マネキン、防犯カメラ、貼り紙…限界集落“現代の八つ墓村”の異様な光景
産経新聞8月3日(土)18時7分
閑かな集落を恐怖に陥れた保見光成容疑者の自宅玄関前。集落の中では「浮いた」存在だった=7月26日午後、山口県周南市(大塚聡彦撮影)
緑深い山間(やまあい)の集落は、一夜を境に殺戮(さつりく)の舞台と化した。参院選が投開票を迎えた7月21日から翌日にかけて、山口県周南(しゅうなん)市金峰(みたけ)の集落で、住民の男女5人の他殺体が見つかった。突如の惨劇は、集落のたたずまいも相まって、さながら映画化もされた小説「八つ墓村」を想起させた。事件発生から6日目、山口県警は殺人などの容疑で同じ集落の保見光成(ほみ・こうせい)容疑者(63)を逮捕。潜んでいたのは、集落からそう遠くない山の中だった。集落は、住民の過半数を高齢者が占める「限界集落」だったが、保見容疑者の自宅だけは、そこに似つかわしくない防犯カメラ、上半身だけのマネキン、不審な貼り紙…と、風景に溶け込まない異様さを漂わせていた。(岡野祐己)
■14人だけが住む集落
「金峰で放火殺人事件が起きたんでしょう。あんな山奥で人が殺されるなんて信じられないねえ」
JR徳山駅から北東に約16キロ。タクシーの男性運転手はこう言って、現場に車を走らせた。
背の低いビルや数軒のコンビニなどが立ち並ぶ市街地はすぐに通り過ぎ、10分ほどで車道が山に囲まれた。車1台がやっと通れるほどの曲がりくねった山道を緑の森を抜けるように進む。運転手は「こんなところ、地元に住む私でも来たことがない」。
そこが現場だということは、警察が張った黄色い規制線と、真っ黒に焼け落ちた民家の残骸でわかった。放火された2軒目の民家もすぐそばにあった。
事件が起きた金峰の郷(ごう)集落は、8世帯14人が住む「限界集落」だ。10人以上が65歳以上の高齢者。民家は約600メートルの道沿いにぽつぽつと点在する。周囲を標高750メートルの山々が囲み、夏には蛍が飛び交う清流が流れる。事件さえなければ「日本の原風景」に近かったのかもしれない。
携帯電話は一切通じない。かつては130人ほどの児童がいたという小学校は、平成15年に廃校となり、現在は公民館になっていた。
■「浮いた」容疑者宅
そんな集落が突然、全国に知れ渡った。
最初に事件が起きたのは21日午後9時ごろ。貞森誠さん(71)宅で火災が起き、焼け跡から貞森さんと妻の喜代子さん(72)の遺体が発見された。ほぼ同時に約80メートル離れた山本ミヤ子さん(79)宅でも火災が発生、山本さんの遺体が見つかった。さらに翌22日正午ごろには、2軒の民家でそれぞれ、河村聡子さん(73)と石村文人さん(80)の遺体が発見された。5人はいずれも頭を複数回殴られ、ほぼ即死だった。
保見容疑者は逮捕後、「木の棒で殴った」と話しているという。
被害者5人のうち4人と交流が深かったという建設業の男性(79)は「みんな恨まれるような人ではなかったのに、なぜこんなことに」と唇をかんだ。
県警は同日、自宅の窓に「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と放火をほのめかすような紙を貼っていたり、周囲とのトラブルがあったことなどから、山本さん宅の隣に住む保見容疑者を重要参考人とし、付近の山中を捜索した。
保見容疑者宅には不審な貼り紙のほか、玄関先に上半身だけのマネキンや防犯カメラもあり、集落で1軒だけが「浮いて」いた。
■孤立、集落の“火種”に
なぜ、事件発覚直後に保見容疑者の存在がクローズアップされたのか。
周辺住民らによると、金峰出身の保見容疑者は約15年前、母親の死をきっかけに、当時暮らしていた川崎市から父親がいるこの集落に帰郷した。父親の死後は、あいさつを交わさず回覧板も受け取らなくなったといい、集落での孤立が深まったという。
孤立のきっかけは何だったのか。保見容疑者は町おこしを提案したところ住民に反対されたり、飼い犬が「臭い」と苦情を言われたりしていたとの情報もある。
平成23年元日には、周南署に「周辺から悪口を言われている」と相談していたことも判明。そこからは自分だけが集落の中で阻害されているといった感情を抱いていたことがうかがえるが、それより前から、保見容疑者が集落の“火種”になっていたというエピソードも聞こえてくる。
犠牲になった河村聡子さんと夫は、10年ほど前から何者かに襲われるかもしれないと怯え、就寝時は非常時に備えて棒を傍らに置き、夫婦が1階と2階に分かれて寝ていた。さらには、家を空けて放火されないよう、旅行さえも夫婦別々に行っていたという。
こうした用心は、15年6月に河村さん宅の倉庫で不審火があったためだ。ただ、放火犯は特定されていない。
今回の事件当日、夫は知人と旅行で不在だった。知人は夫婦を誘ったが、2人で家を空けて放火されることを恐れ、河村さんが1人残ったという。旅先で事件を知った夫は知人に、保見容疑者が以前、周辺住民に「ぶち殺すぞ」と怒鳴っていたことを明かしていた。
■「八つ墓村」ではない現実の悲劇
保見容疑者は火災が起きる直前の21日昼、同じ集落の住人と会話したのが確認されていたが、その後は姿を消した。
県警は22日以降、細い山道を走るオートバイや警察犬も投入し、川ではウエットスーツ姿の捜査員が遺留品などの捜索にあたった。保見容疑者宅には2台の車が止められたままで、自転車に乗った形跡や、付近で盗難車の届け出もなかったことから、県警は徒歩で集落を出たとみていた。
また、保見容疑者はかつて左官職人だったことから、捜査関係者は「山の中にでも秘密の基地を作っているのかもしれない」と、真顔で話してもいた。
結局、26日午前、住民らが避難する公民館の北約1キロの山中で、上下とも下着姿、足ははだしで発見された。凶器や所持品はなく、事件発生からの5日間、いかに山中で生き延び、食料はどう確保したのか。
周南署幹部によると、亡くなった河村さんの夫は衰弱し、妻の死を受け止められない状態という。
山間の集落で起きた大量殺人は、平成の「八つ墓村」のようにも語られるが、映画、ドラマと何度も映像化された横溝正史の推理小説「八つ墓村」は、昭和13年に岡山県で起きた「津山30人殺し」も元にしているとされる。若者が2つの集落の30人を日本刀や猟銃などで次々に殺害。自身も自殺した前代未聞の事件だ。
映画「八つ墓村」(昭和52年)は、当時のCMで流れた「祟(たた)りじゃ〜」というフレーズが、子供から大人まで流行した。
時代は変わり、小説や映画ではなく、現実に5人の命が狭い集落の中で奪われた。現代に起きた悲劇。その真相がわかる日は来るのだろうか。
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