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唯「さようなら」 ID:+6KdXjUF0 その1 - (2009/08/11 (火) 02:46:11) のソース

・これは、唯「さようなら」というスレに投下されたSSです。


女A「また?  何度言えばわかるの平沢さん」

女A「カッティングのところは軽くワウ入れろって言ったわよね?
  あと、Bメロのところシャッフル気味になってたわよ!」

唯「ご、ごめんなさい・・・」

唯は一昨年、無事に桜高を卒業して大学に進学した。
推薦で大学が決まった澪に毎日勉強を教わって、唯が合格した
と言うとみんなが驚くレベルの大学に入学した。 

男A「もうよしてやれよ。 そいつ何言ったってすぐ忘れんだぜ。
  ごめんね~唯ちゃん、唯ちゃんはずっとCだけ弾いててくれれば
  いいからね~。 あ! Cってわかるかな~?」

アッハッハッハ~

音楽室の中は笑いがこだました。

唯「わかります・・・」

唯は真っ赤になった顔を隠すようにうつむいて、声を震わせて答えた。

それもそのはず、唯は高校時代からギターを直感で弾いていた。
しかし、大学に入ると音楽理論や機材の使い方など、ミュートやチョーキングも
知らずにやってきた唯にとっては全く別次元の要素が必要とされてきたのだった。
そして、そんな唯は恰好のいじめの標的だった。

サークルに入ってもう一年になるが、いじめは日々エスカレートしていた。

男A「じゃあ唯ちゃん、俺たちそろそろ帰るから機材の片付けと掃除よろしく。
  彼氏のギー太君と協力して頑張ってね~。」

男Aは唯の髪の毛を掴んで皮肉たっぷりに言った。

唯「・・・・・・」

男A「んだよ! 無視かよ!」

男B「おい、そんなのどーでもいいじゃん、早く行こうぜ。」

男Aは舌打ちをして、乱暴に髪の毛から手を離すと足早に仲間を連れて
音楽室を後にした。


片づけを終え、音楽室に一人残る唯。
外の夕日が音楽室を黄昏色に染め、切なさを醸し出している。

唯「ねぇ、ギー太・・。 私・・これでいいのかな?」

唯はしゃがみこむと壁に立てかけてあるギー太に投げかけた。
目からは大粒の涙がこぼれている。

唯「音楽って・・も、もっと楽しいものだったよね?
  いつからだろ、苦しくなったのは・・」グスン

唯「ねぇ、ギー太・・、何とか言ってよぉ・・」

唯はそのままギー太に倒れ掛かるように泣き崩れた。
10分、15分、20分と唯が泣き止むことはなかった。
静かな音楽室の中に唯の泣き声が永遠響いた。

唯が再び起き上がるころには、夕日が水平線まで差し掛かっていた。
沈みかかる夕日は一層切なさを演出した。

唯「グスン、・・グスン・・」

ふと唯は床に一枚の封筒が落ちていることに気づいた。
おそらくさっきギー太に倒れかかったときにギターケースのポケットから
落ちたものだろう。

唯「?・・・あっ!」

それは卒業式の日に澪がHTTのメンバーに配った三年間分の写真だった。

HTTのメンバーとは卒業して以来連絡を取れなくなっていた。
いくら唯から連絡をしても誰にも通じることはなかった。

しかし、唯はおもむろにそれを開くと、中の写真を手に取った。

唯「これは一番最初の写真だ・・。
  みんなが翼をくださいを演奏してくれて、あんまり上手じゃ無かったけど
  それで入部しようと思ったんだ・・」

唯「これは合宿のとき・・。
  ムギちゃんの別荘でみんなでお泊りして・・・」

唯「これは・・・あずにゃんが入ってきたときだ・・
  猫耳とかつけ合って遊んだなあ・・・楽しかったなぁ、あのころ」

唯は遠くを見るような目で呟いた。

唯「また会いたいよぉ・・・澪ちゃん、りっちゃん・・ムギちゃん、あずにゃん・・」

唯は体操座りのまま顔を伏せて、再び泣き出した。

唯(すぐに思い出せる、私が入部したときのこと、ギー太を買ったときのこと、学祭でライブ
  をしたこと、クリスマス会をしたこと、あずにゃんが入ってきたときのこと・・・
  お茶を飲んで、練習して、「また明日!」で別れる、ただそれだけの当たり前の日々が
  あんなに幸せだったんだ・・・。)

夕日の最後の一光が音楽室を照らす。
目に涙を溜めた唯が顔を上げると、そこに映し出されていたのは、かつての軽音部の姿だった。

律「なんだ唯? 何泣いてんだよ、あ! 澪にいじめられたか?」

澪「私はそんなことしていない!」

律「あ! 澪が怒ったぞ~。 逃げろ~!」
  
紬「もう、りっちゃんったら・・・」

梓「先輩! ライブも近いので練習しましょうよ!」 

お茶を飲みながら律がふざけて澪を怒らせる、紬は横でニコニコ笑っていて、梓は練習をしようと必死に
みんなを説得する。 ただこれだけだった。 これが唯の望む全てだった。

律「しょうがねぇなぁ、練習するか!    
  ほら、唯も泣いてないで練習しようぜ」

律が手を差し出す。唯はその手に掴まろうと手を伸ばすが、
その手は空しくも空を切り唯は少しよろつく。

律「なぁにやってんだよ! ほら」

唯「えへへ・・」

唯がもう一度律に掴まろうと目をこすると、そこは機材が散らかった退屈な音楽室に戻っていた。

唯が一人ぼっちの音楽室に。 

唯(どうして・・?、あのときみたいにみんなでいたいだけなのに・・・。、
  私がこんなに苦しんでいるのになんで誰も応えてくれないの・・・?)

事実HTTのメンバーはいくら今の唯が助けを求めても決して応えてはくれなかった。

唯「カミサマ・・私欲張ってないよね・・・?」

唯がそう呟いたとき、夕日の最後の一光が闇に飲まれた。


唯はその後そのまま壁にもたれ掛かって寝てしまい、
気づいたのは夜10時頃だった。

唯「ん・・・んん・・」

唯はのびをすると、携帯を開いて時計を確認した。

唯「帰ろうかな・・・」

唯は泣きすぎでかゆくなった目のまわりを掻きながらギー太を連れて音楽室を去った。

唯はとりあえず涙でベトベトになってしまった顔を洗おうと、学校のトイレに入った。
顔を流した後、鏡でふと自分の顔を見た。
自分の顔をこうやって見るのは、サークルの先輩に顔のことをバカにされたことも
あって、ここ一年ぶりくらいだった。

唯(・・・!)

そこには、唯がさっきまで見ていた写真とはまるで別人の平沢唯が映っていた。
丸かった顔は痩せ細り、目の下には大きなクマがあった。
そしてなにより、悲しそうな顔をしていた。

唯はかつての自分を仰いだ。
音楽室でお菓子とお茶を囲んでいた自分。
ギターのコードを必死に覚える自分。
りっちゃんと海でじゃれあう自分。
ステージの上でスポットライトを浴びて演奏する自分。

どれも眩しすぎた。

唯(私はもうHTTの平沢唯じゃないんだ。 全くの別人なんだ。
  今の私にはもうHTTを名乗る資格なんてないんだ。)

唯は自分にこう言い聞かせた。
今の惨めな自分にはこれが過去の平沢唯の続きであってほしくはなかった。
そして何より、HTTのみんなに申し訳ないと思った。

しかし、それと同時に自分を無視する
現在のHTTのメンバーに対する憎悪さえ芽生え始めていた。

唯「さようなら」

唯は目に涙を溜めて鏡に向かってこう呟いた。
唯は鏡を振り返り、千鳥足で夜の街の闇に溶けていった。

こうして唯は自分を捨てた。

自分を捨てたあの日から一年が経った。

男C「おい、奴隷! シールドまだ直ってねぇのかよ」

男がいらいらしながら、怒鳴りつける。

唯「すいません・・・・」

女B「お菓子まだ~?」

唯「すいません・・・、すぐに・・・」

唯はあの日以来先輩たちにもっと従順になった。
いつしかギターも持たせてもらえなくなり、今では「奴隷」として雑用をこなす日々。

でもそれでよかった。
今の唯にとっては今など何の価値も無かった。

過去を望めば望むほど自分が惨めになっていくことに耐えられなかった。

なんどか自殺も考えたが、結局できなかった。
自分一人では何もできないと、余計に惨めになるだけだった。

そして、あの日以来一度も泣いてもいない。

唯「シールド、ギター弦・・・」

今日もまた注文を繰り返しながら街へ向かう。

最寄の楽器店である「10GIA」に着いたのはそれから10分後だった。
店内に入るといつもふと思う。

唯(ここで初めてギー太と出会ったんだけど、すごく高くて、みんなでバイトしたなぁ・・。
  あと、あずにゃんとギー太のメンテにも来たっけ・・・)

唯「へへっ・・・」

唯は小さく笑うと、シールド置き場へ急いだ。

しばらくして、注文の品々を腕に抱えた唯はレジに向かった。

唯(今日の店員さんはあの時ギー太をメンテしてくれた人だ・・・)

かつての出来事を今に重ねることが唯の毎日のちょっとした楽しみだった。
しかし、それと同時にHTTのメンバーへの憎悪は日々積もっていった。

不意に、

?「もう一声~!! もう一声!」

店員「勘弁してください、お客さん・・。」

唯がちょうどレジに品々を置いたとき、店内の遠方から何かを値切る声がきこえた。

どこかで聞いたあの声・・・・

唯がハッと後ろを振り返るとそこにいたのは、


田井中律 その人だった。

律「いいじゃん! ドラムスティックなんてぇ~。安いもんだろ?」

店員「だからこっちはもう10%も値引いてるじゃないですか~」

律「まだ全然高いの!
  そんなこと言ってると、ムギに言いつけちゃうぞ~」

店員「うっ・・・」

唯は一瞬混乱した。
毎日のように頭の中で会っていた律の実物がそこにいる。
どこか不思議な感覚だった。

すると、

律「・・・・あれ!? 唯だよね!?」

唯 ビクッ!!

律は唯に気づくと近くまでやってきた。
唯は知らないふりをしてレジの方を向きなおした。

律はいつもの調子で馴れ馴れしく話しかけてきた。

律「やっぱり唯だぁ! 久しぶり~!」

唯「・・・・違います。」

唯(あんな奴は知らない知らない知らない知らない知らない
  知らない知らない知らない知らない知らない知らない
  知らない知らない知らない知らない知らない知らない。)

唯はこの上なく嬉しかった。
夢にまで見た律が目の前にいる。 

でも、同時に許せなかった。
私が助けを求めてもまるで反応しなかったくせに憮然として話しかけてくる律が。

律「? 何言ってんだよ! ゆ~い!」

唯「・・・・」

唯は代金を支払うとさっさとその場を去ろうとした。
律はそんな唯の肩を後ろから掴むと一言言った。

律「今度HTT再結成するんだ! もちろん唯も来いよ。」

え?

ぴたりと唯の足が止まった。

その一言を何年間待っていただろうか。
どんな思いで待ち続けただろうか・・・。

唯「もう私に関わらないで・・・」

唯はこぼすように言った。

律「なぁ、どうしたんだよ。なんかあったのか?」

近づいてくる律に唯は恐怖さえ覚えた。

唯「来ないで!!」

律の手を肩から乱暴に払うと、こんな大声何年ぶりだろうか、というくらいの
声で叫び、唯は店から走って出て行ってしまった。

律は呆然としてそのうしろ姿を眺めていた。

ハッ ハッ

入学式といつかの文化祭のときに走った道を息を切らせてまた走る。

唯(本当はすぐにでもりっちゃんの胸に飛び込みたかったよ。
  でもね、こう言わないと今までの自分に落とし前がつかないよ。
  一人で戦ってきた自分に。)

唯は注文された品々を抱えて力の限り走った。
途中で弦がいくつか落ちたけど気にかけていられなかった。
すぐに律の元を離れないと頭がおかしくなりそうだったから。

でも涙は出なかった。もう枯れていた。

MAXバーガー
いつもHTTのみんなで集まったハンバーガー屋だ。

そこの窓際の四人がけの席に秋山澪と中野梓は
座っていた。

澪「律の奴遅いな~。」

澪が店内の時計を眺めながら言う。

梓「律先輩のことだからどこかで道草でもくっているんじゃないですか?」

澪「そうかな~。」

紬「遅れちゃって、ごめんなさい。」

梓「あっ!ムギ先輩お疲れ様です。」

琴吹紬は高校二年の冬からここで働き始めて今でも働いていた。
今では前のように失敗することも無く、何でも卒なくこなすようになっていた。
今でバイト上がりらしい。

紬「りっちゃん来た?」

梓「いえ。まだ来ないんです。」

澪「あっ! 来た!」

澪が指差すほうに確かに律はいた。
だがしかし、どこか明らかに様子がおかしかった。

澪「どうしたんだよ律。 遅いぞ。」

いつものように澪が律に注意を促す。
律は千鳥足で店内に流れるように入ってきた。

律「わりぃ。」

明らかに声のトーンも低く、普段の律のものとはまるで違っていた。

紬「どうしたの、りっちゃん? 何かあったの?」

律「・・・・・」

律は黙り込み、しばしの静寂が続いた。

しばらくすると、律が不意に切り出した。

律「・・・さっきそこで唯に会ったんだ。」

梓「え!? じゃあ今日集まりこれで済んじゃうじゃないですか!」

どうやら今日の集まりはこの四人で唯のところにHTT再結成の話を
持って行くというものだったらしい。

梓「先輩喜んでましたか?」

梓が嬉しそうにたずねると、律はそのうなだれた首を横に振った。

律「もう私に関わるな、だってさ・・・・。」

紬「そんな・・・。」

澪「嘘だろ? 律!
  唯がそんなこと言うはずないだろ。
  あいつは誰よりもこのバンドが好きだったじゃないか。」

律「嘘じゃねぇよ!!」

突然大声を出した律に店内の客も驚いて律のほうを見た。
声を張った律の声は今にも泣き出しそうなほど震えていた。

律「唯、すげぇ怖かった・・・。
  雰囲気もまるで違ったし、近くで見るまで本当に唯かもわからないくらい
  変わっていた・・・・。」グスン

律は吐息混じりに言うと、とうとう泣き出してしまった。
三人は泣き続ける律をただ見ていることしかできなかった。



律「・・・・ごめん。」

律が泣き止んだのはそれから暫らくしてからだった。
梓が切り出す。

梓「誰か唯先輩と頻繁に連絡をとっていた人はいないんですか?」

紬「私はバイトに来るときたまに見かけたけど、いつも話しかけるほど時間に余裕が
  なくて・・・、でも近頃は丸っきり見なくなったわ・・・」

他は誰も反応は無かった。みんな下を向いて黙り込んでしまった。

確かに唯の大学は四人の大学のエリアとまるで間逆だった。
同じ街に住んでいるとはいえ、誰もここ何年かはまるで会っていなかった。

梓「そんな、じゃあ何もわからないじゃないですか・・・」

みんな頭を抱えてしまった。
その後もしばらくみんなで話し合ったが、打開策は無かった。

紬が切り出す。

紬「そうだ! 唯ちゃん家に行ってみるのはどうかしら?
  唯ちゃんに直接は厳しくても、憂ちゃんになら話をきけるし。
  あの二人すごく仲が良かったから、唯ちゃんも憂ちゃんになら
  何か相談しているかもしれないし!」

澪「名案だな。」

梓「早速憂に連絡とってみますね。」
  
  梓はかばんから携帯電話を取り出すと、憂の携帯の番号を押した。

梓「・・・・もしもし?憂?・・・いまから憂の家に行っても大丈夫?
  え?あ、ちょっと訊きたいことがあるの。
  ・・・うん・・わかった・・・ありがとう・・・また後で。」
  
梓「大丈夫だそうです!」

紬「じゃあ行きましょう。」

律「澪、もう行くの?」

うなだれていた律が澪に尋ねた。

澪「行くぞ、立てるか?」

よろよろになりながらも立ち上がろうとする律を澪が支えた。

澪(あの律がこんなにショック受けてるなんて・・、どうしたんだ、唯は・・・)

こうして四人は唯の家に向かった。

四人が店を出たあと四人と背中合わせに座っていた大学生がこぼした。

女A「聞いちゃった。」

第三章 完

(この話は律たちがMAXバーガーにいるときに平行して起こっています。)

息を切らせた唯が大学の音楽室のドアを開いた。

男B「おせ~よ。 道草でもくってたのか?」

唯「・・・・すいません。」

その日は珍しく全員が楽器を持って練習に臨んでいる日だった。

ジャッ ジャッ ドカドカドカ

唯は他の人たちが練習するのを横目に、先輩に頼まれた
ギターの弦の張替えをしていた。

唯が5弦目を張り替えたそのとき、不意に

男C「そうだ! 今日は唯ちゃんも演奏してみたら?」

唯 ビクッ!

部員の一人が弦の張替えをする唯の後姿に投げかけた。

もうかれこれ一年以上ギターに触っていなかった。
そんな唯にギターなんて弾けるはずがなかった。

そして何より今は律のことで頭がいっぱいだった。

男C「唯ちゃん、久しぶりにギター弾いてよ!」

すると、一人の女がロッカーのようなところから、
ボロボロになったストラトタイプのギターを取り出すと
唯に渡した。

女B「これで弾いてみてよ。」

唯(こんなボロボロのギターみたら、あずにゃん怒るだろうな・・。)

いつの日か、梓と一緒にギターのメンテナンスに行ったことを思い出す。
あの時はギー太買ってまだ一年なのにヴィンテージとか言われたっけ・・・。

唯「ふふっ・・・・」

唯は小さく笑う。

男C「ギター久しぶりに持ててそんなに嬉しい?
  じゃあ早速なんか弾いてみて!」

唯「・・・・・」

唯は突然黙り込んでしまった。

それもそのはずだった。
唯はギー太以外のギターを弾くことができなかった。

ストラトをぶら下げたまま呆然と立ち尽くす唯に、
一人の男が野次を飛ばす。

男D「みんな待ってんだよ! 早く弾けよ!!」

唯「・・・・ギー太じゃないと弾けません・・」

唯が顔を俯かせて悲しげに答えた。

男D「ぷっ! ギー太だってよ!」

アッハッハッハッハ

ギー太は8ヶ月くらい前に先輩に貸したっきりで、
今では先輩のものと化していた。

ギー太にはHTTのころの思い出が詰まっていると思うと、
どうしてもこの場から逃げることはできなかった。
それは、このサークルから逃げ出せない二つの理由
の内のひとつになっていた。

すると、ギー太を貸した先輩が近くに寄ってきた。

男E「ほら唯ちゃん、これ返してあげるから弾いてよ。
  でも、このギターしか弾けないなんてよっぽどこだわりが
  あるんだね。 だから、きっとすごいの弾いてくれるんだよね!?」

男Eはわざとらしくそう言うと
笑みをうかべながら唯に乱暴にギー太を渡した。

ギー太は壊れてさえいなかったものの、ボディはズタズタに痛み、
ネックは反れて、ペグのいくつかは少し欠けていた。

唯は何秒かギー太に悲しそうに目を落とした。

唯「じゃあ弾きます・・・。」

唯はそういってみたものの、今まともに弾ける曲はほぼ一曲もなかった。
先輩にロックの定番と言われて教わった、Deep purpleの「Black Night」
やLed Zeppelinの「Stairway to Heaven」、Nirvanaの「Smells like teen
sprit」なんかはとっくに忘れてしまった。
弾いてても楽しくもなんともなかったから・・・。

そして、今弾ける曲といえば・・・

ジャラララジャッジャラ

唯が突然弾き出した曲は――――――「ふわふわ時間」
この曲だけはどれだけ経っても忘れることができなかった。

この曲は自分があの三年間をHTTとして過ごした証だから。

この曲を演奏すると思い出す。
最初のライブで声を枯らして、この曲を歌えなくなってしまったこと。
二年生の文化祭でギー太を忘れて取りにいったあと、この曲を歌ったこと。

唯がちょうどワンコーラス分弾き終えたところで、一人の
男が笑い声をあげた。

男B「あっはっは、何だこの曲!
  ソロの作りも、コード進行もまるで初心者じゃねぇかよ。
  こんなダセェ曲じゃなくて、もっとまともな曲いくらでも
  あんじゃねーかよ!」
 
男の罵声に戸惑った唯は思わず演奏を止めてしまった。

男B「俺が前に教えてやった曲はどーしたんだよ。 
  例えばパープルの・・・」

唯「・・・やめてください!」

唯は男の発言を遮って言った。

男B「あ?」

唯「この曲を馬鹿にするのだけはやめてください・・」

唯にとってこの曲を馬鹿にされるのだけは許せなかった。

唯にとっては先輩に教わった難しい曲や、音楽理論、機材の
使い方よりずっとずっと大切な曲。

唯(この曲はあの時の平沢唯が生きた証拠だからっ・・・!)

唯は震えながら反論した。

唯「こ、この曲は私にとって世界でいちばん大切な曲なんです!・・・・」

男B「てめー、奴隷のくせによ・・・・・」 

バン!
音楽室のドアが勢いよく開いた。
怒っていた男も思わず手を止めた。

女A「みんな、さっきそこのMAXバーガーで面白い話聞いちゃったんだよ!」

女はわくわくした様子で音楽室に入ってきたかと思うと、さっきMAXバーガー
で澪たちがしていた話をみんなの前でし始めた。

唯「・・・・・・!」

話を聞いた唯は驚きを隠すことができなかった。

でも、またあのメンバーでバンドができるならそれに越した幸せはない。

いや、でもあの人たちは自分のことを無視し続けたんだ。
きっと自分がこんな立場にあることを知って、自分をもっと
もっと苦しめてやろうとしているんじゃないか。

唯の頭の中でさまざまな憶測が飛び交った。

男A「そうだ!」

突然一人の男がひらめいた様に言った。

男A「唯ちゃん奴隷のくせにさっきあんな偉そうなこと言ったんだから、
  当然罰を受けてもらわないといけないよね・・・。」

唯 ビクッ!

そうすると男はみんなを集めて唯への罰の内容を発表した。

唯「・・・・・・!」

唯「そんなの・・・・無理です!」

その内容は自分にとってあまりに辛過ぎたから・・・・。

すると、罰を提案した男は怒るように近くの机を蹴飛ばした。

男A「お前さぁ、さっきから奴隷のくせになんなんだよ。
  体に教え込んでやらねーとわかんねーのか? あぁ?」

男が合図をすると、唯の周りにいた男たちが一斉に唯を囲んだ。


その数十分後、唯は近くの壁にもたれ掛り、廃人の様に俯いていた。
ズタズタにされた衣服と体についた傷が痛々しい。

男は笑みを浮かべながらボロボロになった唯の髪の毛を
乱暴に掴むと再び唯に尋ねる。

男A「唯ちゃん、できるよね?」

唯「・・・・・・はい。」

男A「唯ちゃんいい子だねぇ・・・」

男は唯の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、早速罰の決行に向けて立ち上がった。
男A「そういえば、そいつらどこにいるのかわかんのか?」

女A「あ! 言うの忘れてたけど、そいつら今からこいつの家に行くって。」

女はそう言うと俯く唯のほうを指差した。

男A「もちろん道案内してくれるよね?」

唯「・・・・!」

唯は驚きを隠すことができなかった。

唯は自分がこのような境遇に置かれるようになってから、
なるべく家に帰らないようにするどころか、その近所さえ
なるべく避けて生活していた。

それは、かつての輝かしい自分と時間をともにした和をはじめとする
同級生にここまで堕ちた自分を見られたくなかったからだった。

増してや、家に帰れば憂がいた。

幼いころから家を空けがちだった両親に代わって、面倒を見て、自分を
一番心配してくれたのは憂だった。

高校での軽音部の活動も憂の助けがなければ成り立たない場面が多々あった。

そんな憂が今のこの自分を見たらどう思うだろう?

そう思うと家に行くことは唯にとっては絶対にできないことであった。

男A「おい! 無視してんじゃねぇぞ!
  それともさっきのじゃ、まだわかんねぇのか!?」

男は唯に怒鳴りつける。

でも唯はこの場で逃げるわけには行かなかった。

ここで逃げたらあれはきっともう自分の手元に帰ることは永遠にないだろう。
このサークルをやめられないギー太以外のもうひとつの理由が・・・。

それを思うと、唯は「はい。」と答えるしかなかった。

四人は唯の家に向かっていた。

律もだいぶ調子を取り戻したらしく、いつもの饒舌っぷりを発揮していた。

律「でも唯どうしたんだろうな・・? あ! 彼氏ができたとか!」

澪「バカ。彼氏ができただけでそこまでなるか・・?」

律「きっと、すげぇ悪そーな彼氏なんじゃない?
  どこみて歩いてんだよ? みたいな。」

律はチンピラのようなジェスチャーを見せる。

律「こんな風にポケットに手入れて・・・

ゴツッ!

律は歩いていた大学生の集団のうちの一人にぶつかった。
その集団はさっきまさに律が説明したかった悪そうな集団そのものだった。

男C「どこみて歩いてんだよ?」

律「す、すいません・・・」

律(激しくデジャヴ!)

律はたちまち小さくなった。

大学生の集団は何事もなかったかのようにその場を去ろうとした。

不意に、

梓「ゆ、唯先輩!」

梓が驚いたようにその集団に向かって叫んだ。
確かにそこには平沢唯の姿があった。

澪「唯、こんなところで何やってんだよ!」

澪が唯に強く尋ねる。
その澪の顔を見て、集団の中の一人の女が言う。

女A「あ、こいつらだ!」

女Aは思い出したかのように言った。

男A「こんなところで見つかるなんてラッキーだな・・・
  唯ちゃん、さっき言ったとおりにあいつらに言ってくるんだよ。
  奴隷なんだからできるよね?」

男Aは笑みを浮かべながら、唯に耳打ちをした。

唯「やっぱり・・無理です!」

男A「へぇ~、アレがどうなってもいいんだ?
  それともまたさっきみたいな目に遭いたいの?」

男が脅すように唯に言う。

唯「・・・・わかりました。」

集団の中から押し出されるように唯が出てきた。

その唯の姿はかつての唯の姿からは想像もつかなかった。
顔は痩せ細り、目の下には大きなクマがあり、髪はひどく痛んでいた。
そして衣服はボロボロで、腕や脚にはたくさんの傷がついていた。

律「なぁ、唯。さっきはどうしたんだよ。 ちゃんと教えて・・」

唯「あんたらのこと、大嫌いなの。」

唯は律の質問を遮ると、無表情のまま吐き捨てた。
大学生の集団は必死に笑いをこらえていた。

梓「え・・・?」

唯「高校のときからずっとずっとウザくて仕方なかったの。
  あんな恥ずかしい歌詞歌わせさせられて、毎日毎日だらだらして、
  本当にくだらないと・・・」

唯の言葉を遮って紬が言う。

紬「そんな!唯ちゃん酷いわ! わたしたちの三年間はなんだったの?」

いつもの温厚さを失って叫ぶ紬に、唯は止めを刺すように吐き捨てた。

唯「・・・・お遊び。」

あっはっはっはっは!

大学生の集団は一斉に笑い出した。
そして、そのうちの一人が出てきて、唯の肩に手を置きながら四人に言う。

男A「今のこいつにとってお前らはどうでもいい存在なの。
  今のこいつにとっては俺らといるほうが幸せなんだよ、なぁ?」

唯「・・・はい。」

男A「じゃあそういうことだからもう唯ちゃんには近づかないでくれるかな?」

そう言うと男は唯を連れてさっさとその場を去ろうとした。

澪「待てよ、唯!」

澪が勢いよく憮然とする唯の肩につかみかかった。

澪(・・・え?)

唯は後ろを振り向こうともせず、その手は男に払われてしまった。

しかし、唯の肩に一瞬触れた澪が感じたのは尋常では無い肩の震えだった。


四人はまるで別人のような唯が去っていくのを
ただただ見ていることしかできなかった。


男A「あー面白かった。 唯ちゃんの演技はアカデミー賞もんだね。」

男が笑いながら唯の肩をポンポンと叩く。

唯「・・・・・」

これで完全に終わりだ、と唯は思った。
バンドのことはもちろん、あの四人とのつながりも

でもこれでよかったんじゃないか・・・?
これ以上自分があの四人に関わってももう何もないだろう。
だからここで一思いに関係を断ち切ることができたのは・・・。

でも、もしも許されるなら・・・

唯「・・・もう一回みんなで演奏したかったなぁ・・・」

男A「あ? なんか言ったか?」

唯は遠くを見るような目で小さくこぼした。

そして唯たちは夜の闇の中へと姿を消していった。

四人が唯の家に着いたころには外はもう真っ暗だった。

澪律紬梓「おじゃまします。」

憂「こんばんわ。みなさんお久しぶりです。」

憂が軽く頭を下げる。

紬「憂ちゃん久しぶりね、でもこんな時間に大丈夫なのかしら?」

憂「はい。両親はいつものように旅行に行っていて、
  お姉ちゃんは大学に入ってからは帰って来ない日のほうが多いので・・・」

憂はさみしそうに言うと、四人分のスリッパを並べた。
その横顔からは強い孤独感がうかがえる。

澪(憂ちゃんまで・・。これはやっぱりただごとじゃない・・)

四人がスリッパを履くと、憂が四人を居間へ通した。

居間はとてもきれいに片付いていた。
唯がほとんどいないから散らかることもないのだろうと思うと一層悲しい。

憂「買い置きのお菓子で申し訳ありませんが・・・」

そう言って、憂はお茶とお菓子をテーブルに並べ始めた。
慣れた手つきは、やはりできる妹そのものだった。

作業をしながら憂が梓に何気なく尋ねた。

憂「梓ちゃん、訊きたい事ってお姉ちゃんのこと・・・だよね?」

梓「え・・・あ、うん・・」

澪(流石憂ちゃん、鋭い。)

梓「あのね・・・・」

梓は今日あった出来事を全て憂に説明した。
律が楽器屋で唯に会ったこと。
唯が悪そうな大学生とつるんで、自分たちに暴言を吐いていったこと。

話し終えた後、暫らくの静寂が続く。

憂「・・・・お姉ちゃん、大学に入った夏くらいから軽音のサークル
  に参加したんです。」

憂が切り出した。

律「だから楽器屋にいたのか・・」

憂「でもお姉ちゃん、ぜんぜん楽しそうじゃなかった。
  なんていうか、苦しそうだった・・・。」

憂「それで、秋ごろからはサークル内でいじめもあったみたいで・・」

澪「そんなことがあったんなら、私たちに相談してくれればよかったのに・・」

憂「え? お姉ちゃんは軽音部のみなさんには相談したって・・・」

律「・・・・そういえば」

律は何か思い出したのかポケットから携帯を取り出すと、
過去のメールを見始めた。

ちょうどその内容が一年前のものに差し掛かったとき、
確かにそこには唯からのメールが一件ぽつりとあった。 
一言     助けて  と

他の三人も確認すると何人かはメール保存の容量の関係で消えて
しまっていたが、律のものと同じメールがあった。 

場はしばし唖然としていたが、こぼすように律が切り出す。

律「たしか、私はちょうどそのころ、大学が本当に楽しくなってきて・・・
  唯のことは気にかけてられない・・みたいな・・・
  そういうのって一度相談に乗っちゃうとキリないし・・
  誰かが何とかしてくれるって、思ったと思う・・・
  それで、面倒臭い・・・と思って
  本当は唯からメールが届かないようにしてた・・・・・・

澪「私も唯のことだから、いつかの冬の日みたいにまた
  どんな鍋がいい? みたいなくだらないことかと思って・・・・
  だって、唯には・・和がいるだろ?
  だから私はいいかな・・・・・って・・」

他の面々も結局は誰も相談に乗ってはいなかった。

紬は大学とバイトのうえに、空いた時間には父から経営学を学ぶ
という日々の多忙さのため、
梓は軽音部の部長をつとめながら、大学受験で忙しかった為だという。

そして、何よりメールの回数がほんの一回しかなかったから
きっと大したことじゃないだろう、という共通の思いもあった。


四人は唯がどんな思いでメールを打っていたのかと思うと、
懺悔の念と共に涙が溢れ出してきた。

紬「私たち、唯ちゃんになんてことを・・・。」

律「そりゃ・・怒るよなぁ・・一年近くほって置いて・・・都合よくなったら
  またバンドやろう・・・なんて・・・」
  
四人は泣き出してしまった。
自分たちの唯に対する行いにこの上ない罪悪感を感じていた。

それから一時間経って、ようやく四人は泣き止んだ。
そしてその後、憂の知る今の唯のことについて全てが話された。

憂「・・・・それで近頃はお姉ちゃん、まるで別人みたいになって・・・。」

律「それにしても、唯はなんであんなのとつるんでるんだ?
  ・・・まぁ、今の私にそんなこと言う権利は無いけど・・。」

律は泣きあがりのまだしゃくりの入った声で言う。

梓「でも、人って自暴自棄になったら、あれくらいには・・・」

すると、俯いたまま澪が遮るように言う。

澪「・・・・実はさっき、唯達との別れ際に私、
  唯を止めようとして一瞬肩を掴んだんだ。 そうしたら・・・」

紬「そうしたら?」

澪「震えていた。 怖いほどに。」

憂「じゃあ、お姉ちゃんは自分で望んでその人たちのところに
  にいるわけではないってことですか? 例えば・・脅されてるとか。」

梓「確かにそうですよね。 サークルなんてその気になればいくらでも
  やめることだってできますし・・・」

澪「んー・・・」

澪はうなだれて、考え込んでしまった。
考え込む澪に律が言う。

律「ま、まぁ理由はどうあれ、まずあいつに謝んなきゃな・・・」

律「そしてできればあいつを今の状況から救ってやる。
  例え唯が私たちのこと嫌いになっていたとしても、 
  それをするのがずっと無視してきた私たち
  にできる償いってやつだろ?」

澪は顔を上げた。

澪「そうだな。」

律「そして、HTTを再結成する!」

梓「・・・それは図々し過ぎますよ。」

憂「・・・そうだみなさん、お姉ちゃんの部屋見ますか?」

憂が切り出した。

澪「そうだな。 唯の部屋を見れば何かわかるかもしれないし。」

澪の一言で憂と四人は階段を上がり、二階にある唯の部屋に向かった。

唯の部屋に入ると、そこは一見、かつて勉強会をしたときと
何ら変わっていなかった。 ただ、生活感が全く感じられなかった。

一同は無言のまま暫らく部屋を見回す。

律「なんだこれ?」

律は机の横にいくつかの写真たてがまとめられていることに気づいた。

・・・・!

そこには数年前のまだ高校生だったころの自分たちが収められていた。
どの写真たてもみんなHTTの思い出の写真が収められていた。

紬「そんな・・・・だってさっき・・・。」

先程の唯の言動からするととても考えられないものを見た一同は驚きを隠せなかった。

律「なんでこんなものが・・・・。
  これで私たちのこと・・・・呪おうとしてたとか・・?」

すると憂が首を横に振りながら答えた。

憂「きっと違います。
  だってお姉ちゃん、たまに帰ってきてその写真を大切そうに見てるもの・・・。」

確かにその写真たては他の生活感がなく、ほこりをかぶっている家具に比べて
ほこりをかぶっていないどころか、不自然なほどにきれいだった。 

梓「やっぱりおかしいです! だってただ私たちにひたすら怒ってるだけなら
  こんなもの部屋に置いておくはずありませんよ!」

澪「じゃあ、やっぱり・・・・いじめがあるのか?」

一同はまたしても考え込んでしまった。


憂「・・・・・っ!」

すると不意に、さっきまで俯いて震えていた憂が突然振り返ると
唯の部屋を出て走り出した。

梓「待って! 憂!」

四人は慌てて唯の部屋から出ると憂を追いかけて階段を下りた。

そして、憂を追いかけて着いた場所は台所だった。

紬「憂ちゃん。 何を・・・?」

不思議そうにたずねる紬には目も暮れず、
狂ったように憂は棚から包丁を取り出した。

梓「憂! 何してんの!」

憂「やめてよ!」

梓は急いで憂を止めようと腕に掴みかかるが、
小柄な梓は憂に簡単に振りほどかれてしまう。

梓「きゃあ!」

床に伏せる梓には見向きもせず、憂は包丁を持ち直す。

憂「これからお姉ちゃんをいじめる奴らを殺してやるの!
  ・・・一人残らず・・・例え刺し違えても!」フーッ フーッ

憂「だから・・・邪魔しないで!」

憂の目は本気のあまり、目に「刺殺」と浮かんでいるかのようにさえ見えた。
憂は狂ったように泣き叫ぶと、澪たちに包丁の先端を向けた。
目からは大粒の涙が溢れ出していた。

憂「澪さんたちだって、・・・邪魔するなら・・容赦しません!
  そもそもあなたたちだって・・・お姉ちゃんを無視してっ!・・」

憂が澪たちに斬りかかろうとした瞬間、
律はとっさに手元にあった写真立を憂に投げつけた。

憂「うっ・・・・」

澪「今のうちだ!」

ひるんだ憂を見て澪、律、紬の三人は
急いで憂を押さえ込む。

憂「離してっ!・・・ 邪魔しないで!」

包丁を取り上げられて、押さえつけられてもなお暴れる憂
を三人は必死に押さえ込む。

憂(・・・・・・!)

憂が暴れながらふと目線を下に落とすと、そこにはさっき
律が投げた写真立が落ちていた。

そしてそこに写っていたのは――――――満面の笑みを浮かべた唯だった。

いつもの笑顔で憂に抱きつく唯の写真だった。

憂「お姉ちゃん・・・・・」グスン

いつからだっけ、お姉ちゃんとこんな風にしていないのは・・。
お姉ちゃんがいない部屋は私には広すぎるよぉ・・・。
寂しいよ・・・・・お姉ちゃん・・・・。

憂は突然抵抗をやめると、写真立に涙を落とした。

憂の落ち着いた様子を見て、三人はそっと憂から離れた。

憂「うっ・・・う・・おねえちゃん・・・・」

とうとう憂は声をあげて泣き始めてしまった。


しばらく泣きじゃくる憂を見て、律が憂の肩になだめるように手を置く。

律「憂ちゃん・・・。よし! 決めた!
  私たち絶対この写真みたいな唯を取り戻して見せるよ!
  約束しよう!
  だから、必要なときは憂ちゃんも力を貸して! ね?」
  

憂「・・・・・・はい!」

憂は涙を拭きながら嬉しそうに答えた。
  


気がつくと、時計は夜の10時をまわっていた。

紬「今日は遅いのでこの辺で・・・」
 
律「そうだな。 憂ちゃん、またなんかあったら頼むよ。」

結局、事の真相を得られることはなかったが、四人は唯の部屋を出た。

憂「こちらこそ、さっきは取り乱してしまって本当にすいません。
  お姉ちゃんを助けてあげてください・・・。」

玄関先で見た憂の目にはまた涙が光っていた。

そして、四人は唯の家を後にした。

第五章 完

つづき
[[唯「さようなら」 ID:+6KdXjUF0 その2]]