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2005/04/26 入院当日
当日はかなりのドタバタを予想していたが、なんのことはない比較的すんなり入院できた。
しかし入院後病棟に現れたN医師に「昨日救急外来にきましたね」とさっそく昨夜の騒ぎはバレており、いきなり内診。

しかし痛みの原因を聞いてびっくりした。

N医師「こっちが痛いんだよね~」
おれ「ああ。はい」
N医師「こっちは大丈夫だよね~」
おれ「ええ」

N医師の結論
「腫瘍がこっちのほう(直腸のやや右側)を押してますね~。
いきなり大きくなったってことじゃないですよ。
便の出が悪くなれば便秘も起こりますからおなかも痛くなります。
見たところは前回とまったく変わらず大きさは3~4cmってところですから」

あれっ。
このステージのガンって痛くないって話じゃなかったっけ?
転移とか浸潤がなくても痛いの? 痛いのが普通なの?

N医師「(きっぱりと)はい。よくありますよ。
腫瘍が前に出れば膀胱を圧迫してトイレが近くなったりしますしね」

そですか。
ということで痛いのは気のせいじゃなかったそうなので座薬入れてもらいました。
現在はマラソンができそうなほど快適です。
ぼくが本当にステージ1b2で直腸転移等もなく、無事手術後の病理検査もクリアできたら声を大にして「転移じゃなくても痛いことありますよ~」とお伝えしたいと思います。


2005/04/27 飯と導尿と「私」

1.
T医大病院の飯は美味い。
それは座薬によって痛みが軽減され、快適に過ごせるようになったという点も考慮しなければならないだろうが、それにしても美味い。
しかも総計1800kcalに押さえられているのだから、一生この飯を食ってもいいとさえ思った。

2.
T医大病院のK看護師(上戸彩風)はカテーテルを入れるのがうまい。
以前腎盂腎炎での入院時に入れられたときは七転八倒の苦しみだったが、今回はちくちくっと1,2度痛かっただけだ。

3.
不思議なうわさが病棟内に流布しているらしい。

 曰く「男性が病棟の女性用トイレから出てきたのを見たひとがいるらしい」
 曰く「若い男性がトイレに入っていったという話を聞いた」
 曰く「パジャマを着ていたので患者であることは間違いないようだ」
 曰く「ついさっき洗面所で顔を洗っているところを目撃したひとがいる」
 曰く「男性でも乳がんになるらしいからその治療患者なのではないか」

上記、すべておれとは別病室の患者が、おれと同室の患者に伝えた情報である。
そしておれの担当医曰く。

 「すみませんねえ、ここ婦人科病棟なものでいろいろあるかもしれませんが。。。」

病院伝説の主はおれかい(爆)。


2005/04/28 最大の気がかり
今日は検査がてんこもりだそうである。
連休前に検査を済ませGWど真ん中に手術という、落ち着いて考えたらかなり怖めのスケジュールだ。
まあでも今身体の中に抱えているもののほうがよっぽど怖いので、取りあえずちゃっちゃと切ってもらいたい。

そういえば入院してからあまり手術が怖くなくなったのは、きっと周囲の患者さんたちがとても元気だからだろう。
おれの部屋はすべて同系の病(つまりは婦人科系ガン)であるが、開腹手術後10日で病棟内をひょいひょい歩き回っている方もいれば、「放射線あててるんだからこれくらいの熱は当然なのよ」などと言いながら38度を越す熱にもかかわらずみんなと元気におしゃべりしている方もいるし、「抗ガン剤も副作用がないと本当に効果があったかどうか心配よねえ」などと豪語するつわものまでいる。

しかし一方部屋の隅には、今日の採尿がK看護師でないことにビビって検査をだらだらと引き延ばしている小心者もいるのですが(笑)。

【追記】
ぼくの執刀医であるN医師がさっき静脈性腎盂造影の同意サインとりにきたんですが、マスクしてめちゃめちゃクシャミしてたんですけど。
大丈夫なんでしょうか(泣)。

2005/04/28・その2 本日より外泊です
すべての術前検査、無事終了。

採血後の点滴が漏れ、400ccとられたのに100ccしか戻ってないとか、少しあたまがぼんやりするとか、16:00に射つ予定の造血剤注射がコワイとか、それよりなにより昼飯抜きなので腹が減ったとか、言いたいことはいろいろあるのですが、これから5/1までは自由です。

座薬もバカバカ出してもらったので、GWの外泊を心行くまで堪能して手術への元気にしよう。

【追記】
造血剤注射をしてくれたM看護師も本日の採尿担当のT看護師も、とても上手で、痛みはまったくなかった。
検査にストレスがなかったせいか腰痛もたいへん軽く、ここ2日ばかり1日3錠ペースだった座薬が、今日は1日2錠で済みそうだ。
入院以来激しく下していた腹も、やや落ち着きを見せはじめた。


2005/04/29 生きがいってこんなもの

外出1日め。妻と池袋西武に出かける。
お目当ては妻の大好物である「551蓬莱」という飲茶チェーンの「ユーチュー焼売」だ。

このチェーンは関西方面にしかなく、今度のGWに池袋西武にくることは知っていたのだが、入院や手術で買いにくることはできないだろうと、なかばあきらめかけていた。
しかし大型外泊が可能だったので急遽襲撃。
さっそく屋上でちまきと焼売のブランチをいただく。

昨日400cc採血を行ったせいか貧血気味だったので、朝からプルーンを食ったり、カルシウムパーラーを飲んだりしていたのだが、どうも思わしくない。
立ちくらみがするし、胃のあたりもすっきりしない。
せっかくの休日だが、しかたなく近所のスーパーで買い物をして、帰って横になろうと思っていたところへ、妻の携帯が鳴った。
職場でのスクランブルが、申し送りが不足していたのではないかとひそかに一番心配していた部分で発生していた。

半べその妻をしたがえ、自宅にトンボ帰りし、クライアントに連絡を入れ職場に指示を出す。

 #ったくも~こいつらは満足に仕事もできねえのかよ~
 #おれがハラ切ったらその後数日間はどうするつもりなんだよ~

ところが。
怒り心頭に達したせいか、貧血はすっかり治ってしまった。
出かけたときよりも足取り軽やかでめまいもない。

そうかあ。
よくいろいろなひとから「仕事人間」だの「ワーカホリック」だのと言われてきたが、おれは「おれがいないと仕事が回らない」ということをよりどころにして生きているんだ。

早く元気になってバリバリ仕事したいなあ。


2005/04/30 妻とおさんぽ

朝、おにぎりをつくって、妻と散歩にでかけた。
近所の公園。
ゲートボールをやっているお年寄りや、ボール遊びをする家族連れでそこそこ賑わっていた。
ひなたぼっこをしながら弁当を食べ、ぼんやりとあたりのひとを眺めたり、子供たちの歓声に目を細めたり。

おれの病気が発覚してから、おれたちはほんとうに無口になってしまった。
以前はよく話題がつきないなあと呆れるくらいいろいろなことを話してきたのに。
そういえばこんなふうに公園でぼんやり過ごすなんてことも、これまではなかった。

入院したらすっかり病人っぽくなってしまったが、外泊したら外泊したでやっぱり自分が病人であることを自覚してしまう。

早く元気になりたい。
元のとおりの体調にはなれなくてもいい。
痛くなくて、普通に歩けて、ごはんがおいしく食べられて。

そんな当たり前の幸せが早く戻ってきますように。

2005/04/30・その2 笑いの効能

夕刻、出社。
会社についてみたら隣の職場のミスでセキュリティシステムが誤動作し、留守番の女の子が事務所内に閉じ込められているという。
妻への電話で「トイレにいけません~」とかベソかいてたらしいが、おれの手術当日に妻を出勤させ、有給休暇をとって帰郷するような女なのであまり同情する必要はない。

 #この有給休暇は告知前に許可したもので、恨むのは筋違いだとは思うが
 #それにしてもひとことくらい「帰郷は中止しますからついていてあげてください」とかの
 #言葉を妻にかけてくれてもいいんじゃないかと思うのはおれだけか。

その後バタバタと仕事を片付け帰宅しようとしたら、生理程度の出血があり、T医大に電話。
T看護師が出てくれて、痛みや出血量などを確認のうえ外泊中断には及ばずとのこと。

帰宅後、NHKのがん医療特番を見てちょっと疲れる。

さっそくアタマを切り替えるために「エンタの神様」と「爆笑オンエアバトル」を見る。
このあとから体調が急激によくなったように思えるのは、おもいきり笑ったせいかもしれない。
笑いは万病に効くという説はあながち迷信ではないようだ。

 #「天然ボケ製造機」といわれる妻のパワーがダウンしているので
 #ちかごろ良質な笑いに飢えています(笑)


2005/05/01 また病院へまゐります

朝起きると比較的体調がよかったのでシャワーと洗髪。
妻が髪を洗ってくれるといったが「手術までは病人ではない」をモットーに行動することにしたので、そんな過保護は不要だと断る。

しかも手術が終わったら「ケガ人として扱え」と言っているため、病人でいられる期間はない。
出血も止まっているし、久々に形のある便が出た。

さて、気合入れて行ってくるか。



2005/05/02 手術4日前となりました 
麻酔科の医師がきたり、担当看護師からの術前説明を受けたりと、バタバタ一日忙しい日だった。
全身麻酔の経験はないので、気道送管とかの説明にちょっとビビる。

カテーテルも1週間ははずしてもらえないらしいし、想像していたよりも術後には大仰なことがいろいろ待っているようだ。

早く仕事に復帰したいのはやまやまだが、そういえば二十歳のころ腎盂炎を患い、ちょっと良くなったからとバイトにいったらその夜40度の発熱で救急車のお世話になり、そのまま2ヶ月ちかく入院したなどというアホな経験をしているので、今回は神様がくれた休暇のつもりで、のんびりゆっくり復活しようと考えている。

どうせ出社するなら「え~っ! ホントに開腹手術したの~!」と驚かれるほど元気な状態をお見せしたいしね。


2005/05/03 病院選択の自由 
麻酔科の医師、再来。
硬膜外に入れる術後の痛み止めの説明だそうだ。
まあ痛いのは苦手なので入れてもらうことに異議はないのだが、硬膜外麻酔ではかつて「入れた瞬間、片足がビョコンと跳ね上がる」というコワイ経験をしているのでリスクはありませんかと聞いてみた。

ところがそういうことは「きわめて稀」なのだそうだ。
おれは唯一無二の硬膜外がそういう状態だったので、てっきり「よくあること」だと思い込んでいたのだが。

ということはおれがかつて入院したG県のK病院は

 ・硬膜外は入れそこない
 ・導尿はド下手
 ・点滴がまともにとれたためしなし
  (いつも同じところからしかとれなかったため
   20年経過した現在も針跡がはっきり肉眼で見える)

という最悪の病院だということになりはしないか。

当時はインターネットなどという便利なものはなく、検討材料が何もないまま近所の総合病院へいくというパターンばかりだったので、そんなふうに選択ミスもあったに違いない。

もちろんネットの情報に振り回され、必要以上の不安を抱え込んでしまうケースも少なくないわけだが、どんな情報でもかき集める手段が提供されているのといないのとでは、精神的な納得感もまったく異なる。
つくづく便利な世の中になってよかったと思う。

2005/05/03・その2 賢者の贈り物

午後、妻と妻の友人が二人お見舞いに来てくれた。
おれの病棟に若い女性が訪れるのは珍しいので、ちょっと病室が華やかになる。

談話室で少しお話した後、食事のため外出することにした。
妻の誕生日が明後日ということもあり、皆さん贈り物をくださった。

かばん道楽の妻のためにArtizan&ArtistのかばんをくださったKちゃん、本当にナイスな選択です。ともすれば元気がなくなりがちな妻には最高の贈り物でした。
Mさんからはくせっ毛で毎朝自毛とむなしい格闘を続けている妻のためにマイナスイオンドライヤー。本当にありがとう。

食事の後、最年長のMさんから「お見舞い」と記された封筒を頂戴した。
現金かと思い、固辞しようとしたおれにMさんは「いいからまずはお開けなさい」。
そしてKちゃんにも同じものが渡され「あなたにはお誕生日プレゼントの先渡しよ」。

封筒の中には 2005年12月17日公演 「劇団四季・オペラ座の怪人」 のチケットが2枚。
妻が泣き出してしまった。

それは、妻と、Kちゃんと、Mさんと初めて見に行ったミュージカル。

そして「もう一度見たい」と切に願っていたミュージカル。

「Jackさん。これで病んだり死んだりしていられなくなったわよね」

Mさんの言葉はいつもおれには姉のように厳しく母のように優しい。

目前の手術に思い悩むおれに、「決してはずせない予定」という名の希望の灯が点された。
東方の3博士が見た輝く星のように。

【追記】
ところでみなさん、こういう先々のチケットの保管方法はどうされていますか。
妻は「おうちが火事になったら困る~」「貸し金庫も銀行が火事になったら困る~」と言って防火の小型金庫を東急ハンズで買ってくるとか言い出したのですが。


2005/05/05 HAPPY BIRTHDAY
誕生日おめでとう

いつもうまくいえないけど
おまえにはとても感謝している

まだまだおれたちは
お互いを手探りで理解しあいながら
これからの長い人生を歩いていく
そんな約束を交わしたばかりだけれど

今はただ
おまえがこの世に生を受け
おれの目の前に現れてくれた
ただそれだけに感謝したい

誕生日おめでとう
そしてありがとう

2005/05/05・その2 術前説明

執刀医であるN医師による術前カンファレンスに先立ち、まずは相方を紹介します。
相方君はとてもスマートで背が高く、ちょっぴりシャイなあんちくしょうといった感じのナイスガイです。
シャイなので足元だけご紹介w

 

 

冗談はさておき、術前のカンファレンスではほぼ想像通りの説明を受けた。
(出席者はおれ・妻・おれの妹・妹の旦那の4名)

 1.ステージ1b2の扁平上皮ガンであること。
 2.腫瘍の大きさは3.5x4cmであること。
 3.目に見える転移や他臓器への浸潤はないこと。
 4.もしステージが術前予測より進んでいたら閉じること。
  (骨盤内臓器全摘出へは移行しない)
 5.手術は14:00開始であること。
 
扁平上皮ガンであることは不幸中の幸いではあるが、病理の結果はどう転ぶかまだわかったもんじゃないからうれしさは中くらい。落ち着け、おれ。

さて肝心な点の質問だが、妹ダンナと妻がほとんど行ったのには驚いた。

 厳密にはどのあたりまでを摘出するのか
 執刀は何人で行うのか
 麻酔は術後どれくらいで覚めるのか
 正味の手術時間はどれくらいなのか
 手術時に起こる不測の事態で家族の同意が必要なケースにはどんなものがあるか

 。。。などなど。

N医師はすべての質問にとてもていねいにわかりやすく小一時間かけて答えてくれた。
おれが学生だったら彼の講義はぜひ受けてみたいと思うだろう。
心配性の妹も、意外と甲斐性のあった(失礼なw)妹ダンナも妻も、みんな明るく帰っていった。

さて、そろそろ恒例の腰痛&肛門痛が始まったので坐薬を使い、せっかくだから眠剤などもいただいて明日のためにたっぷり眠ろう。

【追記】
今日のマグコロール(下剤)は昨夜のより濃くてマズいんですが。。。

【追記その2】
相方君を装着するにあたってえらい目にあいました。
点滴は術中もブラ下げっぱなしなので18というサイズの極太針を入れる必要があるのですが、これがなかなか入らないのです。

「はい。ちくっとしま~す」
「ぎょええええええ」
「痛いですよね~ごめんなさい~」
「ぐえええええええ」
「すみませんちょっと抜きま~す」
「どえええええええ」

上記のようなやりとりを2回繰り返したのち臨床研修医いわく
H医師「ここの病院、手術のときは18じゃなきゃダメなんですよね」
U看護師「え?」
H医師「20じゃダメですかねえ。。。(気弱)」
U看護師「あ~。明日広汎なんで(バッサリ)」
H医師「そうですよねえ(半ベソ)

なんとか手首近くから入れることに成功し、H医師は安堵の表情もあらわに、飛ぶような足取りで帰っていった。
気の毒だとは思うし、血管が出ない体質であることを申し訳なくも思うが、血管が出にくい札付きの患者に研修医をあてないで欲しいと思うのはおれだけか。


2005/05/06 手術前夜~当日

夜、うとうとしかけたら術部にマークを書かれるため起こされた。
現れたのは救急でお世話になったC医師である。
「起こしといてこういうこというのもなんなんですが、眠れます?」
との言葉に思わず笑ってしまったが、時刻は午後11時。
こんな時間まで延びた手術があったらしい。お疲れ様でした。

病院でくれる眠剤(Zolpidem)にも興味があったので、このさいだからすっかり目が覚めてしまったことにして眠剤を出してもらった。
服用後ふらついたりする可能性があるとのことで、ベッド脇の柵を立てられる。

朝、5:56覚醒。えらく効くな~この眠剤は。
軽い記憶の混乱がおこり、腰の痛み軽減の坐薬をもらってしまうが、朝イチはカンチョーの予定ではないか。
T看護師に頼み、1時間ほど予定を繰り下げてもらう。

カンチョー後、うとうとしていたらいきなり妻が現れた。
また昼休みにくるといっていたが、そんなに気合入れてたらおまえが疲れちゃうからほどほどにしておきなさい。

9時、術前の点滴開始。
ラインを入れるための道具を一式まで持って新人を連れた婦長がやってくる。
いや、昨日もう大騒ぎの末に取ってもらってるし。
ってか術前の人間に新人ナース見せるな。不必要にびくびくするから。

10時、執刀医の一人であるF医師の回診。
「何か心配なことはありますか。。。とはいっても心配なことばかりでしょうが。そんなに心配することはありません」てなんなんだ(笑)。

そういえば昨晩のカンファレンスで「眠れましたかと挨拶代わりに聞かれますよ~」とN医師から言われていたがそのとおり。これで朝から4人目である。
面倒なので「よく眠れましたハチマキ」とか作って巻いておけばよかった。

10時半ごろ新しい患者さんが入院してきた。
このオバハンは再入院であるうえ、たいへんなおしゃべりである。
声もデカい。
おれの隣のベッドのオバハンもそういう傾向があったが、その二人が同室でベッドを並べてピーチク始めたもんだからたまらん。

11時、痛みがひどくなってきたので念のためトイレに行ってみる。


これは手術前にあちこちのPC(職場・家・ノート)に書き散らしたものをブログに投稿したものである。

感情の起伏の激しいことといったら、もう恥ずかしくて読み返したくない。

だからほとんど推敲・修正なしのナマ原稿ですw

しかも手術直前までタバコ吸ってたってんだから、もう論外な患者です。

実はこの後、手術が終わるまでの記憶は飛びまくりで、まったく定かではありません。

この時点では麻酔にかかっていたわけでもないのに、不思議なものです。