生徒会イラスト
祖父と播苦
名古山 しゃちほ子
小手川司
一四九〇
アキカン・ステイシス
蛭神 魅瑞
成宮はぐみ
君影すず
改造キョンシー殺殺ちゃん
SS
一四九〇/雨竜院時雨プロローグSS
俺の目を覚ましたのは、外から聞こえる雨音だった。外を見やると降るのはせいぜい小雨程度で集中しなければ聞こえない小さな雨音。特別耳がいいわけじゃないけど、雨竜院家で育った俺は雨音に敏感なのだ。
布団から出ると寝間着を脱ぎ、やや崩れた褌を締め直して制服へ着替える。洗面所の鏡の前で寝癖を整え、髪を結い上げた。
「うん……」
鏡に映るのは、いつも通りの女みたいな顔。キッと表情に力を込めてもやっぱり男らしくは見えない。そう思ったら鏡の中の自分の表情が目に見えて沈んで、これではいけないと気を引き締める。女みたいな見た目なら、心はせめて男らしくしなきゃ。ハチマキをキツく締めて自分に気合を入れる。
俺は一四九〇(にのまえ しぐれ)――魔人率99%を誇る一家の1人だ。
「四九〇君……?」
「……うわっ、一!」
澄んだ声に振り返れば、そこにいたのは兄弟の一だった。もう見慣れているんだけど、一もまた女みたいな、それもとびきりの美少女って顔をしていてそれが近い距離にあると思わずドキッとしてしまう。いけないいけない。女どころか男にうつつを抜かすなんて……。
「おはよう。もうご飯出来てるから」
「お、おう」
そう優しげな微笑みを浮かべられると、さっきの決心が揺らぎそうになる。ううん……。
「お醤油取ってー」
「ソース!」
ワイワイガヤガヤと、一家の食卓は騒がしい。人数が多いのもあるけど、圧倒的多数が女の子なせいもあるだろう。ここに来たばかりの頃は凄く気まずい思いをした。
あさりの味噌汁を啜る。美味い。これを作った人物、品の良い仕草で米を口に運ぶ一をチラリと見る。こんな綺麗な顔で、その上あの華奢な体でこの大家族の家事全般をこなせるのだ。俺も手伝うけど、ああ上手くはいかない。そりゃまあモテるだろう。アイツは何故か気づいていないみたいだけど。俺より男らしく無いけど、立派な男だ。
朝食を終えて学校に行くまでにはまだ少し余裕があるという時間帯、チャイムが鳴り響いた。多分、あの人だろう、そう思いながらドアを開けると、その人物はチビの俺より頭ひとつ分くらいチビで、俺の顔を大きな瞳を輝かせて見上げてくる。
「しーくん、おはよう!」
「おはよ、姉ちゃん」
雨竜院畢。小学生みたいな見た目だけど、1つ上の姉だ。「姉だった」と言うべきだろうか。俺が「雨竜院時雨」だった頃の。元々俺は魔人に覚醒するまで雨竜院家に預けられていた身で、血のつながりは無い。今では法律上赤の他人なんだけれど、それでも前と全く変わりなく接してくれる。それが嬉しかったり、くすぐったかったり。もう高校生なんだし、さ。
「学校、行こう?」
「今日の稽古、どうする?」
「いつもより試合を多めにやりたいな!」
姉弟での登校。これも少し恥ずかしい。姉ちゃんの外見だと兄妹みたいだけど。
今日の降水確率は0%だけど、傘術家たるもの傘は常に持ち歩かねばならない。姉ちゃんは「ウパナンダ」、俺は「クラミツハ」。歩く度に手にした傘が小さく揺れる。ウパナンダは生きた傘で、時々口を挟むこともある。
それにしても、今日っていうか最近の姉ちゃんはなんだか変だ。妙にそわそわしてて、やたら俺と学校に行きたがる。姉ちゃんは妹の金雨と一緒に普段学校に行っていて、希望崎学園と金雨の小学校は途中まで同じ道程なんだけど、一家は小学校とは逆方向なのだ。つまり俺を迎えに来るなら金雨とは一緒に行けない。前は金雨が早く学校に行かなきゃ行けないとか、学校を休むとか、そういうときに俺と一緒に行っていた。なのに最近は。金雨の具合が良くないのか、喧嘩でもしたんだろうか。
「じゃ、放課後にまたねー」
ブンブンと元気よく手を振る姉ちゃんと別れる。授業を受けて弁当を食べて友達と喋って、いつも通りだ。そして、放課後。
むわっとした道場内、剣道部の隣で「傘部」は傘術の稽古をしている。竹刀と傘の音が一緒に響く。
ツルツルした道場の床は「蛟」に向いている。剣道のすり足とは真逆の滑らかな動きで姉ちゃんが俺に飛び込んでくる。突き出した姉ちゃんの傘を「雨流」で払いながら突きを出そうとすると、姉ちゃんが体勢を崩した。転んだかのような動きによる回避だ。俺の傘は空を切る。姉ちゃんは床を転げつつ、俺の脛を狙って強引な体勢から打突を繰り出した。軟質ゴムの石突が俺の脛を穿つ直前、俺は足を上げて打突を避け、そして空を切った石突を踏んで抑える。ハッとして視線を上げた姉ちゃんの眉間に、俺は傘を突きつけた。
「しーくん強いねえ」
「俺なんてまだまだだよ。兄貴に比べたら」
「もう。そういうこと負かした相手の前で言わない」
次に順番が回ってくるのを待ちながら、他の部員の試合を見る。俺の言葉にちょっと頬を膨らませて横目で俺を睨んでくる姉ちゃん。いつも通り、なのかな?
「ボク、ちょっとトイレ行ってくる。ウパちゃんお願いね」
「ん」
すっくと立ち上がり、スーッと駆けていく。そわそわしているのか、いつも通りなのか、よくわからない。預けられたウパナンダをクラミツハと一緒に抱いていると、ウパナンダが口(口なんて無いけど)を開く。
「時雨、畢には言うなって言われてるんだけどね」
「な、何?」
傘なのに理知的な印象を与える声が言葉を紡ぐ。部員の掛け声よりもそれに俺の聴覚は向けられた。
「畢は凄く君を心配していたよ。ハルマゲドンに出るのは仕方ないけど、死んだらどうしようって」
「……」
ああ、考えればすぐにわかることだった。
姉ちゃんはあんな性格だけど、この魔人学園で多くの魔人と交わった以上、必然多くの死を経験していることになる。ハルマゲドンでってわけじゃ無いけど2年前、従姉の雨雫姉さんも亡くしている。一家の兄弟達も多くがハルマゲドンに出て、その生命を危険に晒しているのだ。番長グループには、あまり親しくは無いが、従姉妹だったるいもいる。
姉ちゃんが一緒に学校行きたがったのは、なるべく一緒にいようとしたのはきっと、もう会えなくなるかも知れないから。でもそんな気持ちは、姉ちゃんが直接俺に伝えるには湿っぽすぎる。だから悟られまいとしながら。
「ウパナンダ……ありがとう……!」
「うん……」
それから数十秒して道場に戻ってきた姉ちゃんと、その日は3度試合をした。
ハルマゲドンの日の朝――生徒会室へと続く廊下の前で俺と姉ちゃんは別れた。人生の大半を過ごした雨竜院家の人たちにも、新しい家族一家の人たちにも、色々と思いはあったけれど、多分今の俺が一番親しい相手はこの人だから。
「しーくん……武運を祈るよ!」
姉ちゃんが普段言いそうも無い台詞にちょっと噴き出しそうになったけれど、その真剣な様子に俺も精一杯男らしく笑ってみせる。少しはかっこよく見えるだろうか。
姉ちゃんが突き出したウパナンダの石突に、俺も同じようにクラミツハの石突を合わせる。拳を合わせるのが普通だろうけど、これが傘術家の作法なのだ。
目の端に涙を浮かべて微笑む姉ちゃんに、俺は必ず生還すると誓った。
了
名古屋はええよ! やっとかめ
東京はまああかん~♪
黄色い歌声が生徒会室に響いた。生徒会室での作戦会議が一段落したところで、シャチホコを思わせるツインテールの少女・名古山しゃちほ子が椅子の上に立ち、歌い出したのだ。
なんだなんだと困惑する生徒会役員共を無視して、しゃちほ子は歌い続ける。
これからのパフォーマーは名古屋が主役!
「ううっ……な、なんだこの強烈な違和感は……」
「頭痛がする……! 吐き気もだ……」
苦しみだす生徒会役員共
ジャイアンリサイタルのようにあまりの音痴ぶりが皆にダメージを与えたのか!?
否! 歌自体はむしろ上手いレベルであった。
だが歌っている最中、突如謎の体調不良にその場にいる者達が襲われたのだ。しゃちほ子のみがノリノリで歌い続けている。
「ううっ……助けてくれ」
頭を抑えながらよろよろとドアまで歩いて行き、生徒会室を脱出せんとする一四九〇。
そしてドアを開けた瞬間、彼の目に飛び込んで来たのは廊下ではなく、予想だにしない光景であった。
「えっ何これ……? ううっ!」
生徒会室の外に広がるのは、どこかの都市であった。そびえる高層ビル、大通りを行き来するたくさんの車や人々はそこが大都市であることを思わせる。そしてドアを開けた瞬間、四九〇はより激しく苦しみ出す。立っていられなくなり、その場にへたり込んだ。数秒遅れて、奥にいた他の役員達もさっきまで以上に苦しみだした。相変わらずしゃちほ子は元気だ。
待ってりゃあよ! 見てりゃあよ! 天下を取るでよ!
そこまで歌ったところで彼女は歌をやめ、ひょいと床へ飛び降りた。
床に這いつくばってうめき声をあげる仲間たちを避けながらドアへと向かい、そして外の、街へと一歩踏み出した。
「なごや……」
「そう、名古屋! 四九〇君当たり! 名古屋行ったことあるん?」
「……?」
四九〇が、息も絶え絶えといった様子で外へ出たしゃちほ子の名を呼ぼうとしたときのことであった。途中まで聞いてしゃちほ子が四九〇の方を向きニッコリと微笑む。
大都市を思わせる眼前の光景ではあるが、多くが東京育ちである生徒会役員達はその光景に見覚えが無い(そんなことを考えている余裕は無いが)。ならば眼前の都市は大阪? 否!
「名古屋! 未来の首都名古屋や!」
無い胸を張り、しゃちほ子がそう宣誓する。その言葉を聞いた直後、生徒会役員共は苦痛に絶えられず意識を失った。
名古屋、それはアメリカより来日したペリー提督の攻撃により、三千年前に廃墟となった死の都――(菊池秀行『魔界学園』より)
「うう……こ、ここは」
「スマホで調べた結果、ここは――」
JR東海名古屋駅、桜通口へと続くコンコースの壁際に寄りかかった状態で、生徒会役員共は意識を取り戻した。学生の利用者も多いものの、ひとかたまりになって寝ていたのはずいぶん目を引いたと見えて、通行人がちらちらと見てきている。
「名古屋、なのか……」
「そう名古屋! あれを見やあ! メイテツ桜通の金時計! 東京で言えば渋谷のハチ公かな?」
生徒会役員共が立ち上がる。一度は気絶してしまったが、目を覚ますとすっかり体調は回復していた。
全世界なごやかプロジェクトを推進する名古屋魔人・名古山しゃちほ子の魔人能力「この地を名古屋とする!」――名古屋に耐性の無い彼らは名古屋に耐え切れず、激しい不快感に襲われたのだ。そして気絶してしまった彼らを、しゃちほ子は駅構内まで運び、ホームレスのように寝かせたのである。
「せっかく名古屋にござったんやからちょびっと遊んで行こう」
そういうしゃちほ子の言葉に従い、電車で名古屋市内を観光する面々。
名古屋城――内部に展示された巨大な金の鯱の前に来るとしゃちほ子のツインテールが犬耳のようにブンブンと上下する。
伊勢神宮――日本有数の広大な境内を巡り、ハルマゲドンの勝利を祈願。赤福も買った。
「みんなお腹減ってあれへん?」
あれこれ観光した後皆を見回して、しゃちほ子が問う。伊勢神宮を歩き回って皆腹が減っていたのは確かであった。
「アタシいい店知っとるけえそこに食べに行こう」
皆素直に名古屋魔人である彼女の言葉に従うことにする。名古屋毒にも慣れ、素直にこの魔都のグルメを楽しもうという気持ちになっていた。
名古屋地下鉄名城線八事日赤駅へたどり着く。そこから徒歩10分、そこにその店はあった。
喫茶マウンテン――地元民からの通称は「山」!! 駐車場には大きな山の絵が描かれた看板。
「喫茶店ってあれ? 名古屋名物喫茶店のモーニング?」
「もう夕方だけど……」
名古屋の喫茶店では一日中モーニングを出す店も多いのだが、しかししゃちほ子はモーニングを食べさせるために連れてきたのでは無い。
「喫茶店」という言葉からイメージするよりも広く、レストランを思わせる店内の様子であった。時間もあり大人数、それも巨大なちんこもいて席に座れるのかと心配する一同であったが、すんなりと席へ案内される。
「甘口小倉抹茶スパ人数分」
ウェイトレスにしゃちほ子が注文する。名前を聞いて一同怪訝な顔をする。不安で胸が一杯の状態で待っていると運ばれてきた現物は皆の度肝を抜くものであった。
うどんのように太いパスタは抹茶が練りこまれて緑色。その上にクリームあんみつのようにあんこと生クリーム、さくらんぼがトッピングされているのだ!
「さあ食べ!」
愕然とする面々に笑って勧めるしゃちほ子。そんな彼女が食べるのは名古屋名物小倉トースト。
「い……いただきます」
「ううっ」
一口啜り、咀嚼すればコシと呼べるものは皆無で口の中でブツブツと切れる。口腔内に広がる嫌な食感と抹茶の風味、なんだかよくわからない油っぽさのハーモニー。
「ああ……あっ」
あんこと生クリームを混ぜて啜れば倍増した不快感が脳を支配する。
「この地を名古屋とする!」を食らった直後のような目眩と吐き気に襲われ、メンバーの大多数は椅子から転げ落ちた。薄れ行く意識の中、皆は悟った。たかが一回気絶しただけで、名古屋の毒を克服出来るはずが無いと。
「こ、ここは……?」
一四九〇が目を覚ますと、そこは生徒会室のソファの上だった。
「大丈夫四九〇君? えらいうなされとったよ」
しゃちほ子が心配そうな顔で見下ろしてくる。
「名古山先輩……ここ、名古屋じゃ無いんですか?」
「な~に、言ってんの! 名古屋が無くて東京だがや」
そう言って四九〇を笑い飛ばすしゃちほ子。ソファから立ち上がり、ドアを開けてみればそこにあるのは名古屋ではなく見慣れた廊下。
夢であったことに安堵し、夢とはいえもう名古屋はたくさんだと胸を撫で下ろす四九〇。自身の口の端を汚す抹茶とあんこに、彼は気づいていなかった。
※作中の名古屋描写は作者の偏見と誇張によります。
最終更新:2012年10月28日 00:48