昭和-2

前半は昭和参照

略年表

()内は昭和での年代を表す。

昭和 X 年と西暦 Y 年とは X = Y - 1925 の関係にある。

昭和前期

昭和中期

昭和後期

西暦との対照表

昭和元年2年3年4年5年6年7年8年9年10年
西暦1926年1927年1928年1929年1930年1931年1932年1933年1934年1935年
干支丙寅丁卯戊辰己巳庚午辛未壬申癸酉甲戌乙亥
昭和11年12年13年14年15年16年17年18年19年20年
西暦1936年1937年1938年1939年1940年1941年1942年1943年1944年1945年
干支丙子丁丑戊寅己卯庚辰辛巳壬午癸未甲申乙酉
昭和21年22年23年24年25年26年27年28年29年30年
西暦1946年1947年1948年1949年1950年1951年1952年1953年1954年1955年
干支丙戌丁亥戊子己丑庚寅辛卯壬辰癸巳甲午乙未
昭和31年32年33年34年35年36年37年38年39年40年
西暦1956年1957年1958年1959年1960年1961年1962年1963年1964年1965年
干支丙申丁酉戊戌己亥庚子辛丑壬寅癸卯甲辰乙巳
昭和41年42年43年44年45年46年47年48年49年50年
西暦1966年1967年1968年1969年1970年1971年1972年1973年1974年1975年
干支丙午丁未戊申己酉庚戌辛亥壬子癸丑甲寅乙卯
昭和51年52年53年54年55年56年57年58年59年60年
西暦1976年1977年1978年1979年1980年1981年1982年1983年1984年1985年
干支丙辰丁巳戊午己未庚申辛酉壬戌癸亥甲子乙丑
昭和61年62年63年64年
西暦1986年1987年1988年1989年
干支丙寅丁卯戊辰己巳

その他

  • 大正天皇が崩御して、東京日日新聞(現:毎日新聞)が『新元号は光文』をスクープしたが、新元号は『昭和』と発表され、大誤報となってしまった。一説には「光文」がスクープされたために急遽「昭和」に差し替えられたとも言われている(光文事件参照)。しかし「光文」は内閣の新元号案に提示されているのみであり、実際に新元号作成中心になっていた宮内省の最終第3案まで残っていたのは「昭和」「神化」「元化」の3案とされる。枢密院議長、倉富勇三郎の日記によれば、その後の調整で大正15年(1926年)12月8日時点で「昭和」を最終候補とし「元化」「同和」を参考とする最終案が決定していた事が明らかになっている。「光文」は内閣案の一つが選定作業中に漏れたに過ぎず、記者が検証できないまま飛びついたというのが実情とされる(『昭和大礼記録』、石渡隆之『北の丸』第7号(昭和51年9月)「公的記録上の「昭和」」、『倉富勇三郎日記』「倉富勇三郎関係文書」コラム 6 元号伝説 - ポスト「大正」は「光文」か?、史料にみる日本の近代、国立国会図書館 )。
  • 昭和の「」の漢字は今でこそ誰でも知っているポピュラーな漢字だが、当時はほとんど使用されることのない、誰も見たこともない漢字であったという。その為「昭和」が最終案に選考された際には当時の一木喜徳郎宮内大臣から「章和」とする変更意見が出された程である。しかし「章和」は過去高昌で使用されていた年号であり、結局原案のまま「昭和」に確定した経緯がある。(ただ、ソニーの創立者の一人、盛田昭夫1921年大正10年)生まれである)
  • 干支を見て分かるように、史上還暦を迎えた元号は日本の昭和と中国康熙だけである(昭和は丙寅で『還暦』している)。
  • 1926年12月25日に出生した新生児は、その当日が大正天皇崩御のため役所が休みとなったこともあって、出生届の提出が遅れ、戸籍上の誕生日が異なる(大部分が翌年の1927年生)ケースが多発した。植木等関根潤三らがこうしたケースに当たる。

現代における「昭和」

2007年(平成19年)から毎年4月29日(昭和天皇の誕生日で、崩御後はみどりの日と呼ばれていた)は「昭和の日」に変更された。

大正デモクラシーの影響を受けた政治的、文化的に自由な、民主的時代から、軍国主義的な雰囲気に満ちた戦中、そして敗戦。日本国憲法民主主義が成立し、戦後の焼け野原から、高度経済成長を経た世界で最も豊かな国へというまさに激動の六十余年であった昭和時代は様々な世代に様々な印象となって残っている。例えば「昭和」と聞いて戦争を連想する者もいれば、高度経済成長時代の希望に満ちた雰囲気を連想する者もいる。

現代、昭和時代(主に昭和30年~40年代、つまり1955年1975年)にノスタルジアを抱く人が増えていると言われている(昭和ノスタルジー。詳細は#関連項目からリンク先を)。時代の変化が進んだ事や、人とのつながりが希薄になり、また未来へ希望を抱けない時代背景があると思われる。昭和の古い町並みを活かし、観光地化を進めている町もある。

昭和を冠するもの

企業・団体

教育・学校

地名

他にも昭和町という地名は日本全国の至るところに存在している。

公園

脚注

_

関連項目

外部リンク




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年4月16日 (水) 10:09。










    

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最終更新:2008年10月02日 22:38
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