日韓「電池」戦争 サムスン、LGの強さに学べ
WEDGE 5月11日(金)14時30分配信
小型リチウムイオン電池メーカー別シェア
リチウムイオン電池(Lithium-ion rechargeable Battery、以下「LiB」)生産国内トップのパナソニックは2011年9月、携帯やパソコンなど向けの小型民生用リチウムイオン電池を生産する住之江工場(大阪府)の増設を中止した。旧三洋電機も含め8カ所あった拠点を4カ所に集約し、中国での生産比率を、現在の1~2割程度から15年度を目処に5割にまで高める。第2位のソニーも、12年1月、国内で行ってきた組立工程をシンガポールと中国に移すことを決めた。
「韓国勢の猛攻勢で小型民生用では利益が出せない状況」(関係者)。韓国のサムスンSDIとLG化学は、この10年間、大規模投資を続けて価格を下げ、シェアを獲得してきた(表)。小型民生用で苦しくなった日本勢は、電気自動車(EV)など車載用や、住宅向け蓄電池など定置用の中大型LiBに希望を託してきた。技術開発の余地が大きく、日本勢の優位性が発揮できるからだ。
しかし、11年度、テレビ事業などで大幅赤字に追い込まれた日本の電機各社は、LiB事業でもまずコスト削減を優先し、止血を急がなければならなくなっている。事実ソニーの平井一夫新社長兼CEOは、4月12日の経営方針発表会で、事業ポートフォリオ見直しの一環としてEV向け及び蓄電用途の電池事業について、他社との提携も検討していくと述べた。市場が未発達で、いまだ大きな収益が見込めない中大型LiBに、どれだけリソースをつぎ込めるか、我慢比べの時代に入っているといえる。
韓国勢は中大型LiBでも攻撃的だ。LG化学は昨年4月、韓国国内に年間10万台のEVへの電池供給能力を持つ工場を完成させた。さらに、13年までに2兆(約1400億円)を投じ、米韓で工場を増設。EV換算年35万台分の供給体制を構築し、15年までに世界トップシェアを目指す。
米GMのEV「ボルト」、米フォード、韓国・現代自動車、さらには車載用電池メーカー・オートモーディブエナジー(AESC)を抱える日産自動車と連合を組む仏ルノーからも受注を獲得している。
小型民生用で先行したサムスンSDIは、中大型ではLG化学より出遅れているといわれているが、20年までに車載用LiBの設備投資と研究開発に4500億円を投じる計画だ(表)。独ボッシュと設立した合弁企業SBリモーティブで、15年までにEV換算年18万台分の供給能力を築く。米クライスラー、独BMW、米部品大手デルファイから受注を得ているという。
■韓国製LiBはなぜ安いのか
韓国勢の切り札は価格だ。特にLG化学は、日本勢をはるかに下回る、中、大型でkWhあたり2~3万円という価格を提示しているという話もある。激しい競争で下落した小型民生用(Whあたり約20円)と同レベルだ。
日本のメーカーが韓国勢の強さの源泉を批評するときの内容はほぼ共通している。(1)品質8割価格5割、(2)国策による支援(法人税、補助金、電気料金)、(3)ウォン安、(4)日本からの技術者流出、(5)リバースエンジニアリング(既存の製品を分解・解析してより良い製品を作る)だから研究開発費がかからない、(6)製造装置メーカーが「フルターンキー(ボタンを押せばよい状態)」で、製造装置を販売してしまう。
背後にあるのは、技術では負けていないのに、外部的な要因によってコスト競争力を付けた韓国勢にしてやられているという意識だろう。
たしかに、「同じ土俵で戦うことさえできれば……」という恨み節が出てくるのは致し方ない側面がある。(2)の国策については、1990年代末のアジア通貨危機でIMF管理となり、産業別に大胆に企業を再編したこと。さらに、韓国政府が、20年までに官民合わせて15兆(1兆円強)の集中投資を通じて、中大型電池での世界シェア50%、素材の国産化率75%の達成を掲げていることなどが挙げられる。このあたりは、個別産業政策をはるか昔にやめてしまった経済産業省に頭を切り替えてもらわないといけない。
しかし、国策の差という側面を差し引いたとしても、技術力の差を過信するのは危険である。「電池もモジュールになり、EV用ですらコモディティ化しつつある」(独立系電池専業メーカー、エナックスの三枝雅貴社長)のなら、中大型電池においてもわずかな技術力の差よりも、コスト競争力が優先される時代に入っているとみるべきではないか。
家庭用蓄電システムに使用するLiBに関してサムスンSDIと独占売買契約を結んだニチコン(京都府京都市)の古矢勝彦執行役員は、「サムスンの技術力は10年前に比べると急速に上がっている。何より、経営判断が素早く戦略的。長期的視点に立って、大規模な投資を即断する。貪欲に吸収し学ぼうとする姿勢が素晴らしい」と語る。
たしかに、流出した日本人技術者や、日本の製造装置メーカーの機械を使い、リバースエンジニアリング、いわば物まねの精神で、韓国企業が追撃してきたことは納得いかないかもしれない。しかし、もう済んでしまったことだ。むしろ、経営力で差をつけられてしまっていることを冷静に直視し、韓国企業の長所を学ぶという精神に立つべきではないだろうか。
日本の複数のLiB関係者は、こう口を揃える。「90年代までは、毎年、もっといえば毎日のように新しい技術が出てきたのに、ここ最近、進歩が緩やかになっているように感じる」。
■進化が止まった日本企業
00年当時、日本勢のLiBの世界シェアは9割を超えていた。「市場が大きく拡大した時代に、電池メーカーは忙しくなりすぎて、材料開発が素材メーカーに任せっきりになり、製造ラインの改良などの生産技術も、装置メーカーに依存するようになった」(ある素材メーカーの技術者)。
つまり、この10年、日本の電池メーカーの技術力は、空洞化が進んでいたのではないかという見方である。さらに、この数年は、業界全体の収益が厳しくなった。貧すれば鈍するで、ある電池メーカーでは「新規開発は予算がかかるからストップされ、既存品のコストダウンばかりやらされる」ことになったという。
サムスンSDIで常務を務める佐藤登氏は、元ホンダの技術者だ。ホンダでは90年代初頭から本格的に電池の開発が始まった。佐藤氏は、当初からLiBの研究開発に取り組んでいたが、徐々に経営判断がキャパシタ(蓄電装置の一種、コンデンサ)に傾いていく。「キャパシタなら誰もやってないから、という発想自体は、チャレンジ精神のあるホンダらしかったが、どう考えても原理的に自動車にはLiBのほうが有望だった」と佐藤氏は振り返る。
役員から「キャパシタをやってみないか?」と誘われたが佐藤氏は固辞した。結局、LiBの開発チームからは予算も人も削られていき、佐藤氏と部下一人という状態にまでなった。そんなとき、サムスンSDIから声がかかった。04年1月のことだ。サムスンSDIのCEO自らがオファーに訪れるほど熱烈なラブコールだった。
現地を実際に訪ねてみると、「日本の電池メーカーに比べれば、技術力の差はややあった。ただ、博士号を持った若い研究者を多く採用しているなど、ポテンシャルはあると感じた」。佐藤氏は、サムスンSDIへの移籍を決断する。
佐藤氏が最初に取り組んだのは、日本の素材メーカーとの関係改善だった。サンプルに対する結果のフィードバックがなかったことや、担当者変更の際に引継ぎがされていなかったことなどに苦情が発生していた。佐藤氏は、役員を連れて直接日本の素材メーカーを訪問して謝罪し、改善を約束した。
複数の素材メーカー関係者の声を総合すると、いまでは、韓国企業より日本企業のほうが評判が悪くなっているとさえ言える。情報のフィードバックが不十分なのだ。ある素材メーカーの技術者は「日本の電池メーカーは○か×かという結果だけで、細かい情報がもらえないため、研究開発の効率が上がらない。トップのフットワークが軽く、情報を出してくれる韓国メーカーのほうが協業しやすい」と語る。電池メーカーの技術者によれば、こうなってしまった理由のひとつは、情報流出の懸念だという。韓国勢にキャッチアップされていくなかで、どんどん余裕を失っているのだろう。
「最近では、日本の電池メーカーより先に先端技術の紹介をしてくれるようにまでなった」(前出の佐藤氏)。
■小型の失敗が教訓 GSユアサ、NEC
市販化されたEV向けに車載用LiBを量産しているのは、世界で2社しかない。GSユアサと三菱自動車などの合弁会社リチウムエナジージャパン(LEJ)と、日産とNEC、NECエナジーデバイス(NECトーキンからLiB事業を分社化する形で設立)の合弁会社オートモーティブエナジーサプライ(ASEC)だ。
携帯電話向けなどの小型民生用LiBでサムスンSDI、LG化学と戦ってきたGSユアサリチウムイオン電池事業部企画本部長の中満和弘氏は「技術で勝ってもビジネスで負けた」と悔しさを滲ませる。三洋電機との合弁会社「三洋ジーエスソフトエナジー」を11年2月に終了させ、小型民生用LiBから撤退した。
日本勢は、様々な携帯電話のデザインに合わせたカスタムメイドを得意としていたが、韓国勢は相手を絞って少ない種類のLiBを大量に供給することで、コストダウンを実現した。「市場が立ち上がる前にどんどん投資してくる」(中満氏)韓国勢の勝利だった。この経験に学び、EVにおいてGSユアサは、先行投資を積極的に進めている。LEJは09年6月、世界で初めて量産を開始したEV用LiBの生産能力は、この春の栗東工場稼働でアイ・ミーブ換算6.8万台となった。来春には栗東第2工場(同7.5万台)が稼動する。4年で20倍の増強である。
似た経験を持つのが、ASEC副社長の岡英雄氏だ。岡氏はNECトーキン所属時代にもLiB事業を担当。02年当時、「(売上の大半を占めていた)小型民生用LiBを止め、中大型に有効なラミネート型に転換するべき」という文言を中期経営計画に盛り込んだ。しかし、「事業の調子が良いときに自ら手を引くことは難しい」(岡氏)。
岡氏も自動車向けLiBの量産については、日本側がリードしているとみる。EV向けと携帯向けでは桁が違う生産量になるため、量産のハードルが高いからだ。ASECでは歩留まりを改善し、リーフ換算年9万台分のLiBを生産する体制を整えた。15年には日産の海外4拠点も使い、年50万台の量産体制に拡大する計画だ。
しかし韓国勢は、2社と同等程度のボリュームと、得意の低価格を掲げて、攻めてくる。日本勢としてやれることはないのだろうか。
【これまでの日本勢のLiB開発の歴史や、日本全体としてこれから採るべき戦略についても考察した、WEDGE5月号特集「天下分け目の日韓『電池』戦争」をぜひご覧ください】
WEDGE5月号特集「天下分け目の日韓『電池』戦争 世界を照らすのはどっちだ」
◎日産「リーフ」ゴーンの慧眼
◎サムスン、LGに学べ
◎大同団結と新市場創出
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最終更新:5月11日(金)14時30分