日記/2012年08月11日(SAT)/ニュース記事
2012-08-27


【記事一覧】






兄弟犬「ZIPPEI」死ぬ…エアコン切れた車内で熱中症か ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

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兄弟犬「ZIPPEI」死ぬ…エアコン切れた車内で熱中症か
日本テレビ系の朝の情報番組「ZIP!」(月~金曜前5・50)内のコーナー「ZIPPEIスマイルキャラバン」で、約1年3カ月に渡って全国を旅してきた看板犬「ZIPPEI」兄弟が、9日夕方に死亡していたことが分かった。10日の番組内で伝えられた。

番組内での説明によると、ZIPPEI兄弟の飼い主は9日、外出先で日陰の駐車場に車を止め、エアコンをつけた状態で車を離れた。1時間~1時間半後に車に戻ると、エアコンが切れ、車内にいた9頭はぐったりした状態。懸命に介抱したが、ZIPPEI兄弟を含む7頭が息を引き取ったという。熱中症とみられる。

ZIPPEI兄弟は4歳で、ロシア・シベリアが原産地のサモエド犬。2週間に4日ほど旅に出ているが、それ以外の時間は他の犬たちと共に飼い主に育てられている。飼い主も今回の事故にショックを受けているという。

司会を務める関根麻里(27)は「突然の出来事にまだ気持ちの整理がつかない」と涙ぐみながら、「今まで私たちに毎朝笑顔を届けてくれたZIPPEIたちに感謝の気持ちを伝えたいです」と言葉を絞り出した。

[ 2012年8月10日 11:40 ]







韓国総領事館のガラス割られる NHKニュース

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20120811/k10014213371000.html

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韓国総領事館のガラス割られる
8月11日 8時1分 K10042133711_1208110821_1208110840.mp4
11日未明、広島市南区にある韓国総領事館にレンガが投げ込まれ、玄関のガラスが割られているのが見つかり、警察は、10日に韓国のイ・ミョンバク大統領が島根県の竹島を訪問したことを受けた犯行の疑いもあるとみて捜査しています。

11日午前2時50分ごろ、広島市南区東荒神町にある韓国総領事館で、ガラスが割れるような音がしたのを、警戒中の警察官が気付きました。
警察が現場を確認したところ、正面玄関のガラスが割られていて、付近には幅10センチ、高さ5センチ、奥行き20センチのレンガが1つ落ちていたということです。
また、音がした際、ヘルメットをかぶった男1人が黒いスクーターに乗って、総領事館の前を通り過ぎるのも、警察官が目撃したということで、警察は、この男がレンガを投げ込んで逃走したものとみています。
警察は、10日に韓国のイ・ミョンバク大統領が島根県の竹島を訪問したことを受けた犯行の疑いもあるとみて、器物損壊の疑いで捜査しています。







全国の原発 地下の亀裂再点検 NHKニュース

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全国の原発 地下の亀裂再点検
8月11日 14時52分原子力発電所の地下を走る「破砕帯」と呼ばれる亀裂が活断層ではないかと指摘されるケースが相次いだ問題で、国の原子力安全・保安院は、各地の原発について過去の調査結果の再点検を行いました。
このうち福井県にある高速増殖炉「もんじゅ」や美浜原発について、専門家から「調査が不足している」といった意見が相次ぎました。

原発の地下を走る「破砕帯」と呼ばれる亀裂を巡っては、専門家から「活断層かどうか改めて調査すべきだ」という指摘が相次ぎ、福井県の敦賀原発と大飯原発、青森県の東通原発、それに石川県の志賀原発で追加の調査が始まっています。
原子力安全・保安院の10日の専門家の会議では、全国のほかの原発について、電力会社が建設前に調査した亀裂の断面の写真などが示され、専門家が再点検を行いました。
このうち、福井県にある高速増殖炉「もんじゅ」や関西電力美浜原発について、専門家から、「現地で追加調査をすべきだ」「敷地周辺の地形の調査も不足している」といった意見が相次ぎました。
また、大飯原発についても、「調査範囲を広げるべきだ」という意見が出ました。
一方、宮城県の女川原発、茨城県の東海第二原発、愛媛県の伊方原発、佐賀県の玄海原発、それに鹿児島県の川内原発の5か所については、敷地内の破砕帯に問題はないと結論づけました。
保安院は今後、残りの原発について、電力会社が追加の資料を出すことを求めるなどして、今月中に再点検の結果をまとめたいとしています。
国の耐震設計の指針では活断層の真上に原発の重要な設備を設置することを想定しておらず、活断層であることが明らかになると、原発の運転ができなくなる可能性があるほか、建設を許可した国の審査も問題視されそうです。







<福島第1原発>吉田前所長 シンポジウムにビデオ出演 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

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<福島第1原発>吉田前所長 シンポジウムにビデオ出演
毎日新聞 8月11日(土)19時19分配信


インタビューに応える東電の吉田昌郎・前福島第1原発所長=ビデオ映像から撮影
東京電力福島第1原発事故で、収束作業の陣頭指揮を執った吉田昌郎前所長(57)=現在は本店原子力・立地本部付=が11日、福島市であったシンポジウムにビデオ出演した。吉田氏は「事故で一番インパクトがあったのは3号機の水素爆発(昨年3月14日)だった」と振り返り、「自分も含めて死んでもおかしくない状態だった。(爆発で)10人ぐらいは死んだかもしれないと思った」と述べた。吉田氏が退任後に事故時の心境を語るのは初めて。

吉田氏は冒頭、「政府などの事故調査委員会が一段落するまで、自分が話すことはルール違反と思っていた」と、インタビュービデオを公開した理由を説明。今後の課題については「事故の責任問題もきちっとやるべきだが、第1原発を安定化させることがベースになる」と強調した。

東電が第1原発から全面撤退を検討したとされる問題については、「本店と官邸との間の騒ぎで、現場では絶対に一言も言っていない」と断言。「もし現場を離れれば、5、6号機もメルト(ダウン)し、燃料が溶ける。福島第2原発も人が近づけなくなり、大惨事になる。そこまで考えれば当然(第1原発からは)逃げられない」と述べた。

さらに、原発に残った所員が死亡した場合を考え、「墓標」の代わりにするために、ホワイトボードに所員の名前を列挙して記入したとの当時の秘話を紹介。高い放射線量を顧みず、現場に行く部下について「へろへろで、寝ることもできず、食事も十分でなく、体力的に限界という中で、現場に行く連中がたくさんいた。私が昔から読んでいる法華経の中に登場する、地面から湧いて出る菩薩(ぼさつ)のイメージを、すさまじい地獄のような状態の中で感じた」と述べた。

ビデオは約30分間。シンポジウムは、長野県の出版社「文屋」が主催した。

吉田氏は、健康診断で食道がんが見つかったため昨年12月、所長職を退いた。今春に手術を受けて自宅療養していたが、先月26日、外出先で体調不良を訴え、脳出血で緊急手術を受けた。ビデオ収録はその前の10日に行われた。主催者によると、収録の際、吉田氏は「お盆明けには復帰したい」と話し、体調は良好な様子だったという。【中西拓司】

【関連記事】
<福島第1原発・吉田前所長>ビデオでの発言全文
最終更新:8月11日(土)22時46分







韓国選手 3位決定戦後「独島はわが領土」とアピール (東スポWeb) - Yahoo!ニュース

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韓国選手 3位決定戦後「独島はわが領土」とアピール
東スポWeb 8月11日(土)14時16分配信

結局、韓国にとってスポーツと政治は切り離せないようだ。日本と争われたロンドン五輪サッカー男子3位決定後の勝利セレモニーで韓国のMFパク・ジョンウが「独島はわが領土」とのプラカードを掲げたと韓国メディアが伝えている。

試合前には韓国の李明博大統領が日韓両国が領有権を主張する島根県の竹島(韓国名・独島)に上陸。スポーツに政治は関わりないとはいえ、両国の対決には緊張感が走っていた。試合でもいつも以上のボディーコンタクトと気迫で韓国はプレー。日本に本来のプレーをさせず韓国が2-0で勝利した。

スポーツ朝鮮によるク・ジャチョルのインタビューによれば韓国は2得点目のゴールの際にも独島パフォーマンスが予定されていたが「独島は自分の土地なのでアピールする必要はない」と万歳パフォーマンスに変えたという。だが勝利の開放感からかパクは上半身裸でプラカードを掲げた。結局、政治的パフォーマンスは決行されてしまった。

平和の祭典に似合わぬパクの行為に韓国メディアは「セレモニーも見どころだった」と書く一方、日本のネットユーザーからは非難の声も上がっている。メダルをかけての日韓対決は愚行により後味の悪いものとなってしまった。

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最終更新:8月11日(土)14時16分







シンクロ 五輪初めてのメダルなし NHKニュース

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シンクロ 五輪初めてのメダルなし
8月11日 2時47分 K10042119611_1208111257_1208111302.mp4
ロンドンオリンピック、シンクロナイズドスイミングの「チーム」で日本は5位となり、7日の「デュエット」に続いてメダルの獲得を逃し、オリンピックで正式競技になって初めて、メダルなしに終わりました。

シンクロナイズドスイミングは、10日、「チーム」のフリールーティンが行われました。
テクニカルルーティンで5位だった日本は、フリールーティンでは「生命の誕生」をテーマに、命が生まれ、徐々に躍動感を増していくという、独特の世界を表現しました。課題の一つとして取り組んで来たジャンプの回転数が、これまでの1回転から1回転半に増え、練習の成果を見せました。
しかし、最も重視してきた演技の高さでは、これまでの演技より進歩は見せましたが、上位チームに比べると見劣りし、フリールーティンの得点は伸びず、93.830でした。日本は総合得点で187.630の5位で、メダルの獲得を逃しました。
日本は、7日の「デュエット」でもメダルを逃していて、シンクロナイズドスイミングが正式競技に採用された1984年のロサンゼルス大会から前回の北京大会まで、すべての大会で続けてきたメダル獲得の歴史が途絶えました。
キャプテンの小林千紗選手が「高さや上半身の張りを意識して、少しずつ存在感を示すことはできた」と振り返ったように、全員がオリンピック初出場の日本は、現段階での力は出し切りました。
花牟礼雅美ヘッドコーチは、メダルを獲得したチームとの差について、「高さがまだまだ低く見えるし、正確性も足りない。一生懸命頑張っているというレベルで、人を引きつける魅力がない」と分析しました。
今回の代表選手のうち多くの選手が今後も競技を続けることから、花牟礼ヘッドコーチは「この大会で精神的にも成長し、自信もついたと思うので、絶対に上位に食い込むという意識を持ってやっていきたい」と話していました。







レスリング 湯元進一選手が銅メダル NHKニュース

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レスリング 湯元進一選手が銅メダル
8月11日 3時7分 K10042120311_1208110621_1208110646.mp4
ロンドンオリンピック、レスリングの男子フリースタイル55キロ級で、湯元進一選手が、3位決定戦でブルガリアの選手に勝って、銅メダルを獲得しました。

オリンピック初出場の湯元進一選手は、北京大会の男子フリースタイル60キロ級で銅メダルを獲得した双子の兄の健一選手と、兄弟そろってのオリンピック出場となりました。
湯元選手は1回戦で韓国の選手に逆転勝ちを収めると、アルメニアの選手との対戦となった準々決勝では、第1、第2ピリオドを連取して準決勝に進みました。
準決勝ではグルジアの選手と対戦し、湯元選手は積極的にタックルを仕掛けたものの、逆に相手に背後を取られてポイントを失い、第1と第3ピリオドを奪われて敗れました。
このあと3位決定戦に臨んだ湯元選手は、北京大会で銅メダルを獲得しているブルガリアのラドスラフマリノフ・ベリコフ選手と対戦しました。湯元選手は第1ピリオドを奪うと、第2ピリオドも相手に先制を許したものの、鋭いタックルでポイントを奪い返し、このピリオドも取って、銅メダルを獲得しました。
男子フリースタイル55キロ級でのメダル獲得は、アテネ大会、北京大会に続き、これで3大会連続です。
金メダルは、ロシアのジャマル・オタルスルタノフ選手が獲得しました。
“レスリング人生すべてぶつけて”
湯元進一選手は「オリンピックのプレッシャーを全身に重く感じながら戦っていました。自分のレスリング人生をすべてぶつけて、この舞台で戦ったことが、メダルにつながったと思います」と、笑顔をのぞかせながら、自分の戦いぶりを振り返りました。
翌日の11日の60キロ級に出場する双子の兄、健一選手について、「兄が北京で取った銅メダル以上の結果を出したかったが、抜けなかったなという思いはあります。あすは兄の試合を全力でサポートしたいと思います」と話しました。







サッカー男子 韓国に敗れメダルならず NHKニュース

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サッカー男子 韓国に敗れメダルならず
8月11日 5時42分 K10042126811_1208110623_1208110623.mp4
ロンドンオリンピック、サッカー男子の3位決定戦で、日本は韓国に0対2で敗れ、44年ぶりの銅メダル獲得はなりませんでした。

日本はオリンピックで初めて韓国と対戦しました。
前半、日本は短いパスをつないでチャンスを作りましたが、ゴールを奪うことはできませんでした。
逆に、38分、中盤で韓国にボールを奪われたあと、パク・チュヨン選手にドリブルで持ち込まれ、そのまま先制ゴールを決められ、前半で0対1とリードされました。
後半、日本は大津祐樹選手がドリブルで韓国ゴールに迫りましたが、シュートを止められた直後に、ゴールキーパーのキックからのカウンター攻撃で再び失点し、リードを2点に広げられました。日本は後半42分、コーナーキックに吉田麻也選手が頭で合わせ、ゴールが決まったかと思われましたが、混戦の中でファウルがあったと判定され、得点は認められませんでした。
日本は1点も挙げることができず、0対2で韓国に敗れ、メキシコ大会以来44年ぶりの銅メダル獲得はなりませんでした。
関塚監督“最後で崩しきれなかった”
日本の関塚隆監督は「本当に残念です。ボールがしっかり収まったときには攻撃の形を作れたが、最後のところで崩しきれなかった。後半は落ち着いていこうと話していたが、いちばん警戒していた縦パス1本から抜かれて、失点してしまった」と振り返りました。そのうえで、「中2日の過酷な日程だったが、選手たちは一つになって戦ってくれた。この経験を糧に日本のサッカーが成長していけばいい」と話していました。
吉田選手“また一から”
キャプテンの吉田麻也選手は「悔しいです。相手のロングボールにしっかり対応できなかったし、自分たちがボールを回しているときに点を取れなかったのが痛かった」と振り返りました。そのうえで、「この負けをしっかり受け止めて、また一からやっていきたい。4年後、また下の世代が頑張ってくれることを願います」と話していました。







バレー女子 28年ぶり銅メダル NHKニュース

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バレー女子 28年ぶり銅メダル
8月11日 22時32分 K10042217211_1208112348_1208112349.mp4
ロンドンオリンピック、バレーボール女子の3位決定戦で、日本は韓国にセットカウント3対0のストレートで勝ち、ロサンゼルス大会以来28年ぶりの銅メダルを獲得しました。

世界ランキング5位の日本は、3位決定戦で、ランキング15位の韓国と対戦しました。
第1セット、日本は韓国のミスもあって序盤からリードを広げました。
その後、一時は同点に追いつかれましたが、終盤の3連続ポイントなどでリードを広げ、第1セットを25対22でとりました。
第2セット、日本は序盤で一時7点をリードしましたが、その後は韓国のブロックに苦しみ、終盤、同点に追いつかれました。
それでも日本はこの試合、先発起用された迫田さおり選手のスパイクなどで、粘る韓国を突き放し、このセットも26対24でとりました。
第3セットは一転して韓国にリードされる展開となりましたが、エースの木村沙織選手の連続ポイントで同点に追いつき、終盤は再び迫田選手のスパイクなどでリードしました。
日本は第3セットを25対21でとり、セットカウント3対0で韓国にストレート勝ちし、1984年のロサンゼルス大会以来28年ぶりとなる銅メダルを獲得しました。
この試合、日本は、迫田選手がチームトップの23得点の活躍でした。
迫田選手“思いっきりやれた”
迫田さおり選手は「先発で起用されたことに不安はありましたが、自分の役割を果たそうと思いっきりやれてよかったです。最高の舞台で戦えたことに感謝しています」と話していました。
木村選手“リベンジを果たせた”
木村沙織選手は「韓国には前回負けていたので、リベンジを果たせてよかったです。オリンピックの銅メダルは本当にうれしいです。みんなでつないだボールをしっかりと決めることができました」と話していました。
竹下選手“内容の濃いバレー人生”
チーム最年長、34歳の竹下佳江選手は「たくさんの仲間に支えられ、多くの人に巡り会うことができました。内容の濃いバレー人生だったと思います。自分自身、本当によく頑張れたと思います」と話していました。
荒木選手“いろいろな人に支えられた”
日本のキャプテン、荒木絵里香選手は「いろいろな人に支えられてここまで来ることができました。このチームのメンバーで銅メダルという形にできたことがうれしいです」と話していました。
眞鍋監督“選手やスタッフに感謝したい”
眞鍋政義監督は「3年半の間やってきたことをやろうと、ただそれだけでした。厳しい練習をしてきた選手や、サポートしてくれたスタッフに感謝したいです」と話していました。




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最終更新:2012年08月27日 07:25