「あばよ、ダチ公 ハートのキング ◆wYFB8z4udM 其三」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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424 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 12:59:35.59 ID:SAUdxyIHO
桜高に下校時間が訪れいそいそと生徒達が三三五五帰っていく。
唯達は律の待つ大阪国際空港に向かう為にバス停へと向かっている。
バス停に着いた時に運よく街へと向かうバスがやってきた。
「あ、これだ。調度いいな」
「澪ちゃん待って!唯ちゃんが遅れてるわ」
唯はのん気に赤く派手な自動販売機でペットボトルのジュースを買って飲んでいる。
「唯先輩何やってるんですか!?バス出ちゃいますよー」
「ごめん、急がなきゃ……あ痛ッ!」
走る為ににと左足で地面を蹴ろうとした時に足が縺れて唯が転倒した。
「唯ちゃん大丈夫!?」
「どうして何も無い所でこけるんだよ……」
澪と紬が唯に手を差し伸べている間に、バスは無情にも次のバス停目指して発進した。
「バス行っちゃいましたね……」
「えーっと、次のバスはいつかな?」
「私のQooオレンジ……」
唯のペットボトルは地面に転がっている。
空け口からは橙色の液体が流れ出ていた。
425 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:04:19.78 ID:SAUdxyIHO
大阪国際空港4階の展望デッキで、律と聡が滑走路から離陸する旅客機を眺めていた。
二人は両親の乗った飛行機をそこで見送ってから空港内を見て回ったが、
特にすることもなく結局展望デッキに戻ってきていたのである。
「姉ちゃん、あと5時間もあるよ」
暇をもてあました聡が切り出した。
「私からすればあと5時間しか無いって感じだけどな」
律が感慨深そうにして言った。
「日本にいられるのもあと少しだもんね。明日の今頃はまだハワイか……」
日本からはホンジュラスへの直行便が無い。
聡はポケットからホンジュラスへ行くまでの予定表を取り出した。
「大阪を22時45分に出発して、明日の正午調度ににホノルルに到着。そこで
18時55分発ヒューストン行きの飛行機を待つ。出発したら明後日の7時55分に
ヒューストン到着。9時05分のテグシガルパ行きに乗って11時04分に到着っと」
聡は日本時間を基準にしたこれからの予定をざっと読み上げた。
「読むだけでも疲れた……」
「ご丁寧にどーも。それにしても長いな……」
律達はJALとコンチネンタル航空を利用し、
一日半かけてホンジュラスの首都へ向かうことになる。
426 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:10:15.26 ID:SAUdxyIHO
「ちょっと時間かかるってレベルじゃねーぞ……」
聡が文句をつけ終わると、マナーモードにしていた律の携帯電話が着信を告げた。
「あ、澪からメールだ……色々あって、遅れそう、ごめん、か。何やってんだか」
「澪さんどうかしたの?」
「こっちに来るの遅れるんだって。さてはアイツら、迷ったな」
メールが着て3時間ほど経ち聡の退屈が限界に近づいてきた時だった、
「あ、いたいた。 りっちゃ~ん!!」
律の名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
自然と周囲の人間の視線が唯の方に集まる。
「遅れてごめんね~。私がみんなに迷惑かけたばっかりに……」
公共の交通機関と相性が悪いのか、唯があの後も電車に乗り過ごしたり、
迷子になったりしたので一行の空港への到着が著しく遅れてしまったのだという。
「気にすんなって。んで、コイツは弟の聡。澪意外は初めてだよな?」
「こんばんは、田井中聡です」
それから律が簡単に軽音部員の紹介をしていった。
427 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:17:29.99 ID:SAUdxyIHO
「さわちゃん先生はお仕事があるから間に合うかどうか分かんないんだって……」
「そっかー、あの人も人知れず頑張ってたんだなー」
聡を含む一行はさわ子が来るのを待ちながら雑談をした。
長い間雑談をした後、出発時間まで30分を切ったので2階の出発ロビーに降りた。
「さわちゃん先生間に合わないのかな?」
「私ならここよ!」
そこにはさわ子が待ち構えていた。
「さわちゃん!着てくれてたのか!」
「今着いたばっかりなんだけどね……酷い渋滞だったけど無理矢理かっ飛ばしてきたわ!」
「みんな、さわちゃんの車には乗らない方がいいぞ。ホントおっかないから」
自らの体験を基に律が忠告した。
「私達、帰るとき先生に送ってもらう予定なんだけど……」
可愛そうに、澪は早くも怯え始めている。
「車はいい車なんだけどな」
律は三日前の事を思い出していた。
「りっちゃん、先生の車に乗ったことあったんだ」
「えっ、あー、うん前にちょっとな!」
さわ子は少し慌てる律を横目に、すました顔をして車のキーをじゃらつかせている。
429 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:26:08.89 ID:SAUdxyIHO
律達はその後も一頻り他愛も無い話をした。
しかし刻々と飛行機の出発時間も迫ってきている。
出発手荷物検査場では様々な面持ちをした人達が長い行列を作っている。
「姉ちゃん、じゃオレ先に行ってるから。あ、皆さん、さようなら」
聡は邪魔してはいけないと思い、列の最後尾へ向かった。
「そろそろ私も行かないとな……」
律は床に置いておいた少しばかりの荷物に手をかけた。
「最後に謝っておきたい事があるんだよな」
そのまま手にしていた荷物を持ち上げた。
「私のドラムでも無いと練習し難くなるだろ?……ごめんな、みんな」
「気にしないで。私達は大丈夫だから、ね?」
紬が即座にフォローに入るが、律は自分では納得できていない。
「いや、でも!」
そこでさわ子が律の言葉を遮りにかかった。
「りっちゃんが帰ってくるまでの間、私が代わりにドラムをやっておくわ」
「え?でも、さわちゃんドラムなんてできないんじゃ?」
「任せてって言ったでしょ?」
律はまた三日前の事を思い出した。
後の事は私に任せなさい、というさわ子の力強い言葉が鮮明に蘇ってくる。
430 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:30:56.64 ID:SAUdxyIHO
「それなりに叩けるようになってきたんだから。要は気合よ!」
この所さわ子はドラムを買って寝る間も惜しんで練習していたのである。
非常に近所迷惑な話ではあるが、結果的には律の唯一の心残りは杞憂に終わった。
我慢の限界が訪れたのか唯と梓の額には涙が伝っている。
「お前ら泣くなって、もう二度と会えないわけじゃないんだしさー」
唯はのび太が律と同じことを言っていたのを思い起こした。
だがそれは感情を抑えることには繋がらなかった。
「で、でも~。ううぅ、りっちゃぁあん!……うぐぅ……」
「律先輩!早く帰ってきて下さいね……待ってます……」
「私も早く帰ってきたいのは山々なんだけど、こればっかりはなー」
「紛争が終わったらすぐにでも帰って来れるのよね?」
困ったような顔をしている律に紬が助け舟を出した。
「そうそう。それなんだよ。紛争のバカヤロー!!ほら、みんな一緒に!せーの」
恥ずかしいから止めろと言って、澪が律の叫びを静止させた。
「まぁともかく、元気でな、律」
「お前もな、澪」
そう言って律は澪の右肩を軽く押し、澪も律の左肩を押し返した。
432 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:38:38.13 ID:SAUdxyIHO
「というわけで、ドラムの事はさわちゃんに任せたからな」
「ええ。それより気をつけて行くのよ」
「分かってるって。じゃ、みんな、行ってくる!」
律はピークを過ぎて先ほどよりも随分短くなった列に並ぶ。
すぐに順番が回ってきて検査場を通過し、搭乗口へと向かう準備が完全に整った。
後ろを振り返ると遠くで五人が手を振っているのが分かる。
律は手を出来る限り大きく振り返した。
自分の進むべき方角に身体を向き直し、持っていた手荷物を肩に引っ掛けた。
そして振り返ることなく、律は誰にも聞こえない声で一言呟いた。
「あばよ、ダチ公」
433 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:45:34.99 ID:2+AR223m0
現在五人は律と聡の乗った飛行機を見送る為に4階の展望デッキにいる。
「あ、あれかな?」
唯が離陸直後の飛行機の明かりを指差した。
真昼間ならそこから滑走路と離着陸する飛行機が望めるだろう。
だが今は深夜なので飛行機全体を目視することができない。
「そうね、あれがりっちゃん達の乗ってる飛行機だわ……」
紬が加速を続ける飛行機の光から目を逸らさずに唯の質問に答えた。
遠ざかる飛行機の光も徐々に見えなくなっていく。
「律先輩ホントに行っちゃいましたね……」
梓は今でも信じられないといった顔をしている。
今までの事は全部冗談でしたー!ゴメンな!と言って、
音楽準備室にひょっこり現れる律の姿が梓には脳内再生余裕でした。
「ああ……」
澪が少し遅れて力無く相槌を打つ。
「澪先輩?」
「く……りつぅ……何で行っちゃったんだよぉ……グスン……」
意外なことに澪の泣いている姿を見るのは皆にとって久しぶりだった。
澪は律の前では絶対に泣かないと心に誓っていた。
だが律のいなくなった今、澪の涙腺は決壊してしまったのだ。
434 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:48:21.30 ID:2+AR223m0
そんな澪を見てさわ子は昨年、紬から発せられたある一言を思い出した。
――りっちゃんの代わりはいません!――
ドラムで代わりを務めることは本当の意味での律の代わりというわけではない。
それを分かった上でドラムを買ったはずだったのだが、やはり割り切れない自分がいた。
「もうこんな時間!さあ。みんな、帰るわよ!」
自らの不安を断ち切るように、思考を保護者モードに切り替える。
今からは4人を自宅まで無事送り届けることがさわ子に与えられた任務だ。
435 :西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 13:50:11.78 ID:2+AR223m0
律と聡は機内の右側の席に並んで座っていた。
一番右の席の律が上体を曲げて窓を覗きこんでいる。
「姉ちゃん、何やってんの?」
「雲の上まで上がってきたから星が綺麗に見えるかなと思ってな……」
飛行機の窓から見た星は律が思っていた程でもなく、
桜高の屋上から見た星空の方が客観的にも主観的にも美しかった。
「今どの辺りかな~?」
流れをぶった切って聡が疑問を投げかけた。
「日本上空でしょ。30分も経ってないし」
「ですよね~」
至って冷静な姉を見て聡は少し安心した。
「いつ戻ってこれるのかな……」
「姉ちゃん……」
「って、考えてても仕方ないか。もう寝るかなー!普段ならそろそろ寝る時間だし」
「そ、そうだな。オレはもうちょっと起きてるよ」
律は右手の親指と人差し指で鼻をつまんで一度耳抜きをしてから
配られた毛布を顔まで深く被った。
「おやすみ……」
「ああ、おやすみ」
律は瞼を閉じて聡に気づかれないように涙を流した。
436 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 13:54:42.90 ID:SAUdxyIHO
「――みんなまたね」
唯がゆっくり前進する赤いニュービートルに向かって手を振っている。
ビートルは次の目的地である梓の自宅を目指して加速していった。
唯は身体をくるりと反転して数歩歩き自宅のドアノブに手をかけた。
鍵は空いたままになっているので憂がまだ起きてくれているのが分かる。
「ただいま」
靴を脱いでいるとリビングから憂が出てきた。
「お帰りなさい……」
憂の声は明らかに曇っている。
「りっちゃん、行っちゃった……」
「うん……寂しくなるね……」
437 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 13:56:34.08 ID:2+AR223m0
「のび太君は、流石にもう寝てるよね?」
日常会話中の自然な流れで生まれた質問に対して憂は一瞬目を伏せ、口篭った。
「どうしたの?」
唯は訝しって憂の顔を見つめ続ける。
憂は自分の顔を出来る限り明るい表情に修正しようとした結果、無表情になった。
「のび太君は元の世界に帰っていったよ」
その言葉に唯は鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くして立ち尽くした。
「それ……ホントなの?」
「うん、お夕飯食べ終わった頃に……」
「どうして!?どうして待っててくれなかったの!?さよならも言ってないよ」
必死に食い下がる唯に、憂は手に持っていた一枚の手紙を差し出した。
「何これ?」
「のび太君からの手紙……」
唯は急いで手紙に目を通し始めた。
438 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:00:06.84 ID:2+AR223m0
部屋の主のいない部屋でドラえもんのタイム電話のベルが鳴った。
ドラえもんは既に22世紀から21世紀に戻ってきており、
連日のび太を連れ戻す方法を考えていた。
因みにドラミも22世紀に残り方法を探っている最中である。
「のび太くん、3日ぶりだね。そっちはどうだい?」
「うーん、こっちは異常無しだよ。ちっとも帰る方法が分かんないや」
「僕も毎日色々考えてはいるんだけど……」
万策尽きかけてていることはあえて明言しなかった。
「そう……でも大丈夫さ。僕は元気にやってるしね……って、あれ?なんだ!?」
「ど、どうしたんだい!?のび太君!!」
のび太の異変を察知したドラえもんは声高に尋ねた。
「タイムマシンがいきな――」
そこでのび太との通信がぷつりと途絶えた。
441 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:07:02.08 ID:SAUdxyIHO
「おーい!のび太くーん!!」
そう叫んだのと同時に目の前の机の引き出しが開きそこからのび太が飛び出した。
「うわぁー!」
「アッー!」
ドラえもんの上に、落下したのび太がのしかかる格好になった。
「アイタタタタタタタタ……」
「痛いのはこっちだよ……君は、のび太君じゃないか!!」
ドラえもんは下敷きになったまま驚愕している。
「ドラえもん!?あれ?僕、帰ってきたの?」
443 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:08:32.24 ID:2+AR223m0
のび太はタイムマシンがいきなり発進してすぐにここに着いたことを説明しが、
それはドラえもんにも理解不能の出来事だった。
タイムマシンを見ても依然として故障したままだった。
しかしそこにのび太の荷物がくくりつけてあるのをドラえもんが見つけた。
「どうして僕の荷物が!?確か部屋に置きっぱなしだったはずなのに」
荷物を広げて見ると、役立ちそうに無いひみつ道具一式と
のび太にも見覚えの無い一枚の真新しい手紙が出てきた。
差出人は憂で、受取人はのび太だった。
のび太君へ
私が裏たなばたロケットを使いました。
お姉ちゃんには私から伝えておくから安心してね。
楽しかったよ。ありがとう。ではお元気で。 憂より
444 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:10:20.80 ID:2+AR223m0
「憂ちゃん……」
のび太は手紙を読み終わるとそれをそっと折りたたんだ。
「のび太君、裏たなばたロケットなんて道具持っていってないんじゃ」
「どうだろう?あれは違うのかな」
「短冊に書いた願い事をあべこべに叶えるっていう道具だよ。忘れたのか?」
「そういう道具があったってことは覚えが無いなぁ……でも……」
「君ってやつは……でもこれを使ったから君が帰ってきたわけなんだろうけど……」
ドラえもんの中で何かがひっかかっているようで謎が解けそうで解けない。
「これなんだけど……」
四次元ポケットに手をつっこんで裏たなばたロケットを取り出した。
「これ!僕が唯ちゃんに貸したロケットじゃないか!?」
のび太はそのロケットの形状に見覚えがあった。
「でも、僕は……あ!そうだ願いたなばたロケットだ!!……無いとしたら」
ドラえもんはポケットの中を入念に調べたがそのひみつ道具は見当たらなかった。
「やっぱり無い!願いたなばたロケットが無い」
「何それ?僕が向こうに持っていってた道具なの?」
「たぶんそうだ。これによく似てるんだ。君に残しておいた道具に混ざってたのかも」
「かもって……」
「恥ずかしい話なんだけど、適当に選んだから何を置いていったか覚えてなくて」
「ドラえもんも人の事言えないじゃないか~」
445 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:14:42.83 ID:SAUdxyIHO
二人は今まで分かっていることをまとめてみることにした。
ドラえもんが願いたなばたロケットを含むひみつ道具をのび太に残した。
平行世界でのび太はそれを唯に貸し与えたが、その使い道は現時点では不明。
それに良く似た裏たなばたロケットを何故か憂が所持しており使用。
裏たなばたロケットの効果により先刻のび太が生還を果たした。
手紙の内容からは唯と憂は願いたなばたロケットの効果は知らないと考えるのが自然。
問題はどうして裏たなばたロケットを憂が持っていたのかに焦点が絞られた。
「考えられるのは、僕らが向こうの世界に行って直接手渡すくらいか……」
「でもどうやって――」
のび太の言葉を遮るようにのび太の勉強机の引き出しが開いた。
「お兄ちゃん!どうしてタイムマシンが……のび太さん!?」
「ドラミちゃん!」
「ドラミ、実は――」
ドラえもんはこれまでのことをドラミに説明した。
446 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:15:50.60 ID:2+AR223m0
「そういうわけだから。ドラミ、今までありがとう」
「いいのよ。それより私がここに来たのも無意味じゃなかったみたいね」
意味ありげにドラミが微笑んだ。
「どういうこと?」
「本当はのび太さんがいた並行世界が特定できたからここに来たの」
「僕は今まで何をやっていたんだろう……」
ドラえもんはドラミに色々と負けている気がしてきた。
「しかもこの世界とあっちの世界を行き来できる方法が分かったの!」
「ホントに!?」
「なんだって!?」
唯達の世界はのび太達の世界とそれ程離れているわけでもない。
そして二つの平行世界同士を繋ぐワームホールのようなものが、
一定時間ではあるが幾つか現れる事が分かった。
「――ってことは!ドラえもん!」
「うん!これでやっと謎が全て解けたぞ!」
ドラえもんが丸い右手をポンと叩いた。
448 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:23:39.58 ID:SAUdxyIHO
「僕がさっきまでいたのは2009年の7月の、えーっと8日だったはず」
のび太はどうにか正しい記憶を引き出す事に成功した。
「ドラミ、それより過去でそこから一番近い時空と繋がってるのはいつになる?」
「え、ちょっと待って……1998年の7月7日があるみたいよ。」
それはのび太がいた時の時代から数えて11年前の七夕であった。
「良かった、もう唯ちゃんも憂ちゃんも生まれてる時代だ!」
「のび太さんが帰ってくる為に、この裏たなばたロケットを持って行くのね」
察しのいいドラミは二人の考えを読み取った。
「そういうこと。で、肝心のワームホールはいつ開くの?」
「うーん、体感時間で4338時間後よ」
素早く計算してからドラミが答えた。
「じゃあ、今すぐドラミちゃんのタイムマシンに乗って行こうよ!」
「でも、のび太さん、実は――」
ドラミは自分達が4338時間後にタイムマシンで時間跳躍しても意味が無く、
実際に自分達がそれまで待つ必要があると言う事を噛み砕いて説明した。
449 :西暦 2008年 6月28日:2009/08/10(月) 14:26:37.98 ID:SAUdxyIHO
「どういうことなの?」
のび太にはそれが上手く理解できなかった。
「とにかく冬まで待とうって言ってるんだよ、のび太君」
「えー!?そんなに!?」
「文句言わないの」
ドラえもんがのび太を慣れたように軽く嗜める。
「ちぇー、分かったよ」
そうは言ってものび太の顔は明るかった。
今から4338時間経てば唯達のいる世界へ行けるのだから。
「そうだ、メッセージを残さなきゃ」
のび太は手紙を添えようとペンを執った。
450 :西暦 1998年 7月7日:2009/08/10(月) 14:31:33.53 ID:2+AR223m0
この日の京都は曇りで湿度がやけに高い。
さらに気温も高く、平成19年以降ならば猛暑日と呼ばれているであろう。
そんな蒸し暑い中、一人の少年が汗をかきながら走っている。
「この先の角を曲がって真っ直ぐ進めば、もうすぐそこだ」
一分ほど走った後にのび太は目的地に到着した。
「ふー、調度よかった」
平沢家の玄関先で一人の少女が縄跳びで遊んでいる。
「えーっと君は……唯ちゃん?」
「お姉ちゃんならまだ小学校に行ってるよ」
「そうか、久しぶ……じゃなかった! そうすると、君は憂ちゃんだね?」
この日を待ち侘びていたのび太はうっかり不適切な発言をしかけた。
「うん、そうだよ。お兄ちゃんだーれ?」
純粋無垢な憂は思った事をそのまま口に出している。
「僕はのび太っていうんだ。君のお姉ちゃんの友達ってところかな」
「そうなんだ」
端から見ても憂がのび太に興味が有るのか無いのか、
それを表情から読み取ることは出来ない曖昧な顔をしている。
451 :西暦 1998年 7月7日:2009/08/10(月) 14:34:25.42 ID:2+AR223m0
「実はこれを受け取ってもらいに来たんだ」
のび太はロケットの形をした玩具のようなものを憂に手渡した。
「え!何これー?」
この場合はのび太よりこちらのロケットに興味を示したのが分かる。
「これと良く似た物を……いや、この手紙を読んでくれない?」
「私まだ字読めないの……」
「全然問題無いよ!今じゃなくてもいいのさ!」
そう言って小さな掌に手渡を託した。
「これは憂ちゃんが17歳の七夕の日に読んでくれないかな?
その頃には字だってスラスラ読めるよ」
「うん!分かった!」
「ありがとう!……不味いな、僕はもう帰らないといけないみたい」
この時、のび太には殆ど時間が残されていなかった。
「もう帰っちゃうの?」
「うん、ちょっと用事があってね……本当にありがとう……」
「バイバイ」
「またいつか会おうね!」
そう言い残してのび太は来た道を駆けて行った。
452 :西暦 1998年 7月7日:2009/08/10(月) 14:38:30.11 ID:SAUdxyIHO
11年後、憂によって開封されることになっている書簡箋にはこう記されていた。
唯ちゃん、憂ちゃん、こんにちは。のび太です。
この短冊がついてるロケットは「裏たなばたロケット」っていう名前で、
くっついてる短冊に書いた願い事と反対の願いが叶うひみつ道具です。
実はこれを使って、今そっちの世界にいるぼくを助けてやってほしいんだ。
ちなみに唯ちゃんが持っていたのは「願いたなばたロケット」って言って、
書いた願いがそのまま叶うんだ。唯ちゃんはどんな願い事を書いたのかな?
本当は直接お礼とさよならを言いたかったんだけど、ごめんなさい。
二人といっしょにいられた時間はとっても楽しかったよ。
また会える日がくるってぼくは信じてる。またいつか会おうね。
454 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 14:44:40.88 ID:SAUdxyIHO
「――そうだったんだ」
手紙を読み終わった唯は全てを理解した。
「お姉ちゃんに言うべきだったのかも知れないけど、律さんのこともあったから……」
「うん。分かってるよ。ありがと、憂」
唯は憂の頭にそっと手を触れた。
「そうだ、お姉ちゃんは短冊に何てお願いしたの?」
「もちろん、みんなで武道館公演!……あ!」
ようやく唯は肝心なことを思い出した。
「あのロケットの短冊にはりっちゃんが願い事を書いたんだった!」
「そうなの!?じゃあ、律さんは何て書いたの?」
憂がぐっと顔を近づけて唯に尋ねる。
459 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 14:56:31.11 ID:2+AR223m0
「そうなんだ、じゃあ律さんに直接聞かないと分からないね」
「う~、やっぱり気になる。澪ちゃんなら知ってるかな~?」
唯は携帯電話を取り出し、まだ車の中にいるであろう澪に電話をかけようとした。
「でも、お姉ちゃんは早くお風呂入って寝ないと朝起きれないよ」
憂が電話を持つ手をとめさせ、風呂に入るよう促した。
それに素直に従った唯は携帯の電源ボタンを一度押した。
「そうだね、というわけでお風呂に入ってきます」
唯は着替えが予め用意されている脱衣所に向かった。
「見せるの恥ずかしいって言って、誰にも見せてなかったから分かんない」
455 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 14:47:18.08 ID:2+AR223m0
ホノルル空港の雑踏に紛れて律と聡が辺りをきょろきょろと見回している。
「とうとうハワイまで来ちゃったなぁ」
聡はタイムラグなど感じていないと言わんばかりだ。
「おい聡、あんまり離れるなよー」
離れかけた聡の肩にかかってあるバッグを律がぐいっと引っ張る。
「分かってるって。でもオレ、外国なんてお初だから緊張しちゃって」
「まー、気持ちは分からなくもないけどさー」
律としても海外に赴くのは初めてなので何とも言い表し難い気持ちになっていた。
「そしれにてもここ、ホントにハワイなのか?」
流石に国際線ナンバーワンのシェアを誇るだけあって、周りを見渡すと
邦人ばかりが目につき、ここがハワイであることを一瞬忘れかける程だ。
456 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 14:50:12.71 ID:2+AR223m0
「かなり時間もあるし色々見て回ろうよ」
観光気分でいる聡に促されるまま、律もそれに同調した。
空港を出た二人はハワイの気候に驚きつつ、少し歩いてみることにした。
二人とも比較的軽装だったので、歩き回るにはある程度は適した格好と言える。
右手には小ぶりなゴルフコースが見受けられる。
「とは言え、どこから見て回ればいいのかねー」
「よし、こっちに行ってみよう」
聡は何も考えずに行きたい方向に勝手に進んでいく。
その後を小走りで律が追う。
「ちょっと、聡、どこ行く気だー?」
出発までは時間はたっぷりある。
458 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 14:53:19.89 ID:2+AR223m0
律がいなくなって一日目の桜高は、何事も無かったかのように
通常校時で進み、それぞれの生徒が平凡な放課後を迎えた。
音楽室からは澪をメインボーカルとした、目下練習中の演奏が聞こえてくる。
「Ah 道化師は素顔見せないで 冗談みたいにある日いなくなった」
楽曲はさわ子が前々から提案していた、
the pillowsのスタンダードナンバー『Funny Bunny』。
トリビュートアルバムに収録されているカバーバージョンを、
紬がよりポップにアレンジしてある。
「世界は今日も簡単そうにまわる そのスピードで涙も乾くけど」
律の抜けた穴をさわ子が上手く埋めており、演奏自体のレベルも決して低くない。
461 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 14:59:32.50 ID:2+AR223m0
「今頃どこでどうしてるのかな 目に浮かぶ照れた後ろ姿に会いたいな」
「キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ 風の強い日を選んで 走ってきた」
「飛べなくても不安じゃない 地面は続いているんだ 好きな場所へ行こう」
「キミならそれができる」
演奏の出来もなかなかだったので、皆満足げな表情をしている。
「先生、上手でしたよ。すごいですね。」
さわ子の初心者とは思えぬ演奏を梓が褒めた。
「そうかしら?まだ2、3曲しか叩けないけどね……」
珍しくさわ子が謙遜していると、音楽室の扉が開かれ和が入ってきた。
和は急いでここに来たらしく少し息を切らせている。
462 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 15:04:01.53 ID:SAUdxyIHO
「和ちゃん、どうしたの?」
「あら?この分じゃ、どうやらまだ見てないようね」
何故か和は唯の言葉で拍子抜けしたようだった。
「和、何のことを言ってるんだ?」
五人は何のことやらさっぱりといった顔をして和を見ている。
「これよ」
ポケットの中から携帯電話を取り出し、ワンセグテレビ機能を起動させた。
携帯電話の液晶画面を全員が覗き込む。
「これは、ニュース速報?」
「まあ、そんなところね」
今春、第二の開局を謳っていた民放で臨時のニュース特番が組まれていた。
463 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:07:45.77 ID:2+AR223m0
その頃、ホノルルの律と聡は突然の雨で立ち往生していた。
日本とは違い四季の無いハワイは現在乾季だが、それとは関係なく雨は降るものだ。
「空港まであと少しなのにな~。何で雨降るのかねぇ」
「まー、どうせすぐ止むっしょ……」
律はしおらしくなってファーストフード店の窓から暗い空を見つめた。
「夜だけど夕立みたいなもんかな?それより姉ちゃん、もうホームシック?」
その言葉に律は、はっとして直ぐに気持ちをスイッチした。
「一度故郷を離れたからにゃ、負けねえ 退かねえ 悔やまねえ
前しか向かねえ 振り向かねえ ねえねえ尽くしの女意地 放課――」
「何言ってんの?それよりオレちょっとトイレ行ってくるから」
聡が律の見得切りを中断させて、用を足しにトイレに立った。
「最後まで言わせろってのに……」
聡を見送るやいなや、律の携帯電話が着信を知らせた。
464 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:14:09.09 ID:SAUdxyIHO
「あ、父さんじゃん。もしもーし」
「もしもし律か、聡も一緒か?」
「ああ、うん。さっきトイレに行ったから、今ここにはいないけど」
今しがた空席になった席に目をやる。
「そうか、それよりテレビとかでニュースを見てないか?」
「英語のテレビなんか見ても分かんないでしょーが。今は雨宿りしてるとこ」
「雨宿りしてるとこ?」
予想外の単語に律の父親は無意識に律の言葉をオウム返しした。
「あー、大丈夫。出発までには空港に戻れるから。それより何か用?」
「そのとこなんだけどな、次の飛行機には乗らなくていい」
「は?」
想定の範囲外過ぎる言葉にそう返すことしかできなかった。
465 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:16:35.59 ID:2+AR223m0
「父さんにもよく分からないんだが、ダルフール紛争が終結したんだ。」
「……ってことは?」
「明後日そっちに迎えに行く。その後帰るぞ。家に」
「それって、私達が日本に帰れるってことだよな!?」
律が備え付けの椅子から思わず立ち上がって尋ねた。
「そういうことだ。宿泊先の事とかはまた後で連絡する。じゃ」
「お、おう。じゃあ――」
電源ボタンを押してから携帯電話を閉じていると、聡がトイレから戻ってきた。
「あれ?電話だったの?誰から?」
「父さんからだ!おい、聡!喜べ!日本に帰れるぞー!!」
「いきなり何を言い出すかと思えば日本にかえ……な、なんだってぇぇええ!?」
しかし説明不足なので聡は状況がよく飲み込めていないようだ。
467 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:19:37.83 ID:SAUdxyIHO
「何かよく分かんないけど、とにかく帰れるんだ。紛争がさー――」
必死に説明する律の頭上に設置されているテレビでもニュース特番が放送されている。
その内容は、アフガニスタン、ソマリア、チェチェン、スーダンなど、
その他一切の内戦、紛争等の類が、何の前触れも無く世界同時多発的に
終結したというものだった。
世界中の紛争が突如として終戦したことにより、世界中で平和を享受できる事への
喜びの声が上がっており、同時に大きな謎も呼んでいるという。
468 :西暦 2009年 7月9日:2009/08/10(月) 15:21:31.55 ID:2+AR223m0
和の携帯電話からもたらされた吉報に皆心躍った。
「りっちゃんが帰って来れるってことよね?」
興奮冷めやらぬ紬が自己解決済み質問を投げかけた。
「そうなるでしょうね」
携帯電話をポケットにしまいながら和が冷静に答えた。
「律先輩、いつ帰ってくるんでしょうかね?」
「早ければ来週の月曜日から学校に復帰してたりしてね」
梓の疑問に、さわ子が一つの可能性を提示した。
「楽しみです!先生のドラムを聞けなくなるのは残念な気もしますけどねぇ」
「あら、私にも需要があったのね。でも本職が帰ってきちゃ仕様が無いわね~」
もう既に冗談なのか本心なのか言っている本人達もよく分かっていないようだ。
和達とは少し離れた所で澪が一人でうずくまっている。
それを見つけた唯は、そっと傍に寄ってしゃがみ込んだ。
「良かったね、澪ちゃん」
「うん……」
二人にはその短い会話だけで充分だった。
469 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:24:35.39 ID:2+AR223m0
ホノルル空港近くのビジネスホテルの一室で律が立て続けに電話を受けていた。
「――ごめん、キャッチ入った。たぶん唯だな。じゃあまたな、澪」
「そうか。は、早く帰って来いよな!待ってるから……じゃあまた――」
ボタン一つで通話相手が切り替わった。
「もしもーし」
「あ!りっちゃん!?」
「おーう!唯、心配かけたなー。もう聞いてるだろうけど日本に帰るからよろしくっ!」
「良かった~。ていうか電話かけて大丈夫だった?そっちは夜だよね?」
「そんなこと気にすんなー!ムギなんかもう2回もかけてきたぞー!」
軽音部のメンバーからの電話は唯が一番最後だった。
「そっか~。そうだ!私、りっちゃんに一つ聞きたかったことがあったんだった!」
唯は律に電話をかけた本来の目的を思い出した。
「いいぜー!何でも聞きいてくれたまえ!」
大盤振る舞いを約束しつつ、律は外の空気を浴びようとバルコニーに出た。
雨も完全に止んでいたので、今が昼間だったら雲一つ無い快晴だろう。
「じゃあ聞かせてもらうよ~。あ!ヒミツってのはナシだよ?」
「分かった分かった。それで私に聞きたかったことって何だ?」
471 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:30:48.29 ID:SAUdxyIHO
「七夕の日、あの短冊に何て書いたの?」
唯はあくまで単刀直入に聞いた。
「ああ、あれね。誰にも見せなかったからな。まだ気になってたのか?」
「う、うん、ま~、そんなところかな!」
「あの日、澪にはヒミツって言ったんだけど、仕方ないから唯にだけ教えてやる!」
なぜ唯がそんなことを知りたいのか分からなかったが、律はこの際言うことにした。
「え!?ホントにいいの?」
「そっちが先にヒミツはナシって言ったじゃんか。あ、澪には言わなくていいからな!」
「わ、分かった!約束する!」
澪に悪いなと思いながらも唯はその条件を飲んだ。
「あの短冊にはな――」
472 :ハワイ時間 西暦 2009年 7月8日:2009/08/10(月) 15:33:20.56 ID:2+AR223m0
何光年も先から幾千もの恒星が地球をを照らしている。
天の光は全て星、という言葉がよく似合う星空を律はいつまでも見つめていた。
雑な字でLove&Peaceと書かれている短冊がついた小さなロケットを探して。
完