第壱話 童貞襲来>

第壱話 童貞襲来



「旅に出たい・・・」

モノクロのブラウン管の向こう側で繰り広げられる青春ドラマのような
小恥ずかしいセリフが自分の口から出た後に、深いため息が一つ出た。
目の前で、きらきらと光り輝くパソコンのモニターとは裏腹に自分の日常には光るものが何も無い。
今日もライフワークであるAV屋でのアルバイトが終わって、つい1時間ほど前に帰宅したばかりだ。
毎日が同じことの繰り返しに節穴は気づかないフリをしていた。




「彼女が欲しい・・・・」



クールな節穴さんで通っている俺にとって、こんなセリフは人の前で吐くことは許されない。
こんな俺にも彼女がいた時期があったが、2年前に別れてしまった。
自分の性格の何が悪かったのか未だに分らない。
そして、22歳にもなってまだ童貞を熟させていることも、どうにも解せない。
"童貞"の二文字を考えると、どうしようもない程の焦燥感に襲われる。

「童・・貞・・・・かぁ・・・・。」

――早く卒業したい
セックスセックス・・・
――早く女を知りたい
セックスセックスセックス・・・
――男と女の桶狭間
セックスセックスセックスセックス・・・・
――恥丘の茂みの中を垣間見たい
セックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックス・・・・


セックス・・・・・
セッk・・・・・・
sE・・・・・・・



気づけば暗い部屋で一人、テレビをつけたまま僕は震えていた・・・
つい先ほどまで、新人巨乳アイドルが大物芸人にいじられて騒いでいた事がウソの様に、テレビの画面は砂嵐で溢れ返っている。


「また・・か・・・・」
そうだ・・・いつも、いつもこうだ。
"彼女"と"童貞"の二つを考え出すと止まらない。
時間がいつの間にか俺を置いて駆け抜けて行ってしまう。

もう考えない様にしようと、何度決めたことか・・・
何とか成るから大丈夫だと、何度自分に言い聞かせたことか・・・

もう、今日は――寝よう・・・・・
寝て、またいつもと同じ明日を平凡に生きていこう・・・・

"生きていれば何か良いことがあるさ"と自分に言い聞かせて、俺は床に着こうとした。

ベッドに寝転んだ、まさにその時、股間に激痛が走るッ!!!!!







――――ズギュゥゥゥーン――――――







「・・・ッゥ・・・くッ・・・あ」

この痛みは、今までに経験したことの無い痛みだ。
気を失ってしまいそうな程の痛みだ。


「くっ・・・あああ!!」

早く医者に行かなければ、救急車を呼ばなければ
そう考えていても、痛みが思考の邪魔をし、手足に脳からの信号が伝わらない。


「かッ・・・くああッ・・・・ああああああああああああッ!!!」

痛みの呪縛を振り払い、電話を手に取る。


「い・・・1・・・いち・・・き、9・・・・」
必死に電話を操作し、119に電話をかける。



――プルルル・・・・・


――ガチャッ・・・

「こちら、119番 消防局です。火事ですか?救急ですか?」
流石と言ったところだろうか、すぐにオペレーターが対応した。

「き、急・・・救急で・・・す・・・」
痛みと戦いながら必死に応えた。

「どなたがどうされましたか。」
オペレーターはマニュアル通りだが、迅速に話を進めて行く。

「お、俺・・・・k、こ、股間が・・・しめつk・・・締め付けられるように・・・痛い・・・」
しかし、俺の股間は限界を越えており、臨界点を突破しようとしていた。

「住所と電話番号を教えてください!!」
オペレーターは俺の状態を察知して、焦りが出てきたのか口調が荒くなっていた。

「い、いばらk・・・こ・・・g・・・カ・・・レー・・・・」
俺は、ここで意識を失った。




束の間に意味など


知り得る術も無く


ただ 鮮やかさだけ 昨日に駆け抜けた


まるで 回るmerry-go-round

痛み忘れ巡り行く

まだ たどり着く場所
見当たらず進む

ただ 例えれば

実る果実の 芳しく眩い香りも

ひとつ 季節彩り
そっと 枯れ落ちたとて・・・・



俺の頭の中で数年前に急逝したロックスターの歌がやわらかに流れる。
「あれ、俺はどうなったんだ・・・死んだの・・・・か?」
昨夜の119への電話の途中から記憶がない。

「つまんねぇ、人生だった。あっけなかったなあ・・・」
自分の人生を達観した気分だった。
しかし、その後にその気分に浸ったことを後悔する言葉を思い出す。



――童貞


「まだだ、まだ死ねない!!一発やるまで死ねるか!!」


"童貞"という言葉が何かを変えたのだろうか。
何か、決定的に流れが変わった。

「・・・な・・・・し・・・・!!」
暖かい声がする。
いつも聞いていた暖かい声だ。
誰の声だろう、子供のころも今もずっと守ってくれる暖かさを感じる。


「ふしあな・・・!!」

母さんの声だ。


「母さ・・・ん・・・・?」
本当に母さんなのか、俺は死んでいないのかを確かめるように
母さんの名前を呼んで見た。

「節穴!大丈夫かい!!心配したんだよ!!」
やっぱり、母さんだ。
俺は、まだ・・・・生きている。


「あ、あぁ・・・ここは・・・?」

「病院だよ・・・あんた、昨日倒れて・・・」
やっぱり、昨日あれから倒れたのか。
母さんは事の顛末を細かに順を追って説明してくれた。
そして、俺は医者の診察を受けるために診察室へと向かった。
診察室では、如何にも医者であると言った風貌の初老の男性が座っていた。

「こんにちは、あのォ・・・俺は一体・・・・」
俺は開口一番に医者に自分の症状について聞いた。

「あの、もしかして、精巣捻転ですか!?」
しかし、医者の答えを待たずに俺はそれらしきものに該当するであろう症状を口走った。

「あの・・・違うんです。違うんですよ・・・・。」
医者は口を重く閉ざし、精巣捻転について否定したきり話そうとはしない。

「あの、早く・・・早く知りたいんです!お願いします!」
正直、たいした事は無いのでないかとタカをくくっていたのだが
あの痛みの原因が何なのか確定しない、中途半端な状況が確実に俺の気持ちを焦らせていた。

「あの・・・ご家族は・・」
医者は家族について聞いてきた。

「います。は、母・・・母が・・・。し、しかし、まず俺に!俺に真実を教えてください!!」
大した事は無いだろうとタカをくくっていた気持ちは、いつの間にか忘却の空の中に消え失せ
焦りだけが俺の心を侵食していた。

「あの・・・あなたね・・・」
医者が話を続ける。

「はい・・・」

「非常に言いにくいのですが、余命一ヶ月なんですよ・・・」


――最悪だ。


「・・・・び、病名は・・・・?」
正直、病名なんてどうでも良かった。
"余命一ヶ月"と言う言葉だけが頭の中に溢れかえり
病名なんて、後で付け足した言い訳の様に感じた。


その時、医者がゆっくりと口を開く。




「あなた・・・童貞です。」


ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!





余命一ヶ月の童貞 -死に至る病、童貞-

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最終更新:2009年06月30日 18:09
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