第十三話


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

56 名前: 枯茶 ◆QecdIjob3g [sage] 投稿日: 2008/08/22(金) 22:09:32 ID:T/DM+P/m0
【013/100】
『悲しい手』

1/3
 数年前の夏、新婚の友人が嫁さんの田舎に帰って経験したことです。
友人の嫁さんには兄弟姉妹が多く、甥や姪がいっぱいいて名前と顔が覚えきれないぐらいだったそうです。
お小遣いをあげるとき、出て行くお金が半端じゃなかったと苦笑いで言ってました。小料理屋で飲みながら
そのときの話しを聞いていたのですが、ふと友人の顔が曇って、実はこんな事があったんだがどう思う、と
話し出しました。ビールのジョッキを丁度おかわりしたところで、まだ酔ってるようでもありませんでした。

 庭先で花火をやることになって、大勢の甥・姪がにぎやかにしていたそうです。上は高2で下は保育前、
それぞれお互いに面倒みながら楽しく準備していて、田舎暮らしで育つのも中々いいもんだななどと思って
その光景を眺めていたそうです。そんな時に、ひとりの女の子がシクシク泣き出しました。お気に入りの花火が
自分に回ってこなくてすねているのか、女の子のお姉さんもまわりのいとこ達も困ったようにしています。
しかしわがままで泣き散らしてるのじゃなくて、本当に悲しそうにすすり泣いているのです。そこで友人はその
女の子の姉妹を連れて、近くの店まで花火の買い足しをすることにしました。


57 名前: 枯茶 ◆QecdIjob3g [sage] 投稿日: 2008/08/22(金) 22:10:18 ID:T/DM+P/m0
2/3
  女の子の姉妹と友人は手をつないで、歌を歌いながら夕方の道を浴衣で歩いたそうです。はにかむような
笑顔になった少女を右手に、少女のお姉さんを左手に握って、友人は少し安心しながらゆっくり歩いていました。
すると道端から突然、蛙が飛び出しました。小さな緑色のアマガエルだったそうです。そして次から次へとそれが
飛び出してきて、すぐに十匹ぐらいの集まりになりました。最初はびっくりしてた少女も、歓声をあげて蛙に近づいて
いきました。小さいひざを折り曲げて蛙を観察しています。

 しかし友人はすぐに妙な事に気づきました。目の前で小さな背中を見せている少女とは、ついさっきまで手をつな
いでいたはずなのに、それが振り払われる感触もなく離れていったことです。では右手に今握ってるものは何?
と右側を見ると、涙の跡をほほに残した少女がいました。顔かたちはそっくりで、でも笑い顔にはなっていない
悲しげな表情のままです。友人は左手の少女のお姉さんを見て、つないだ手を少し振ってみました。お姉さんは
仕方ないねえ、というおませな表情をしましたが、友人の右手の方を見ても何も言いません、気づいてないようです。

 いったいどういうことだろうと、日常の見当識を失ってしばらく茫然としていたと友人は言います。
 やがて蛙を見てた少女も右手に戻ってきて、三人で歩き出しました。そのとき涙の跡の少女は、蛙の少女と
重なり合うように溶け込んでいったそうです。このとき初めて友人は体に震えがきました、が、黙っていたそうです。


58 名前: 枯茶 ◆QecdIjob3g [sage] 投稿日: 2008/08/22(金) 22:11:05 ID:T/DM+P/m0
3/3
 あとで親戚の人達から聞いた話だと、蛙の少女には姉のほかに双子の姉妹がいたのだけど、何年か前に事故で
亡くなったのだそうです。それ以来、蛙の少女は口数が少なくなり静かな独り言が増えた。健気に振舞ってはいるが、
どこか内気な様子になり、はかなげに感じられて、折に触れ周囲の涙をさそってるとのこと。

 でも友人が言うには、みんなで花火をしている時の少女は、泣き顔と笑い顔の二重写しから、とっても楽しそう
な笑顔に変わっていったということです。友人は3杯目のビールを待つ間、遠くを見つめるようにしてため息をつき、
「今になって、本当にせつなく思うのは・・・」と語りだしました。

「あの少女が蛙を見に駆け出したとき、俺の手に残ってた小さな手が・・・」友人は自分の手を見つめています。
「びくっとして心細そうに俺の手を握ってきた・・・小さな指で・・・。」運ばれてきたビールをその手で受け取りました。
「あのすがりつくような感触が忘れられん。」そう言って、ビールをぐいっとあおりました。

 言葉を失くして友人の話を聞いていた俺は、一言こういうのが精一杯でした。「でも・・・幸せそうでよかったよな。」
友人はさびしそうに笑いました。「うちの2歳になる娘な。このごろ一人遊びの中で『お姉ちゃん・・・』っていうんだ。」

-完-