カイロ宣言


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thumb|300px|[[カイロ (エジプト)|カイロ会談における中華民国軍事委員会委員長蒋介石・アメリカ大統領ルーズベルト・イギリス首相チャーチル。(1943年11月25日)]]

カイロ宣言Cairo Declaration)は、第二次世界大戦中の1943年に開かれたカイロ会談を経て示された宣言。連合国の対日方針などが定められた。

概要

1943年11月、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトイギリス首相ウィンストン・チャーチル中華民国主席の蒋介石によってカイロ会談が行われ、その内容を踏まえて11月27日に署名、12月1日に発表された声明が「カイロ宣言」と称される。この声明は後日、連合国の対日基本方針となった。主要な内容は以下の通りである。

  • 米英中の対日戦争継続表明
  • 日本国ポツダム宣言の「日本軍の無条件降伏 the unconditional surrender of all the japanese armed forces」とは異なり、「the unconditional surrender of Japan」とある。の無条件降伏を目指す
  • 日本への将来的な軍事行動を協定
  • 第一次世界大戦により占領した、太平洋の全島を中華民国へ返還(例として満洲台湾澎湖諸島
  • 日本は強欲と暴力により獲得した全領土の剥奪
  • 朝鮮独立朝鮮人の奴隷状態に配慮し)

ここに示された日本の領土に関する取り決めは、1945年ポツダム宣言に受け継がれることになった。

カイロ宣言の有効性

2008年現在、台湾独立派を中心にカイロ宣言は外交的に有効な宣言ではなかったという見解が広まっているTemplate:Cite web?陳水扁は、インタビューの中で中華人民共和国がカイロ宣言を根拠に台湾の領有を主張していることに対して、同宣言は

  • 時間と日付が記されていない
  • 3首脳のいずれも署名がなく、事後による追認もなく、授権もない
  • そもそもコミュニケではなく、プレスリリース、声明書に過ぎない

と発言している。カイロ宣言が無効である場合、1952年サンフランシスコ平和条約による日本の領有権放棄以降、台湾の領有権は定まっていないことになる(台湾独立派は台湾地位未定論を主張)。

また、各国代表によるカイロ宣言への署名は行われておらず、従って署名について言及している記事を訂正すべきであるとの指摘を受けた国立国会図書館が事実関係について調査した結果、「11月27日に各国代表による署名が行われた」との確かな資料は何ら発見出来なかった。これにより国立国会図書館は、カイロ宣言に関する記事から「署名」のくだりを削除し訂正に応じた。「【カイロ宣言】国会図書館HPが「署名した」削除」、台湾の声、2007年2月22日。「【カイロ宣言】国会図書館のHP修正が意味するもの」、台湾の声、2007年2月24日。

関連項目

脚注

「台湾の声」とは台湾正名運動を展開する林建良の主宰するメールマガジンである。

外部リンク




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年12月13日 (土) 12:50。












     
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