万宝山事件


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万宝山事件(まんぽうざんじけん)とは、1931年7月2日に満州内陸に位置する長春の北、三姓堡万宝山の朝鮮人農民を、中国人農民が水利の利害関係より襲撃、さらに日本警察官とも衝突した事件。この事件を契機に朝鮮半島で中国人排斥の暴動が発生し、多くの死者重軽傷者がでた。

原因と経緯

この事件の経緯については、中国、朝鮮語版とも全く異なる解説をしているので、中立の立場からすべて翻訳し、記述した。確認は詳細を見られたい。中国、朝鮮語版では侵略の口実を作る日本の陰謀であるとしている。

なお、アジア歴史資料センターの資料によれば、中国語版WIKIPEDIAの記述内容は、中国共産党の宣伝パンフレットの内容に一致している。また、朝鮮語版WIKIPEDIAに関しては外部リンク(韓国語)の内容と一致している。 <ref name="shibun">参看 亜細亜歴史中心 資料 Ref.B02030177800 8頁 [1]具体的には、虚偽の報道を流し暴動を扇動し、その報道を行なった朝鮮人記者を口封じのために殺したとしている。<ref name="konkyo"> 両国のWIKIPEDIAでの記述は以下の通り。

  1. 中国語版WIKIPEDIA
  2. 朝鮮語版WIKIPEDIA



中国語版での解説 朝鮮語版での解説 日本語
日本の画策で発生した中朝の衝突事件。東北3省を横領するために世論操作の為に起こした。 日本の謀略で朝鮮人農民と中国人農民の間に水路問題で起こった流血事件。 偶然的事件。

詳細

年代 中国語版での記述 朝鮮語版での記述 アジア歴史資料センターによる内容
1931年

中国人の郝永德が長農稲田会社を設立(無許可営業)

日本が中国人郝永德を買収し行なった事業。
日本が会社の資金提供。
日本が郝永德をマネージャとして任命。
中国新聞報道に記載<ref name="B02030177800-1">アジア歴史資料センター Ref.B020301778002画像目
内容は中国版と一致。無許可については県の許可ありの記述
無頼の徒、郝永德は某国人と長く相往来し、自ら私利を量り貨殖を心切なるを以って遂に今春 巧に長春租界内に長農稲田公司を設立して。。<ref name="B02030177800-13"> アジア歴史資料センター Ref. B02030177800 13画像目 在吉林日本領事館記録

1931年4月16日

郝永德が万宝山付近12戸の中国人の土地を騙し取る。郝永德は騙し取った土地を違法にも朝鮮人 李升薰等188名に又貸し耕作をはじめさせた。

4月16日郝永德が蕭翰林等周辺11戸の土地の10年間租借契約を結んだ。(県政府の承認が無ければ無効であった)県政府の正式承認を得ないで、この土地を朝鮮農民李昇薫等8人に10年間賃貸契約を締結し、さらに李昇薫はこの契約を根拠で朝鮮農民180余人をこの地方に移住させて開拓に取り掛かった。 上記新聞報道で確認するも12戸ではない。

これらの朝鮮人は『馬家哨口』から『姜家窝堡』まで関を設けて堤を作って水渠を20里(1里=約500m)にわたって掘った。(写真)

朝鮮農民は最初に伊通河に通じる潅漑水路工事(長さ約 2,000余里、幅約9メートル)をおこなった。 同左
1931年5月20日 5月20日 馬家哨口の農家200人余りが上告をした。吉林省政府は第1273号《指令》を出した。

指令は『朝鮮の移民は当局の許可をまだ得ていないのに勝手に農村に入り、約束を違えているので、県の役所に指令を出し、公安警察を出動させ、中止させて、朝鮮人農民を追い出す。』というものであった。朝鮮人はすぐさま立ち退く様子でこれで事態が終わろうとした。

この水路開拓と堤防築造が他人の土地である近所農地に影響し被害が多くなった。このために土着中国農民たちは反対運動を起こして現政府に嘆願申請をし、工事進行を強制停止させた。<p>契約書上では、現政権の承認がなければ日本の代理人である郝永德と中国人地主間契約が無効になり、朝鮮人農民たちの開拓作業も根拠が消える。

しかし、そこに日本の駐長春 田代重德領事が、「朝鮮人保護」の為に日本の警察を現場に派遣し、朝鮮人の立ち退きを制止し、しかも7月5日までの期限で築渠を完成するように命じた。

日本領事館所属警官6人がこの工事を強行し、日本警察60人が中国農民の反対を武力で抑圧した。水路工事は1931年6月末に竣工した。

7月1日 中国農民約 400人余りが共同で、溝を埋めて、堤を壊した。 中国農民約 400人余りが7月1日に一揆を起こし、潅漑水路約2里を埋沒する事件が発生した。現場にあった朝鮮人農民、日本領事館警察と中国人地主、住民の間に衝突が起きた。この時日本警察は中国人農民に無差別発砲し、多くの被害を出し、中国政府側はここに強硬に対抗したが日本は何らの誠意を見せず、曖昧な態度だった。
7月2日 日本の警察は中国農民を鎮圧し、双方は対峙した。後に日本武装警察を増やし、日本軍が警察を保護し工事は7月5日に完成した。

日本は朝鮮日報の記者 金利三を通じて、ニュースを捏造し、200人余りの朝鮮人が万宝山で殺され、さらに後の報道では、殺された朝鮮人が800人以上であるとした。これによって、朝鮮半島では大規模な中国人排斥運動が発生した。現地で142人が殺され、546人が負傷し、91人は行方不明となった。さらに財産の損失は限りなかった。

朝鮮内各新聞は同族を愛して同情する朝鮮民族の純粋な民族感情を刺激して朝鮮内に居留する中国人を敵視する運動を挑発させた。 アメリカ-イスパニア戦争時のように歪曲されたマスコミ報道で民族感情を刺激するのだ。このために仁川を筆頭で京城・原産・平壌など各地で中国人排斥運動が起き、 平壌では日中に中国人商店と家屋を破壊して殴り・虐殺する事件が何日間続く残忍な暴動で拡散していった。 朝鮮総督府と日本警察はこの事態を座視する一方、 形式的に制止の態度を見せたが極めて消極的で冷淡だった。しかしこの暴動が沈むと総督府政府は断固たる態度で広範囲な検挙を始めた.

7月14日 金利三は「吉長日報」の紙面で「謝罪声明」を発表し、自分が嘘の報道を行なったことを認め、自分が日本の領事館に愚弄されたこと発表した。日本は、これらの露見することをおそれ、吉林日本の警察署の朝鮮人の巡査"朴昌厦"に"金利三"を暗殺させ、口封じをした。

メモ

  • 日本の主張 - 郝永德は以下の租借契約を結んだ。
  • これら朝鮮人が取水口から20里にわたる用水路を作った。(朝鮮語版では作成したのは日本)
  • 7月2日、武装した満人農民約四百人と対峙した日本警察約60人が暴徒に対して発砲
  • 中華民国資料 死者0
  • 日本の主張 共匪資料では死者十名
  • 7月2日に朝鮮日報長春支局記者金利三が200人が万宝山で死亡の報道
    • その後死亡者数を800人以上と報道の号外
  • 7月5日平壌在住支那人が襲われ、死者37名、重軽傷者93名<ref name="B02030167400-1">アジア歴史資料センター Ref. B02030167400 画像1枚目

脚注

外部リンク および参考文献

  • 太平洋戦争への道 日本国際政治学会太平洋戦争原因研究部 朝日新聞社
  • 万宝山事件(中国語 簡体字)
  • 万宝山事件(中国語 繁体字)




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年12月5日 (金) 21:42。












     
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