ペスト菌、600年前から変化せず
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト 10月13日(木)14時32分配信
黒死病の犠牲者を葬ったロンドンの墓地から人骨が掘り出された。
(Photograph courtesy Museum of London Archaeology)
ペスト菌はこの600年間でほとんど変化していないことが、DNA解析で明らかになった。中世ヨーロッパを襲った“黒死病”は、史上最悪のペスト大流行というだけではなかった。現在みられる人間へのペスト感染にも、当時流行した菌が関与しているらしい。
今回の研究成果は、イギリス、ロンドンにある14世紀半ばの黒死病患者の墓地から掘り出した人骨を調査して判明した。墓地の発掘は、ロンドン博物館考古学部門によって行われた。
中世の墓から採取した黒死病の病原菌、エルシニア・ペスティス(Yersinia pestis:ペスト菌)は、カナダ、オンタリオ州にあるマックマスター大学のカーステン・I・ボス(Kirsten I. Bos)氏と、ドイツにあるテュービンゲン大学のフェレナ・J・シューネマン(Verena J. Schuenemann)氏が中心となって、ゲノム配列の解析が進められた。
掘り出された人の歯46本と骨53本から採取した菌を調べた結果、遺伝子的には過去600年以上の間、ペスト菌は大きく変化していないことが明らかになった。
この結果は、「現在のペスト菌流行の起源が中世にあることを示すものだ」と研究チームは記している。
◆ペスト菌は土からヒトへ
ペスト菌は、土壌に生息する類縁菌から進化したものであることが知られている。黒死病として流行したペスト菌には、ヒトへの感染を可能にするDNA配列が加わっていた。
ヒトに感染できるようになったことで、ペスト菌は爆発的に広まった。菌をノミが運び、そのノミが取りついたネコは、貨物船など交易用の乗り物にしばしば潜り込んだ。
ペスト菌が1340年代にヨーロッパに到達すると、5年間でおよそ3000万~5000万人が死亡した。当時のヨーロッパの人口のほぼ半分に当たる数だ。
ペスト菌に感染した人は、リンパ節を冒されて腺ペストを発症し、まれには肺ペストという肺への二次感染を起こす。
◆ペスト菌は線形進化
ペスト菌は現在もなお、地上性の齧歯動物につくノミを主な媒介として広まっている。感染者は世界で最大3000人にのぼり、主にアメリカ、マダガスカル、中国、インド、および南米で感染例が報告されている。
しかし現在では、治療を受ければ患者の85%は助かる。
ペスト菌のゲノムがほとんど変わっていないという事実から、ペストが昔のように大流行を起こさないのは、毒性の弱いペスト菌が生まれているためではなく、現代の医学知識や、人々の感染症への抵抗力が奏功している可能性を示唆している。
また変化が遅い理由のひとつとして、ペスト菌は世界にエルシニア・ペスティスの1系統しか存在せず、菌が直線的にしか進化できないためと考えられる。
対照的に、インフルエンザは「共存する複数の系統間で遺伝子の組み換えが起こるため、非常に急速な変化が可能であり、その結果、1918年にきわめて毒性の強い系統が登場した」と研究の共著者で、マックマスター大学に所属するヘンドリック・ポイナー(Hendrik Poinar)氏は述べている。
1918年に発生したインフルエンザの大流行は、少なくとも5000万人の死者を出した。第一次世界大戦の死者を上回る数だ。この流行が特に注目に値するのは、老人や幼児だけでなく、健康な大人にも感染した点だ。
ペスト菌の進化は遅いため、現在の抗生物質は現在のペスト菌に効果を発揮している。中世の黒死病にも現在の薬が効いただろう。「このことは、われわれが手にしている現代医学や抗生物質の威力を改めて知らしめるものだ」とポイナー氏は語った。
黒死病のDNA解析については、10月12日付で「Nature」誌オンライン版に掲載された。
Victoria Jaggard for National Geographic News
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最終更新:10月13日(木)17時10分