焼夷弾


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焼夷弾(しょういだん、英:Incendiary bomb)は、爆弾砲弾の一種で、攻撃対象を焼き払うために使用する。そのため、発生する爆風や飛散する破片で対象物を破壊する爆弾と違い、焼夷弾は中に入っているもの(焼夷剤)が燃焼することで対象物を火災に追い込むのが目的。焼夷剤として使う物としては、主に後述するテルミット油脂黄燐の他にも重油などが用いられている。

概要

主として、テルミット反応を利用したエレクトロン焼夷弾油脂の燃焼を利用した油脂焼夷弾、黄燐の自然発火現象を利用した黄燐焼夷弾の3種が利用される。

有名なものに、米軍が東京大空襲で使用した集束焼夷弾E46や、ベトナム戦争で多用されたナパーム弾がある。

余談だが、黄燐焼夷弾の不発弾が地中に埋まり、それを含んだ土や岩が掘り起こされたりなどして空気に触れ発火する、という事故が沖縄フィリピンで起こり、新種の鉱物か、と騒がれたことがある。

集束焼夷弾E46

木造の日本家屋を効率よく焼き払う為、第二次大戦時に米軍が開発した焼夷弾。子弾として48発のM69焼夷弾を内蔵するクラスター構造を取っており、投下後上空700m程度でこれらが分離し、一斉に地上へ降り注ぐ仕組みになっている。なおM69焼夷弾1発あたりの大きさは、直径8cm・全長50cm・重量2.4kg程度。 「モロトフのパン籠」という異名がつけられていた。この異名はもともとソ連・戦争時のモロトフの発言フィンランドの都市への空爆を非難されたソ連のモロトフ外相は、「爆撃ではなく、人民にパンなどを投下している」と答えたと言われている。その痛烈な皮肉以外の何物でもない発言に対し、フィンランド国民はソ連の爆撃機を“モロトフのパン籠”と呼ぶ事で応じた。また、フィンランド兵は“お返し”として対戦車用の火炎瓶を「モロトフに捧げるカクテル」と呼んだと言われており、その逸話から火炎瓶を“モロトフ・カクテル”と呼ぶ事もある。からフィンランド国民が航空爆弾一般に名付けたものであったが、これに加えて上記のような構造がパン籠を連想させたことから、日本では特にこの爆弾の異名として用いられることが多い。

E48収束焼夷弾

M74六角焼夷弾38本を束ねたものがE48収束焼夷弾である。従来型に黄燐を入れ威力を高めた新型焼夷弾で、青森大空襲(1945年7月28日)が、その実験場となり83000本ものM74六角焼夷弾が降り注ぎ東北地方最大の被害を青森市に与えた。米国戦略爆撃調査団は「M74は青森のような可燃性の都市に使用された場合有効な兵器である」と結論している。 2008年9月24日に、 青森県青森市栄町二丁目の住宅新築工事現場で、ショベルカーで掘削作業をしていたところ、M74六角焼夷弾を発見、破片に残っていた黄燐が酸化し一時は炎や煙が上がったが、陸上自衛隊第九師団が出動、同日午後三時ごろ回収されている。

人体への直撃による被害

焼夷弾は目標を焼き払う為の兵器であるが、M69は子弾が非常に小型であり、尚且つ分離し大量に降り注ぐため、直撃による即死が多くの被災者の証言に見られている。

例えば戦争を題材にしたアニメ・映画では、落下した焼夷弾が家屋や地面に激突し大爆発を起こし燃え上がる描写が多く見られる。だが実際には避難民でごった返す大通りに大量に降り注ぎ子供を背負った母親や、上空を見上げた人間の頭部・首筋・背中に突き刺さり即死、そのまま燃え上がるという凄惨な状況が多数発生していた。

「火の雨」の様に見える理由

M69の発火は、対象への激突後である。しかし「火垂るの墓」をはじめとする戦争映画等では、火のついた焼夷弾が「火の雨」となって落下する描写がある(多くの空襲被災者の証言にも見られる)。そのため、空中で発火して焼夷剤に引火させると誤解されていることがある。

M69には、目標(木造家屋の瓦屋根等)への貫通力を高めるため、姿勢を垂直に保つ目的のリボン(青く細長い布)が取り付けられている。上空での分離時に使用されている火薬によって、このリボンに着火し、それがあたかも火の帯のようになり一斉に降り注ぐ為、火の雨が降るように見えるのである。

脚注

関連項目




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年12月4日 (木) 11:12。












     
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