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あまりに突然
ここ1ヶ月くらい腰痛がひどい。それがすべての始まりだった。
2005/03/19早朝、辛抱できないほどの痛みでのた打ち回り、隣で眠っていた妻をたたき起こしてしまう。


 「医者へいく」


医者嫌いのおれが選んだのは、先日定期健康診断を受けた新宿の某クリニックだった。
たいへん感じのよい病院で、女性名義の保険証を持っている男性(つまりはおれ)に対してもたいへんさばけた態度で接してくれたからである。
結果、「盲腸の可能性もあるがまずは婦人科の検診を受けたほうがよい。連休前なのでさまざまな危険性を排除しておきたい」との話だった。
「腹部レントゲンを撮影したのでこれを持って隣の産婦人科に行ってください。すぐ電話して診察してもらえるようにしておくから。婦人科で異常がなければ血液検査で盲腸の可能性を見ましょう」と院長はたいへん親切で、いま考えてみればこれがズバリ的中していたことになるわけだが、おれは内心「婦人科かよ~」と眉を曇らせた。
婦人科といえば内診台。
これはおれにとっては何が何でも避けたい検査であり、通常であればもうそのまま尻尾を巻いて逃げ帰っているところだ。
しかしこの日のおれはたいへんおとなしく、唯々諾々と内診台に上がった。
そしてここでの検査結果が、その後おれを地獄に突き落とすことになる。


おちゃめなベテラン医師
内診したとたんに、医師が奇声を発した。
 「あ。。。あれあれ? あ~」
いきなり大出血したらしい。
結果的にはこれはよかったわけなんだが、あんまり取り乱されるとこっちも不安になる。
しかも唐突に「ガン検診、受けたことある?」だと。
いや、ないよ、そんなもの。
ってか受けなきゃいけない年齢だとは思ってたけど。
それが現実なんだってことは知ってたけど。
でもおれ、職場でもすごくうまくやってて、毎日スーツ着てネクタイ締めて会社に通って、家庭もなにもかも幸せで。。。なんているうちに、そんないちばん肝心なことも忘れちゃってたんだよ。
 「緊急で紹介状を書きます。T医大にすぐ行ってください。
 いますぐ電話で話をしておきます」
本当に今となってはこの迅速な対応が正解だったんだが。。。
 「N先生ですか。実はいま内診した患者に出血がありました。
 ぼくは以前同じ経験をしていて、コルポではないかと考えています」
あのう。そういうこと患者の目の前でベラベラ話すんですか、普通?
 「これからはちゃんとガン検診は受けるんだよ。反省してねっ」
と明るく送り出され、一路T医大へ。
T医大では「子宮頸ガン」の検査をすることになり、細胞診ってやつなんだろうけどまた内診された。
出血の件はまた翌日病院へくるようにと言われたが、実際このあと何をしたかなんてほとんど覚えちゃいない。
結果のお知らせは4月1日午前9時。
よりによってエイプリルフールかよ~。


2005/04/01 告知の日 B side
全国的にエイプリル・フール。
こんな日にガン検診の結果を聞くのは本当に気が進まなかったが仕方ない。
朝、7時前に腰痛で目が覚める。市販の痛み止めを服用。
もうひと眠りして8時起床。
検査結果が出る日なので、かなり緊張しているのか、食欲はない。
どうせよくない結果であればCTやらMRIやらの検査があるだろうし、よい結果であれば宴会をやると決めていたので、食事抜きでT医大へ。
担当のN医師より「痛みはどうですか」「出血は止まりましたか」などの質問のあと、比較的あっさりと


 「よくない結果が出ました。ガンの可能性が。。。というよりまず間違いなく子宮頸ガンです」


と告知。


あとは大きさや転移の具合をみてすぐ切るか、放射線でガンを小さくしてから切るかの2択らしい。
横目で診察室にあるパソコンのモニタに表示されている血液検査結果の数値を見て「CA125 8.5」というのがかろうじて読み取れ、ああ卵巣転移はないんだな、などと冷静に考えたりしていた。
内診と触診の結果はわからないがN医師が小さく「ん。大丈夫か」とつぶやくのが聞こえ、かつ「今の状態であれば横へは広がっていないので手術で取りきれると思います」といわれた。
その後CT検査・入院の説明・MRI検査の予約。
おれからの質問は2点のみだった。
「男性との性交渉はもう十何年ありません(うっわ~すげえこと言ってんな、おれ)。それでもなんとかってウィルスが原因のガンになるんですか」
「感染即発症ではないんですよ。ストレスなどで徐々にガンになるんです」
 しょぼん。
「で、仕事をやめなければなりませんか」
「いや。その必要はありません(きっぱり)」
そっか。まだそんな絶望的な状態じゃねえのか。
入院1ヶ月は痛いが、なんとか職場の連中には病名を隠しとおして復職してやる。
N医師とさっそく口裏を合わせ、診断書には「子宮腫瘍」とだけ書いてもらうことにする。
CT検査前、妹に電話。検査終了後、友人に電話。ともに結果を正直に伝えた。
職場で上司に報告。
おれに「子宮」などというものが存在していることをすっかり失念していたらしい上司は、それでも誠実に対応してくれたと思う。
1ヶ月の間のピンチヒッターのこと、復職のめどのこと。
本来であれば臨時雇いの派遣社員なので、ここであっさりクビになっても文句は言えない。
「戻ってこられるんですか」
「戻ってきてもいいですか」
とても不毛なおれたちの言葉。
上司の性格からすれば「使えないものはいらない」のである。
そして使えなくなるのであればこの場でそう言ってもらいらいのだ。
しかしこれは驕りでもなんでもなく、おれがいま職場を離れたら仕事は完全に麻痺し、その部署を閉鎖しなければならないような状態だ。
しかし上司もおれの性格を知っている。
「できますか」と聞かれて、絶対に「できない」とは答えられない人間であることを知っている。
「戻ってこられるんですか」
「戻ってきてもいいですか」
「戻ってきてほしいです」
「戻りたいのです」
約束ひとつできないまま、おれは職場に戻った。
おれの不在の1ヶ月、職場を回さなければならない「妻」のもとへ。


2005/04/01 告知の日 A side
妻はおれと同じ職場でおれのサブをやっている。
おれは仕事の話をするときのような、事務的な口調で、病名を告げた。
妻も普段会社で申し送りを受けるときのような顔つきで何度もうなずいた。
泣きたいのか、怒鳴りたいのか。
すべての感情を飲み込むような、そんな表情だった。
普段どおり残業をして、普通に話したり笑ったりしながら、いつものように帰り道は健康のために少し散歩したりして。


 信じられないよ。
 だっておれ、このままウチまで歩けそうな気分だよ。
 こんなデブのガン患者なんかいるわけないよ。


夕食をとるために立ち寄った妻の大好きなごはん屋。


 そりゃさあ、ガンだなんていわれたら食欲ないよ。
 まあ1日くらいメシ抜いたってどうこうねえよな。
 だっておれ、こんなにデブなんだからさ。


その店で最後のタバコが切れた。


 おれ、タバコも酒も今日でやめるわ。
 副流煙っておまえの健康にもよくないだろうしさ。
 手術のときに麻酔きかなかったらヒサンだもんな。


部屋に戻り、このブログを立ち上げ、習慣となっている「タモリ倶楽部」を二人で見た。
妻は疲れていたのだろう、いつのまにか眠っていた。
本を読む。お茶を飲む。電気を消してみる。またつけてみる。
1時・1時30分・2時。
時間だけが流れていて、思考も本のページも止まったままだ。


 怖いよ。
 どうして今なんだよ。
 どうしておれなんだよ。


最良の妻と知り合い、ともに生きることができると、心の底から、本当に毎日すべてのことに感謝してきたのに。
「初期ではない」という絶望と「手術でとりきれそうだ」という希望がただぐるぐるアタマの中を回る。
いつか妻は目を覚まし、おれの肩を抱きしめてくれていた。
深夜の部屋、ふたりで声を上げて泣いた。
でも。
このひとをこんなふうに泣かせるために口説きおとしたわけじゃない。
誰よりもこのひとを理解していけるのはいおれだけだと確信していたから。
そしてこのひとならおれを理解してくれると信じていたからだ。
妻はこういった。
「あたし、あなたより先に死なないって約束したから。
いつかはこういう思いをしなければいけなかったの。
でも突然死んじゃうより、覚悟ができるいまのほうがずっといい」
それならいまのおれにできることは。
くよくよせず、検査の結果をおとなしく待ち、食事をきちんと摂り、普段どおりにすごすこと。
そして立派に回復して、こんな日記を笑い飛ばせるような日を迎えること。
そしておれは導眠剤を飲んで眠りについた。