第十九話

71 名前: 代理投稿 ◆OTL/VNUGLY [sage] 投稿日: 2008/08/22(金) 22:25:54 ID:xWLnFyo+0
笑う猫様代理投稿 「秋田大飢饉」1/2

天保4年の晩秋、夜も更けた頃、この南村に異形の者が迷い込んできた。
ふらふらとさまよい歩くその躰は人であるが、頭部はまさしく牛のそれであった。
数人の村人がつかまえようとしたその時、松明を手にした隣村のものが十数人現れ、鬼気迫る形相にて

「牛追いの祭りじゃ、他言は無用」

と口々に叫びながら、その異形の者を捕らえ、闇に消えていった。

翌日には村中でその話がひそひそと広がったが、誰も隣村まで確認しにいく者はいなかった。
また、その日食うものもない飢饉の有様では、実際にそれどころではなかた。
翌年には、秋田藩より徳政令が出され、年貢の軽減が行われた。
その折に隣村まで行った者の話によると、すでにその村に人や家畜の気配はなかったとのことだった。
それ以後、近づく者もおらず、今は久しく、その村を知るものはいない。


72 名前: 代理投稿 ◆OTL/VNUGLY [sage] 投稿日: 2008/08/22(金) 22:27:05 ID:xWLnFyo+0
笑う猫様代理投稿 「秋田大飢饉」2/2

重苦しい雰囲気の中で宿の主人は話し終え、そそくさと後片づけのために席を立った。
役人はその場での解釈は避け、役所に戻り、調査台帳をまとめ終えた頃、懇意にしていた職場の先輩に意見を求めた。
先輩は天保年間の村民台帳を調べながら考えを述べた。

大飢饉の時には、餓死した者を家族が食した例は聞いたことがある。
しかし、その大木のあった村では、遺骸だけではなく、弱った者から食らったのであろう。
そして生き人を食らう罪悪感を少しでも減らすため、牛追いの祭りと称し、牛の頭皮をかぶせた者を狩ったのではなかろうか。
おまえの見た人骨の数を考えるとほぼその村全員に相当する。
牛骨も家畜の数と一致する。
飢饉の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。
村民はもちろん親兄弟も、凄まじき修羅と化し、その様はもはや人の営みとは呼べぬものであったろう。
このことは誰にも語らず、その村の記録は破棄し、廃村として届けよ。
この言葉を深く胸に受け止めた役人は、それ以後、誰にもこの話は語らず、心の奥底にしまい込んだ。


「 完 」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年08月23日 00:07