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ある日、暇だったので街に出てみると、唯先輩とばったり会った。  ◆/BV3adiQ.o - (2009/10/18 (日) 14:21:28) のソース

292 : ◆/BV3adiQ.o :2009/10/08(木) 23:06:10.42 ID:E0y+qFOOP
 ある日、暇だったので街に出てみると、唯先輩とばったり会った。 
 なんたる偶然。 
「今日は、どうしたんですか?」 
「ん? んー、のどかちゃんとお出かけしようってね、約束したの」 
「そうなんですか」 
 のどか。真鍋、和先輩。唯先輩の友達であり幼馴染でありそして保護者でもある。もちろんそれは喩えであって法的には赤の他人なのだけどそう言って問題無いと思う。 
 それほどまでにこの二人の仲はいい。……と言っても実際私はこの二人が仲良くしてるところを見たことは無いのだけれど律先輩曰く姉妹みたいだとかなんとか。どちらが妹であるかなんて言うまでも無いだろうけど。 
 その話が本当なのかどうかは解らないけどそれでも友達であることには違いないだろうからデートの邪魔をする訳にはいかない。さり気ない優しさで「では」と別れの挨拶をして去ろうとすると唯先輩に引き止められた。 
「どうせだしあずにゃんも一緒に行こうよ」 
「え、でも邪魔になっちゃうんじゃ」 
「いいのいいの。旅は道連れって言うでしょ」 
 それは少し意味が違うんじゃないかと思ったけどそんなことをわざわざ言っても意味がないと思って押し黙ることにした。それにもし私が間違えてたら恥ずかしいし。 
 そんなこんなで待つこと数分間。 
 ようやく真鍋先輩が現れた。唯先輩に向けて手を振りながら、私に気付いて「あら?」という表情になった。 
「えーっと、あなた確か、中野梓さん?」 
「はあ、そうですけど」 
 何度か顔を合わせているのに名前を疑問調にされたのに面食らったけどそもそも特別親しい訳ではないんだし当然か。軽音部の1年生という認識がやっとだろう。 
 真鍋先輩はここに私がいるのが理解できないらしく何度か唯先輩に質問したりしてたけどそれが終わる頃にはその疑問は解けたらしい。「それじゃ」と私に声をかけてくる。 
「今日はよろしくね、中野さん」 
「名前で呼んでもらって構いませんよ。苗字で呼ばれるのはあんまり好きじゃないので」 
「あら、そう。それじゃ、梓ちゃんでいいかしら?」 
「はい」 
 どうして『さん』から『ちゃん』になったのだろうと不思議に思ったけどすぐにどうでもいいことだと思い直して気にしないことにした。 
 その後も当たり障りのない挨拶を交わしていると私と真鍋先輩の間に唯先輩が割り込んできた。 
「はいはいそこまでっ! 二人とも、早く行くよーっ!」 
 言うなり私の右手を左手で、真鍋先輩の左手を右手で掴んで歩き出す唯先輩。止まっていると腕を持っていかれるので、そうならないように私と真鍋先輩も歩き出す。 
「それで、どこに行くんですか?」 
「さあ、私は唯が来いって言ったから来ただけだから」 
「そうですか」 
 ずいぶんと流されやすい人なんだなと思いながら唯先輩の言葉を待つ。見れば真鍋先輩も同じように唯先輩を見ており、二人の視線に気付いた唯先輩が「うん?」と不思議そうな表情になった。 


293 : ◆/BV3adiQ.o :2009/10/08(木) 23:07:04.87 ID:E0y+qFOOP
「ああ、うん、そうだね。んーと……どこに行こう?」 
「あんた決めてなかったのか」「来る前に決めときなさいよ」 
 ボケ一名にツッコミ二名。これではバランスが悪いんじゃないだろうかと思ったけどそこは唯先輩。めちゃくちゃ楽しそうだった。 
 ……まあこの人が楽しいのならいいか。 
「それじゃ、とりあえずあそこにでも行きましょうか」 
 そう言って真鍋先輩が指差した場所はそこそこ大きなぬいぐるみ屋さんだった。さすがは唯先輩の幼馴染、好みはバッチリ解っているらしい。 
 予想通り、唯先輩の目がキラーンと光った。 
「いいねっ! それじゃ早速行こうっ!」 
 全ての文に促音がついている唯先輩。本当にテンションが上がっているらしい。 
 さっきまで繋いでいた両手をさっと離し、一人さっさとお店の中へ入って行ってしまった。 
「あ、待ってくださいよ~っ」 
 後を追うために駆け出そうとした私に、真鍋先輩が「ちょっと待って頂戴」と声をかけてきた。ご丁寧に服の襟を摘まんで。 
「……なんですか?」 
「あの様子だと行っても私たちに目もくれないでしょうし、ちょっとお話でもしましょ」 
 軽く、でも有無を言わさない口調でそれだけ言うと、真鍋先輩は近くの公園に向かって歩き出した。 
 少しだけ迷って、結局私は真鍋先輩を追うことにした。 
 公園に入ってすぐ横に設置されたベンチに二人並んで腰掛ける。 
 そして、数秒間逡巡した後、真鍋先輩は私に向かって口を開いた。 
「あの子のこと、どう思う?」 
「あの子……唯先輩のことですか?」 
「そう」 
 どうして急にそんなことを訊くのかと思ったけどその理由を話してくれそうではないので「そうですね」と素直に評価を下すことにする。 
「唯先輩は子供っぽい人だと思います。ちょっとしたことでも喜んで、そして悲しんで。時に泣いたり、逆に笑ったり。感情を体全体で表現しますよね」 
 私にはとてもできないことで、そこは素直に尊敬している。 
 真鍋先輩は私の言葉を頭の中で反復しているのか、数秒間目を閉じて考えていたけど、やがて目を開けて「そうね」と相槌を打ってくれた、 
「確かにそうね、その通りよ。あの子は感情を隠さない、いいえ隠せないのかしら? とにかく、感情表現が下手なのか上手いのか解らないけど、見てるだけで何を思ってるか解るのよ」 
「そうですね、あの人は本当にそうです。良くも悪くも感情をむき出しにしてるって言うんでしょうか。そんなことができるのは後にも先にも唯先輩ぐらいしかいないと思います」 
「そうね。確かにあれは唯ぐらいしかできそうにないわね。あの子は嘘を吐けないのよ。吐いたとしてもその罪悪感ですぐ泣き出しちゃうような子だからね」 
「ああそれは確かにそうでしょうね」 
 なんて、ついつい頷いちゃったけど本当にそうなのだろうか。結構嘘吐いてるような気がするけど。 


294 : ◆/BV3adiQ.o :2009/10/08(木) 23:08:07.45 ID:E0y+qFOOP
 そこで、と真鍋先輩が身を乗り出してくる。 
「唯が嘘を吐けないということがはっきりしたところで、質問があるんだけど」 
「なんですか? 答えられる範囲でなら何でも言ってください」 
「あなた、唯のこと好き?」 
 ……おおう。 
 まさかここまで真正面から、何の捻りも無いど真ん中ストレートが飛んで来るとは思ってませんでしたよ。 
 真鍋先輩はじっと私の答えを待っている。 
「少なくとも嫌いではありません」 
「そんなことは訊いてないの。唯のことを女性として見て好きなのかと訊いてるのよ」 
 うやむやに言って誤魔化そうと思ったら逆に追い込まれてしまった。 
 沈黙を選ぼうと思ったけどそれを許してもらえるような気配じゃない。私が答えるまでその気配を解くつもりが無いみたいだ。 
「……答えられません」 
「そんなことは無いでしょ。YesかNoか言うだけ、簡単じゃない」 
「そうは言ってもですね……」 
 そんなこと、簡単に言えるはず無いじゃないですか。私の将来に関わるんですから。 
 と、私がいつまでも話し出さないのに痺れを切らしたのか、真鍋先輩から語りかけてきた。 
「それじゃ、これだけは言っておくわ」 
「はあ、なんですか?」 
「これ以上、唯に近付かないで」 
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。 
「ど……、どういう意味ですかそれは」 
「どういうも何も言葉通りの意味よ。これ以上唯に近付かないでと言ってるの」 
「いや反復しなくてもいいんですけど」 
 えっと、つまり、あれですか? 私と唯先輩が近付くのが嫌ってことは、もしかして真鍋先輩は唯先輩のことが好きなんですか? 
「好きよ」 
 真鍋先輩は言う。 
「だけど、ここで言う好きは恋愛的な意味じゃなくて、そうね、言うなれば友愛かしら?」 
「民主党ですか」 
「違う違う。私が唯に向けているのは友情ってこと……というか解って言ってるでしょ?」 
「まあそれなりに。ですが唯先輩を愛していないのなら――いやこれじゃ語弊がありますが、解ってください。どうして私が唯先輩と距離を取らないといけないのでしょうか?」 


295 : ◆/BV3adiQ.o :2009/10/08(木) 23:08:49.50 ID:E0y+qFOOP
「決まってるでしょ、唯のためよ」 
 真鍋先輩は呆れたように言う。 
「これ以上唯を傷付けないで」 
「傷付ける……? 私は何もしていませんけど……」 
「確かにあなたは何もしていないそうね。だけど、何もしていなさすぎるわ」 
「? どういうことですか?」 
「解らないのかしら? あなたは唯からいろいろなことをされているみたいだけど、唯にそれを返すことはしてないでしょう?」 
「すみません、何を言っているんですか?」 
「……。そうね、なら単刀直入に言いましょう」 
「お願いします」 
「唯はあなたのことが好きなのよ」 
 心臓が止まった。 
「…………あー、それはあれですか。私のことを友達だと思ってくれてるってことですか? 嬉しいですねー」 
「そんな訳無いでしょう」 
 茶化したけど茶化せなかった。 
「唯はあなたのことを心から愛してるの」 
「そ、そんなことどうして解るんですか」 
「本人がそう言ってたから。私に相談してきたのよ」 
「嘘かもしれないじゃないですか」 
「あの子は嘘が吐けないって、さっきあなたも認めたじゃない」 
 そういえばそうでした。ああもうどうしてそんなことを認めちゃったんださっきの私。 
「あの子は気丈に振舞ってるけど、どれだけアプローチしても自分を振り向いてくれないって、陰で泣いてるのよ?」 
「え、」 
 それは。 
 そんな唯先輩の姿は想像できない。 
「本当なんですか?」 
「本当よ。この調子じゃあと数週間でアウトね」 
「アウト、って……」 
「唯が壊れる」 
 真鍋先輩は悲しそうに言う。 


296 : ◆/BV3adiQ.o :2009/10/08(木) 23:09:59.52 ID:E0y+qFOOP
「だからこれ以上唯が悲しまないように、今はっきりさせとかないといけないのよ」 
 もう一度訊くけど、と真鍋先輩。今度は言い逃れが通用しなさそうだ。 
「唯のこと、どう思ってるの?」 
「……………………好きですよ、そりゃ。この世で一番愛してます」 
 本当に。 
 それが人として間違っていると知ってもこの想いは消えてくれずに、それどころかどんどん増してくる。 
 だから私はそれから目を背けた。そうやって自分の気持ちに嘘を吐いて、蓋をして、忘却するのをただただ待っていた。 
 でもそれは決して消えてくれるようなものじゃなくて。 
「好きなんですよ、あの人のことが。愛してるんですよ。だけどッ! だけどこれは間違った感情で、認められる訳が無いんですよッ!」 
 だから私は自分の想いに蓋をした。二重に三重に蓋をして、想いが暴走しないようにと思っていたのに。 
「なのにッ! なのになのになのにッ! どうしてそんなことを言うんですかッ! せっかく蓋をしたのにッ!」 
 真鍋先輩が。 
 今まで黙っていた真鍋先輩がようやく口を開いた。 
「あなたは、『世界』と『唯』どちらを取るのかしら?」 
「そんなのッ……」 
 そんなのは決まっている。 
「唯先輩に、決まってるじゃないですか……」 
「そう、よかったわ」 
 そう言って真鍋先輩はベンチから腰を上げる。 
「そろそろ唯が私たちが来ていないことに気付く頃でしょ。泣き出す前に行ってあげないと」 
「そうですね、あの……」 
「うん?」 
「ありがとうございました」 
「そんなこと気にしなくていいわよ。それより」 
 そこで一旦言葉を切って、真鍋先輩は私を振り向く。 
 そして、今まで見た中で最高の笑顔で、 
「これからも唯のこと、よろしくね」 
「――はいっ!」 
Fin