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草原に、二つの人影があった。

「なるほど。つまり、僕はルイズさんに召喚されたんだね?」

野球のユニフォームを来た黒髪の精悍な男性が言った。
それを、制服を着た桃色の髪の少女が返す。

「だからそう言ってるでしょう? それに、あんたが持ってるのは杖じゃないの?」
「これかい? これは、杖じゃなくてバットだよ。僕の相棒さ」

イチローはそう言うと、木製のバットを軽く撫でた。
よく手入れされたアオダモ製のバットである。
そのバット一本で、彼は様々な伝説を打ち立ててきたのだ。

「ふーん。つまりあんたはただの平民ってわけね……」

ガックリと肩を落とすルイズ。
すでに他の生徒たちは召喚を終えて学院へと帰ってしまっていた。
せっかく一人残ってまで召喚を続けたのに、まさか平民が出てくるとは……。
だが、

「平民? それは違うな」

ルイズの言葉をイチローは即座に否定した。

「じゃあ、何だって言うのよ?」
「僕は──メジャーリーガーだ」
「めじゃありいがぁ? それは何?」
「そうか。ここが異世界っていうのなら、実演して見せた方が早いな」

そう言うや否や、イチローはバットを持って構えた。
それはかつて、振り子打法と呼ばれた構えの進化系であった。
構えとは、イチローにとって意識の切り替え。
構えた事により、イチローの雰囲気が変わっていく。
何かを見据えるかのように眼光は鋭く、体からはオーラが立ち昇っていた。

「あ、あんた、何をする気……」
「いいから黙って見ているんだ」
「何よ……」

イチローはルイズに注意すると、静かに集中する。
バットを握った右腕を伸ばし、左手を一度右肩に添える。
これは、イチローにとって打席に入る際の、ある種の神聖な儀式でもある。
──そして。

「ハッ!」

気合一閃。
イチローの声と共に、バットが唸りを上げる。
究極のヘッドスピード。
バットを振り切った後に、何かが炸裂するような音がした。
──音速突破。
そう、イチローのバットスイングが音の壁を超えたのである。

「キャアアアアアアアア!?」

ルイズは襲い掛かる暴風に、吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。
イチローがバットでスイングした瞬間、巨大な竜巻が発生したためだった。
竜巻は徐々に膨れ上がり、天には稲光が発生している。
このままでは、ハルケギニアが滅亡してしまうとルイズは思った。

「あ、あ、あんた!? あんたが責任取って何とかしなさいよ!?
「おっと。手加減したつもりがやりすぎてしまったな」

イチローはそう言うと、もう一度バットをスイングさせた。
唸りを上げるバットからは大気を切り裂く圧力が発生する。
その衝撃波により、一瞬で竜巻は霧散していった。

「これでよし。自然破壊はまずいからな」

イチローはそう言って笑った。
邪気のない、清清しい笑顔だった。


トリステイン魔法学院。
ルイズ達貴族の子弟が通い、魔法を学ぶ場所である。

「なるほど。つまり、ここは魔法使いの二軍キャンプのようなものか」
「あんたの言ってる意味は分からないけど、たぶん違うと思うわ……」

イチローは物珍しそうに辺りを見回していた。
学院とは言ったものの、中世の城のような外観である。

「まるでディズニーランドに来た気分だな」
「でぃずにーらんど?」
「いや、こっちの話さ」

イチローは大げさに肩をすくめる。

「で、今後僕は何をすればいいんだい?」
「そう言えば説明してなかったわね。使い魔として召喚されたら、まずは使い魔のルーンが……」
「ルーン?」
「あ……」

そして、そこで初めてルイズはイチローとまだ契約していない事に気が付いた。
「ちょっとイチロー。あんた屈みなさいよ」
「ん? 別に構わないが」

ルイズに言われ、身を屈めるイチロー。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

ルイズは早口でそう唱えると、不意打ちのようにイチローに口付けた。

「君は僕に気があるのかい? やれやれ、過激なファンだな」

ルイズからキスをされたイチローだが、彼は慌てなかった。
スキンシップの激しいアメリカ暮らしの長い彼は、キスくらいでは動じないのだ。

「ファーストキスだったのに……。あ、そ、それよりも!?」
「どうしたんだい、急に慌てて?」
「あんた、使い魔のルーンが刻まれたのに、その、痛くないの?」
「痛み?」

イチローは何故か発光している己の左手の甲に目をやる。

「あぁ、そう言えば少し痛むかな。だが、普段のトレーニングに比べれば大した事はないさ」

イチローは、割と平気そうだった。

「んん? だが、これは……」

急にイチローの態度が変わった。
言葉は少し硬くなり、真剣な表情で己の手を見つめている。
その視線の先には、握られたバットがあった。

「そうか、そういう事か……」
「イチロー? どうしたの?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」

訝しげなルイズに、イチローは軽く答える。
イチローは一瞬で理解したのだ。
己に刻まれた契約のルーンとは、身体能力の底上げである事を。
そして、武器を持った者に対して効果を発揮するという事を。

「悪いが、少し封印させてもらうよ」

イチローは発光する左手の刻印に向けて、気合を込めた。
その瞬間、ルーンの輝きは徐々に薄くなっていく。

「ただでさえ力をセーブしているんだ。これ以上の力は、世界を滅ぼしかねないんでね」
「ちょっとイチロー! 今からとりあえず私の部屋に行くから早く来なさいよ!」
「はいはい、分かってるよ」

急かすように呼ぶ声に苦笑しながらも、イチローはルイズの後を追った。
石造りの階段を上り、塔の中へと入っていく。
一歩上る度に足音が辺りに反射する。
その音を聞きつつ、イチローは考えていた。
──気に入らないな。
それは、軽い怒り。
イチローに刻まれた契約のルーンは、武器を持った者にその力を与えるもの。
それが、バットを持っているイチローに効果があったのだ。
つまりは、彼の持っているバットがこの世界では武器とみなされたという事。

「バットは武器じゃない。野球をするための道具だ」

誰にともなく呟いたイチローの声は、塔の闇の中へ紛れていった。


ルイズの部屋で、イチローは外を眺めていた。
日は沈み、時刻はすでに夜。
窓の外からは大きな月が見える。
それも、二つも。

「やれやれ。本当にここはファンタジーだな」

イチローは改めて現実を認識した。
さっきまではまだどこか疑っている部分もあったが、 さすがに二つの月を目の前で見せられては信じるしかなかった。

「イチロー聞いてるの? いい、使い魔には仕事があるの」
「仕事? 何だい?」
「まずは、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
「ん? どういうことだ?」
「つまりは、使い魔が見たり聞いたりした事は、私も同じように感じるのよ」
「ほぅ。だが、僕には何も見えないな」
「あんたじゃ無理みたいね。私、何にも見えないもん……」

落ち込むルイズに、イチローは優しく声をかける。

「いいかい、ルイズ。今から君に僕の世界を見せてあげるよ」

イチローはそう言うと、静かに集中した。
己の気配を絶ち、その存在をルイズと、いや世界と同化させていく。
個は全。
全は個。
──そして世界が、重なる。

「あぁッ!? み、見える!? 全てが見える!?」

ルイズの目には、この世の全ての真理が映し出されていた。
これが、イチローの世界。
見えるのは景色だけではない。
言葉通り全てが見えるのだ。
それは過去、未来、そして現在。

「あぁ、私にも時が見えるわ……!」
「しまった。やりすぎたか。解除させてもらうよ」
「あ……。また何も見えなくなった……」
「大きすぎる力は、身を滅ぼすだけさ」

残念そうに言うルイズに、イチローは目を細めて諭すのだった。

「ま、まぁいいわ。え、と……。その次は、秘薬。そう、秘薬よ!」
「秘薬?」

イチローが首を捻る。

「そうよ。特定の魔法を使うための触媒にするの。コケとか、硫黄とか……」
「うーん。悪いが、そういった物は僕にとっては専門外かな」
「イチローでも無理じゃ、仕方ないわね……」
「プロテインくらいなら用意できるんだが」
「そ、それは何なのかよく分からないけど遠慮するわ……」
「そうか、残念だな。いや、しかし物は試しだ。僕の特製プロテインを……」
「いや、その、また今度ね!?」

ルイズは話題を強引に切り上げる。
本当に物凄く残念そうに言うイチローに、ルイズは少し背筋が寒くなった。
この話題を続けてはいけない。
ルイズの第六感がそう囁いていた。

「これが、その一番なんだけど。使い魔は主人の身を守る必要があるの。まぁ、イチローなら余裕そうね」
「ははは。女の子一人守るくらい、メジャーリーガーである僕には簡単さ」

イチローは爽やかに笑った。

「まぁ、用心棒だと思えばいいわね。意味不明に強いし。……喋ってたら眠くなっちゃったわ」

ルイズはあくびをした。

「僕はどこで寝ればいいんだい?」

ルイズは床を指……差そうとして硬直した。
イチローは笑顔だが、目が笑っていなかったからだ。

「もう一度聞くよ。僕はどこで寝ればいいんだい?」
「あの、その……」

ルイズの顔から、滝のように汗が流れ落ちた。
ヤバい。このままではヤバい。

「と、特別に私のベッドの半分使わせてあげるッ!!」

半ば、やけくそのようにルイズは叫んだ。

「女の子と同じベッドか」

イチローは腕を組んでしばらく考え込んだ後、

「悪いが、年頃の女の子と一緒には眠れないな。僕は紳士なんでね」

そう言って、ニヤりと笑った。

「じゃ、じゃあどうすんのよ!?」
「隣の部屋は空き部屋のようだね」
「え? 確かにそうだけど、何で知ってるのよ?」
「僕はメジャーリーガーだよ? 感覚を研ぎ澄ませれば、人の気配があるかどうかくらい分かるさ」

イチローはそう言って、ルイズへと背を向ける。

「ちょ、ちょっとイチロー!? どこ行くのよ!?」
「僕は隣の部屋で休ませてもらうよ。また明日の朝に会おう」

それだけ言い残すと、イチローはルイズの部屋から出て行った。
木製のドアが閉まる音が、ルイズにはやけに大きく響いて聞こえた。
しばらく、ルイズは呆然と固まる。
一分、二分、三分。
そして再起動。

「イチローに下着とか洗うの頼むの忘れ……。やっぱり頼まなくてよかったわ」

洗濯は、明日学院のメイドにでも頼んでおこう。
ルイズは、溜め息を吐くとベッドへと横になった。
召喚で疲れていたせいか、瞼はすぐに重くなる。

「おやすみ、イチロー……」

呟いた言葉と共に、ルイズの意識は眠りの中へと沈んでいった。
こうして、イチローが召喚された一日目は無事に終わったのだった。


日は再び昇り、トリステイン魔法学院に朝が訪れる。

「うーん。ちょっと寝すぎたかな?」

イチローは軽いストレッチをしながら、意識を覚醒させていった。
朝とはいえ、日本時間にすれば未だ午前四時辺りだ。
だが、それでもイチローにとっては遅い時間だった。

「トレーニングをしないと、体が鈍るからな」

当初はランニングでもしようかと思ったが、まだこの辺りの地理には疎い。
ならば、室内でもできるトレーニングに切り替える。
イチローは部屋の壁に立て掛けておいたバットを手に取った。

「とりあえず、朝は軽く素振り八万本でもしておくか」

そう言ってイチローは、凄まじい速さで素振りを開始した。
一振りする度に轟音が発生し、衝撃で部屋が揺れる。
これでも手加減しているのだが、このままだと八万本前に部屋が崩壊しそうだった。
仕方なく、途中で素振りを中断する。

「……もう少し力を抜くか」

イチローは、本来の数千分の一程度の力で素振りを再開した。


ルイズは、後頭部に激しい衝撃を受けて目が覚めた。

「キャアアアア!? い、一体何!? 何が起こったの!?」

頭を押さえ、涙目で辺りを見回す。

「誰もいないじゃない……」

部屋には誰もいなかった。
もしや、寝惚けてベッドから落ちたのかと、そう思った時。
ルイズの部屋が大きな音と共に激しく揺れた。

「キャアアアアアアア!? ななな、何なのよ~ッ!?」

断続的に繰り返される轟音、そして振動。
まさか地震?
いや、地震とは違う。
では一体……?

「悪い悪い。トレーニングに夢中になってルイズさんを起こしてしまったようだね」

ルイズの部屋の入り口から、照れくさそうにイチローが入ってきてそう言った。

「ああああ、あんたがさっきの音出してたの!? しかもトレーニング!?」
「手加減してたんだが、それでも部屋が揺れちゃってね。起こしてしまって悪かった」
「ど、どんなトレーニングしてんのよ……」

呆れるようにイチローを見つめるルイズ。
朝っぱらから、彼女の使い魔は規格外だった。


一旦イチローを部屋から出し、ルイズは着替えを終える。
もっと貧弱な使い魔であれば着替えを手伝わせていたかもしれないが、さすがにイチロー相手にそれを要求するのは不可能だった。

「お待たせ、イチロー。朝ごはん食べにいきましょう」
「食堂に行くんだったね。楽しみだ」

イチローとルイズが食堂を目指して歩き出したその時だった。
廊下に並んでいた部屋の一つのドアが開いて、そこから女の子が出てきた。
燃えるように赤い髪をした、スタイルのいい女の子だった。
彼女はルイズを見ると、ニヤっと笑った。

「おはよう、ルイズ」
「……おはよう、キュルケ」

嫌そうに返事を返すルイズに、イチローは二人の仲を何となく把握した。

「で、あなたの使い魔ってそれ? まさか平民?」

イチローを指差して、馬鹿にしたように言う。

「そうよ。でも、平民じゃないわ」
「何言ってるの? どう見てもその人は平民じゃないの」

不思議そうな顔のキュルケに、イチローが堂々とした態度で答えた。

「僕は、メジャーリーガーさ」
「めじゃありいがぁ? 何よそれ?」
「そうか。ここでは誰も野球を知らないんだったね。なら、実演を……」

イチローがバットを構えようとするのを、ルイズが慌てて止める。

「そ、それはまた今度ね!? 実演は今はいいから!!」
「そうか。ルイズさんがそう言うなら、今回は止めておこう」

残念そうなイチローと、ほっとしたようなルイズ。
キュルケは、何が何だかさっぱりと分からなかった。

「まぁいいわ。ところであたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功よ」
「あ、そう」
「使い魔なら、こういうのじゃないとねぇ~。おいで、フレイム!」

キュルケが勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。
その声に応えて、キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で大きなトカゲが現れた。
熱気が廊下に充満する。
ふと、フレイムと呼ばれた大トカゲの歩みが止まった。

「どうしたの、フレイム?」

キュルケが声をかけたその瞬間、フレイムの姿がかき消えた。

「フ、フレイム!?」
「こいつが使い魔なのか。確かに面白いな」

キュルケの背後には、いつの間にかイチローが立っていた。
そして片手でフレイムを無造作に持ち、興味深そうに眺めていたのだった。

「フ、フ、フ、フレイム!? いや、そうじゃなくて!?」
「落ち着きなさいよキュルケ。取り乱しすぎよ」
「ル、ルイズに言われなくても! そもそも、いつの間に、っていうか、あなた熱くないの!?」

混乱しているキュルケを他所に、ルイズは平然としていた。
イチローなら、この程度ならば可能だと分かっていたからだ。

「ん? そう言えば尻尾が燃えていて少し暖かいね。冬にはカイロ代わりにはなるかもね」

そう言って笑い、フレイムを床に下ろす。
慌てたようにフレイムがキュルケの元へと走り寄った。

「あ、あなた……」

キュルケは絶句した。
そして、イチローを見て思った。
平民の格好をしているが、彼は平民の枠には当てはまらない規格外の使い魔だ。
こいつは、絶対に人間じゃない。
仮に人間だとしても、人類の頂点に立つ存在であると。

「……取り乱して悪かったわね。ところで、あなたのお名前は何て言うのかしら?」
「僕かい? 僕の名前はイチロー。鈴木イチロー。メジャーリーガーさ」
「イチロー……。覚えておくわ。じゃあね、ルイズにイチロー」

マントをひるがえし、颯爽とキュルケは去っていった。

「いい気味ね。イチロー、私達も食堂に向かいましょう」
「あぁ、分かった」

二人はキュルケに続き、食堂へと向かった。
十分ほど歩き、一度中庭に出る。
そして学院の敷地内にある、一番背の高い真ん中の本塔へと入った。
この場所に食堂があるのだ。
食堂に着くと、すでに中は人で埋まっていた。
やたら長いテーブルに座り、百人近くの生徒達が食事をとっている。
見上げると、ロフトの中階では先生らしき年配の人間の姿もあった。
どうやらここでは、学院の者全てが食事をするようであった。

「大きな食堂なのはいいが、こう人が多くては落ち着かないな」
「そう言っても、来るのもちょっと遅かったしね……。あ、ここが私の席よ」
「そうか、それなら」

紳士らしくイチローが椅子を引き、ルイズはその場所へと座った。
そしてイチローも同じように、ルイズの隣に座ろうとした、その時。

「おい、何で平民が貴族の席に座ろうとしてるんだ?」
「ん? それは僕に言っているのかい?」

学院の生徒の一人が、イチローに声をかけた。

「ここには僕が座る」

そう言って、イチローが座ろうとしていた席に強引に割り込んだ。

「そこは僕の席なんだけど、どいてくれないかい?」

苦笑してイチローが言うが、その男子生徒は聞き入れない。
馬鹿にしたような目で、イチローを睨んでいるだけだ。

「やれやれ。マナーがなっていないな」
「お前は確か、ゼロのルイズが召喚した平民か。ここは僕が座るから、平民は床にでも這ってろよ」
「本当に、マナーがなってないな……」

イチローの雰囲気が変わった。

「あ、あんた、そこをどきなさい!」

ルイズが震えながら、闖入者の生徒へと指を向ける。
だが、体の震えは怒りから来たのではない。
もしイチローが暴れたらどうなるか。
この先の展開を予想しての、恐怖からのものだった。

「何で僕が命令されなきゃならないんだ? 文句があるなら、どこか別の場所で食べろよ。 何なら使い魔と一緒に床で食えばお似合いかもな」

下品に笑う男子生徒。
これには、さすがのルイズも怒りを覚えた。

「あ、あんたねぇ……」

ルイズが懐から杖を取り出そうとしたその時、イチローがルイズの肩を掴んで止めた。

「イ、イチロー? どうしたの?」
「ここは、僕に任せてもらおうか」
「イチローに任せるって、でも……」
「心配はいらない、軽くお仕置きするだけさ」

イチローは、ルイズにウインクをしてみせる。
どうやら本気で怒っているわけではないようだ。
これなら安心できそうだと、ルイズはイチローに任せてみることにした。

「分かったわ。でも、やりすぎないようにね」
「分かってるって」

イチローはルイズに答えると、バットを構えた。

「お、おい!? 何だその木の棒は!? まさか杖……じゃないな。木の棒持って魔法の真似事か? 頭の悪い平民だな!」
「お前、少し黙ってろ」
「なッ……!?」

一人大騒ぎする生徒に、イチローが低い声で言った。
イチローから発せられる異様な雰囲気に押され、生徒が沈黙する。
そして、イチローはゆっくりと振り子の構えを取った。

「ふッ!」

構えてから、わずか数秒。
呼吸と共に放つのは鋭いスイング。
暴風の巻き起こる、そのスイングの放たれた先は……。

「ぎゃああああああああッ!?」

男子生徒は、星になった。

「ぎゃああああああああああああああッ!?」

叫び声はドップラー効果を残す。
どこまでも飛んでいく。
イチローのスイングで男子生徒は空を飛んでいく。
そう、文字通り飛んで行っているのだ。
フライやレビテーションといった魔法では出せない、驚異的な加速。
名付けるならば、まさしく人間弾丸ライナー。
食堂の入り口へと向かい、ほぼ地面と平行に吹き飛んでいく。
その速さは秒速にして数百メートル。
いや、ハルケギニアの世界では数百メイルと言った方が正しいか。
食堂にいた者からは、何か旋風が横を通り過ぎたか程度しか感じないだろう。
それほどの勢いと速さであった。

「ああああああああああああああッ!?」

やがて食堂を抜け、男子生徒の体は学院の敷地内を飛び出し、森へと入る。
それでもまだ止まらず、ほどなくしてトリステインの国境を越えた。
この後、しばらく彼の姿を見た者は誰もいなかったという。
盗賊にさらわれただの、授業が嫌になって出て行っただの様々な噂が流れた。
真相は、イチローとルイズだけが知っている。

「しまった。ちょっとやりすぎたかな」
「あんたねぇ……」

食堂では、イチローとルイズがそんな会話をしていたとかしていなかったとか。
ちなみに彼は、数ヵ月後にガリアという隣国で奇跡的に保護されて戻ってきたらしい。


食事を終えたイチローとルイズ。
彼らは、魔法学院の教室へと向かっていた。
ルイズの受ける授業に、彼女の使い魔であるイチローも同席するためである。
教室に二人が入ると、中にいた生徒達が一斉に振り向いた。
そしてくすくすと笑い始める。
その様子にルイズは顔をしかめた。
笑っていないのは、キュルケだけのようだ。
いや、もう一人いる。
確か、名前はタバサとかいったか。
ルイズは不機嫌になったが、イチローの様子は違った。

「中々壮観だな!」

イチローは教室の中を見回していた。
そこには、様々な使い魔達がいた。
イチローのように、人間を使い魔とした者はいないようだった。
使い魔には小動物だけでなく、サラマンダーのようなファンタジーな生き物も多い。
中にはイチローの知らない生き物もたくさんいた。

「ルイズ、あれは何だい?」
「あれはスキュア。その隣はバグベアーよ」
「なるほど。こいつは珍しい光景だ!」
「そ、そう? 気にいってもらえてよかったわ」

子供のようにはしゃぐイチローを、ルイズは少しだけ微妙な顔で見ていた。
ある意味あんたの方が珍しいわよとは、口が裂けても言えなかった。
やがて教室の扉が開き、先生が入ってきた。
紫色のローブに身を包み、帽子を被ったふくよかな中年の女性だ。

「まるで魔法使いのような格好だな」
「だから魔法使いなんだって。あの人が私の先生よ」

先生は周りを見渡すと、満足そうに微笑んで言った。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやってみなさんの使い魔に会えてとても嬉しいですわ」

大成功……なのだろうか?
いや、確かに人知を超えた強さの使い魔だが……。
いやいや、しかし……。
ルイズが俯いて考えていると、

「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」

シュヴルーズがイチローを見かけてとぼけたように言うと、どっと教室が笑いに沸いた。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからってその辺の平民捕まえてきたのか!?」

生徒の野次に、教室中の生徒が笑う。
普段のルイズなら、激怒して文句の一つでも言っていただろう。
でも今は、彼女にはイチローがいる。
ルイズは何も言い返そうとはしなかった。
脇に立っているイチローの顔を見上げてみる。
その目は、優しげにルイズを見つめていた。
言いたいやつには言わせておけと、イチローの目はそう語っていた。

「お友達にひどい事を言ってはいけませんよ。ミスタ・マリコルヌ」

シュヴルーズは最初に野次を飛ばした太めの男子生徒をたしなめると、教室中を見回す。
これ以上騒ぐのは許されないと分かった生徒達は、それで大人しくなった。

「では、授業を始めますよ」

シュヴルーズは、こほんと咳をすると杖を振った。
すると、机の上に石ころがいくつか現れた。

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。これからみなさんには一年、土系統の魔法を講義します。 魔法の四大系統とは『火』『水』『土』『風』ですね。これらに失われた系統である『虚無』を合わせ、全部で五つの系統があります」

すらすらと話すシュヴルーズ。
シュヴルーズの話を、イチローは熱心に聞いていた。

「ためになる話だな」
「なんでイチローの方が私よりも熱心に聞いてるのよ……」
「中々面白いぞ? もしかすると、僕にも魔法が使えるような気にもなってきた」
「いや、それはやめて。もし使えても、使わないで……。お願いだから」
「そうか? 少し頑張れば使えそうな気もするが、ルイズさんがそう言うならやめておこう」

ルイズがほっとしたのも束の間。
いつの間にか授業は実演まで進んでいた。

「では、ミス・ヴァリエール。次はあなたに『錬金』をやってもらいましょう」
「え!? わ、私ですか!?」
「そうです。そこにある石ころを、望む金属へと変えてごらんなさい」

ルイズは立ち上がらない。
困ったようにもじもじしているだけだ。

「どうした、ルイズさん?」

心配したイチローが声をかける。

「わ、私は……」
「ミス・ヴァリエール。どうかしましたか?」

シュヴルーズが問いかけると、ルイズの様子を見ていたキュルケが困った声で言った。

「先生」
「なんです」
「危険です。やめといた方がいいです」

きっぱりと言い切るキュルケに、むっとした顔でルイズが立ち上がる。

「いいわ、やってやろうじゃないの。やります、シュヴルーズ先生!」
「その意気です、ミス・ヴァリエール。あなたは大変努力家と聞いています。必ず成功しますよ」

微笑んで言うシュヴルーズとは対照的に、キュルケの顔は蒼白だった。

「キュルケがどう言おうと、私は必ず成功させて見せるわ!」

ルイズは、つかつかと教室の前まで歩いていった。
その後ろ姿を、イチローはじっと見つめていた。
隣に立ったルイズに、シュヴルーズは優しく微笑みかける。

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い描くのです」

こくりとルイズが頷く。
そして、ルイズは杖を掲げた。
──きっと成功する。
そう思い、どこまでも集中を続けるルイズ。
成功する。成功する。成功する。
自分に暗示をかけるように、成功を強く思い描く。
ルイズは顔を上げる。
そして声高にルーンを唱え、ルイズは掲げた杖を振り下ろした。

「……いけない!?」

とっさに異変を察知したイチローは、神速ともいえる速度でルイズの元へと向かった。
あまりの速さに残像が見えるほどであった。
ルイズによって『錬金』されて発光している机の上の石ころを掴むと、教室の窓の外へ向かって思い切り放り投げた。
石はまるでレーザービームのごとく空へと向かった。
風圧で教室の窓が何枚か割れる。
放たれた石の勢いは止まらない。
雲を突き抜け、成層圏を越えた辺りで、ようやく爆発した。
一般人には、空の彼方で一瞬何かが光ったようにしか見えないだろう。
だがイチローの目は、はっきりと石が爆発した瞬間を捕らえていた。

「これが、ルイズさんの魔法か……」

静まり返っている教室に、イチローの呟きだけが響いた。

「イチロー、あんた……」
「ん? あぁ、すまない。騒がせてしまったようだな」

唖然としているシュヴルーズとルイズにイチローは謝罪し、再びルイズの席へと戻ろうとする。
教室の後ろでは、キュルケが安堵しているのが見えた。
やはり、爆発するのが分かっていたのか。
イチローは、キュルケの様子を見てそう判断した。
そして、ルイズの脇を通り過ぎたその時。

「ルイズの使い魔の平民が授業を邪魔しやがった!」
「どうせ失敗するからって、平民に頼むとは卑怯だぞ、ルイズ!」

生徒達からの野次に、イチローの足が止まった。
教室中が、野次によってはやし立てられる。
イチローは動かない。

「イ、イチロー? 戻らないの……?」
「少し気が変わった」
「気が変わったって……」
「いいから、僕に任せておいてくれ」

イチローはルイズの頭を軽く撫でると、シュヴルーズの目の前までゆっくりと歩いていった。

「あ、あなたはミス・ヴァリエールの使い魔の方ですね。何かご用でしょうか?」
「シュヴルーズ先生でしたね? 僕が、ルイズの代わりに『錬金』してみせますよ」
「……は?」

シュヴルーズは、あんぐりと口を開けた。

「えーと、その、あなたは平民……ですわよね?」
「ん? 僕はメジャーリーガーだけど?」
「いや、ですから……」
「メジャーリーガーは選ばれた者ですよ」
「あの、ですから……」

ルイズが慌ててイチローの前までやってきた。

「ちょ、ちょっとイチロー!? 『錬金』するってどういうことよ!? あんた魔法は使え……ないと思うけど、まさか本当に魔法を!?」
「いや、僕は魔法は使わないよ」
「……え?」

ぽかん、とした表情でルイズが固まる。

「魔法は使わないって、それじゃ、どうやって『錬金』するのよ!?」
「まぁ、僕に任せておいてくれ」

イチローはルイズに微笑んだ。
机の上の石ころに向き直る。
──どうせ『錬金』なんてできっこない。ただの平民のはったりだ。
教室中の誰もがそう思った。
唯一、ルイズだけを除いて。

「では、始めるよ」

イチローはおもむろに石ころを掴むと、目を閉じた。
ウェイティングサークルからバッターボックスへ向かう時のように、己を極限まで深く集中させていく。
どこまでも深く、深く……。

「イチロー……」

心配そうな声で、ルイズがイチローに呼びかける。
だが、極限まで高まった集中の中では、イチローの耳にその声は届かない。
イチローの目がカッと開いた。

「はぁッ!!」

気合と共に、力任せに石ころを握る。
瞬間的に、凄まじい熱と圧力が石へと加わった。
熱によって発生したと思われる煙が、指の隙間から立ち昇っている。

「これで、イチロー流の『錬金』は完成だ」

イチローはルイズに向かい、笑いながら手を開いた。
──そこには、歪ながらも眩いばかりのダイヤの塊が存在していた。

「あ、ああッ!? ダ、ダ、ダ、ダイヤモンドォッ!?」

ルイズの驚愕する声に教室中がざわめきに包まれた。
シュヴルーズなど、何が起きているのか理解できずに石のように硬直している。
イチロー流の錬金。
それは、石に含まれる炭素成分を圧縮する事によって人工的にダイヤを作り出すというものだった。
結局、シュブルーズの授業は大騒ぎのまま終わった。
というよりも、シュブルーズが騒ぎ立てる生徒を静めるだけで精一杯だったのだ。
騒いでいなかった生徒は一人だけ。
教室の後ろから、タバサという生徒がイチローをじっと黙って見ていた。
イチローはその視線に気付いてはいたが、特に害はなさそうなので放っておいた。
ちなみにダイヤを狙って授業後にキュルケが声をかけてきたりもしたが、結局イチローはダイヤをルイズへとプレゼントした。

「僕からのプレゼントだよ」
「あ、ありがとう……」

貰って嬉しかったルイズだったが、ダイヤにはイチローによる大きな字でサインが書いてあったという。
この後教室は大騒ぎになり、授業どころではなくなったのは言うまでもない。


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