日記/2011年05月02日/震災記事
2011-05-03



「人の思い出捨てるのがボランティアなのか」 GWで現地入り 悲惨な現実に言葉失う (産経新聞) - Yahoo!ニュース
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「人の思い出捨てるのがボランティアなのか」 GWで現地入り 悲惨な現実に言葉失う
産経新聞 5月1日(日)21時11分配信


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大型連休を利用し被災地を訪れ、住宅地に残る泥やヘドロをかき出すボランティア=1日、宮城県石巻市(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)
ゴールデンウイーク(GW)がスタートして東日本大震災の被災地にも多くのボランティアが駆け付け始めた。申し込みの殺到に受け付けを連休終了まで見合わせる自治体も現れるほどの活況だが、いざ現場入りして大量に積み上げられたがれきの量に、一様に驚かされる。あまりに悲惨な被災者の現実に絶句し、改めて震災の爪痕の大きさを実感するようだ。(荒船清太)

【表でみる】ボランティアの心得

「人の思い出を捨てるのがボランティアなのだろうか」

がれきで埋まった宮城県石巻市内の呉服店の片付けをしながら、東京都から4月29日に来た会社員、大宮匡喬(まさたか)さん(23)は悩んでいた。

目の前で、民家に住む70代の女性が女性用の帽子を3つ並べていた。「見て。きれいでしょ」。帽子は泥だらけ。洗っても使えそうにはない。きれいとも言えずに押し黙った大宮さんを見て女性は目に涙をためながら「これも捨ててください」と言った。

帽子を捨てた後、女性は大宮さんに「ありがとう」とお礼を口にした。呉服店を片付けただけなのに、女性に涙を流して感謝され、涙が出た。頭をただ縦に振ってお辞儀するくらいしかできず、会話はほとんど交わせなかった。

■被害の大きさ実感

当初は寸断されていた道路も復旧し、甚大な被害を受けた被災地域にボランティアが入れるようになってきた。 大宮さんは4月30日早朝、ボランティアに向かう前に、被害状況を見ようと海辺へ走った。「津波注意」と書かれて折れ曲がった看板。テレビではよく見た風景だったが、近くの子供たちによって「自然を大切に」と描かれた海岸のコンクリート壁が目に入った。大宮さんはそう描いた子供たちの命までが奪われたことを案じた。今までテレビを通じて見ていた被災地の風景の背後で、たくさんの人命が無くなっていることに気づいた。

東京都内から4月29日に来た会社員の高橋良子さん(35)は、ボランティア作業に行く途中の風景に言葉を失った。 「仙台市で、屋根瓦にブルーシートが張ってあるのを見て驚いていたが、石巻ではさらにたくさんのがれきの山を見た。車は転がったまま。通り過ぎるたびに、そこにいた人はどうなったのか、心配になる」 そんな風景がどこまでも続いていた。テレビで見なかった場所も、テレビで報じられた場所と同じくらい被災していた。

高橋さんが作業に訪れたアパートの敷地内は、水産加工場から流れて腐った魚やヘドロの固まりで埋まっていた。持ち上げた魚が崩れるたびに、激しい臭いに襲われたが、被災者はふだんと変わりなく、敷地内で暮らしており「これほど苦しい環境のなかで被災者が過ごしているとは訪れるまで分からなかった」と高橋さんは話した。

ボランティアを経験して大宮さんも「炊き出しをやって、人の温かみを知ったりするのがボランティアだと思っていた。しかし、実際に現地入りしてとてもそれどころではないことを思い知った」と被害の大きさへの実感を口にし「東京にいて知ったような顔をして震災を語るよりも、実際に自分の目で見てよかった」。こう話してボランティアセンターを後にした。


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最終更新:5月2日(月)10時5分







原発、海水利用の冷却断念…外付け空冷装置に (読売新聞) - Yahoo!ニュース
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原発、海水利用の冷却断念…外付け空冷装置に
読売新聞 5月2日(月)3時8分配信


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読売新聞
東京電力は、福島第一原子力発電所1~4号機の危機を収束させる手段について、本来の冷却システムである海水を使った熱交換器の復旧を、事実上断念した。

熱交換器が動けば原子炉などの温度を劇的に下げることができたが、ポンプ類が集中するタービン建屋に大量の汚染水がたまり、既存のポンプを使う熱交換器の復旧には相当の時間がかかると判断した。

今後は、補助的な位置づけだった空冷式の「外付け冷却」によって、100度未満の安定した状態(冷温停止)へ徐々に持ち込むことを目指す。

熱交換器は、海水が流れる装置の中に、原子炉などの冷却水が流れる配管を浸し、低温の海水で高温の冷却水を冷やす仕組み。冷却効率が高く、5、6号機では3月19日に熱交換器が復旧すると、原子炉内の温度が1日で約200度から約30度まで下がった。

東電は1~4号機でも熱交換器の復旧を急いだが、タービン建屋の地下などには、原子炉から漏れ出したとみられる汚染水がたまり続けて排水が追いつかず、ポンプ類を復旧させるめどが立たない。また、余震による津波対策として作業用トンネル(トレンチ)をコンクリートで塞ぐことになり、トレンチ内の配管を通して海水を熱交換器へ引き込むのが難しくなった。 最終更新:5月2日(月)3時8分







避難呼び掛けた職員、死亡確認=大津波に最後まで―宮城・南三陸 (時事通信) - Yahoo!ニュース
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避難呼び掛けた職員、死亡確認=大津波に最後まで―宮城・南三陸
時事通信 5月2日(月)18時9分配信

東日本大震災で壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町で震災当日、津波が迫る中、防災無線で住民に避難を呼び掛けたまま行方不明となっていた同町危機管理課職員遠藤未希さん(24)の死亡が2日、確認された。
南三陸町によると、遠藤さんは3月11日、町役場の防災対策庁舎2階の放送室から、防災無線で「津波が来ます。高台に逃げてください」と町全域に避難の呼び掛けを続けた。しかし、庁舎全体を襲う大津波にのまれ、犠牲となった。
県警によると、遠藤さんとみられる遺体が見つかり、DNA型鑑定をした結果、本人と確認された。遺体は近く遺族に引き渡される。 

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最終更新:5月2日(月)19時0分







小5少女が募金に奔走=50万円超、日本の被災者支援へ―米 (時事通信) - Yahoo!ニュース
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小5少女が募金に奔走=50万円超、日本の被災者支援へ―米
時事通信 5月1日(日)14時23分配信

【シカゴ時事】米中西部ウィスコンシン州のラクロスに住む小学5年生アシュリン・ニーダーさん(11)が、東日本大震災に見舞われた被災者を支援しようと、地元で募金活動を続けている。住民への戸別訪問などを通じた地道な取り組みで、募金額は6671ドル(約54万円)に到達。一人の少女の思いやりが地域の共感を呼び、善意の募金が集まった。
ニーダーさんは2006年秋、石川県小松市を訪問。演劇を通じて日本人と交流を深め、その際知り合った友人と今も電子メールでのやりとりが続いている。訪日時の印象は「とても美しい国。誰もが大変親切で寛大だった」。
ニーダーさんは震災の映像に衝撃を受け、日本人のために支援活動を決意した。まず自分の15ドルの貯金をはたき、両親、親戚に寄付を訴えた後、近所を戸別訪問。「(近所の人がほとんど不在で)5ドルしか寄付が集まらない日もあった」というが、日本の友人との記念写真が貼られた募金箱を手に、くじけず活動を続けた。
地元テレビやラジオの報道や口づてでニーダーさんの活動が徐々に浸透。1000ドルの小切手まで届くようになった。母のローリーさんは「娘を誇りに思う」と話している。  最終更新:5月2日(月)0時16分







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最終更新:2011年05月03日 01:25