従って、ニセ科学批判とは、その「誤認させる要素」を批判する事であると言って良い。
これは非常に重要なポイントである。
例えば「科学的には証明されていないが、実験で効果がある事が確認された」という表現。こうした言い方に納得してしまう人もいるが、これは明らかな詭弁なのである。何故なら、もし本当に「効果が確認された」のであれば、それは即ち「効果が科学的に証明された」という意味になるからである。この際、必ずしもメカニズムが解明済みである必要は無い。
勿論どんな効果であっても100%という事は無く、場合により効果があったりなかったりするのが普通である。従って、たとえ一見して効果があるように見えても、それが偶然なのか、他の要因によるものなのか、等を見分けるのが「科学的な手続き」なのである。
意地悪な言い方をすれば「偶然の結果を都合良く解釈したい人」にとっては、科学的手続きなど邪魔でしかない。

ニセ科学ではないものを批判しない訳でもない

前項と矛盾していると思われるかもしれないので、もう少し説明する。
「ニセ科学批判者ならニセ科学だけ批判していれば良い」という言い分を見た事もあるが、たとえニセ科学ではなくても、おかしいと思った事に対しては批判する場合もある。その良い例がカルト宗教やオカルティズムの流布であり、これらは批判されるべきである。しかし科学を装わない限り「ニセ科学であるという理由での批判」は出来ない、それだけの事である。
実際に、カルト批判やオカルト批判を行なう人とニセ科学を批判する人はしばしば同一であり、また文脈によってはこれらが絡めて論じられる事もある。そういう場合には「批判対象が明確で無いので解り難い」と言われてしまうのも一理ある。
読者にもニセ科学とそれ以外のものとの区別を理解して欲しいと希望する(だからこそこのWikiも存在する)のだが、一方で批判者も批判対象を明確にすべき、という点は肝に命じたいと思う。



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