第七十二話

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239 : ◆qYEA7rCfag :2008/08/23(土) 03:07:29 ID:1SP26gEK0 【タブー】 あなたの後ろには誰も居ません。 それを信じて疑わないようにして下さい。 怪談とは不思議なものです。 意識しなければ怖くないと知っていても、何故か意識してしまうのです。 逆に、意識してしまった怪談は、もうそこに存在すると言えます。 怪談とは言わば恐怖心の塊であって、心霊現象とは関係の浅いものも多くあります。 髪を洗っているときに背後に女性が立ちませんか? 廊下を歩いている時、恐ろしい形相をした男性が肩を掴むイメージは? 夜の帳が下りた今、窓から何者かが覗いていませんか? ドアの隙間は? 襖は? 台所の暗がり、そう……天上付近からあなたを凝視している目はありませんか? あなたの足元に誰か潜んでいませんか? 段差ごとの死角から、何か見えませんか? 何かが立てた物音を聞いて「もしかして誰か居る……?」と思ったことはありませんか? 怪談話においてのタブー。 それは、決して想像してはいけないということです。 先の例としても想像してはいけないのです。 想像は創造に転じ、それは呼び寄せる口実にも成り得ます。 だから今、あなたの背後から視線を感じても、決して振り返ってはいけないのです。 【完】
241 :石原 ◆qW/OVfUbJo :2008/08/23(土) 03:09:53 ID:HORRnlRD0 鬱男と気狂い女 1/4 大学に通っていた頃の話。 キャンパスライフっていうとすげー明るい話みたいに聞こえるが オレにとって大学生時代は地獄だった。 ようするにマジメ学生だったんだな。 友達を一人も作ろうせず、サークルの変に明るい雰囲気も敬遠していた。 毎日、家とキャンパスを往復するだけの日々。 都会の一人暮らしも手伝って、日に日に性格は暗くなり あまりにも人としゃべらないので口が開かなることもままあった。 そんなオレが唯一、交流したと言える存在がいた。 そいつは、安アパートを出た所にある長い昇り坂によく出た。 乳母車を引いた髪の長い女で、婆さんみたいに乳母車を押しながら 坂の上から降りてくる。 オレが坂を登って行ってすれ違う時になると、 女は急にこちらの顔を覗き込んで 「見てください。かわいい赤ちゃんでしょう?」 と声をかけてくる。 で、その乳母車を見ると・・・何も無いんだわ。 汚い毛布が敷いてあるだけで、赤ちゃんの姿は見当たらない。 こっちがビックリして無言でいると、女は「ね?」と笑って そのまま通り過ぎていく。 その微笑んだ時の釣り上がり焦点の合わない目、動物のように出した舌は どう見ても正常な人間のものには見えなかった。 つまり、そういう人なんだな、と。 何か悲劇があって、頭の回路がおかしくなった人なんだなとこっちは勝手に解釈していた。 242 :石原 ◆qW/OVfUbJo :2008/08/23(土) 03:10:39 ID:HORRnlRD0 鬱男と気狂い女 2/4 その日も、オレは陰鬱な気持ちで家を出た。 いっこうに友達はできず、授業もつまらない。その時はネットやる金もなくて本ばかり読んでいた。 「クソ・・・死ね・・・クソ・・・死ね」 そう口ずさんで歩くのが日課だった。世界のみんながオレを憎んでいるような気がした。 そんな精神状態の折り、例の女がやってきた。 坂ですれ違う。女は言う。「見てください。かわいい赤ちゃんでしょう?」 オレはその時、どうにでもなれ!って感じだったので強く言ってやった。 「赤ちゃん?そんなのいませんよ。狂いそうなのはあんただけじゃないんですよ」 女はひどく驚いたようでそわそわしだしたが、最後には今にも襲いかかってきそうな剣幕に変わっていた。 しばらく睨み合った後、女はそのまま坂をくだって行ってしまった。 オレは思った。 「狂人でも幽霊でもいい。殺れるもんならなら殺ってみろ」 頭がおかしくなっていたのは女だけじゃなかった。 それからオレと女のバトルは始まった。 なんと女は次の日、ちゃんと乳母車に赤ちゃんを乗せてきた。 薄汚い毛布の上にチョコンと乗った小さな幼虫の死体。 女はフフフと笑ってこっちに迫ってきた。「かわいいでしょう?」 オレはヒヒヒと笑って返してやった。「つまらない冗談ですね」 それが悔しかったのか女の行動は日に日にエスカレートしていった。 幼虫からミミズ、ミミズからゴキブリ。ゴキブリからネズミの死体。 カラスの死体を乗せてきた時には、さすがに遠くからでも臭いが漂ってきて鼻が曲がりそうだった。 でもオレは負けるつもりはしなかった。 化け物に負けてたまるかというわけのわからない反骨心もあったが 実は頭のおかしい女と出会うのが何よりのたのしみに変わっていったのだった。 243 :石原 ◆qW/OVfUbJo :2008/08/23(土) 03:12:39 ID:HORRnlRD0 鬱男と気狂い女 3/4 恋・・・だったのかもしれない。 正直、その時の自分が何を考えていたのか思い出すことができない。 ただ何日も何日も誰とも話さず、安アパートの中でじっと本を読むしかなかった日々の中で 唯一会話のできる女とのやり取りは、あまりにも刺激的だったんだと思う。 例え両目が釣り上がり、髪がボサボサで、口のひんまがった不気味な化け物だったとしても この世にたった一人の「女」ならば、オレにとっては特別な存在だった。 ただ心配事もあった。 死体のことだ。最初は虫の死体だったが、だんだんと形が大きくなっていき、 今では小動物の死体にまでエスカレートしていた。 「このままじゃ、いつか本当に赤ん坊の死体を連れてくるんじゃないか」 翌日、オレがいつものように坂を登っていくと、やはり向こうから女が降りてきた。 長い黒髪を振り乱し顔を痙攣させながら乳母車をキコキコ押してくる。 オレはさすがに怖くなって逃げようと思ったが、意を決して敵と相対した。 女は言う。「見てください。かわいい赤ちゃんでしょう?」 オレは恐る恐る乳母車の中を除き・・・・・・それから安堵した。 乳母車の中には、赤ん坊の人形が置かれていた。 さすがに本物の死体を持ってくることはできず、偽物を取り繕うしかなかったようだ。 女はオレに馬鹿にされるのかと思ったのか静かにうつむいていた。 しかしこの時、オレはこう言おうとしていた。「付き合って下さい」 今から考えると気味の悪い話だ。 いくら孤独で死にそうだからといって、どこの誰とも知れない、 狂人か幽霊かもわからないようなものに告白するなんて・・・。 244 :石原 ◆qW/OVfUbJo :2008/08/23(土) 03:13:27 ID:HORRnlRD0 鬱男と気狂い女 4/4 だが、この告白は失敗に終わった。 「あの・・・付き」 まで言いかけた後、女の背後から子供が顔を出し「キャッキャッ」と笑ったのだ。 青白い肌をした妙な雰囲気の子供だったが、母親がこれなのだから遺伝だろう。 「子持ちだったのか・・・」 オレはげんなりしてその場に立ちつくしてしまった。 何も言えず呆然としていると、女は気まずそうにして前に進みだした。 はっとしたオレはあきらめきれず、背後から女に声をかけた。 「なんだ。お子さんいるんじゃないですか。今までスミマセンでした」 「え?」 その時、振り返った女の普通に驚いた顔が今でも記憶に焼きついている。 それからオレは彼女と会うことはなかった。 ただ安アパートから出る時、大家さんから アパート周辺を徘徊していた女が狂気のあまり自殺した、という話を聞いた。 昔、男に騙され無理やり子供を堕ろされたために、気が触れてしまったということだ。 これが彼女だったとしたら、あの青白い子供はいったい誰の子だったんだろうか・・・。 了

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