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日記/2013年12月23日(MON)/今日のまとめ
2013-12-24









【ニュース記事一覧】

天皇誕生日 皇居で一般参賀 NHKニュース

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20131223/k10014043951000.html

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天皇誕生日 皇居で一般参賀
12月23日 17時1分

天皇誕生日の23日、皇居では、天皇陛下の80歳、傘寿の誕生日を祝う一般参賀が行われました。

天皇陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻、そして、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さまと共に、午前中3回、宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに手を振って応えられました。
天皇陛下は、おことばの冒頭で、「80歳の誕生日を迎え、皆さんの祝意を受けることに深く感謝します」と述べられました。
続いて、ことしを振り返り、「東日本大震災の復興が、いまだ、その途上にあるなかで、ことしは大きな台風が大島を襲い、また、少なからぬ地方が風水害の被害に苦しみました」と話されました。
そして、「これからも被災者のことを思いつつ、国民皆の幸せを願って過ごしていくつもりです。きたる年が、皆さんにとり、よい年であるよう祈っています」と述べられました。
午後からは、宮殿で、安倍総理大臣や衆参両院の議員、それに各界の代表など500人余りが出席して祝宴が開かれました。
このあと、日本に駐在するおよそ140の国や地域の代表らとの茶会も開かれ、天皇陛下は皇族方と共に、華やかな民族衣装を身に着けた大使夫妻などと和やかに歓談されました。
皇居では一般の人たちを対象にした記帳も受け付けられ、23日一日で、平成に入って2番目に多い、およそ2万9000人がお祝いに訪れました。







天皇陛下の記者会見 全文 NHKニュース

ttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20131223/k10014040031000.html

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天皇陛下の記者会見 全文
12月23日 5時7分

天皇陛下は23日、80歳、傘寿の誕生日を迎えられました。
誕生日を前に皇居・宮殿で行われた記者会見の全文は次のとおりです。

(宮内記者会代表質問)
(問1)
陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になって、まもなく四半世紀が刻まれます。
昭和の時代から平成の今までを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。
80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせください。
(天皇陛下)
80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。
私が学齢に達したときには中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。
終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。
この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。
前途にさまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましいかぎりです。
戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、さまざまな改革を行って、今日の日本を築きました。
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時のわが国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。
戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。
傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地でさまざまに、わが国の向上、発展に尽くしている人々に日々、感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。
すでに80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できるかぎり役割を果たしていきたいと思っています。
80年にわたる私の人生には、昭和天皇をはじめとし、多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接、間接に、さまざまな教えを受けました。
宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。
天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。
皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。
これからも日々、国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。
(問2)
両陛下が長年続けられてきた「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問について、来年を最後に若い世代に譲られると宮内庁から発表がありました。
こうした公務の引き継ぎは、天皇陛下と皇太子さまや秋篠宮さまとの定期的な話し合いも踏まえて検討されていることと思います。
現在のご体調と、こうした公務の引き継ぎについてどのようにお考えかお聞かせください。
(天皇陛下)
「こどもの日」と「敬老の日」にちなんで、平成4年から毎年、子どもや老人の施設を訪問してきましたが、再来年からこの施設訪問を若い世代に譲ることにしました。
始めた当時は2人とも50代でしたが、再来年になると、皇后も私も80代になります。
子どもとはあまりに年齢差ができてしまいましたし、老人とはほぼ同年配になります。
再来年になると皇太子は50代半ばになり、私どもがこの施設訪問を始めた年代に近くなります。
したがって再来年からは若い世代に譲ることが望ましいと考えたわけです。
この引き継ぎは体調とは関係ありません。
負担の軽減に関する引き継ぎについては、昨年の記者会見でお話ししたように、今のところ、しばらくはこのままでいきたいと思っています。
(問3)
ことしは五輪招致活動を巡る動きなど皇室の活動と政治との関わりについての論議が多く見られましたが、陛下は皇室の立場と活動についてどのようにお考えかお聞かせください。
(天皇陛下)
日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と規定されています。
この条項を遵守(じゅんしゅ)することを念頭において、私は天皇としての活動を律しています。
しかし、質問にあった五輪招致活動のように、主旨がはっきりうたってあればともかく、問題によっては、国政に関与するのかどうか、判断の難しい場合もあります。
そのような場合はできるかぎり客観的に、また法律的に、考えられる立場にある宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています。
今度の場合、参与も宮内庁長官はじめ関係者も、この問題が国政に関与するかどうか一生懸命考えてくれました。
今後とも憲法を遵守する立場に立って、事に当たっていくつもりです。
(関連質問)
質問させていただきます。
先日、陛下は皇后さまとインドを訪問され、日印の友好親善をさらに深められました。
53年ぶりとなったインド公式訪問の御感想をお聞かせ願うとともに、国際友好親善に際して陛下が心掛けていらっしゃることについても併せてお聞かせください。
(天皇陛下)
このたびのインドの訪問は、インドとの国交60周年という節目の年にあたっておりましてインドを訪問したわけです。
インドを初めて訪問しましたのは当時のプラサド大統領が日本を国賓として訪問されたことに対する答訪として、昭和天皇の名代として訪問したわけです。
当時は、まだ国事行為の臨時代行に関する法律のない時代でしたから、私が天皇の名代として行くことになったわけです。
当時のことを思い起こしますと、まだインドが独立してまもない頃、プラサド大統領は初代の大統領でしたし、これからの国造りに励んでいるところだったと思います。
ラダクリシュナン副大統領は後に大統領になられました。
それからネルー首相と、世界的に思想家としても知られた人たちでしたし、その時のインドの訪問は振り返っても意義あるものだったと思います。
そして、私にはそれまでヨーロッパと中国の歴史などは割合に本を読んだりしていましたが、その間に横たわる地域の歴史というものは本も少なく、あまり知られないことが多かったわけです。
この訪問によって両地域の中間に当たる国々の歴史を知る機会に恵まれたと思います。
今度のインドの訪問は、前の訪問の経験がありますので、ある程度、インドに対しては知識を持っていましたが、一方で、日本への関心など非常に関心や交流が深くなっているということを感じました。
ネルー大学での日本語のディスカッションなど日本語だけで非常に立派なディスカッションだったように思います。
また、公園で会ったインドの少年が、地域の環境問題を一生懸命に考えている姿も心に残るものでした。
そういう面で、これからインドとの交流、また、インドそのものの発展というものに大きな期待が持たれるのではないかという感じを受けた旅でした。







天皇陛下の歩み 前侍従長語る NHKニュース

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天皇陛下の歩み 前侍従長語る
12月23日 17時34分

天皇皇后両陛下に10年余りにわたって仕えた前侍従長の渡辺允さんは、天皇陛下の80歳の誕生日を前にNHKのインタビューに応じ、「天皇陛下は、常に国民の幸せを願い、象徴として何をなすべきか考えながら歩まれてきた」と語りました。

この中で渡辺前侍従長は、天皇陛下が誕生日の会見で80年を振り返り最も印象に残っているとした先の戦争について、「天皇陛下は11歳で終戦を迎え、疎開先から戻って一面焼け野原となった東京の街を目にして大変強烈な印象を受けられたのだと思う。今の日本の平和や繁栄は、戦争で国のために命を落とした大勢の人たちの犠牲の上に成り立っているとお考えなのだろう」と述べました。
そして、「戦没者の霊を慰めたい、遺族ができるだけ幸せでいてほしいという気持ちで、長年慰霊などに取り組まれてきた。戦争と平和の問題は、天皇陛下のお気持ちの非常に深いところにあるもので、生涯をかけてこれからも取り組まれていくだろう」と話しました。
一方、平成3年に、長崎県の雲仙普賢岳の被災地を見舞って以来、阪神・淡路大震災や東日本大震災など、大きな災害のたび被災者を励まされてきたことについては、「国民の近くにありたい、国民と苦楽を共にし国民のために尽くそうという気持ちの表れだと思う」と述べました。
そのうえで、「交わすことばはひと言かふた言かもしれないが、あなたを大事に思っていますという気持ちを伝え、『今何が一番悲しいですか』『本当に大変ですね』などと心の会話をされている。ひざをついて被災者と同じ目の高さで話をされるのも、1人の人間としてきちっと相対してことばをかけ話を聞きたいという気持ちがあるからだろう」と語りました。
また、障害者など社会的に弱い立場の人たちに心を寄せ続けられてきたことについては、「苦しみや悲しみ、困難を抱えているにも関わらず一生懸命生きようとしている人たちに寄り添い、慰め、励ましたいという思いが根底にあり、長年実践してこられたのだと思う」と話しました。
そして、天皇陛下のこれまでの歩みについて、「常に国民一人一人の幸せを願い、皇室の伝統を踏まえつつ時代の要請に応えていくために、象徴たる天皇には何が期待され、何をなすべきなのかを考え、見いだそうとしながら、これまで歩まれてきたのだと思う」と語りました。







校庭で父子が無理心中か 父親死亡 NHKニュース

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校庭で父子が無理心中か 父親死亡
12月23日 23時0分

23日午前、東京・文京区の小学校の校庭で、49歳の父親が、息子と共に灯油のようなものをかぶって火をつけた事件で、意識不明になっていた父親が、23日夜、死亡しました。
父親と息子は別居中だったということで、警視庁は、現場の状況から無理心中を図ったとみて、動機などを調べています。

23日午前10時半ごろ、東京・文京区千駄木の汐見小学校の校庭で、父親が息子と共に灯油のようなものをかぶって火をつけ、2人とも全身にやけどを負いました。
警視庁は、息子と無理心中を図ったとみて調べていますが、父親で近くに住む会社員の茂木龍太容疑者(49)が、23日夜8時すぎに死亡したということです。
9歳の息子は、意識不明の重体です。
これまでの調べによりますと、父親と息子は別居中で、小学校で野球の練習をしていた息子を父親が校庭の隅に連れ出し、頭から灯油のようなものをかぶって火をつけたということです。
去年5月には、母親が当時住んでいた台東区の警察署に、「別居中の夫が突然現れて、子どもの手をつかんだ」と相談していて、警察署では、自宅周辺のパトロールや母親への電話連絡を続けたということです。
その後、異常はなく、弁護士を通じて離婚調停も進められていたことから、去年12月に母親や親族の了解を得てパトロールなどを終えたということです。
警視庁は、父親の動機やこれまでの行動などを調べています。







世田谷一家殺害まもなく13年 情報提供呼びかけ NHKニュース

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世田谷一家殺害まもなく13年 情報提供呼びかけ
12月23日 12時18分

東京・世田谷区の住宅で一家4人が殺害された事件からまもなく13年になるのを前に、警視庁の捜査員が近くの駅で改めて情報提供を呼びかけました。

この事件は平成12年の大みそかに、東京・世田谷区上祖師谷の住宅で会社員の宮沢みきおさん(当時44)の一家4人が殺害されているのが見つかったものです。
まもなく13年になりますが、事件は未解決で、警視庁は専従班を設けて、捜査員およそ40人の態勢で捜査を続けています。
23日は、捜査員が現場に近い成城学園前駅など4つの駅で、通りかかった人に犯人の特徴や服装、捜査本部の連絡先が書かれたチラシやマスクを手渡し情報提供を呼びかけました。
警視庁によりますと、事件の次の年には不審者の目撃などおよそ5700件の情報提供がありましたが、年々減少し、ことしは90件ほどとこれまでで最も少なくなっているということです。
警視庁の青木樹哉捜査一課長は「どんな、ささいな情報でも寄せてほしい。13年という年月に諦めることなく全力で捜査していきたい」と話しています。
情報の受け付けは成城警察署の捜査本部で電話番号は03-3482-3829です。







首相 橋下氏に政権運営協力求める NHKニュース

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首相 橋下氏に政権運営協力求める
12月23日 22時5分

安倍総理大臣は日本維新の会の橋下共同代表らと東京都内で会談し、「政権を担当してから1年がたつが、いろいろと苦労が多い」と述べたうえで、来年の通常国会への対応をはじめ、政権運営に協力を求めました。

安倍総理大臣は23日夜、東京都内のホテルで日本維新の会の橋下共同代表と会談し、菅官房長官と自民党の石破幹事長、維新の会の松井幹事長と松野・国会議員団幹事長が同席しました。
このなかで安倍総理大臣は、「政権を担当してから1年がたつが、いろいろと苦労が多い。今後とも可能な限り協力をお願いしたい」と述べ、来年の通常国会への対応をはじめ、政権運営に協力を求めました。
一方、橋下氏は、大阪府と大阪市を再編する「大阪都構想」について、「重要な理念であり、自民党にも思いを共有していただいていると思う。実現に向けて力を貸してほしい」と述べ、来年の秋に構想の是非を問う住民投票を控えていることなどを踏まえ、政府・自民党の協力を要請しました。







核軍縮に被爆地・長崎の声を反映へ NHKニュース

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核軍縮に被爆地・長崎の声を反映へ
12月23日 4時9分

岸田外務大臣は来月、長崎市で核軍縮をテーマにした講演会を開き、アメリカのいわゆる「核の傘」の下にあることを踏まえ、まずは核兵器の数の削減を目指すことなどを説明したうえで、出席者と意見を交わし、政府の取り組みに被爆地・長崎の声を反映させたい考えです。

核軍縮を巡って、政府はことし10月、「核兵器はいかなる状況でも使用すべきではない」とする国連総会の委員会で発表された共同声明に初めて参加したほか、来年4月に広島市で軍縮や核の不拡散に関する国際会議を開くことにしています。
こうしたなか、岸田外務大臣は、来月20日に長崎市の長崎大学で核軍縮をテーマにした講演会を開くことになりました。
この中で岸田大臣は、アメリカの核抑止力、いわゆる「核の傘」の下にあることを踏まえ、現実的な核軍縮を進めるため、まずは核兵器の数の削減を目指すことや、唯一の戦争被爆国として核兵器の悲惨さを訴え続けていくことなどを説明することにしています。
そのうえで岸田大臣は、出席者と率直に意見を交わし、核軍縮に向けた政府の取り組みに被爆地・長崎の声を反映させたい考えです。
講演会への参加申し込みは、外務省が来月8日までホームページで受け付けています。







陸自の銃弾 国連通じて韓国軍に提供へ NHKニュース

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陸自の銃弾 国連通じて韓国軍に提供へ
12月23日 12時18分

南スーダンで、軍の部隊どうしの衝突が続くなか、政府は、現地でPKOに参加している韓国軍からの要請を受けて、陸上自衛隊の銃弾、およそ1万発をPKO協力法に基づき、国連を通じて、提供する方針を固めました。
防衛省によりますとPKO協力法に基づいて、国連に武器が提供されるのは初めてです。

南スーダンでは、今月15日以降、首都ジュバでキール大統領を支持する軍の部隊とマシャール前副大統領を支持する部隊との戦闘が続き、東部のジョングレイ州では国連の施設が襲撃され、PKO部隊のインド軍兵士など少なくとも10数人が死亡するなど、混乱が続いています。
こうしたなか、ジョングレイ州でPKO活動に参加している韓国軍から、日本政府に対し、銃弾を提供してほしいという要請がありました。
このため、防衛省は、23日朝、小野寺防衛大臣や、岩崎統合幕僚長ら、防衛省・自衛隊の幹部が集まって対応を協議した結果、南スーダンに派遣している陸上自衛隊が所有する小銃用の5.56ミリ弾およそ1万発をPKO協力法に基づき、国連を通じて、韓国軍に提供する方針を決めました。
政府は、国家安全保障会議の関係閣僚が対応を協議し午後にも、持ち回りの閣議で正式に決定することにしています。
防衛省によりますと、PKO協力法に基づいて、国連に武器が提供されるのは初めてで、自衛隊の銃弾は、早ければ23日午後にも国連のヘリコプターで、ジュバからジョングレイ州への輸送を検討しているということです。







初の銃弾提供実施 「三原則の例外措置」 NHKニュース

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初の銃弾提供実施 「三原則の例外措置」
12月23日 23時53分

南スーダンのPKO活動に関連し、政府は、陸上自衛隊の銃弾1万発をPKO協力法に基づき、国連を通じて韓国軍に提供しました。
PKO協力法に基づき国連に武器が提供されたのは初めてで、政府は、緊急性が高いことから、いわゆる武器輸出三原則の例外措置として実施したとする官房長官談話を発表しました。

南スーダンでは今月15日以降、首都ジュバでキール大統領を支持する軍の部隊とマシャール前副大統領を支持する部隊との戦闘が続き、東部のジョングレイ州では国連の施設が襲撃され、PKO部隊のインド軍兵士など少なくとも10数人が死亡するなど、緊張が高まっています。
こうしたなか、ジョングレイ州でPKO活動に参加している韓国軍から日本政府と国連に対し、部隊と避難民の防護に備え弾薬が不足していることから、PKOに参加している陸上自衛隊が所有する小銃用の5.56ミリ弾を提供してほしいという要請がありました。
これを受けて23日、安倍総理大臣や小野寺防衛大臣ら、国家安全保障会議の関係閣僚が総理大臣公邸で、対応を協議しました。
その結果、PKO部隊の中で同じ型の銃弾を保有しているのは陸上自衛隊だけであること、提供しなければ避難民の防護などに支障が出ることなどから、PKO協力法に基づき、自衛隊が所有する銃弾1万発を国連を通じて韓国軍に提供する方針を決め、23日午後、持ち回りの閣議で正式に決定しました。
自衛隊の銃弾は日本時間の23日夜、韓国軍に提供されました。
PKO協力法に基づいて、国連に武器が提供されたのは初めてです。
政府は過去に国会で、PKO活動での物資協力に関連して、国連への武器や弾薬の提供は「含めない」という見解を示し、「国連側からそういった要請があると想定しておらず、仮にあったとしても断る」などと答弁しています。
政府は今回の措置について、「一刻を争う緊急事態であり、緊急性と人道性が極めて高いことから提供することを判断した」と説明しており、あわせて武器の輸出を原則として禁じてきた、いわゆる武器輸出三原則の例外措置として実施したなどとする官房長官の談話を発表しました。







南スーダン 東部など戦闘続く NHKニュース

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南スーダン 東部など戦闘続く
12月23日 19時7分

大統領の支持者と前副大統領の支持者との衝突が続く南スーダンでは、東部などで激しい戦闘が続き、国連は、各地の国連の施設に避難している住民の保護のため、兵力を増強する方針を示しました。

南スーダンでは今月15日、首都ジュバで、キール大統領を支持する軍の部隊と、マシャール前副大統領を支持する部隊が衝突したのをきっかけに、地方に戦闘が広がっています。
このうち、東部ジョングレイ州の州都ボルの周辺では戦闘が激しさを増していて、国連によりますと、ボルにある国連の施設には住民およそ1万5000人が避難しているということです。
これを受けて国連は22日、声明を出し、ジョングレイ州の施設から文民の要員をジュバに避難させるなどの措置を取る一方、各地の国連の施設に避難している合わせて2万人の住民の保護に当たるため、ジョングレイ州を中心に兵力を増強する方針を示しました。
ボルを訪れた国連のトビー・ランザー特別副代表は「施設の警備を強化し、国連の保護下にあるすべての住民の安全を守ることが、今最も重要なことだ」と述べたうえで、戦闘の当事者に自制を促しました。







韓国機関「粛清 チャン氏が指示拒否したため」 NHKニュース

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韓国機関「粛清 チャン氏が指示拒否したため」
12月23日 15時45分

北朝鮮によるチャン・ソンテク前国防委員会副委員長粛清の背景について、韓国の情報機関、国家情報院は「組織間の利権争いなどをキム・ジョンウン第1書記が改めるよう指示したのをチャン氏が拒否したためだった」とする報告を出しました。

これは、韓国国会の情報委員会所属の議員らが23日、国家情報院から受けた報告として明らかにしたものです。
この中で国家情報院は、チャン・ソンテク氏粛清の背景について、「組織間の利権争いやチャン氏の側近の越権行為がたび重なったため、キム・ジョンウン第1書記が改めるよう指示したにもかかわらず、チャン氏が拒否し、キム第1書記による指導体制に背いたと結論づけられた」としています。
また、チャン氏に対する判決文の中でクーデターを企てたとされた部分については、処刑を正当化するために疑いを誇張したとの見方を示しました。
現在の北朝鮮指導部の状況については、党などに対する検閲が強化され、これを進めているキム・ウォンホン国家安全保衛部長がキム第1書記側近の中でも実力者として浮上したとしています。
ただ、現在のところ、チャン氏に近かった幹部の身辺に異変はなく、妻でキム・ジョンイル総書記の妹のキム・ギョンヒ書記も活動を自制しているだけで、キム第1書記の権力掌握にも問題はないとの見方を示しました。
韓国に対する挑発や核実験強行の可能性もあるとしながらも、現時点で差し迫った状況ではないとしています。







元NBAロドマン氏 北朝鮮訪問終える NHKニュース

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元NBAロドマン氏 北朝鮮訪問終える
12月23日 14時9分

NBA=アメリカプロバスケットボールの元選手、デニス・ロドマン氏がことし3度目の北朝鮮訪問を終えて中国の北京に到着し、北朝鮮としては、チャン・ソンテク前国防委員会副委員長の粛清後も国内に動揺はないことを印象づけたい思惑があるとみられます。

今月19日から北朝鮮のピョンヤンを訪れていたNBAの元スター選手、デニス・ロドマン氏は、5日間の日程を終え、23日午前、経由地の北京の空港に到着しました。
ロドマン氏の訪朝は、ことしに入って3回目で、今回の訪問で、ロドマン氏は北朝鮮のバスケットボールチームの選手たちに直接、指導を行いました。
ただ、キム・ジョンウン第1書記との面会はなかったとみられており、これについて、ロドマン氏は「特に心配していない。いずれまたすぐ、北朝鮮を訪問し、彼とも会う機会があるだろう」と述べました。
ロドマン氏は、来月8日のキム第1書記の誕生日に合わせて、みずからが率いるバスケットボールチームと北朝鮮のチームとの親善試合を行うため、近く、再び北朝鮮を訪問する予定だということです。
北朝鮮としては、ロドマン氏の訪問を受け入れることで、チャン・ソンテク前国防委員会副委員長の粛清後も国内に動揺はないことをアメリカなどに印象づけたい思惑があるとみられます。







タイ 議会選挙戦開始で混乱懸念 NHKニュース

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タイ 議会選挙戦開始で混乱懸念
12月23日 4時9分

反政府デモの拡大を受けて来年2月に議会選挙が行われるタイでは、23日から事実上の選挙戦が始まりますが、デモ隊側は選挙の延期を求めて立候補の受け付けが行われる会場の周辺で抗議行動を続けていて混乱が懸念されています。

タイの首都バンコクでは、先月から反政府デモが続き、22日もインラック首相の退陣や兄のタクシン元首相の影響力の排除を求める数十万人規模の抗議行動が大通りで行われました。
インラック首相は今月、議会下院を解散し、来年2月に行われる議会選挙で民意を問う方針で、立候補の受け付けは23日午前からバンコクで始まる予定です。
これに対しデモ隊側は選挙の延期などを求めて立候補の受け付けが行われる会場の周辺で前夜から抗議行動を続けていて、立候補の手続きに訪れる与党の関係者や支持者との間で混乱が起きることが懸念されています。
今回の選挙を巡っては、最大野党の民主党も、政治改革を先に実施することを訴えて、選挙をボイコットすることを表明しており、タイの政局は当面、混乱が続くものとみられます。








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