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唯「さようなら」 ID:+6KdXjUF0 その2 - (2009/08/11 (火) 02:46:44) のソース

・これは、唯「さようなら」というスレに投下されたSSです。



律たちがちょうど唯の家にいたころ、唯達は大学の音楽室にいた。

男A「どうした、唯?」

唯は教室の隅のほうで震えながら夕食の弁当を食べる。

この弁当はさっきの唯の演技が自分たちの期待値以上だったことに
満足した先輩が買ってくれた、この辺では雑誌で紹介されるほど
美味しいと評判の弁当らしい。

だが、唯にとって弁当はおいしくもなんともなかった。

これなら、多少焦げたりしていても憂の料理のほうが何千倍もおいしいだろう。

そして唯はまた、憂の料理をみんなで囲んだクリスマスを思い出して、
ほっこりと幸せな気持ちになる。

そんな唯の姿を見て、男が不満そうに言う。

男A「おい、お前あいつらに会ってまたおかしくなってんのか?」

唯「・・・・」

唯は無言のまま首を横に振った。

さっき道で会った澪たちに嫌な思いをさせられたのは、
実は少しいい気味だとさえ思えた。
自分の受けた屈辱を考えると、当然の報いだと唯は考えていた。

だが、それは同時に過去の輝かしい思い出を汚すことになるような気がしていた。

そして、唯の中では「もう決して澪たちに関わらないようにする。」
という結論がいつしか出されていた。

唯(私はもうあの人たちとは関係ない。
  だから、あの人たちに関わらないのが一番なんだ・・・。)

唯「先輩・・・・」

不満そうな顔でこっちを見る先輩に唯が言う。

唯「・・・もう、あの人たちに関わるのはやめてあげてくれませんか?」

唯は恐る恐る切り出した。

唯(もちろん、りっちゃんや澪ちゃんがどうなろうと正直知ったことではない。
  でも、これ以上あの四人を見ていると昔が愛しくなっちゃうから。
  もう戻れないのに、昔みたいに戻りたいって思っちゃうから・・。)

小さくなっている唯に男が歩み寄って言う。

男A「唯ちゃん。さっき言ってやっただけじゃまだ気が済まないの?
   全く、仕方ないな~。」

唯「い、いやそういうことじゃ・・・。」

笑みを浮かべながら尋ねる男に対して、唯はとまどいながら答える。

唯「だから・・・・、あの・・・」 

男A「・・・・・何? まだなんか文句あんの? ねぇ?」 

男はそれまでの態度を一変させると、急に唯が持っていた 
弁当箱を手で乱暴になぎ払った。 

弁当はぐしゃりと音楽室の床に落ちた。 

唯「あ・・・あぁ・・」 

唯は無残な姿となった弁当箱をただただ見ていた。 

すると、 

男A「あぁ! 唯ちゃん、せっかく俺が買ってやった弁当 
  こんなにして・・・・、いけないんだー。」 

男がわざとらしく唯に言う。 

唯「わ、私じゃありません・・・、だって先輩が・・・。」 

すると、男は床を指差すと冷淡な様子で吐き捨てた。 

男A「ちゃんと、さいごまで食えよ。」 

クスクスクス・・・・

音楽室の至る所から小さな笑いが聞こえる。

唯はそれに気づきながらも、顔を俯かせながらしゃがむと、
床に伏すような体勢をとった。

唯(本当はこんな恥ずかしいことしたくはない・・・
  でも、これをして先輩の機嫌がよくなれば
  私の望みを聞いてくれるかもしれないっ・・・・)

唯はそんな儚い希望をいだきながら、床にある残飯と化した
弁当をゆっくりと食べ始めた。

男「おい、あいつほんとに食ってるよ・・・」ヒソヒソ

女「犬みた~い、惨めだわ~」ヒソヒソ

男「恥ずかしいとか思わないのかな?」ヒソヒソ

教室中の笑い声は唯を罵倒するものへと変わっていた。

唯は悔しくて、恥ずかしくて仕方がなかった。
しかし唯は自分を救うためにかすかな希望を抱きながら、
顔を真っ赤にして残飯を食べる。



すると男はそんな唯の頭に手をポンと置いた。

男A「わかった。 じゃあ俺らが唯ちゃんの前であの子たちをボロボロ
  にしてあげて、もう唯ちゃんの前に出て来れないようにすれば、
  唯ちゃんも満足だよね!」

唯「!・・ち、違います・・・。」

唯は自分の期待と全く逆にそれてしまった先輩の気持ち
を蚊の泣くような声で否定するしかなかった。

唯(もうやめて・・・・)

唯は立ち上がると、口の周りについた残飯も気にせず、音楽室の出口へ走る。
走る唯の後ろ姿を横目に、男がわざとらしく言う。

男A「いいのかなー、これがどうなっても・・・」

すると、男は自分の横に置いてある薄汚いダンボール箱を軽く叩いた。

男A「こ・れ・が!」

唯の足が止まる。
そして、唯は後ろを向いたまま答えた。

唯「・・・・・・わかりました。」

男A「わかりましたじゃねぇだろ?
  あいつらをボロボロにしてくださいお願いしますだろ?  
  唯ちゃん・・・」

唯は震えながら男に頭をさげた。

唯「あいつら・・を・・・・・ボロボロに・・・してください
  ・・・お願い・・します。」

男は立ち上がると唯の頭に手を置いた。

唯 ビクッ!

男A「よくいえまちたね 唯ちゃん!
  唯ちゃんがそこまで言うから仕方なくやるんだよぉ~」

唯は頭を撫でられながらただ俯いていることしかできなかった。

そして、その作戦を練るべく中央の机に集まろうと、
男が俯く唯の横を通り過ぎようとした。

男A「ごめんね~唯ちゃん。
  せっかくあんなことしたのに期待に添えられなくて。」ププッ

男は唯にこう耳打ちをした。

唯は男に全て読まれていたかと思うと、悔しくて仕方がなかった。

もう何も信じられない・・・。
もう何も信じない・・・!

律たちを痛みつける作戦を練る先輩たちを背に、唯は誓った。

一方、律たちは唯の家からの帰り道だった。

律「しかし、あの憂ちゃんでもわからないとなると、どうなっちゃうんだ?」

梓「う~ん・・・。
  憂は唯先輩の保護者みたいなものですからねぇ・・・」

澪「でもその保護者でもわからないとなると一体誰に聞けば・・・」

澪が考えて下を向きながら歩いていると、不意に前方から声がした。

?「あれ? 澪じゃない?」

澪(この懐かしい声は・・・・)

澪が名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げるとそこにいたのは
唯の幼少期からの親友である真鍋和だった。

和「やっぱり澪だ! 久しぶり。」

澪「和じゃないか! 
  こんな時間になにやってるんだよ!」

澪は嬉しそうに訊く、そして澪の声に久しぶりに活力が戻った。

和は唯の家の近所に住んでいることから、四人はここ数年唯と同じように
まるで和に会っていなかった。
そして今、数年ぶりに和と再会したのだった。

和「実は私、今弁護士目指して勉強してて・・
  今大学の自習室で勉強してきた帰りなんだ。」

そう言うと和はいくつか抱えていた司法書のようなものに目線を落とした。

澪「へぇ~、遅くまで大変だな・・・」

澪が感心するように言う。

和「ところで澪たちは・・・?」

紬「ちょっと唯ちゃんのことで・・・・」

和「? 唯がどうかしたの? そういえば最近全然見かけてないけど・・・。」

紬「実は・・・・」

紬は今日起こったことも含めて、自分たちが今わかっている唯
に関することを話し始めた。


紬「・・・・で、唯ちゃんが悩んで私たちに相談していたんだけど、
  連絡もその一回きりで・・・」

すると、それまでは落ち着いた様子で相槌を打ちながら話を聞いていた
和が急に動揺した様子を見せた。

和「・・・・え!?
  そんなぁ・・・・・そんな、嘘でしょ!?」

それまで紬の話をおとなしく聞いていた和が突然遮って、
驚き、動揺した様子を見せた。

和「どうしよう・・・私・・唯になんてことを・・・!。」

和は腰を抜かしたようにその場にヘニャリと座り込むと
しばし、呆然と目の前を見つめていた。

立派な司法書は和の手を抜けて地面に落ちた。

澪「おい和! どうしたんだよ!」

澪が和の肩を揺さぶる。

和「どうしよう・・・・どうしよう・・」

澪の呼びかけなどまるで耳に入らないくらいに、和は動揺していた。
いつも冷静沈着な和からは想像できない光景に、一同はとまどいを覚えた。


和「・・・・・」

何分か経つと、和もようやく落ち着いたらしく、
地面に座ったままただ黙って俯いていた。

律「ねぇ、和さん! 何か思い当たる節があるなら教えてよ!」

律が思い切ったように唐突に切り出す。

和は特に姿勢を変えることもなく、俯いたまま答えた。
その声は暗く、淀んでいた。

和「・・・・あれは今からちょうど一年前・・」


遡ること一年前、和はいつものように自宅で勉学に励んでいた。

ピンポーン

すると不意に玄関のチャイムが鳴った。

その日はちょうど和の家は和以外の家族が家を空けていて、
家には和しかいなかった。

和「もう、何かしらこんな遅くに・・・・」

和は部屋を出ると、愚痴をこぼしながら
面倒臭そうに階段を下りた。

ピンポーン

和がのろのろとサンダルを履いていると、せかすように
もう一度チャイムが鳴った。

和(私だって忙しいのに・・・・)

和は心の中でまた愚痴をこぼすと、玄関の鍵を開けた。

ガチャ!

すると、和側からドアを開ける前に外側から勢いよくドア
が開いた。

和(何よ・・・図々しい人ね・・)

和がそんなことを考えながら顔を上げると、
そこには息を切らせた唯の姿があった。

大学の帰りだろうか、バッグの隙間からは勉強道具と参考書が見えていた。

唯は息を切らせながら和の腕をガシリと掴んだ。

唯「和ちゃん・・・・助けて・・」

今思えばなんであんなに必死の表情だった
唯に気づいてあげられなかったのだろうか。

それどころか、和は唯の手持ちのバッグの中身から、
唯が高校のときのように勉強を教えるように
せがんでくるとだろういう勝手な予想を立てていた。

和(ここでまた甘えさせると、唯の為にならないし・・・ 
  自分も忙しいし・・・、ここはガツンと・・・)

和「唯! あんた中学のときからずっと私に頼りすぎなの、
  大学生なんだから少しは自分でも考えないとためにならないよ。」

和は冷たく言うとさっさとドアを閉めようとした。
この時、和は唯のためだと思うと、自分はいいことを
しているという認識さえあった。

ガツッ

すると唯は目に涙を浮かべながら、閉まるドアを押さえつける。

唯「待って・・・和ちゃん! お願い! 話だけでもきいてよぉ!
  もう和ちゃんしかいないんだよぉ・・・・」グスン

和「唯・・・やめてよ・・ドア閉まんないじゃない・・」

和(今日は特にしつこいわね・・・、泣くふりまでしちゃって・・)

和は唯の必死の抵抗を拒もうと必死にドアを内側に引いた。

今律たちの話しを聞いたうえで時期的に照合すると、
ちょうどそのころは唯がHTTの面々に初めてメールを
送って2週間が経ったあたりだった。

そんなこともは知らない和は唯にさらに言いつける。

和「唯! 私もう唯の面倒見切れないよ!」

唯「そんなぁ・・・和ちゃん・・」グスン

唯「・・・わかった、・・・もう一回澪ちゃんたちをあたるよ・・・」

唯はひどく寂しそうに呟いた。

和(澪たちをあたるのか・・・、でも軽音部のみんなもそれぞれ
  の勉強があると思うし・・・忙しいだろうな・・そうだっ!)

和は澪たちに気を利かせたつもりか、こんなことを言った。

和「そういえば、この前澪に会ったけど、『もう唯にかまっている時間は
  とてもないな』って忙しそうに言ってたわよ。
  あ、あと他の軽音部のメンバーも同じようなこと言ってたわ。」

和(本当は澪には全然会っていないけど、きっと澪も大変だし、
  あとこの子のためにもなることだし・・・一石二鳥ってやつね。)

唯「そ・・そんなぁ・・」
   
この嘘は唯にとって自分が完全にHTTのメンバーから
見捨てられたという決定打になった。

唯は自分の不安が決定的になったことに落胆し、
もう和に抵抗することもなく、おとなしくドアを閉めて帰路に着いた。

それから唯がHTTに連絡することは一度も無かった。

和(? 澪たちのこと言ったらすんなり帰っちゃったけど・・・
  どうしたのかしら・・・?)

一方で和は唯をまた成長させてあげるきっかけをつくれたことに
満足感を覚えていた。

和(まぁ、唯のことだし・・今日は少し言いすぎだとしても
  今度ケーキでも持っていって遊びにいったら、コロッと許して
  くれるわよね・・・・)

和はそんなことを思いながら再び部屋へ戻った。

そしてそれから和と唯が連絡を取ることもなかった。



和「私・・・なんてことを・・・」

和はその事件について話終えると再び冷静さを失い始めた。

澪「そんな・・・和が最後の一押しになっていたなんて・・・」

和「私・・唯がそんな風になってるなんて知らなくて・・・
  あの時それを知っていたら・・・・・私、私・・・」グスン

和は悔しさを噛み締めるように言った。

何年も親友だった唯をこんな形で裏切ってしまうなんて・・・
自分のくだらない嘘が今の唯を変えてしまったなんて・・

そう思うと悔しさとともに涙があふれていた。

すると、不意に

律「お前が、お前が唯にとどめをさしたようなもんだ!
  ・・・・ふざけんなぁ!!」

さっきまで冷静に和の話を聞いていたかのように思われた律が
唐突に目に涙を浮かべながら和の肩に掴みかかった。

律は和の肩をはげしく揺さぶりながら、怒声を浴びせる。

律「お前があそこであんな嘘つかなければ・・・・・
  唯は・・唯はあんな風にならなくてすんだかもしれないんだぞ・・!
  お前のせいだ・・・・お前の・・・」

和は律の罵声を聞いて、さらに泣きがエスカレートしていた。
今日一番激しく乱れる律に澪が強く言う。

澪「おい律!」

そう言うと澪は強引に和から律を引き剥がす。

澪「もうこれは一個人の責任の問題じゃないんだ!
  そもそも私たちだって例え一回のメールでも唯を無視したんだ!
  ここにいるみんなも、そして唯とつるんでるあいつらも・・・
  唯を囲んでいる全ての人が唯を変えてしまったんだ!」

場にはしばし静寂に包まれた。


律「そうだよなぁ・・・・ごめんな・・和・・」

しばらくすると律がポツりと言った。

和「・・こっちこそ・・・私これから唯を助けるために
  なんでもするわ! 何かあったら連絡くれない?」

和が決心したようにそう言うと、
その場にいた四人と連絡先を交換した。


またしばらくして五人の雰囲気がほころんできたところに、
不意に遠方から走ってきた黒塗りの車が止まる。

そして、運転席から大柄の男が降りてきた。

五人はただそれをかたずを飲み込んで見守る。
ようやくほころんだ場に一気に緊張の糸が張った。

紬「!・・・・斉藤」

その男は紬の家の執事である斉藤だった。

斉藤「すいませんお嬢様。 遅くになっても帰って来られないので
   旦那様が心配されて・・。
   私がお嬢様の携帯に搭載されているGPSを辿って、迎えに上がらせて
   いただきました。」

斉藤はそう言うと慣れた手つきで後部席のドアを開けた。

紬「じゃあそういうことだから・・・」

紬はそう言うと、車の後部座席に乗った。
斉藤が運転席に乗り込むと、車はさっさと走り去ってしまった。

梓「じゃあ私たちも帰りましょうか・・・」

そして、紬が帰ったのをきっかけに、他の面々もその場を後にした。


紬は車に揺られながら窓の外の遠方をじっと見ていた。
そして唐突に、

紬「ねぇ、斉藤? もしも三年間寄り添った仲間に、環境が
  変わったとたんに誰も相手にしてくれなくなったらどう思う?」

紬は寂しげに斉藤に尋ねる。

斉藤は変な質問だと思いながらも答えた。

斉藤「それは・・・・きっとすごく悲しいと思います。
   私だったら、もう誰も信じられなくなるでしょう。」

紬はその答えを聞くと少し視線を落とした。

斉藤は不思議に思いながら、車を琴吹家へと急がせた。

2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 11:02:41.04 ID:+6KdXjUF0
紬が車に揺られている頃、唯は夜道を歩いていた。 

いつもは先輩たちといっしょなので、大学のどこか空いている教室 
でこっそり寝たり、先輩に強引に連れて行かれたよくわからない 
お店で一晩明かすこともあった。 

だが今日は先輩たちは律たちを痛みつける計画で盛り上がって、 
そこにいるのも不快だったの音楽室をこっそり抜け出し、 
仕方なく久しぶりに家に向かっていた。 

家への道を歩きながらこんなことを思う。 

唯(憂は今の私の姿を見たらどんな風に思うだろうか。 
  
  ・・・いや、いいんだ。 あそこには私の寝床があるだけで、 
  憂なんて関係ないんだ。 
  もう、憂だって何を考えているか、信じられたもんじゃない。) 

それから、唯が自分の家に着いたのは数分後だった。 
玄関先のライトは点いていなかったものの、玄関の鍵は開いていた。 

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 11:04:29.61 ID:+6KdXjUF0
ガチャ 

ドアを開くと懐かしい家のにおいがした。 

唯はそんなことを感じながら、こっそりと靴を脱いで、二階に上がろうとする。 

唯「・・・・・」 

コト・・・・コト・・・ 

唯がこっそり階段を上がり、それがちょうど五段目に差し掛かったときだった。 

?「・・・・お姉ちゃん。」 

唯 ! 

唯が驚いて後ろに目をやると、一階の居間の電気が突然点いた。 
これまで暗い中にいた唯が突然照らされる。 

そこには唯を心配そうに見つめる憂の姿があった。

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 11:14:30.80 ID:+6KdXjUF0
よく見ると憂の目の下にはクマができていた。 

時計を見ると、時計は深夜の一時をまわっていた。 

普段は十時に絶対就寝する憂にとって、深夜一時まで 
起きていることはとても辛いものがあった。 

それはよほど強い思いがないと到底できないものであった・・・。 

唯は一瞬驚いたが、すぐに憂に背を向けた。 

憂「今日は澪さんたちが来たの・・・・」 

憂は唯に後姿に静かにうったえかけた。 

だが唯にとってそれは既知の出来事だった。 
そして唯は特に動じる様子も無く、憮然とした様子で階段を上がって行く。 

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 11:29:05.87 ID:+6KdXjUF0
憂「澪さんたちすごく反省して、泣いていたの・・・・。 
  お姉ちゃんに・・・取り返しのつかないことしちゃったって・・・。」 

何ごともないようにその場を去ろうとする唯に憂な涙ながらに訴えた。 

だがその訴えは唯に届くことは無く、むしろまた唯の中の悪意を育てるものとなった。 

唯(もう澪ちゃんたちには関わろうと思わないのに、 
  それでもしつこく付きまとってくるなんて・・・・・ 
  どうせまた私を苦しめようとしているんだ・・・・ 
  どんなにいい顔していたって裏では何を考えているか 
  分かったものじゃないんだ・・・!) 

悪意が渦巻き足を止める唯に憂がたたみ掛けるように言う。 

憂「お姉ちゃん・・・・、私に何があったかちゃんと教えてよ! 
  私・・・お姉ちゃんを・・・助けたいの・・・!」 

憂の目には涙が溜まっていたが、ここで泣き出しては何も 
伝わらないと必死に泣き出すのをこらえていた。 

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 11:48:33.81 ID:+6KdXjUF0
そんな憂の姿も唯にとっては偽善者にしか映っていなかった。 

どうせこいつも何か教えてもそれを澪たちに売って、 
私を苦しめようとしているんだ・・・・。 

唯「・・・憂、もういい加減にしてよ・・・・」 

憂「・・・・え?」 

唯「そうやっていつも偽善者面して・・・・・ 
  実は憂だってずっと私のこと面白がって、心の中ではいつもいつも 
  馬鹿にしてたんでしょ!」 

憂「ち、違うよ! お姉ちゃん!・・・・・」 

唯「来ないでよ!」 

唯は寄ってくる憂にとっさに階段の窓に飾ってあった 
鉄製の人形を投げつけた。 

憂「うっ・・・・」 

人形は憂の左手に直撃して、憂が左手に持っていたモノが 
靴が置いてある土間に落ちた。 

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 12:22:44.61 ID:+6KdXjUF0
しかし、唯は人形が飛んでいった方向を見ることも無く急いで 
二階へ上がると自分の部屋に入り、勢いよくドアを閉めた。 

バン! 

ドアの閉まる音が玄関に寂しげに響く。 
憂は人形が当たった左手を右手で覆いながら、しゃがみ込んでしまった。 

憂「お姉ちゃん・・・・・。」 

憂はもう泣くのを堪えることができなかった。 

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 12:42:19.54 ID:+6KdXjUF0
どうしてお姉ちゃんは私が知らない間にこんなに遠くへ行ってしまったの・・? 
もうあのときのお姉ちゃんには会えないの・・・? 

そんな憂の近くで、さっき憂の左手から 
落ちたモノ――――――唯と憂の映る写真立、が 
が寂しげに転がっていた。 

写真立のフレームのガラス部には大きなひびが入っていた。

36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 13:05:58.25 ID:+6KdXjUF0
唯は部屋へ戻るなりベッドに一直線に向かい、そして倒れこんだ。 

暫らく使っていなかったせいかブワッとほこりがとぶ。 

唯「・・・・・・・」 

唯はそんなことを気にする様子も無くベッドに横顔を伏せながら、 
何気なく部屋の中を見渡す。 

真っ暗で死んだように静まりかえる部屋。 

そんな中で唯の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。 

今日は様々な事が起こった。 

律に楽器屋で出会い、HTTの再結成を持ちかけられた。 
律を含むHTTメンバーが自分をHTTに戻すために動いていることを知った。 
そしてそのHTTメンバーに自分は脅されたいたとはいえ暴言を吐いた。 
ついさっきだが、憂と初めて喧嘩をした。 

……

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 13:20:00.58 ID:+6KdXjUF0
ここ何年かまるで退屈な生活を送ってきた唯にとって、今日と 
いう日の密度は簡単に整理のつくものではなかった。 

自分が今の澪たちを許すことができないのは事実だ。 
もちろん自分を蔑んできたあの先輩も同じだ。 

今の唯にとってただひとつ大切なものは過去の栄光だった。 

だから自分は澪たちと距離を置くことで今から目を背け、 
過去に浸り続けようと思った。 
だからこそ、澪たちには自分に関わらないでほしかった。 

そして先輩たちからは勿論逃げ出したかった。 
だが先輩たちはアレを持っている。 

今の唯にとってただ一つ大切なものを・・・・ 

そう思うと、思うように動くことはできなかった。 

だが、唯には今のどうしようもないこの気持ちを満たしてくれる 
何かが自分のそばにあるような気がしていた。 

最高に幸せになれそうな・・・・、そして今の自分を変えられるような・・・ 

唯「・・・・・・」 

唯は混乱する頭の中で、必死にその答えを考え続けた。 


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 13:31:33.95 ID:+6KdXjUF0
チュン、チュン 

唯「・・・・・!」 

唯が気がつくと部屋のカーテンの隙間から、日の光が漏れていた。 
どうやら昨日はあのまま寝たしまったらしい。 

唯は相変わらずベッドに横顔を伏せたまま、呆然としていた。 

ピンポーン 

不意に玄関のチャイムが鳴る。 

唯はどうせ憂が出るだろうと思い、当然のように動かなかった。 

しばらくすると、階段をあがる音がする。 

コンコン 

唯の部屋にノックの音が響く。 

憂「あの・・・・お姉ちゃん、和さんがいらしてるの・・・・ 
  玄関先でいいから少し話がしたいって・・・・」 

44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 13:49:23.00 ID:+6KdXjUF0
唯には到底興味のない話だった。 
あの時自分を裏切ったくせに今更何を・・・ 

いや。でもこれが自分を満たす答えを出すのにつながるかもしれない。 

唯は直感的にそう思うと、ムクリと立ち上がり、部屋のドアを開けた。 

ガチャ 

憂 ! 

憂はおそらく出てこないと思っていたのだろうか、とても 
驚いた表情をしてドアの横で固まっていた。 

唯はそんな様子の憂に目も暮れず、憮然とした様子で 
階段を下りていった。 

憂はそんな唯の気に触れないように 
少し距離を置いて、静かに階段を下りた。 

ガチャ 

唯が玄関を開けると、目の前には一年ぶりに会った幼馴染の和 
の姿があった。 

手には何やらケーキのようなものをぶら下げている。 

45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 14:00:14.98 ID:+6KdXjUF0
和「あ・・・あの・・唯に謝りたくて・・・ 
  ・・あの時は・・助けを聞いてあげなくて・・・ごめん・・」 

言葉を選びながらおどおどと話す和に、唯は何も感じることは無く、 
憮然とした、冷え切った表情でただ見つめていた。 

唯「・・・・・で?」 

唯が冷たく言い放す。 

あの時あんな形で自分を見放した奴が、調子よくなにを言ってるんだ。 

唯には和の言葉は決して届いてはいなく、むしろ 
火に油を注いだかのように唯の怒りを増長させるものとなった。 

震えながら俯く和に唯が追い討ちをかけるように言う。 

唯「今更なに調子よく言ってるの? 
  あんたに私の何が分かるって言うの?」 

唯は少し情的になりながら言うと、ドアを勢いよく閉めようとした。 

47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 14:19:05.88 ID:+6KdXjUF0
和「待って!」 

和が閉まるドアを押さえようと、必死に抵抗する。 

このとき唯の頭の中である出来事が蘇る。 

いつかのあの日、和が自分を見放した日も 
皮肉にもこんな風にドアの前でもめていたことを。 

だがもっとも、今ではその立場は全く逆だった。 

唯「・・・・・」 

唯が俯いたまま静かにドアを開ける。 

それを見た和は最後の望みを託すように、いつかの唯のように 
涙を浮かべて言った。 

和「唯・・・・本当にあの時はごめんね・・・・ 
  これほんの気持ちだけど・・・・」 

唯は震えながらケーキを差し出す和に冷たく言い捨てた。 

唯「わたしずっとあんたのこと大嫌いだったの。 
  もう二度と顔を見せないでくれるかな?」 

ガタン! 

唯はそう言うと、勢いよくドアを閉めた。 

60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 14:43:36.70 ID:+6KdXjUF0
唯「はぁ・・・はぁ・・・」 

玄関のドアに背を向けて息を切らす唯。 

玄関の外からは和の泣き叫ぶ声が聞こえる。 

しかし、唯は罪悪感を感じるどころか、不思議な気持ちになっていた。 

なんだろう、この感覚は・・・ 
今までにない、この感じは・・・・。 

すると唯はハッとしたようになって、二階へ上がって行く。 

そうだ、今私の心を満たしてくれるのは 復讐 なんだ。 

勢いよく二階に上がって行く唯の背中を憂は寂しそうに見つめる。 

唯は部屋に戻ると、さっそく机に向かった。 
積極的に机に向かうことなんて今まで無かったのに。 

唯「まずは・・・こいつからだ・・」 

復讐の計画を立てる唯の横に置いてあるHTTの思い出の写真立達は 
暗い影を落としていた。 

65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 14:54:57.51 ID:+6KdXjUF0
律と唯が楽器屋で会った日から三日が経とうとしていた。 
その日は酷い暴雨で、風も吹き荒れる日だった。 

あまりの悪天候のため、律は出かけることも無く、 
家で弟の聡とのトランプ勝負に励んでいた。 

聡「・・・次、姉ちゃんの番だぞ。」 

律「・・・・・・。」 

聡「・・・? おい、姉ちゃん? 聞いてる!?」 

律「・・・・・・!  わ、わりぃ、なんかボォーッとしちゃってっ・・・」 

律はこの三日間唯のことばかり考えていた。 

75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 15:25:52.55 ID:+6KdXjUF0
『もう私に関わらないで・・・』 

この一言が律の心を絞めつけていた。 

どうしたら唯を救うことができるのだろうか。 
どうすれば唯は自分を許してくれるだろうか。 

そんなことばかり考えていた。 もう頭がおかしくなるほどに。 
ここ何日かはろくに食事も取れず、ほぼ一睡もできていない。 

聡をトランプに誘ったのも少しでも気を紛らわすためだった。 

律「・・・じゃあ、これ!  うわっ! ジョーカーじゃん!」 

聡の前で明るく振舞う律。 
例えそれが全くの演技だとしても少しは気の紛れになった。 

本当はめまいさえ感じるが、うまく自分を騙す。 

聡「へへへっ・・・・」 

二人でやるばば抜きにはどこか張り合いの無さを感じてはいたものの、 
ゲームの内容なんてものは律にとってはどうでもよかった。 

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:00:25.24 ID:+6KdXjUF0 

律「・・・・・うわぁ!  負けたぁ!!」 

聡「いぇ~い、姉ちゃん顔に出るからすぐわかんだよ!」 

ちょうどゲームの勝敗がついたとき、不意に 

ピンポーン 

玄関のチャイムが鳴った。 

聡「姉ちゃん負けたんだから見てきてよ!」 

律「ちぇ、仕方ねーな。」 

律は疲労で重くなった体を持ち上げると、 
しぶしぶ玄関へと向かった。 

律「はーい。どちら様?・・・・・・・!?」 

律が玄関のドアを開けると、そこには誰もいなかった。 

律(なんだよ、イタズラかよ・・・・・) 

律がいらいらとしながらドアを閉めようとしたとき、 
ポストの間に挟まっていた一枚の白い紙に気づいた。

121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:09:16.88 ID:+6KdXjUF0
律(・・・・?) 

律がその紙をとりだして、表裏を確認しても切手の跡が 
見当たらなかったため、これは個人によって投函されたものだとわかった。 

律(こんな古風な真似するのは・・・・やっぱり澪だな。 
  今度はもう騙されないんだからな!) 

律はそんなことを思いながら、玄関先でそれを開いた。 

律 ・・・・・! 

そこにはこう書かれていた。 

『りっちゃんへ 
   
  私があのサークルをやめることができないのにはある理由があります。 
  それは先輩にギー太をとられてしまったからです。 

  りっちゃん。 お願い。 私の大学の音楽準備室にあるギー太を 
  取り返して・・・・・・。 

  私はもうりっちゃんしか信じられないから、絶対に一人で来てね。 
   
                             唯より』 

123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:12:49.72 ID:+6KdXjUF0
律「唯・・・・・・・」 

律の胸の中が熱くなっていた。 

唯が私だけを頼ってくれている・・・。 
一度裏切った私をまた信じてくれている。 

律の心の中は感動と喜びに満ちていた。 

もう裏切らない・・・・・! 

律はそのままの恰好で傘も差さず家を飛び出した。 

130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:20:08.86 ID:+6KdXjUF0
律が家を飛び出す様子を電柱の影から傘を差しながら、 
見ている人影があった。 

背中には大きな荷物を抱えている。 

その人――――――――唯は口元に笑みを浮かべながら小さくこぼした。 

「りっちゃん・・・・バカだなぁ・・・・」 

そういうと唯はギー太を連れて、急いで大学に向かった。 

空の色は唯の心の色を表すかのように黒くにごっていた。 

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:28:37.51 ID:+6KdXjUF0
律が唯の大学に着いたのはそれからしばらくしてだった。 

そこにいた律はずぶぬれで、服にはたくさんの泥が跳ねていた。 
前髪を止めていたカチューシャもどこかで落ちたらしく、 
濡れた前髪が顔にかかっていた。 

しかし律はそんなこと気にする様子も無く、ふらふらに 
なりながら校舎の中へ急いだ。 

律(唯・・・・唯・・!) 

「唯」の一文字で埋められる律の頭に、これが唯の 
罠であるということに気づく程の能はまるでなかった。 

140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:33:03.05 ID:+6KdXjUF0
律は息を切らせながら、音楽準備室に駆け込んだ。 

そこには先輩たちのたくさんのギターケースに入れられたギターが 
並んでいた。 

だがそんなこと、律には構っていられなかった。 

律「ギー太はどれだ・・・・どれだ・・・ 
  唯・・・・・唯!!」 

律は並べてあるギターケースを片っ端から開けていった。 

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:40:49.95 ID:+6KdXjUF0
律は唯に関するこの一連の出来事を通して、誰よりも 
責任を感じていた。 

メールを無視した件では、実は一番最初にメールが来ていたのは律だった。 
さらに、楽器屋での唯への軽率な発言。 

これらは律へと重くのしかかっていた。 

そんな必死な思いで律はギターケースを狂ったようにあさる。 

数分後には律の周りにはギターとギターケースの山が散乱していた。 

すると不意に、 

女B「ちょっとあんた! なにしてんのよ!」 

背後からとがった女の声がした。 

149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/09(日) 20:47:03.66 ID:+6KdXjUF0
どうやら女はこの日の音楽準備室の見回り番の軽音 
サークルの部員であるらしい。 

しかし律はそんな女の声に耳を貸すことも無く、 
ひたすらあるはずの無いギー太を探す。 

律「唯・・・・・唯・・」 

ゴツン! 

不意に音楽準備室に鈍い音が響く。 
それと同時に律は床に伏せるように倒れこんだ。 

女B「あんた、何? 狂ったみたいな形相でなにしてたの?」 

右手に一部がへこんだ鉄パイプを持った女が律を問い詰める。 
まわりにはその女が呼んだのであろう男女も数名いた。 

つづき
[[唯「さようなら」 ID:+6KdXjUF0 その3]]